聖女ですが隣国の皇子女に求婚されるのが上手い
激強エルフ剣客の首を軽々と刎ねた激強狐風女は、スレイ皇国の剣聖二位キリヱだった。
「キリヱって強いんだね」
「わしは一番強いからね。それよりセイラおる? セイラ!」
「別行動中だけど、そのうち皇都に来ると思うよ」
「やったぁ。セイラと遊ぶのじゃ」
「もしかしてセイラって私が思ってるよりも強い……?」
私はセイラの強さをかなり評価しているつもりだったけれど、いま格が違いすぎると感じたキリヱがこんなに関心を持つくらいなのだから、私が思っているよりもさらに上なのかもしれない。
本当はもっと、「キリヱがいるならユリアナ第二皇女もいるの?」とか、「密入国が皇国にバレちゃう」とか、そういうことを色々考えないといけないはずなんだけど、もう、疲れちゃった。連戦で頭が回らない。難しいことが全然考えられない。
緊張が解けて全身がへにゃへにゃしている。完全に死を覚悟していた身だから、今はただ生きているだけでボーナスタイムであるように感じてしまう。
「あら、意外な顔だわ。ごきげんよう、聖女ステラ」
「……あはは、ごきげんよう。ユリアナ皇女殿下」
キリヱの持ち主であるユリアナ皇女がやってきた。
ミヤ第一皇女と継承争いをしている皇国の継承権二位で、剣聖時代のセイラが仕えていたユリウス元第三皇子の同母姉。
同母姉といっても、かつてアルス王国エーデル領で魔獣災害が発生した際には(あの私が穴に落ちてなにもやってないときね)、密かに弟を殺そうとしていたという。
その時の縁でユナちゃんとは今もペンフレンドだそうだけど、私は別段仲がいいというわけではない。スレイ皇国の代表として公式にアルス王国にお越しいただいた際に、何度か顔を合わせたことがある程度だ。
「貴女ってミヤと…………なるほど、だいたい察したからいいわ。セイラは?」
スレイの皇宮関係者、全員私にセイラのことを聞いてくる。
「……今は別行動中です」
「ふうん……。ねえ、じゃあわたくしと結婚しない?」
「…………なにが、じゃあ、なんですか」
「だってミヤの迎えをアルス王国で待っているはずの貴女が、わたくしにその入国を知られずにこんなところにいる。ということは貴女って本当はミヤと結婚したくないのでしょう? ならわたくしと結婚するといいんじゃない?」
「………………」
私が今この場にいる、という情報だけで、すべてを見透かされていた。
その上で結婚の申し出をされた。
政治の始まる音がする。
へなへなの思考力に、がんばって火を入れる。
「……ユリアナ様がアルスに来てくださるのなら、考えてもいいですよ」
「……へえ、貴女ってそういう返しをするのね。もしかしてミヤのこともそんな風に口説いたの?」
ユリアナがわずかに首を傾げる。
「あの人には、有無を言わさず一方的に婚約を押し付けられたので……。というかスレイの人って第一皇女が私に求婚したことを知っているんですか?」
そもそもスレイ皇国の中で、私は現在どういう位置づけにいるのだろう。
「さあ。少なくとも公式の周知はないわね。わたくしだから知っているだけ。もちろん、耳のいい華族にも知られているでしょうけれどね。オフィシャルではないわ。メリットもないしね。歴史的にみて、周知すると生存可能性が下がるからね。道中で殺される例がたくさんあるの」
「たくさんって……」
エルミナの姉の死もこの例というやつに含まれているのだろうか。
「貴女たちの婚約を聞いたとき、貴女とミヤが結託して、貴女を殺しに来る反第一皇女派を炙り出す腹積もりかとも考えたけれど、その顔では違ったようね。ミヤの単独かしら。どう思う?」
「どうでしょうね。ミヤ様ご本人に聞いてみないことには。でもそれ以前に、仮に反ミヤ第一皇女の人がいたとして、アルスの聖女を殺す理由ってそんなになくないですか? 私が反対派だったら、もっと影響力のある国の人と結婚せずに小さく納まってくれてラッキーくらいに思うと思いますけど……。実際のところ、ユリアナ様のおっしゃる第一皇女と隣国の聖女の結婚を妨害したい人なんて本当に存在するのでしょうか?」
存在しない架空のものを前提として話を誘導する小技をエルミナ宰相(悪)がやりがちだから、一応チェックを入れておく。
「ああよかった。それくらいは頭が回るのね。だけどそれって貴女のことじゃないの?」
「……あ、ほんとだ!」
第一皇女と隣国の聖女の結婚を妨害したい人は確かに存在した! 私だった!
「ってなんでですか! というかまさにユリアナ様もじゃないですか?」
「あら、利害が一致したわ。これは結婚するしかないわね」
くすくすと彼女が笑う。
完全に遊ばれている。
「ユリアナ様が結婚を提案してくる理由もよく分からないんですけど」
「決まっているじゃない。貴女を愛しているからよ」
「わー、光栄です~」
光栄です~。
「……貴女の妹――ユナのことは好きよ。だから私はただあの子にとっての『姉の命を奪った国の皇帝』になりたくないだけ」
私のあまりにやる気のない「光栄です~」を受けてか、別の取って付けたような理由を選んでくれた。
「ん~、ならやっぱりアルスで結婚しましょう。ユリアナ様が来てくれたら、ユナちゃんやセイラもたぶん喜びますよ。同じお屋敷の中で、毎日思いっきりユナちゃんと文通を楽しんでください」
「とても魅力的な提案ね」
光栄です~、の意趣返しとしての、あまりに興味のなさそうな「とても魅力的な提案ね」だった。
彼女に本音を話す気がないから、会話がどんどん霧の中に溶けていく。その中からなにか意義のある事柄を拾い上げることは私にはとても難しい。
「ミヤ様の真意はご本人のみぞ知るところとして、ユリアナ様が私に結婚しようと言ってくるのがかなりよく分からないです」
こういう時は素直に分からないことを分からないと言おう。
「別に。わたくしが貴女と結婚したらミヤが嫌がるかなと思って」
「その理由は……、ちょっと信じられる……」
「うふふ。貴女がスレイの民だったなら、その首を刎ねているわ」
先ほどとは打って変わって、気持ちのこもった『その首を刎ねているわ』だった。
「この首が刎ねられていないのなら、私はスレイの民ではないということですね」
「わたくしと結婚するのなら、アルスとの自由な行き来を含めて、自由を保証してあげてもいいわ」
「結婚して私がスレイの民になった途端、首を刎ねられるとかそういうオチではないですよね?」
「貴女はわたくしをなんだと思っているわけ?」
私はあまり皇族同士の距離感が分かっていないけれど、継承者同士というのは基本的には殺し殺されの関係であるという。ジルの調査曰く、ユリアナ第二皇女より下の第三~第五皇子女はこの二年間で何度も新しくなっているらしい。つまりはどんどん人が死んでいるということだ。
「すみません、契約で苦労した経験があるもので。…………ちなみに…………参考、あくまで参考までに伺うだけですけど、婚約中に別の人と結婚するのってスレイの法だとどういう扱いになりますか?」
「その相手は皇族?」
「ご存じだと思いますけど、そうです……」
「客観的に婚約したことが分かる証人や書類がある?」
「ご存じだと思うけど、あります……」
私は王国主催の公的なパーティで婚約を肯定する言動をしてしまっている。
「……罪。当然斬首」
「ほらやっぱり、私に処刑を仕向けようとしてません?」
「まさか。それを避けたければ、正当な婚約破棄を行うしかないわね」
「一周したな。もう正直に聞いちゃいますけど、ミヤ様との婚約を破棄できそうな正当な事由をお持ちじゃないですか? なんかほら、他人の本を破いたとか、頭から水をかけたとか、階段から突き落とした、みたいなやつ」
「貴女の国ではそんなことを王族との婚約破棄に足る根拠にできるの?」
「……王族がいえば破棄できますね。失礼。王族とのじゃなかったです」
「そうでしょうね。皇族との契約を破棄するなら、そこには皇国に対する罪が必要だわ。不当な殺人や金銭の授受のような、分かりやすく皇国の利益を損なうと判断されるものね」
「それはそうでしょうね。……あ、そうか。それで! なるほど! で! ユリアナ様はその上で私に結婚の話を持ち掛けているわけですよね」
なるほど!
……なるほど。
自分で言ってみて、この人の狙いがようやく分かった。
これだけ自信満々に私に求婚しているのだ。ユリアナ様はきっと、私が先の婚約を破棄できるだけの理由――ミヤ第一皇女の『皇国に対する罪』の証拠を持っている。
つまりユリアナ様が欲しいのは、私との結婚でも、私とミヤ様の婚約破棄でもなく、婚約破棄の〝場〟、自身の握る第一皇女の不正を最も効果的に国中に開陳できる正当な〝場〟なのだ。
婚約破棄をするための糾弾なのではなく、糾弾をするための婚約破棄。
私がよく知っている普通の王族の「婚約破棄」というものは、その正当性のために理由をでっちあげる。公爵令嬢が平民の聖女をいじめていたとか、紅茶を頭からかけていたとか、そういう相手の〝罪〟を断じることで、その契約の破棄に正当性を持たせようとする。
ユナちゃんがいうところのいわゆる「断罪イベント」とは、婚約破棄を目的とした手段である。
だけどこの人は違う。断罪イベントそのものが目的なのだ。
その場を作るためだけに、目的と手段を入れ替え、私に結婚の申し出をしている。
「あはっ」
なんて悪い人なのだろう。
考え方がエルミナ的だ。
このっ、悪皇女!
「さて、貴女がようやく卓についてくれたようですし、そろそろ帰ろうかしら。ミヤだけがパートナーを得るのは癪だから、わたくしもできるだけ早く結婚相手を見つけないと。残念だけど、貴女に無駄な交渉をしても仕方がないものね。キリヱ、目的の刀を回収して皇都に戻りましょう。あと五つ数えたら行くわよ。ひとーつ」
「乗りましょう」
「っ……。…………意外だわ。頭を抱えて悩むところを見たかったのに」
正直なところ、全然正解が分からなかった。
今この瞬間に存在する選択肢としては、ミヤ様に乗るか、ユリアナ様に乗るかの二つだ。
このまま何もしないと、私はそのうちミヤ第一皇女と結婚することになる。
あるいはそれを避けるための努力を試みることはできる。今ユリアナに提示されているのもその道のうちの一つだ。
本来ならそんなにすぐに決められる問題ではない。どちらが私にとってベターであるか、最低でも三日三晩は悩みたい。
だけど、当然この人はそれを考えてくれるだけの時間を与えてはくれない。五つ数える間だけ悩んだところで、私が実りのあるアイデアを得られることはないだろう。
つまり少なくとも今この区切られた瞬間において、悩むことの価値は低い。
だからそれよりも相手が想像していないこと、嫌がることを優先してみた。
すなわち、即答。そして――
「ただし、順番が大事です。私も処刑されたくはないので。ユリアナ様がミヤ様の不正を糾弾されて、晴れて私に婚約者がいなくなったのなら、あなたと正式に結婚させていただきます。私を愛してくださっているというのなら、それくらいはいいですよね?」
きちっと最低限の条件を通す。
仮婚約→(間1)→断罪イベント→(間2)→ミヤとの婚約破棄→(間3)→ユリアナと結婚
というフローがあるとするのなら、「間3」のタイミングで私がフリーになれる。ここで私がなにやら一発かますことで、すべての結婚の約束を破棄できるはずだ(がんばれ! 未来の私!)。
そのためには「仮婚約」とかいう自分でも意味の分からない概念を通さなければならない。でもたぶん通るのだ。なぜならこの人の興味は断罪イベントであって、その後に続く結婚ではないのだから。
それに――。
私が即答したのだから、当然あなたも即答してくれるでしょう?
「いいわ、貴女のことが少し気に入った。受けましょう」
「それと一つ教えてあげます。私ってとってもロマンチストなんですよ? なんといっても他人に『聖女』と呼ばせるくらいですからね」
「なぜ貴女の首を刎ねていないかが自分でも不思議なところだけれど、……いいわ。貴女に花を持たせてあげる。――ステラ・ツー・グランス、貴女の前に横たわる大きな困難をわたくしが打ち払った暁には、結婚してくださらない?」
「…………………………………………はい」
自分で言いだしたことなのに、頷くのにめちゃくちゃ勇気が必要だった。
「うふふ、そういうところは初心なのね」
「………………光栄、です」
だけど、一応言わせることができた。不貞においては、どちらから誘ったかで後々の印象が変わってくるからね。……いや、そもそもなに一つ不貞要素ないから!
「案外、こういうのも楽しいかもね。うふふ、ミヤから婚約者を奪っちゃった」
そう言ってわざとらしく腕に抱きついてくる彼女を見て、どんどん判断ミスだった気がしてきた。
いや、どうだろう。わかんない。なんもわかんない。全部間違いだったかも。
助けて~~。




