A.8 ようやく情報収集!
前略、身体強化魔術を教わることになった。
そしてクォ・ミルは酔って寝たらしい。
「さてと、このコインだけれど、さっきも言った通り合金製。ちょっと折り曲げてみてくれるかしら?」
「ふ……っ! んぬぬ……!」
「まぁ曲がらないでしょう。ユーラフェン、普通に力を込めてみてくれる?」
「では、失礼いたします……っ、あれ……」
「曲がらないじゃないか」
「えぇ、曲がらない。当然のこと、身体強化と言っても無意識にやっているものはこの程度、じゃあ次は意識して指先に強化をかけてごらんなさい」
「わかりました……ん……っ!」
フレイアの指示を受けてユーラフェンは指先に意識を集中し、ぐぐっと力を込める。
するとコインが徐々に折れるように曲がっていく。
「おぉー……」
「この状態なら人の肉を指でちぎれるわけだけど」
「こわっ」
「あなたにやってもらうのはこれ、まずは指先で曲げてごらんなさい」
「……わかった、やってみる」
「では、その間暇ですしわたくしたちは情報収集に行きましょう」
「————私はメグルの側に」
「クォ・ミルが側に居るからいいでしょう。あれでも獣の端くれ、良からぬ者が近づけば飛び起きますわ」
「ですが……」
「俺は大丈夫だ、ユーラフェン。とりあえず元の世界に帰る手がかりが欲しいけど……いきなりそんな事を聞いても頭のおかしいやつだと思われかねないし、それに……」
「それに?」
「ネメアの身体だとまた面倒ごとに出会う可能性がある」
「……なるほど、了解いたしました」
体がぷるぷると震えるほどの力を込めてコインを摘むがびくともしない。
とりあえずこれをこなすためにも集中する時間がほしいし、その為に2人を待たせるのも悪いと思って、情報収集は任せることにした。
2人は早速酒場のマスターや他の客にそれとなく情報を聞き始め、俺はとにかく指先に意識を集中させた。
ユーラフェンとの魔術訓練や、先程2人の喧嘩を仲裁する際に放った一撃で、体内に魔力が流れている感覚というものは実感できた。
けれど詠唱という形で出力できる今までの魔術と違って、これは感覚的に発動しなければならない魔術、どうにも感覚が掴めない。
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「でき、た……? つぅ、指痛い……」
それからしばらくして、ようやく軽くコインが曲がる程度に力を強めることができた。
ただ、それまでずっと力を込めていたこともあって指先が痛む。
成果も出たのでひとまず休憩しようと思ったところで、2人が戻ってきた。
「おかえり。ほら、ちょっと曲がった!」
「あら、本当ですわね。もう少し苦労すると思ったのだけれど」
「お疲れ様です、メグル」
「それで何かいい情報はあったか?」
少し曲がったコインを見せると感心したように頷くフレイア。
ユーラフェンは隣に座ると、貰い物と思われる何かを机の上に置いた。
「別世界、というものにはあまり馴染みがないのでそちら方面の情報はありません。ただ、魂の入れ替えという点においてはいくつか情報がありました」
「魔術的に言えば死霊術や黒魔術の分野ですわね」
「残念ながら私たちは門外漢の分野ではありますが……」
「黒魔術……もしかして。おーいクォ・ミル、起きろー」
黒魔術っていうものがどう言ったものかは知らないが、影を操る魔術なんてものを使っていたクォ・ミルなら何か知っているかもしれない。
今の今まで爆睡しているクォ・ミルの身体を揺すって起こすと、寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げる。
「んにゃ……ネメア……」
「違うぞ、巡留だ」
「メグル……ふあぁ……」
「とりあえず酒場からでましょう? このままじゃまた酔って寝るわよ」
「それもそうか。ユーラフェン、手伝ってくれ」
「了解しました」
どうやら寝起きは大人しいタイプのようだ。運ばれてる最中もむにゃむにゃとしている。
そして外はもう日が沈みつつあるようで、ちらほらと灯りが窓から漏れ、街灯が暗がりを照らし始めていた。
「ふぁ……はふ、おはよう……」
「もう夕方だけどな」
「んー……じゃあ寝るぅ」
「こらこら、お前に聞きたいことがあるんだよ」
「何ぃ?」
「黒魔術について何か知らないか?」
「黒魔術ぅ……」
このまま二度寝してしまいそうなクォ・ミルに声をかけて情報を引き出そうとする。
次に会った時にでも聞けばいいのだろうが、フレイアがさんざん引きこもりだと詰っていたのもあって、次会えるのがいつになるかわからない。
ここで聞き出せるのであれば聞き出しておきたい。
「んー……ここから北の町に黒魔術師の集いがある……そこで聞いて……ふぁ」
「北の町? わかった……って、なんだ!?」
眠たそうな声のままそれだけ言い残すと、クォ・ミルの身体が沈んでいく。
まるで沼のように、けれど彼女を支えている俺とユーラフェンは沈むことはなかった。
「あぁ、もう夜ですものね、帰るつもりなのでしょう」
「帰る?」
「その子影が繋がっている場所なら一瞬で移動できるの。だからそれで自分の家にでも帰るつもりなんでしょう」
「そんな事が————」
フレイアから話を聞いている間にもクォ・ミルの身体は沈んでいき、するりと肩にかけていた腕が落ち、とぷんと、水に沈むかのようにクォ・ミルの身体は影に消えていった。
「……では、わたくしも帰ります」
「ん、そうか。色々あったけど……ありがとう」
「当然のことをしたまでのこと、持つものは持たざるものに施して然るべき、これは魔女になる前からわたくしの胸に在り続ける信念ですもの」
(第一印象最悪だったけどまともな所もあるんだなぁ……)
胸に手を当てながら得意げに語るフレイア。おそらく相手によって明確に態度と接し方を変えるタイプなのだろう。
ネメアやクォ・ミルのような同格ないし格上相手には噛みつき、自分より下の相手にはある程度優しく接する……反骨精神旺盛って事か?
「そうだ、これを」
「わっ、とと……コイン?」
「差し上げますわ。帰っても鍛錬を怠らずに、それと————」
「なぁ、もう一枚、赤いのもくれないか?」
「人の話は最後まで……はぁ、一枚あれば十分でしょう?」
「いや、綺麗だったから単純に欲しいなって。ダメならいいんだけど」
「————そ、そう。別に構いませんわ、これくらいいくらでも作れますし!」
「お、そうか、悪いな」
練習用のコインとは別に、メタリックワインレッドのようなコインも追加でもらう。
やはりメタリックなレッドはカッコいい、男の子なら大体好きと言っても過言じゃない。
後こういうコインも集めたくなるんだよな〜、ヒーローモノのおもちゃを集めてた子供の頃を思い出す。
「で、では。わたくしはもう行きますわね」
「おう、またな。コイン大事にするよ……次は喧嘩しないでくれよ?」
「……あなたがそういうなら……迷惑にならない程度に控えますわ」
「やめはしないのか」
「売られた喧嘩は買って勝利しなければ炎の魔女の名が廃りますの! それではご機嫌よう!」
そう言い残して赤炎を纏って飛び去っていくフレイア。あれはあれで派手でカッコいいな。
「ふむ」
「ん? どうしたんだユーラフェン」
「いえ、我が師がこの光景を見ていれば、きっと良からぬことを企んでいたのだろうな、と」
「なんだそりゃ」
「いえ、では私たちも帰りましょうか、メグル」
「そうだな、お腹すいたし」
「本日は何にいたしましょう」
「んー……肉食べたい!」
「かしこまりました」
晩御飯について話しながら俺たちも帰路に着く。
帰る、ということはつまり————
「やだ! 下暗くて見えないんだけど!? 行きより怖いんだけどぉ!?」
「騒がないでください。落としますよ」
「ひゅっ」
足元に広がるのは暗闇。月も登り切っていない夜の中でユーラフェンに抱えられながら、足元が冷え切って凍えそうな空の旅を堪能することになった。
「ゆ、ゆっくり過ぎない?」
「行きの時に文句言われましたので」
「うぐ……」
「はぁ、加速すればいいですか?」
「え、やだ、やめ————」
「いやあああぁぁぁ!!」
ESN大賞7応募作品です。
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