Q.51 人を信じるということ
前略、キリエに追い詰められたが、光明が見えてきた。
一人で足りないのなら、二人で乗り越えるだけの話だ。
「……なるほど、キミ……中になんか居るね?」
「気付いたか、あんたに抵抗するための苦肉の策ってやつだよ」
「人の道を外してるのはそっちじゃないか、なっ!」
氷柱と槍が放たれる。右手を伸ばすと、吊られるように左手が反対へと伸びていく。右からは火炎が、左からは土壁がキリエの魔法を防いでいく。
『守りは私にお任せを』
「あぁ、任せた!」
「気色悪い……!」
ユーラフェンの魂が内にあることで、俺の意思だけでなくユーラフェンの意思でも魔法が行使できるようになった。
身体の主導権は俺にあるが、ユーラフェンが迎撃をしてくれるというのであれば、俺はキリエに届くようにただ一心不乱に向かうだけで良い、凌ぐだけで精一杯だったのが攻勢に移ることができるようになるだけで、希望が見えるようになった。
「っ……!」
「一気に顔色が悪くなったな……!」
「そこまでして生きたがる姿に寒気を覚えただけだよ!」
接近し、剣を奮う。キリエも剣を作り出すと受け止め、何度も打ち合いながら魔法による攻防を続ける。
炎を風で打ち消し、植物の壁を死の瘴気で払い、距離を取ろうとするキリエに食らいつく。
「誰だって生きたいさ! あんただって、あんたの世界に生きてる皆だって、生きたいって気持ちに変わりは無いだろ!?」
「なら生存競争ってやつだね、君たちが死んで私達が生きる!」
「っ、諦めが悪い……!」
「キミに言われたくないな!」
変わらず説得を続ける。聞く耳を持たない相手への説得は無駄だろう、けれどキリエは焦っている。勝ち目があるはずのない、絶対的な勝利を確信していた所に、意味もわからず追いすがってくる敵。
動揺している今がついけいる隙だろう、そして……声が届かないのなら――――
「ユーラフェン」
『なんでしょうか』
「これから一緒に大きいのを叩き込もう。その後の防御は任せる」
『……わかりました』
深くは聞かない。いつものユーラフェンらしい返答に少し安心する。
手のひらを握る、そういえばユーラフェンが出てきてから魔法の出力が上がっている気がする。これは、本当の意味で俺が身体に馴染んだからだろうか?それなら――――
「……!」
熱を上げていく。火炎を練り上げ、球体へと固め、熱流を制御する。
この距離からなら回避はできないはず、仮に回避する手段があるとすれば――――
「時間停止――――」
「させるか!」
時間か空間、どちらかの魔法を使うだろうと想定していた。出力が上がった今なら……この距離から干渉できる……っ!!
「ユーラフェン!」
『はいっ!』
「”時よ――”」
「『”――止まれ”!!』」
火球はブラフ、ユーラフェンに先んじて時間魔法を使わせていた事によって一手、キリエよりも先に発動することができた。
これで……決着だ。
「――……っ、はぁ……なるほど、私の負け……か」
「そういう事になるな」
「はやくトドメを刺しなよ、悪いけど私の考えは……」
「いいや、俺は諦めが悪いんだ、だから話を聞いてもらう……言葉じゃなく、心で」
「? 何を……」
魔女の魔法は誰かを傷つけるためのものではないと、俺は思う。自然を、文明を、概念を、そして……人を司るこの力は、理解があってこそ真価を発揮する。
誰かに、何かに寄り添う……知りたいという気持ちが無ければ活かすことができないこの力を、ただ戦うために使うのは何かが違うように思えたのだ。
だから、俺はこの魔法で彼女に寄り添い、理解してもらいたい。
「っ、ここは……」
「精神世界……って言えばいいかな、俺がネメアと身体を入れ替えていた時に、夢で話していた空間を真似たんだ。空間の魔法と精神の魔法で上手いこと、な」
「……器用な真似をするね、本当。向こう側の人間のくせに」
何度もこの身で……いや、この魂で経験したからこそ、不完全だろうが真似ができる。目の前に居た彼女に直接触れ、魂を知覚できたからこそだが。
「で、何かな。裸の付き合いってやつでもしようと?」
「いやそんなつもりは……ただ、腹を割って話そうと思ってさ」
「何が……」
「まぁ待ってくれ。ここはあくまで俺が魔法で再現した空間、いくつか細工が施してある」
「細工?」
「嘘がつけない、ここでは本音以外では話せない」
「――はぁ? そんな事……」
半信半疑……どころか一片たりとも信じていないような表情を向けて口を開くが、その後に続く言葉は出ずにパクパクと声にならない声を微かに漏らしていた。
「っ、で? 私は確かに嘘をつけない、けどキミはそうとも限らないでしょ?」
「いや、流石に俺にそこまで細かな条件付けはできないよ、ここに居る限り俺も嘘はつけない」
「……信じない」
「それでも良い、だから聞いてくれ」
ただの言葉じゃ彼女には届かないだろう。なぜなら彼女は人を信じていない。
当然だろう、魔女だなんて存在しなかったはずのものに踊らされ、簡単に命を奪う人の姿をその目で見てきたのだから。
けど、だからこそ話が通じると、俺は判断した。
「キリエ、あんたは人を……信じてるか?」
「……信じてるとでも?」
「あぁ、じゃなきゃおかしいだろ? あんたが作った世界に生きる人々、魔女も含めて誰一人としてあんたを崇拝していなかった。世界の魔女という存在が居る、という認識はあってもあんたを神のように崇めてるヤツは居なかった、あんたに味方した魔女達だってそうだ」
闇の魔女は論外として、領民のためだった炎の魔女や剣の魔女、妹のためだった命の魔女、そして自ら広げてきた大地のために組みしていたにすぎない。
誰一人として世界の魔女のために戦っていたわけではない。
「本当に人を信じていないというのなら、自分の都合の良い人形にだってできたはずだ。俺がこうして使っている恋の魔女の魔法にはそれだけの力がある」
「……はっ、私がお人形遊びに興じる女の子にでも見えた?」
「いいや、人を信じたくて信じたくてたまらないのに、人を信じるのが怖くて仕方ない女の子に見える」
「――――」
キリエの言葉が詰まる。図星、ということなのだろう。
考えてみればおかしいのだ。箱庭で理想の世界を作るのだとして、彼女はあまりにも世界に不干渉すぎる。
魔女の発生が世界を揺るがせる現象だというのは彼女にだってわかっていたはずだ、なのに彼女は魔女の発生を止めることよりも、俺の世界を奪ってまで世界を存続させようとした。
そしてわざわざ魔女会議の場に現れて魔女達に選択を提示した、まるで自分自身の意思で選ぶことを尊重するかの如く。
「俺を信じろ、ってのは無理なのかもしれない。トラウマなんてそう簡単に治るもんじゃないしな、それこそあんたにとっちゃ体感3000年近いトラウマって事になる。でもさ、自分が産んだものを信じてやることくらいはできるんじゃないのか?」
「自分が産んだ、もの……」
「あんたが彼女たちに選択肢を提示して、彼女たちはあんたと戦う事を選んだ。そして俺も、あんたと戦うことを選んだ。そして俺は俺の世界も、彼女たちの世界も犠牲にしたくない……その選択を彼女たちは尊重してくれた」
「……」
「それだけの自由意志がある彼女達を、俺はまがい物の命だと断じたくはない。俺の力で救うことができるなら、力になりたいと思う」
「そんな事、言われても……」
否定する言葉が弱まる。この空間は恋の魔女の魔法……精神に直接言葉を伝えることができる空間だ。
お互いの本心を精神を介して直接伝え合うことができる、だから俺には彼女の不安や疑心が伝わるし、彼女には俺の本心が伝わっているはずだ。
「それでも俺のことを信じることができないなら、彼女の言葉なら考えてくれても良いんじゃないか?」
「……彼女……?」
「――初めまして、世界の魔女。私は時空の魔女ネメアの一番弟子にして、彼……人の魔女、タチバナメグルに身体と想いを託した者、名をユーラフェン・フィスフィリアと申します」
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