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傾国の邪竜聖光女

「これは……どういうなにのあれなんですか?」


 片翼を斬られて斜めに地に落ちる竜を眼下に見送りながらエルミナに尋ねる。


「メインラインがどれかは分かりませんけれど、あらゆる思惑が便乗しておそらくこの事態になっていますわね」


 エルミナ曰く、

 ①ミヤ皇女の皇妃殺しの試み、

 ②それに便乗したナタ第五皇子女主導のエルフによる破壊活動、

 ③それに備えて罠を貼っていた華族、

 ④その混乱を機に暗躍するマリウス帝国、

 ⑤ただ大会を見に来ただけだったけど名を挙げるチャンスと考えて加勢する剣客たち

 ……のようにどんどん連鎖反応が起きて、今やこの合戦(といえる規模のように見える)は剣技場一体に波及しているようだということだった。


 確かに剣技場だけでも、パッと見て千近い数の剣客と、五十ほどの竜と、五百以上のエルフが互いの武器を交えて戦っている。同じくくらいの死体も積みあがっていた。


「エルミナはここで何をしているんですか?」

「何もしていませんわ」

「なにも!?」

「当然でしょう。スレイとエルフの問題に干渉するべきではありませんし、皇国とマリウス帝国の争いに首を突っ込むのもアルスの国益に適いませんわ」

「た、確かに……?」


 あまり精緻なことは分からないけれど、エルミナがそう言うのならきっとそうなのだろう。今この会場での私たちは「聖女」や「宰相」というアルス王国の看板を背負っている。私たちの軽率な行動がアルスを攻撃する理由をエルフや帝国に与えてしまう可能性がある。


「というかエルミナ、本当にこの事態に関わっていないんですか?」

「あなた、わたくしをなんだと思っていますの?」


 たぶん高いところから優雅に見下ろしているのがあのエルミナだからそういう印象を受けるだけなのだけど、めちゃくちゃ影の支配者みたいに見える。


「なんか空が変な色じゃないですか?」

「竜避けの結界のようですわ。これ以上、頭上を竜に抑えられないようにということのようですわね。張られたのは随分と侵入を許してからでしたけれど」


 言われて空に目を凝らしてみる。

 膜のようなものが色味を変えながら剣技場よりももっとずっと広い半径で半球状にあたりを覆っている。

 これは……私たちが密入国の際に突っ込んで墜落したあれだ!

 私たちは今、剣技場を覆う超大規模な隠蔽魔法の内部にいるのだ。


「みんなは?」

「メイとライカはこの結界の外ですわね。むしろメイが内側に入ってしまわないような径でこの結界を下ろされたとも取れますけれど」

「ユナちゃんは?」

「結界内、剣技場の外にセイラといるはずですわ」

「セイラと一緒なら大丈夫か。…………あの、一応聞いて安心しておきたいだけなんですけど、私の婚約騒動が引き金になっていたりしませんよね?」


 恐る恐る、祈るように尋ねる。

 私にこのハチャメチャな事態の主責任がありませんように……。


「あなたは自分の存在を過大評価しすぎているのではなくて?」

「……良かったです。いや、良くはないんだけど、寝てる間に傾国の聖女になってなくて良かった」

「あなたが戦争を呼び込んだとする方が寝物語としては面白いでしょうから、あるいは後世にはそのように伝わるかもしれませんわね」

「やばい、『邪竜聖光女』の響きがちょっと伏線っぽくなっちゃう」


 この国において「竜」と「エルフ」はほとんど同じカテゴリーの言葉である。


「初代皇帝が竜を討ち取って国を興した」という創世神話は「エルフを倒して土地を占有した」と読み替えることができるだろう。「竜」とはエルフの隠喩表現であり、そうするとエルフの詩にうたわれる「邪竜聖光女」なんてめちゃくちゃスレイという国を傾けに来たエルフ側の使者っぽい。


 エルフの里の牢でエレコに「あなた自身が物語を紡いで」なんて偉そうなことを言っちゃったけど、やっぱりちゃんと取材に来て一次資料のみを使用して正しいことを伝えてほしい。「聖女は言うことがころころ変わる」は真実なのでオーケーです。


「とりあえず下に行ってみません? ここから戦況を見下ろしていいのは黒幕だけですよ」


 眼下で一番戦闘が激しいところに目を向ける。

 それは見知った顔だった。

 イオリとキリヱが一人の剣客に襲い掛かっている。

 信じられないことに、その剣客はたった一人で本気の二人を捌いている。

 ということはあれがおそくら皇妃付きの剣聖〈天位〉だろう。

 かつてセイラの師匠〈冠位〉と並んでこの国を代表していた、おそらく現在においては地平最強の剣客。

 剣聖一位と二位の猛攻に対し、手数が多いわけではない。

 ただきっと、一つの振りが十や二十の意味合いを持っているのだ。

 同じ目線にいないから、上からだとそれくらいしか分からない。


「私あそこ見に行ってきます。このレベルを見逃したら一生見れないと思うから。エルミナは?」

「ったく、付いていって差し上げますわ」

「さすが」


 エルミナを抱きかかえて、ひょんとバルコニーから飛び降りる。飛んできた矢の処理をエルミナに任せながらグラウンドレベルに降り立つ。


「い、いきなり抱えるのやめてくださらない?」

「私たちの縦移動はこれが一番早いですからね」


 今回はどこの骨も折れなかった。

 剣と矢と魔法の攻防の中を抜けて、剣聖たちの戦いに巻き込まれないギリギリまで近づいた。


「あら、エルミナ様、お久しぶりね」

「ごきげんよう、ミヤ皇女殿下。ご壮健でしたとはこの上ない驚きですわ」


 イオリとキリヱから離れたところで、斬り合いを見守るようにミヤとユリアナがそれぞれポツンと立っていた。

 戦場で皇女が護衛もなく? と思ったけれど、すぐにイオリからの圧力を感じて納得する。イオリもキリヱも、天位と斬り合いながらも自らの皇女をケアしている。私がメイ戦で体験した、すべてを見つめるあの視野だ。仮に私が二人の皇女を殺そうと意図したなら、指を動かす間もなくそれぞれの剣聖たちに首を刎ねられるだろう。実際にここら辺に転がっているエルフの死体はそういう風にできたものかもしれない。それが分かるようになったというだけで、メイとの経験が早くも役に立っている。


「天位ってすごいんですね」


 微妙な距離感でよそよそしく立つミヤとユリアナの中間に立って、両方に聞こえるように発話する。

 剣聖たちと同じように、天位だって皇妃の安全をケアしながら戦っているわけだ。

 というよりも、イオリはむしろ皇妃の首を狙ってそれを天位に防がれている感もある。


「ねえ、あそこにセイラがいたらこの盤面は楽勝だったと思わない?」


 ユリアナがこちらを向いて口にする。


「ほらやっぱりセイラ目当て(セモク)じゃん……ぅぉわ!」


 なにかが目の前で弾け、そのあとに目前にセイラがいるのを認識した。彼方の背後で血しぶきが上がっていた。


「大丈夫ですか?」


 セイラが振り向く。

 違和感に自分の左耳を触るとパッカリと切れていた。


「……もしかして今セイラが来てくれなかったら私死んでた?」


 セイラが困ったように曖昧に頷く。

 どうやら今、私は天位に斬撃を飛ばされていたらしい。

 刀を抜く、抜かない以前の問題だ。

 遅れて心臓がバクバクと鳴る。

 今のは歴代でもかなり死に近かった。

 超一流の剣客は、相手に死の予感すら与えないのだ。


「姉さん」


 続いて竜からユナちゃんが降りてきた。


「ユナちゃん」

「あんまり言わないけど、姉さんたちがあそこから降りてくるのを見てユリアナさまは今の立ち位置に移動した」


 ユナちゃんが唇を読まれないように手で隠して、小声で言った。


「どういうこと?」


 この状況でわざわざユナちゃんがそれを言うということは、意味があると思ったからだろう。そこから逆に考えていく。


 ユリアナがそこに立つとなにが起こるのだろう。

 ……私がこの場所に立つくらいか。

 私の性格からして、この距離感だったらミヤとユリアナの中間に等距離になるように位置取る気がする。

 だけどそれがなんだというのだろう。

 強いていうのなら、天位が私に斬撃を放ってみたくなるかもしれない。

 それでイオリやキリヱの動きを縛れたらやり得だからだ。

 特にイオリは何十手も先を考えながら剣筋を作る人だから、イレギュラーを入れてみたくなるかもしれない。

 だけど、実際には剣聖がケアしているのは自分の持ち主だけだ。

 そして無防備な私……が死なないようにするにはセイラが助けに来ざるを得ない。


「……セイラ召喚の儀に使われたってこと!?」


 ユリアナは今まさにセイラにいてほしいと言っていた。


「だと思うよ」


 ユナちゃんが頷く。


 盤面の見え方が違いすぎる……。

 ただその位置に立つだけで、戦場に元剣聖三位を喚び出すことができる。――これが皇族という生き物なのだ。


 そしてそれは天位にとって致命的な一手だった。

 セイラに天位とやり合う意志はない。私にないのだからセイラにもない。

 だけどそれを天位が知る術はない。必然。セイラの存在をケアせざるを得ない。

 そしてこの均衡した戦況において、その隙はイオリが皇妃の首を刎ねるのにはあまりにも充分だった。


「終わったわね」

 ミヤが呟く。

「彼方より続く皇位継承システムはこれにておしまい。あとのことはよろしくね、ユリアナ」


 それは魔王事変の日に私が初めて耳にしたような、どうしようもなく甘く揺れるような遠い発話だった。


「なにを言っているの?」


 ユリアナがミヤを見つめ返す。


「皇妃の死は〈毒〉をもって私に連動する。私が死んで、継承システムは破壊される。逆にこれしかないと思うのだけど、まさかあなたがこの程度のことを思いついていないわけないわよね。さようなら、ステラ。愛していたわ」

「……やっぱりなにを言っているのか分からないわ。貴女が死んで継承システムが壊れたところで、この国が良くなると本気で思っているの? ありえない。この国がこの国であり続ける限り、残忍であり続ける。人を殺しているのは、システムでなくて人なのよ。こんな国は一度終わらせなければならない」


 ユリアナが空を見上げる。

 呼応するように覆っていた結界が破れる。

 その先に数百、数千の竜騎士がいる。

 それらが揃って放つ黒い炎の絨毯が、地上にいる剣客もエルフもみな等しく焼き払った。


「ハーハッハッハッハッハ! 詰みだな、スレイ皇国! 待っていたぞこのときを!」


 それは数日前にエルミナを捕縛し、竜から投げ捨てた男。


「……売ったの? この国を」


 ミヤの揺れる声に、ユリアナが頷いた。


「…………そっか」

「――――………………………………」


 震える声を絞り出すミヤになにか応えるよりも前に、ユリアナが死んでいた。


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