刀と聖女の道は
目が覚めると、森の中に捨てられていた。
来るときに見た路上で寝てる人たちのことを何も言えない。
お財布を盗られていた。
まあ、服を着ているだけマシな状況だろう。
「…………っ! え、うそっ、残雪!」
ない!
…………ない!
残雪を盗まれた!
「…………んぬぁっ……」
自分への失望が大きい。
「なあぁ~~っ!!」
思わず声が漏れる。
もうさあ、魔法杖だったら自分で買ったものだからこの際いいけどさあ、残雪はミヤからのプレゼントなんだよ。
ミヤが私が喜ぶかなって考えながら用意してくれたやつなんだよ。
申し訳が立たないじゃん。
盗人に対するのと同じくらい、軽率に盗られてしまった自分を責める気持ちが湧いてくる。
……いやでも理性的に考えたら盗る方が百パーセント悪いに決まってる。
理論で気持ちを立て直す。
「よし……っ!」
少なくとも、ここでぐじぐじしていて得られるものはなにもない。
取り返しに行こう。
不思議なことに、腰紐に下げていた皇都安全保障局の印籠は盗られていなかった。一緒に持っていた魔法杖も無事だった。
シチュエーションを想像してみる。
察するに、良さげな刀を持った客がノコノコやってきたので睡眠強盗を働こうとしたけれど、公安保の印籠が出てきて「やべっ」となって、盗るものだけ盗って殺さずにポイと捨てられた感じなのではないだろうか。
そういえば偶然か意図してかは分からないけれど、頭が横向きで寝かされていた。
いやでも悔しい。
美味しいものを食べてうっかり眠らされるならまだ分かるけれど、美味しくないご飯を頑張って食べてたら眠り薬まで入っていたなんて、前向きな要素がなさすぎる。
悔しい悔しい。
せめてもうちょっと味があったなら。
辺りを見回す。
木々に囲まれているけれど、臭いから判断するに歓楽街からそう遠くではないようだ。
遠くに見える皇都壁の櫓と二つの月の位置関係で漠然とした方角は分かる。
歩みを進め、とりあえず歓楽街と呼べそうなエリアまで戻ってきた。
「お前仕事やんない?」「おい」「あんた稼げるよ」「いくら?」「拾えよ」
なんかさっきよりも声の掛けられ方が雑になっていた。もしかして刀を所持していないから……?
あまりいい意味ではないけれど、本当に刀の国なんだなと感じる。
歩いているだけで陰に引きずり込まれて乱暴されそうになったし、そいつの刀を奪って腰に差したら客引きが先ほどまでの「お客さん」に声をかけるモードになった。
不思議だ。
例えばアルス王国だと身分が高い人が(残念ながらまだ)偉いとされている。
それは路地裏に連れ込まれてえいと反撃するだけで即手に入るものではない。
だけどここではそれが叶うらしい。
別に暴力でなくてもいい。
お金で買ったって、良いことをしてお礼に誰かから譲ってもらったっていいだろう。
ちょっと頑張れば一つ上の身分(そもそもこの言葉が良くないのかもしれないけれど)を得ることができる。思えば「剣聖を得て皇族になれる」というのも同じ理屈なのかもしれない。
なんとなく直観的にはアルスよりも平等な気がする。
でも一方で、刀を持ちたくない人――例えば刀集団に土地を追い出された歴史があり、そこへの帰属を拒む精霊使い――にとっては嫌な制度かもしれない。
地位を上げるには大切なものを捨てなければならない。
自分の在り方を曲げないといけない。
同胞への裏切りになるかもしれない。
私は結構「そこは割り切って上手いことやればいいじゃん」って思っちゃうタイプだけど、そうできない人、それを受け入れることが苦痛である人たちがいることを想像することはできる。
自分で例えるとどんな状態かな。
人格そのものが否定されたと感じるほどに嫌なことって何だろう。
……全然思いつかない。
あれ、私ってあんまり尊厳ない……?
単にそういうことが思いつかないほどに幸せな環境にいられているだけかもしれない。大抵の嫌なことは過去生でされているけれど、なんか今が楽しいから「なんだかんだで乗り切れたもんな」という気持ちが先行してしまう。
でも今まさに辱めを受けている人に「大丈夫。七回くらい死んだら人生良くなるよ」とは言えない。なにか言葉をかけてあげるとしたなら「大丈夫。あなたを辱めていた奴らは私が全員殺してきた」くらいがいい。少なくとも過去生の何度かの瞬間において、私はいもしない誰かがそんな言葉をかけてくれることを心の底から願っていた。
「酷い目にあわされて、人を憎いと思わないのか」という先日のユリアナの質問に私はカッコつけて答えちゃったけれど、やっぱりちょっと憎いなとは思う。少なくとも愛したりはできないだろう。
でもそれは感情面での話であって、憎いけど憎くないふりをしたい気持ちもある。この「けど」の部分が聖女としての私の矜持だ。
……今の私に尊厳があるとしたら、これかな。
感情と関係なく人を大事にすること。重んじること。その幸せを願うこと。そういう聖女的な人間で私はありたい。
……なんかこんなこと前にも考えていた気がするな。
先日のエルミナ相談室の内容とも通ずるものがある。
何度もくよくよ同じことを考えてしまうのは、その思想を真に内面化できていないからだろう。
だからことあるごとにそう願うことで己が思想を補強しようとしてしまう。
仮にこの地平に「真の聖女」みたいな人がいたのなら、きっとこんなことは当然すぎて思いつきもしないだろう。
突き詰めていくと「剣聖が刀の存在を忘れる」みたいなのとも同じ話かもしれない。
真の聖女はきっと自分のことを「聖女」だなんて考えもしないだろう。
刀と聖女の道は奥が深い。
先ほど私が一服盛られた店まで戻ってきたけれど、そこはもぬけの殻だった。
元々簡易なテント式だった屋根がペタンと地面に畳まれている。
閉店というよりは夜逃げの後のようだった。
本当に印籠でやべっとなったのだろうか。
困ったな。殴りこむことしか考えていなかった。
どうしようもなく立ち尽くしていると、
「おねーさん、人斬りの匂いがするね」
「……私ですか?」
客引きにうっかり反応してしまった。
その顔がぬっと近づき、
「ほら、人殺しの目をしてる」と耳元で囁いた。「まんぞくさせてあげようか」
さらに声を細めて彼女が囁く。
私よりも若く、もちろん腰に刀を差している。
「あなたが相手してくれるの?」
「ううん、おねーさんとーっても強そうだから、あたしなんてすぐに死んじゃうよ。ふふ、わたしのこと斬りたいんだ? どうしよっかな~。おねーさん、タイプだしなー」
彼女がわざとらしく鞘を当ててくる。
「ここら辺で盗品の刀を買い取ってくれそうなところがあったら教えてくれない? これを売りたいんだけど」
「ふーん、それを売って今度はあたしを斬って奪った刀を腰に差しちゃうんだ~。やらしー」
こいつ、ちょっと面白いな。
たぶん私をその気にさせてどこかのお店に誘導するのが目的なのだろうけれど。
「おねーさんなら、いいよ。あたしが連れていきたいところと、おねーさんが行きたいところはきっとおんなじだから」
どちらにしろ手掛かりがないから、意を決して彼女に付いていってみることにする。
私に睡眠強盗を働いた人たちが公安保の印籠を見て慌てて店を畳んだのなら、刀だってさっさと換金している気がする。私が盗む側だったらそうする。
森の間を歩いていくとその先にたくさんの篝火が見えた。
刀の音がする。
歓声と怒声も聞こえる。
外円の燃えるフィールドの中で二人の剣客が戦っている。
周囲から観客がヤジを飛ばしていた。
「あれは?」
「てきとーな野良の賭け試合。当てても払い戻しの代わりに斬られたりするから無視無視。おねーさんはこっち。ほら、そこらへん座って。お話しよ。のど乾いてる?」
「いや、大丈夫」
先ほど薬を盛られたばかりなのでね。
「そう」
彼女が隣に腰を下ろす。
「……近くない?」
「ふふ、こうすると刀を抜けないね」
耳元で囁かれる。
ピタリと密着するように左隣に座った彼女が空いた指を私の柄に伝わせる。
私と彼女に挟まれて鞘の可動域が彼女の身体で塞がれている。咄嗟に刀を抜けないだろう。
一方、私と反対側に差さっている彼女の鞘は自由だ。
いつの間にか主導権を取られていたのだ。
「そんなにけーかいしないで」
「なにが目的?」
「目的がないとだめなの……?」
「諸説あるね」
「おもしろーい」
彼女が全然面白くなさそうに言った。
「……あなたが差しているのは、妖刀?」
「あーっ、わかるんだー、やらしー。せいかーい」
シェイリが捜してた頃の残雪のような、なんとなく嫌な感じが密着する彼女の肌を通して伝わってきた。
「あたしねえ、これのせいで馬鹿になっちゃった。他のこともうなんにも考えられないの。歩いてるだけで、すれ違う人のこと全員斬りたくなっちゃう」
「ということは我慢できてるんだ。えらいね」
「へへっ、そう。一人でも斬っちゃったら、止められなくなりそう。あー、きもちいんだろなーって。ねえ、おねーさんのこと、斬ってい?」
「でもそうしたら我慢できなくなっちゃうんでしょう? ならだめだよ。私がその刀預かろうか?」
「は、殺すぞ…………ごめん、うそ。そうした方がいいって分かってるのに、考えただけで狂っちゃう」
「なんで私に声かけたの?」
「おねーさんだったら、あたしを斬ってくれそうだったから」
「ふふ、やらしー」
「へへ、えへへ」
彼女が力なく笑った。
妖刀って本来は持つとこうなっちゃうのか。
今更ながら、メグリの街で私に残雪を渡した刀屋の悪辣さを感じた。
あの刀に呑まれていたら私も人を斬ることしか考えられなくなって、たくさん殺した挙句に剣聖や公安保の人たちなどに斬られていたのかもしれない。
それはとても嫌なことだ。
五回目の人生において、私は魔力暴走で王都を半壊させて討伐されたことがある。
過去に色々な死に方をしているけれど、二度とやりたくないのはどの回ですかと聞かれたなら、私は五回目だと即答するだろう。自分の意志していないことを身体がしてしまうというのは本当に怖いことだ。この身体が、あるいはこの意志が、私の意志した通りにならないのだとしたのなら、そのとき〈私〉は一体どこにあるのだろう。
ゲンダイニホンにいたユナちゃんが私の肉親的な「妹」であるユナに憑依したとして、その身体や口が変わらずユナちゃんと全く無関係に動くのであれば、そこに〈ユナちゃん〉がいると一体誰が気付けるだろうか。そもそもそれは存在すると言えるのだろうか。
その面では違法薬物にも類似性があるかもしれない。
トレ以前にアルスのスラム街で流通していた麻薬の依存性に身体が侵されてしまうと、もうそれのことしか考えられなくなる。自分が大事にしていたもののことがどうでもよくなって、全部が零れ落ちていってしまう。どうしようもなくなっていっているのが分かっているのに、どうすることもできないあの感覚。それまでに自分が積み上げてきたものが曖昧に輪郭から全て融けてしまうのならば、それはもはや私と呼べるだろうか。
あるいはそんな風に自分がなくなっていく感覚こそが、一番の救いだった。
六回目の人生で薬に依存しきった私が私を取り戻すには、もはや魔獣に自分を食べさせるしかなかったのだ。それが唯一にして絶対の答えだった。……今思うと絶対に正常な判断できていないよね。
とにかく、今ここで私の腕にしがみついて人斬りの衝動を抑えようとしているこの子を、必死で自分を護ろうとしているこの子を、私は助けたいと思った。
だけどやり方が分からない。
魔物だったらとりあえず聖魔法を撃っとけのシチュエーションだけど、これは刀だ。
とりあえず持ってるよりは取り上げた方がいいのかな。
彼女の腰に手を回して、背中側から鞘を掴めないかやってみたけど上手くできなかった。
もし普通に立ち上がると、たぶん彼女が私を斬る方が早い。
いや、彼女としては私が斬られる前に私が彼女を斬れるはずだという賭けから私を選んで声をかけてくれたのだろうけれど、それは私の負けというか、私は彼女を殺さずにこの状況から助けたいのだ。
それが中々難しい。
彼女はおそらく本来は結構な使い手だ。
少なくとも、すっと私の間合いに入ってきてわざとらしく鞘を当てられるくらいには。
そんな彼女がぎりっぎりのところで自分を保っているのだ。
少しでもアクションを起こしたら全部が台無しになってしまう気がするから、不確実な行動はとりたくない。
「その刀ってどうしたの?」
「んっ……襲ってきた剣客が持ってたの。だから銘もわかんない。きっとこうやってつよーい宿主に乗り換えていくんだね」
「じゃあ次は私じゃん!」
「ふふ、そうかも。ごめんね、声かけて」
「いいよ。私は頼られるの嬉しいタイプだから」
「あーっ、やらしーんだー」
「そうかもね」
彼女の頭を撫でる。
そのまま髪の毛を掴んで後ろに引き倒し、頭を殴った。
柄にかかっていた彼女の腕がだらんと脱力し、気を失う。
「よっし」
やれた……。
やれた……!
よっし!
固定用の紐を闇魔法で削り取って、彼女の腰から慎重に刀を取り外す。
一瞬、首筋に寒気がした。
陸に挙げた魚みたいに、手の中でそれが勢いよく暴れる感覚がある。
でもまあうちのかつての残雪ちゃんに比べたら赤子のようなものだよ。残念だったねえ。
ちなみに今の残雪は全然そんな感じはしない。他の人が持っても、誰彼構わず斬りたくはならないと思う。イオリが振ったと言っていた。聖女が魔物を祓うみたいに、剣聖にはそういう妖気のようなものを祓う機能があるのかもしれない。明日見てもらおう。
彼女を背負って、妖刀は腰に差す。
今日はもう無理だな。一回帰って、残雪は明日また出直そう。
かさ、と背後で落ち葉を踏んだ音がした。
闇魔法を出しながら振り返り、それを目にした瞬間に魔法を放つ。
私たちを斬ろうとしていた剣筋が闇魔法への対処へと軌道を変えた。
やっぱり私は根が魔術師だな。
咄嗟のときに刀ではなく魔法を撃ってしまう。
相手はまだ生きている。
ということは闇魔法を斬ったということだ。
「その刀を置いていけば見逃す」
慈悲であるかのような口調でその剣客が言った。
「――っ……!」
こいつ!
ユリアナと仮婚約したときにキリヱと戦っていた激強女剣客だ。
思えばあのときも妖刀を回収していた。
激強女剣客改め、妖刀集め女。
向こうはこちらに気付いていないようである。
私はユリアナと一緒に戦いを眺めていただけだもんな。
「渡す前に何に使うか聞いても?」
「それが危険なのはお前にも分かるだろう。この手の刀は回収する必要がある」
一理ありそうに思うけど、こいつは先日、国に収められるルートに乗っていたはずの妖刀を横から奪っていったのだ。つまりこの言い分は事実ではあるけれど本心ではない。
「そんないきなり背後から殺す気で斬りかかってきてさぁ、あなたこそ妖刀に支配されていませんか? 危険ですね。あなたのそれも私が回収してあげようか? 置いていったら見逃してあげますよ」
「はンっ」
口を回しながら色々考える。
この相手は結構強い。キリヱと刀を合わせて今も生きているわけだから。
先日時点では私よりも絶対に強かったはずだ。
でも私だって、二人の剣聖から色々学んでいるし、セイラとキリヱが刀を交えるところもしっかりと観た。法律に詳しい男とやり合ってなんとなく間合いやテンポも掴んだ。あの日よりは絶対に強い。
それにこの女はシェイリが捜している妖刀を持っているはずだ。奪い去った本人が目の前にいるのだ。これほど大きな手掛かりはないだろう。なんなら私のかわいい残雪だってこの人のところに行っているかもしれない。
一方で女の子を背負っていることが気がかりだった。
出会って半刻、名前すら知らないけれど、彼女は自分の死を受け入れてなお通りがかっただけの私に助けを求めてきた。
セイラ以来、私は結構こういうのに弱いのだ。
この子が次に目を覚ますとき、それが安全な場所であってほしい。
例えば彼女を横に寝かせてこの剣客と戦ったとき、剣客がこの子を使って私を脅そうとしない保証があるだろうか。
「……質問していいですか? あなたと戦う前にこの子をそこに寝かせようと思うんだけど、この子を人質に取りますか?」
以前、竜に乗った男がエルミナを人質に取ったとき、彼女が嫌そうにしていたのを思い出した。
「…………取らない。私が用があるのはその刀だけだ」
「……良かった。なら互いに第一目標だけを果たしましょう。この刀は差し上げます、どうぞ」
鞘ごと相手に放り投げた。
警戒しながら相手がそれを掴む。
「……なぜだ?」
「あなたはたぶんこの子を人質に取らないし、でも人質に取られたら私は確実に負けると思うから、私が勝つにはあなたの志が高くある必要がある。でも私はあなたの志が高かったという理由であなたを負かしたくはない。あなたの高貴さにただ乗りするような真似はしたくない」
高貴さがその人の敗因になるところを見たくない気持ちがあった。アルスという国で育ち、エルミナの隣で生きている私は人間の高貴さを信じたい。
「……甘いな」
「自分に厳しいんです。よかったら浮いた時間で少し話しません?」
「………………残雪はどうした?」
「う゛っ」
流石にあの場で刀を投げたのが私だと気付かれたようだった。
そして強い剣客ともなると、私が聞かれて一番窮することをクリティカルに聞いてくる。
「……残雪も回収対象ですか?」
「いや、剣聖一位に振られた以上、あれはもはや収集対象ではないだろう。だがお前の刀ではなかったのか?」
「く、薬を盛られて取られちゃいました……」
「は?」
「いや、言いたいことは分かります。私も私に思っています。ちゃんと取り返しに行くつもりです」
「……アテはあるのか?」
「この子がアテだったんですけど、それどころじゃなくなっちゃったしな」
「いつの話だ?」
「まだ数刻前です。歓楽街? のご飯屋さんで」
「行くぞ。なら間に合う」
「えっ、付き合ってくれるの?」
罠じゃない????
私に都合がよすぎる。
「お前は私に敬意を示した。私はお前にそれを返そう」
彼女がスタスタと歩いていくので、背中の子を背負い直して慌てて付いていく。
***
結論からいうと、残雪は簡単に回収できた。
彼女が盗刀の流通網を把握していて、順に巡った三か所目で残雪に追いついた。
食品に偽装された箱には刀がぎっしりと詰められていた。
聞くに、私が被ったような強盗はそもそも金銭よりも刀を盗むことを目的としているようだ。
自分たちは帯刀せずに無害を装って近づき、持ち主が無警戒のところを掻っ攫うらしい。
確かに正当な斬り合いで奪うよりも生命的なリスクは圧倒的に低い。盗まれた人も――特に公安保の印籠を持っているような人にとっては――刀を盗られるというのは斬られる以上の恥だから、他言しない率が極めて高いのだそうだ。どんなルールでも、その了解の隙間をついて利益を得ようとする人たちがいるのだなと感心してしまう。
「名前をうかがっても?」
刀を取り戻すための大立回りも一息ついて、彼女に尋ねる。
「サユノ」と彼女がぶっきらぼうに答えた。「お前は」
取り返す際に襲ってきた中の最後の一人がめちゃくちゃに強くって、共闘したら気持ちちょっと仲良くなってしまった。
「ステラです」
「覚えておく」
「次どこかであったら、斬り合いましょう」
「そうだな」
彼女が私の頬についていた血を拭ってくれた。
サユノはどちらかというとたぶん皇族を攻撃する側で、私は皇族と仲良し側の人間だから、次に会うときに敵対関係である可能性はそれなりにありそうだ。
「サユノはどうして今の役目をやっているんですか?」
役目というのは反体制側の妖刀集め人のつもりだ。
先ほど彼女は残雪について「収集対象ではないだろう」と主体的ではない物言いをしていた。誰かの指示でやっているはずだ。
「………………」
彼女は答えなかった……と見せかけて、少し躊躇ってから言葉を継いだ。
「欲しい刀がある」
「銘とか特徴とか教えてくれたら、見つけたときに連絡しますけど」
「それでは意味を成さない」
「それは難儀しますねぇ。妖刀なんですか?」
「かつて冠位が振った刀はその死後、大半が妖刀と化している」
「そうなんだ」
妖刀となったセイラを想像してみる。ちょっとカッコいい。
「あ、この子が起きそうですね。それじゃあここら辺で。もしお隣のアルス王国に来ることがあったら教えてくださいね。どこでも案内します」
「……そうさせてもらう。どこを訪ねればいい」
「王都で一番嬉しいシチュー屋さんを探してください。たぶんそこにいると思うから」
「覚えておこう」
そうしてサユノと別れた。
「――おねーさん、あの刀は……?」
「大丈夫だよ。持ってても吞み込まれない人に渡した」
「……そうなんだ。ありがと」
「やらしーって言われるかと思った」
「あーっ、お礼を期待してるんだ。きゃーっ、やらしーっ」
残雪をしっかりと腰に差して、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。
なんとこれ、エルミナたちの視点ではふらっと散歩に出た私が名前も知らない若い子を引っかけて帰ってきただけに見えるんですが、気にしないことにする。
えー、全然そんなんじゃないですよー。
やらしーっ。




