SIDE/エルミナ 鳥餅のような茶会
「なぁに、その目。見下している目ね」
メイの出場する決勝試合が始まる中、来賓席から客席を監視しているとミヤ第一皇女が入ってくる。
ステラが敗退した現段階における私たちの第一目標は、賞品にされたエルフを助けるためにメイを優勝させることだ。これまでの経過を見ていて、単純な試合としてであればメイが勝つはずだ。だから最も警戒すべきは盤外からの妨害である。
「お茶を持ってきたけれど、あなたは飲まないでしょうね」
「あら、わたくしが皇女殿下の勧めを断ったことがありまして?」
「それはステラがいたからでしょう」
ミヤ皇女が許可なく腰を下ろす。
もちろんこの場では皇女の方が位が上であるから、私の許可は必要ない。
しかしそれとは別に、私を不快にさせようという意図が前面に押し出された着席だった。
「ステラがまだ眠っているようだから、さいごにあなたとも話しておこうと思って」
それに応えずに自分の紅茶を淹れる。
実際のところ、この湯やカップは皇国に用意されたものだから、物質的にはミヤ皇女の茶を飲むのと変わりはないだろう。一方で、政治的には意味のある無礼だった。
互いに紅と緑の茶を静かに啜る。
両者の合意による極めて政治的な間だった。
仮にここにステラがいたなら決して発生することのない間だ。
そのヒリつく空気に、どこか懐かしさと心地よさを覚える。
「あなたって私のことが嫌い?」
漂う空気を弄ぶようにミヤ皇女が尋ねた。
「気に入ることはありませんわね。ステラに愛を囁いておきながら、平気で政治利用していらっしゃる」
「あら、あなたはしていないの?」
「少なくともわたくしはステラに愛を囁きませんもの」
「そうなんだ」
「なんですの、その顔は」
「私はあなたの嫌そうな顔を見るのは好きかもしれない。自分の行動が正しかったような気がしてくるもの」
「他者に依存する正しさとは、結構なものですわね」
「…………あれ? 本当に私のことが嫌い? まあ、そうか。あなたに好かれるための努力を私はなにもしていないものね」
「無論、アルス王国を援助してくださったミヤ第一皇女には大変感謝しておりますわ。王国を代表して御礼申し上げます」
「それがステラのことになると随分と余裕がなくなるものね。そんなにあの子のことが大事なら、頭絡でも付けておいたら?」
「見解の不一致ですわね」
「シェイリに聞いた。あなたってメグリの街で自身を質に入れたそうね。分かるわ。あの子を命懸けの場に立たせる以上、同等のものを卓に乗せておかないと居心地が悪かったのでしょう。場がコントロール下にあるならまだしも、そうでない状況で不要に命を賭けるなんて、それこそ依存的だと思うけれど。それともあなたの国では、そういった指向性を『愛』と呼ぶの?」
「無理に言葉にする必要がありまして? 軽薄に見えますわよ。単にそれがわたくしとステラとの関係だというだけの話ですわ」
「そう。羨ましいわ。きらきらしててお星さまみたい。きっとそこに至るまでに、たくさんの困難を共に駆け抜けてきたのでしょうね」
あたかも本心であるかのような顔を皇女が作る。
「あなたの望みは何ですの?」
「あなたって全然私に興味を持ってくれないのね。まあいいわ。簡単よ、『愛』を知りたい……いえ、取り下げるわ。冗談。ユリアナじゃないから思ってもいないことを言うのが下手みたい。愛なんて言葉の意味すら知らないわ。そういう風には育てられなかったから。ただ、あの子のことを考えると、心が躍っているみたいに一喜一憂して、毎日が動的で楽しいの。なんとなく、こういうのを愛って呼ぶのかなと思っただけ」
「…………アルス王国においてそれは、『恋』と呼ばれることが比較的多い状態のように聞こえますわね」
「古典エルフ語では『愛』と『恋』は同じ単語が補っていたんですって。この二つを切り離した者はきっと詩を解さなかったのでしょうね」
「話をするのか喧嘩を売るのか、どちらかに決めてくださいます? 皇国では対話と喧嘩も同じ単語なのかもしれませんけれども」
「本当はね、別にエルフにもあなたにも私はちーっとも興味はないの。どうなったっていいと思ってる。だけどあの子はそうではないでしょう? あの子が大切に思うものは私も大切にしたいと思うから、こうしてあなたとも話している」
指先をくるくると動かしながら皇女が言った。
「つまりミヤ様は、ご自身がステラに大切にされることで、自らを大切にできるようになりたいと」
「……………………、驚いた。そんなこと全く考えていなかったけれど、少し、そんな気がしてきたわ。私ってそうなのかな? 私は私を大切にしたいのかな?」
「わたくしに聞かないでくださいます? ですが、愛されることを求めるというのであれば、あるいはそうなのかもしれませんわね」
瞼の裏の感触を確かめるように、皇女がゆっくりと目を閉じた。
「………………ねえ、わたくしあなたのことが気に入ったわ。聞きたいことがあれば今だけ答えてあげる」
「……求婚でもされるかと思いましたわ」
「どうして?」
「んっ……」
どこかの誰かのせいだ。
「でしたらミヤ殿下の今後のご予定を教えていただけませんこと?」
「いいわ。長い話でもないし。まず今から皇妃を殺す。私も死ぬ。おしまい。あとはユリアナと仲良くやってちょうだい。よかったらこの国のことをよろしくね」
「………………」
少なくとも私には、それは本心であるように聞こえた。
「呆れましたわね」
「そう? あなただって穢れた国家を自らの死で解体できるのであれば、悩むことなく死を選ぶでしょう?」
「わたくしたちにその面倒くさそうな後処理をやらせると?」
「だめ? あなたの国の王都が破壊されたあとに、わたくしは結構あなたたちを手伝ってあげたと思うのだけど。こういうのって相互扶助って言うんじゃない? あなたの国にはない言葉なのかしら」
確かに、アルス王都の復興はミヤ皇女の貢献なしには成立していなかっただろう。
「そうですわね」
「わたくしはあなたの国の魔法による武力をとても評価しているの。その点をよろしくね」
「……あなたが亡くなると、なにがどうなるのでして?」
「皇位継承のシステムが破壊される、はず。少なくとも皇帝が死ぬたびに皇子女が全滅するなんて馬鹿みたいなことはなくなるわ。私の役目はそこまで。後は知らない。ユリアナがなんとかしてくれるでしょう」
「どういう仕組みかもお聞かせくださいます?」
「あなたって堅実なのね。いいわ、大サービス。……グルナート元宰相の後継であるあなたにだから話してあげる。――〝呪い〟という言い方で伝わるかしら。あなたの死が父親に肩代わりされた経験はある? あるとしたら、おそらくあの魔王戦の夜だと思うのだけど。自分が死んだと思ったら代わりに父親が死んでいた、みたいな経験ない?」
思わずつばを飲み込む。
寝起きに後頭部を殴られたような気分だ。
その話が今出てくることを全く想定していなかった。
「………………ありましたわ」
かつて王宮で魔王と戦い、その闇魔法に飲まれたとき。
なぜか代わりに父が死んでいて、わたくしは無傷だった。
「それは良かったわね。あなた、お父様に愛されていたのよ。エルフ……というか魔王の体系とはまた少し違うのだけど、そういう秘術……のようなものが存在するの。存在したが正しいわね。もう再現できないから」
「詳しく聞かせていただきたく存じますわ」
感情が乗り過ぎないように、あくまで義理のように尋ねる。
「あなたのお父様が、あなたの姉を殺すことで魔王を消滅させようとしていたでしょう? Aを殺すことでBの死を導く。〈魔王契約〉はそういう道理を可能にしていたわね? ただの私の考えだけど、あれって要は運命の乗り換えなのよ。自らの死の運命に他者を巻き込む。あわよくば自分は生き残る、みたいな。そういう〈契約〉。あの力の本質はそこにあったのだと思ってる」
「随分と詳しいのですね」
「あの日あなたたちに邪魔をされなければ、もっと魔王に詳しくなれたのだけどね。今となっては空論、ただの頭の体操よ。それで話を戻すけど、ロジックはたぶん似たようなことなのよ。亜種というか、派生なのかしらね。スレイには秘術が存在した。その毒は、『死』という結果を契約した相手に転移させる。自分の死を他人に押し付けることができる」
「……ろくでもない使い方がいくつも思いつきますわね」
「官僚の採用試験に使ってもいいわよ。『Aの死を、事前に契約を交わしたBに移す毒がある。思いつく使い方をすべて記せ』なんていいんじゃない? あなたならどう使う?」
「…………誰もが思いつくようなありふれた回答はお望みでないでしょうから、トバしますけれど、Aの死をBに、Bの死をAに移す契約をそれぞれ結んでいた場合に、片方が死んで互いに死を移し合ったらどうなるかを試しますわね」
「む。正解。不愉快だから不正解」
「まあ! 皇族の方にお仕えするためには、愚かであることが最低条件なのですわね」
皇女が小さく笑った。
「どうなると思う?」
「死を移し合った結果、両者が生存するというのはあまりにも都合がよすぎますから、両方とも死ぬのではなくて?」
「そう。永遠の動力が存在しないのと同じね。ただ一つ、想像外の結果が起こる。それは両者が死を〝同時〟に迎えるということ。真の同時にね。鼓動が止まったタイミングだとか、首が跳んだタイミングだとか、そういう身体的な話じゃないの。ハタから見ると、逆に全然同時に死んだようには見えなかったりもする。死ってきっと観念への扉なのね。そこに時間という尺度は介在しない。だから正確には同時という言い方がそもそも変なのだけどね。言葉のあやよ」
「随分と高い目線をお持ちですわね」
「わたくしたちには神の血が流れているの」
「つまりあなたと皇妃様が死を移し合う相互契約状態にあると?」
「あなたさぁ、話が早すぎてつまらないって言われない? 気を付けなさい。あなたが気持ちよく話せているとき、きっとほとんどの相手はそれを理解していないからね。ええ、そうよ。今、私と皇妃のどちらかが死ねば、両方が同時に死ぬ。そしたら皇妃の死で皇位継承システムが再起動して、空いた皇位を埋めるために、第一皇女を参照する。でも私も死んでいる。この二つの事象は絶対に同時じゃないといけない。そうでないと第二皇女が第一皇女に繰り上がってしまうからね。だけれど、逆に言えば、その死が同時でさえあれば、継承システムはその参照先を失う。エラー、エラー、無効な値です。それで皇国の積み上げてきた千年はおしまい」
「わたくしにはその確かさが分かりかねますけれど、あなたがそうおっしゃるのでしたら、きっとそうなのでしょうね」
「そうなのよ」
皇女が湯飲みをゆっくりと口に運び、そこに間を作った。
「エルミナ様が興味があるのはステラのことだけでしょうから、そちらも教えてあげるわ。私ね、ステラには末永く元気でいてほしい。こんな意味の分からない国のよく分からない例祭で命を失って欲しくないとも思う。でもあの子の自由奔放さを私は損ねたくない。だからね、一服盛ったの」
「それは、ステラにその秘薬を飲ませたと……?」
ステラが死ぬような状態に陥ったときに、その結果を第一皇女に移して、ステラ自身は死なないということ……?
「ええ。〈毒〉という形態の良い点は、それを摂取するという主体的な行為自体に契約性が伴うことね。とっても苦かったでしょうに、あの子ったら出されたものだからと健気に飲んでいたのよ。なんて愛おしいのでしょうね」
「…………料亭の後……いえ、わたくしたちが公安保としてエルフ売買人を捕らえた翌日、この大会の情報をステラに与えたあの朝ですわね」
逆の立場だったらそこで盛る。わたくしというパートナーが隣にいる中で敢えて毒を飲ませる。さぞ気持ちのいいことだろう。
「正解」
皇女がわざとしく改めてお茶を勧めてきたのを無視する。
「あの子が死んでも、あの子は死なない。代わりに私が死ぬだけ。これってまあまあの愛の形だとは思わない?」
「独りよがりの手慰みのことをそう呼ぶのでしたら、素晴らしい愛ですわね。その情報をわたくしに開示したということは、わたくしにもその契約を結べと? 薄っぺらい愛とやらを示せと?」
「まさか。あなたって私よりも性格が悪いのね。ただあなたに出来ない行為を自慢したかっただけよ。そう、死の代替、引き受けは初代皇帝の血族にしか効果を持たないの。笑っちゃうでしょう。誰も皇族の死を引き取ってはくれない。私たちは誰かの死を引き取ることしかできない」
「そのロジックは誤っているのではありませんこと? 父がわたくしの死を引き受けられたのですから」
「ならあなたの認識が誤っているのよ。あなたのお父様には皇族の血が混じっていたんじゃない? アルスなんて歴史的にはほとんどスレイみたいなものだし、そんなこともあるでしょう。公爵家ってそういう血筋なんじゃない? あら、でもそれならあなたも死の引受人になれるのかしら。あなたって実子? お父様の血を継いでいる?」
「……分かりませんわ」
魔王事変で両親を失った後、家の書類すべてに目を通した。グランス家のレッカがそうであるように、おそらくわたくしにもグルナートの実血は流れていない。あるいは魔王の血も。
「別に好きにすればいいと思うけれど、純粋なアドバイスとして、血を煮詰めないのはもったいないわよ。せめて王族の血は大切にね。長年やってると意味わからない効果が出てきて愉快だから」
「覚えておきますわ」
「それで、なんの話だっけ?」
「あなたに独りよがりな自慢をされていましたわね」
「ああそうだった。あの子が死ぬと代わりに私が死ぬ、というロジックがあるのよ。だからここ数日は楽しかったわ。だってあの子がどこかで斬られたら、そのタイミングで私が死んで、同時に皇妃も死ぬのよ。なんでもない日に、つまらない剣客に、この国のシステムを終わらせられてしまうかもしれない。博打って楽しいのね。ドキドキしちゃった」
「ミヤ様は大義のためでなく、欲望のためにこの国を壊そうとしていらっしゃるように聞こえますわ」
「大義だって立派な欲望の一種でしょうに。ま、ただの照れ隠しよ」
会場沸き立った。
「……あら、あなたの国のパン屋さんが優勝したわね。ステラが早々に消えるパターンを想定していなかったから、正直とても困っているの。確率的に出ないはずの目を引いちゃった。せめてステラが準決勝くらいまで進んでくれていたら……いや、わたくしが困っているということは、他の誰かに困らされていると考えるのが妥当でしょうね。ユリアナ……にそのメリットはないし、となると第五かしら。いえ、でもあの子の目的であれば魔術師二人を決勝で当てたかったはず。……ステラが早々に負けるというこのイレギュラーで最も得をする……賽に細工をした者がいる…………………………~~っ!」
皇女が射貫くようにこちらを見た。
「あはっ、あははっ、あはははは! あなたね! エルミナ・ファスタ・セレーネ・ツー・グルナートッ! いつから……どこから……」
「みなさま、わたくしを過大評価してくださいますけれども、わたくしはただ、スレイの大会なのだからアルスの出場者同士を早めに潰し合わせたらいいのではと、ごく普通の意見をごく普通に各所で述べただけですわ」
「なぁに、あなた、自分の聖女を隣国に利用されないために、健気に優勝を目指すあの子にパン屋さんを当てて一回戦で負けさせたというわけぇ?……いや、そうすると……そうか………………ええっ、あなた、うそでしょう…………もしかして私がステラと愛を紡ぐのを邪魔するためだけに剣聖三位を殺した? そうよね……そうよねえ!」
「あら、ですからきちんと事前のお伺いは立てましたわね?」
「あなた、最悪よ……。あはは! あーはっはははは! こんな国で育ったけれど、私はこれほどの嫌がらせを未だかつて受けたことがない! そこまでする!? しかも私の不利ではあっても、そこにあなたの利はないでしょうに。あはは、あなたのように悪い人間を私は見たことも聞いたこともない! 国を壊すよりもよほどの悪徳じゃない」
「全てミヤ様のご想像でしょう。事実として、わたくしはお金欲しさに、強欲な公爵家の血が騒ぎ、実力を信じるメイとステラに等しくベットしていた。ただそれだけですわ」
皇女が今度は殺意を込めて真っ直ぐに睨む。
「今ここで私に首を刎ねられるとは思わないの?」
「まさか。そんなことをしたらあなたの大切なステラが悲しむでしょう」
「……………………」
反芻するように一度目を閉じてから、彼女がゆっくりと立ち上がった。
「………………対戦ありがとう。楽しかったわ。ドキドキした」
「わたくしも、楽しくなくはありませんでしたわ」
「あーあ。こんなおしゃべりをしている時間はないなね。さてと、そろそろ目を拾いに行くか。イオリ、皇妃の血が飲みたいわ。斬りに行くわよ」
「おっけー」
イオリが皇女を抱きかかえる。
「またね、エルミナ様。あなたのことも少し気になってきたから、いつかどこか、別の運命で会うことがあればまた遊びましょう」
「……どうぞご自愛くださいませ」




