でかい動物だと思うとかわいい
「エルミナが崖の下にいるので、迎えに行ってきます。あそこの囚われているエルフの人たちはどうするのがいいですか?」
急に生えてきた婚約者その2ことユリアナ第二皇女に尋ねる。
私のこの心労の元を取るには、もはやエルミナに見せて反応を楽しむくらいしかないのだ。
私たちが長話をしている間、エルミナがこちらまで上がってくる様子はなかった。
よくよく考えると、崖下で私よりも先に激強エルフ剣客と殺り合っていたのだから崖を登る元気はないだろう。一応マユナに行ってもらっているから、生きていることは分かる。
「でしたらわたくしも貴女の伴侶としてご挨拶をしないといけないわね。貴女たちってどういう関係性なの?」
「別に、言葉に当てはめるような関係ではないですよ。塩とタレっていうか……ちゃんと言うのなら――聖女と悪役令嬢の関係、といったところでしょうか?」
「よく分からないわ」
「ね。私も――」
「ユリアナちゃん!」
どんと背中から衝撃があって、ユリアナと一緒にキリヱに弾き飛ばされた。
私たちが今いた空間を、一振りの刀が裂断している。
キリヱの姿が消えて、金属音とともにまた現れた。
「ぬぉおん!?」
その殺意の持ち主に、キリヱの刀が止められている。
女の剣客だった。
キリヱが消えて、三度の金属の弾ける音。
まぐれじゃなくて実力で今のキリヱの速さを止めてるの!?
私が運に賭けようとしたあの速さを!?
「ほわぁ、遊ぶのじゃい!」
楽しそうなキリヱの声とともに、金属音の間隔がどんどん早くなる。
目で追えないから、私に加勢できる余地はなさそうだ。
せっかくの強い人同士の斬り合いを見られる機会だけど、その余裕がないくらいにレベルが違う。私にできることは、すべての注意力を使って、万が一こちらに来た場合にカウンターを入れられるように準備しておくことくらいだ。
加えて、今は皇族が一緒だ。不本意ではあるけれど、私の結婚相手になるかもしれない人。少なくとも、婚約破棄には必要な人。
皇族が狙われたときにどう警護するのが最適なのか全然分からない。
ミヤにも強く思うけど、急に私を婚約者するのなら、緊急時のマニュアルくらい用意しておいてくれよな。
あたふたする私とは裏腹に、ユリアナはこの手の事態に慣れっこのようで、突き飛ばされた先で悠然と座っていた。
「せめて、立っておいた方がよくないですか?」
「なら立たせて、わたくしの婚約者様」
「まだ婚約者じゃないから」
ユリアナが両腕を差し出してきたので引っ張って立たせる。
「引っ付かないでください。……いや、それは離れすぎ」
この人、守られる努力をする気がなさすぎる。
せめてエルミナにこちらの異変が伝わるようにとマユナを呼び戻しておく。
「この子が魔獣のユナね」
「マユナです」
「あなたに触れてもいいかしら?」
私にではなく、マユナに訊いていた。
特にマユナが嫌がるそぶりを見せなかったので、ユリアナが手を入れる。
「ふわふわ~~」
「………………」
たぶん本当にめちゃくちゃ強い、それこそ剣聖とやり合えるレベルの襲撃者さんだと思うんですけど、あなたのターゲットは今、うちのマユナの毛並みを堪能していますよ。
「おうおうおう、楽しいのぉ!」
速さに目が慣れてきて少し見えるようになった。
この剣客はキリヱの全方位からの斬撃を捌きながらも、きちんと反撃を入れている。
私が対峙したなら、初手で首を刎ねられるはずだ。
エルフではなさそうだけど、セイラがそうするように、この人はきっと魔法を斬れるだろう。
「ん……なぁ、その刀……ユリアナちゃーん、これ冠位の刀じゃい!」
「……欲しい。狩って」
今になってようやくユリアナが襲撃者に注意を向けた。
「うむ」
キリヱの速度が上がる。また見えなくなった。
「冠位って、セイラの師匠だった人のことですよね? その刀ってすごいんじゃないですか?」
冠位とは皇帝付きの剣聖を指す言葉だ。要するにスレイ皇国で最も強かった人。セイラの師匠だった人。その人が死に、現在は皇妃が皇帝を兼任しているため空位になっていると聞いている。
「冠位の刀といっても沢山あるのよ。あの方は挑んできた相手の刀を集めていたから。普通、剣聖には神刀が与えられるのだけど、棒状のものだったらなんでも良いというような方だった。だから元々の刀としては大したことのないものが沢山あるのだけれど――」
「だけれど?」
「端的にいうと、あの方が振った刀は、〝起きる〟。貴女の腰のその刀と同じようなものね。ただの鈍らが、あの方の一振りで目を覚まし、国宝級に成る。まさに『名人は刀を選ばない』の体現者ね」
その言い方に敬意の色を感じた。
キリヱのペアであるユリアナにそこまで言わせるとは、かなりのものだろう。
「変な人ではあったけれどね。その名人が生涯で最も長く握っていた刀を知っている?」
「さあ。私は全然この国の刀に詳しくないですよ」
「セイラよ」
「…………もしかして私と結婚したいのってセイラに来て欲しいから?」
そっか、そっちの視点もあるのか。
「そうかもね」
「ほよ~、悲しいです~。私に囁いてくれた愛はエサだったんだ~」
「ふふ、半分は冗談」
「半分、ね」
「わたくしは、セイラが柄を握られて良しとしている貴女たち姉妹には、純粋に関心と敬意を抱いているのよ」
「だいぶそれっぽいことを言う」
「事実よ。貴女たちを愛しているわ」
ユリアナは関心と敬意の念を「愛」と呼んでいるのかもしれない。
ものすごく強い剣客に襲われながら、私たちは愛について話している。
襲撃者のその抜きんでた剣才が死んでしまうのはもったいないと思わないこともないけれど、今の攻防をあと何手か繰り返せばキリヱが勝ちそうだった。
「じゃあなぁ! 楽しかったわい」
キリヱが背後を取る。
「――待てッ!!!!!」
その声は上空からだった。
上空……?
一頭の竜が舞っていた。
背中の男……に囚われたエルミナっ!
「キリヱ、ステイ!!」
ユリアナの声に、剣筋を無理やり捻じ曲げたキリヱがぐるぐると回転しながら私たちの近くに着地する。
「なんじゃい」
「止めてくれてありがとう、ユリアナ」
「貴女のパートナーを目指すのだから、好感度を稼いでおかないとね」
「人質がいる。従えば解放する」
竜の鞍上から、襟首を握られたエルミナがぶら下がっていた。
「……………………」
どちらかが人質に取られるという状況を、私とエルミナは定期的に訓練している。その際の秘密の合図もある。しかし私からのその投げかけに、エルミナの応答はなかった。気絶のフリをしているというわけではなく、完全に気を失っているようだ。
いやでも、イマイチな魔法杖とどさくさでゲットした刀で、魔法耐性のあるエルフ剣客と、闇魔法の通らない竜と戦ってまだ生きているだけでえらいですよ。
「余計な真似を……」
剣客が唾を吐くように言った。
「まずそこの剣聖、刀を折れ」
「いやじゃ! 絶対に断る! がるるるる」
「……………………。…………おい、そっちの女ァっ!」
私だ。
要求を諦めるのが早くない?
「そこの刀をその女に投げろ」
「そこの刀」というのは、エルフ剣客が持っていた刀を指していた。指示通りに拾って――。
「うわっ」
初めて残雪を握ったときに似たひどい悪寒に襲われて、反射的に放り投げた。
剣客の女がそれを拾い上げる。
先日シェイリが私に向けたものと同じ感想を抱いた。
即ち、それを普通に握れるだけでだいぶすごい。
……もしかしてそれ、シェイリが回収して十人がかりで運んでいたとかいう刀だったりしない……?
「乗れ」
男の指示で、剣客が渋々と竜に乗り込む。
「返すぞ」
キリヱにも届かなさそうな十分な高度まで竜が舞い上がった後、空からエルミナが降ってきた。
「マユナ!」
マユナに高く跳んでもらい、空中でエルミナをキャッチする。
両手が塞がって変な体勢になってしまい、脚の骨を砕きながら着地した。
腕の中でエルミナの息を確かめる。
大丈夫、呼吸はある。
「よかった――……」
その安らかな表情を見て、上空から落とされたことは黙っておいてあげようと思った。
***
私の背中で目を覚ましたエルミナと宿に戻ると、疲労でもうベッドから起き上がれなくなった。眠いというよりも、もはや微塵も動けない。
それでも頑張ってなんとか血まみれの服だけは着替えて、再度ベッドに倒れ込む。
体力というよりも気力の問題だ。
今夜の密度はすごかった。もう刀を握る元気も残っていない。
「へふみは~、へんひへふは~」
枕に伏せたままもごもご言う。
「ぜんぶ、あしたかんがえますわよ~」とエルミナが投げた。
あの後、シェイリを呼んで、囚われていたエルフの人たちを希望の場所に還す作業をお願いした。
シェイリは皇国法との齟齬を気にしていたけれど、唐突に第二皇女が現れて「おねがい」をしたおかげでスムーズに事が運んだ。
「当然だけれど、皇族は税金を払う必要がない。つまりこの子たちがわたくしの所有物であったのならば、そこにあらゆる税が発生していなくともおかしなことではない。そうでしょう? それとも、愚かなわたくしが見落としていて、聡明な貴女だけが気付いている問題がなにかあるの?」
「ございません」
「そう。なら良かったわ」
という圧力は聞かなかったことにした。
解放された中には、この食堂の双子エルフもいた。宿の人たちがとても喜んでいたので、今夜の出来事は私の中でポジティブな思い出として記憶されるだろう。
ちなみにあの剣客に持ち去られた刀は、やはりシェイリが身を粉にして回収した刀だったようだ。刀を奪われ、高い遵法精神を持って仕事をしていたら皇女に詰められ、散々な夜だ。勝手に渡しちゃってごめんね。でもあの刀のおかげでエルミナとの交換が成立したみたいなところはあったから、その点は大感謝である。次の回収機会があったなら、私も協力します。
なんか他にも色々大事なことがあった気がするけど、流石に頭が回らない。
「おやすみなさ――」
こんこん、と部屋にノックがあった。
動く元気がなかったので無視をしていると、勝手にドアが開いた。
鍵かけてなかったっけ。
来訪者は、ユリアナだった。
「来ちゃった……♡」
「なんで?」
「だってわたくしたち、結婚するんでしょう? なら公然と、秘密裏に、その事実を積み重ねていいかないと」
見ると大きなマイ枕を抱えている。
「ねえ、セイラと貴女のお話をたくさん聞かせて」
全然動く気がない私を隅に転がして、ユリアナがベッドに上がってくる。
「ほら、やっぱりセイラ目当て――セモクじゃん。私は寝るからな!」
ユリアナを押し返し、頭から毛布をかぶせて封印する。
「えい」と彼女が毛布の下からつついてくる。
毛布をぐるんと回して、ぐるぐる巻きで再封印する。
あ、意外と楽しい……。
エルミナやユナちゃんとはこんな風にはしないから、マユナと遊んでいる感覚が一番近い。このぐるぐる巻きの生き物が〝皇女〟ではなく、でかい動物だと思うとかわいいかもしれない。
毛布の上からわしゃわしゃ撫でる。
「もごー、もごー」
でかい動物がうごめいている。
ふと、向かいのベッドのエルミナと目が合った。
「………………」
「………………」
エルミナが時間が停止したかのような目でこちらを見ている。
「なに、エ………………あ――」
エルミナに第二皇女と結婚(仮)すること言ってないな。
「あなた……」
「はい……」
「もごー、もごー」
「……………………」
「………………ふふ」
すみませんが、この後はひたすらエルミナに小言を言われ続けるだけなので割愛します。




