A.5 あなたは私のモノ!
前略。もう空は飛びたくない。
あとなんか変態に絡まれました。
「変態だなんて、とても失礼。私は恋に生きる乙女、けれどネメア、あなたの中身はあまり好きじゃなかった」
「……それ体だけが目当てって言ってるもんでは」
「そう」
「やっぱ変態じゃねーかよぉ! 助けてユーラフェンさぁん!」
「あまり騒がないでくださいメグル。人の目が」
「俺の貞操より世間体ですか!?」
縋るように、力強く俺のローブを握りしめる変質者。
ユーラフェンはいつのまにか少し離れた位置で俺達を眺めていた。
ずるずると不審者を引き摺りながらユーラフェンの元へ行けば、普段から表情の変わらない彼女は露骨に痛そうな表情を向ける。
「こんにちは、ユーラフェン」
「……どちら様でしょうか」
「素っ気ない。私のこと忘れた?」
「覚えておきたくはないので」
「いけず。嫉妬?」
「いいえ、全くもってそのようなことはありません」
「あれ……知り合いなの?」
ユーラフェンの存在に気付いたのか、引きずられていた変態は立ち上がり声をかける。
……明らかにユーラフェンの態度がいつもと違う。自分の師匠に対して罵倒するときですら表情一つ変えないのに、この猫娘に対しては露骨に毛嫌いしているような振る舞いを見せている。
「存じ上げませんがあなたの仰る通り変質者ですので、崖から落とした方が良いと思われます」
「さらっと殺人教唆しないで?」
「ユーラフェンが説明してあげないなら自己紹介する。面倒だけど」
「あ、どうも……どうも?」
渋々離れ、ぱんぱんと砂汚れを払う猫娘は改めてこちらへと向き直った。
「私はクォ・ミル。ネメアのお嫁さん」
「いいえ不審者です!」
「この子、私にネメアが取られると思って嫉妬してるの」
(おそらくお嫁さんってのはでまかせだろうけど)
なんてことない様子でさらりと嘘をつく猫娘。明らかに警戒心MAXなユーラフェンも、なんだか威嚇する猫のように思えてきた。
「……何があったかは知らないけどさ、あんまりそう……毛嫌いするもんじゃないと思うぞ?」
「……しかし」
「嫉妬深い子は嫌われる」
「泥棒猫め……皮を剥いでやりましょうか」
「どうどう、落ち着いて……全く何があったんだよお前らに……」
ユーラフェンの新たな一面を垣間見つつ、なんとかその場を抑えようと、十分程度宥めることになってしまった。
「私はネメアと出会って、一目惚れしたの」
「……まぁ、うん、続けて?」
「それでネメアと一夜……一週間夜? くらい愛し合ったの」
「……あー……なるほど」
もう既に頭が理解を拒みつつある。
「我が師は私に何も告げずに一週間戻ってこず、探しにこの街へ訪れた所で、この猫と一緒に歩いているところを発見しました……」
「そうか……」
「本当は一ヶ月くらい帰さないつもりだったのに……むしろユーラフェンの方が泥棒猫って言えると思う」
「何をほざきやがりますかこの雌猫は」
「どうどう……」
うーん、これこそ痴情のもつれ。
ネメアのやつはどれだけ人間関係の負債を残していったんだ?
というかあいつ俺には余計な人間関係ができると精算するのが〜とか言ってたくせに、あいつの作ってきた人間関係が俺に負担を強いてきてるんだが!?
……今日眠った時に出てきたら文句言ってやろう。
「……というか、ユーラフェンってそんなに師匠の事好きだったんだな」
「いいえ」
「あれ!?」
「行く先々で女性に手を出そうとする碌でなしです。いつか刺されます。なんなら何回か刺されてます」
「……それって俺、今後行く先々でこんな目に遭うってことじゃ……ユーラフェンさん!? 何故目を逸らしてるんです!?」
「……」
帰りたいのに家の外から出たくなくなるような情報ばかりが俺に襲いかかかる。
俺なんか悪いことしたかなぁ……元カノにフラれたのだって俺のせいじゃないと思うんだけどなぁ……。
そんな己の人生を振り返っていた所で、さっきからじぃっとこちらの顔を見つめる……確か、名前はクォ・ミルだったか。
「さっきから何です、俺の顔に何か?」
「あなた、ネメアと違って誠実そう」
「誠実……いや普通のことだと思うんだけどな、ネメアが異常なだけでは?」
「浮気、しない?」
「されたことなら…………あります」
「そう」
あれ、なんだろう。俺はなんで自分で自分の傷口を開いているのだろう?
「ねぇ」
「なんでしょうか」
「私と結婚しよう?」
「————はい?」
「はぁっ!? 何を言って————」
「うるさい」
突然の告白に困惑していた所でユーラフェンが声をあげる。
警戒し、俺の前に立ち塞がろうとした所で、黒い影のようなものがユーラフェンの身体に巻き付いて縛り上げる。
「ユーラフェ————っ!?」
「あなたも、答えは無くても大丈夫……必要なのは身体だけ、あなたの魂はネメアより染めやすそう……!」
ユーラフェンを縛る影のようなモノは俺の足に絡みついたかと思うと、一気に体を包み込むように上へと這い上がってきた。
咄嗟に魔術をぶっ放してしまおうと考えたが、それよりも先に口を塞がれてしまう。
「抵抗、ダメだよ。大人しく私のモノになろう?」
「んんっ! ん〜っ!!」
助けを求めようと周囲を見渡す。しかし通りがかる人はまるで関わり合いになりたくないといった面持ちで見て見ぬふり。
あぁ、ここには助け合いの精神なんてモノはないのだと。
そう己の行く末と人生を想いながら、冷たい闇に視界が塞がれようとしたその時————
「見つけましたわ!!」
「っ!?」
聞き覚えのある声と見覚えのある赤い炎が目の前に降り立つ。
頬を撫でる熱風は、影によって体温を奪われ、冷えていく体を温めるように染み込んでくる。
「って、クォ・ミルじゃないの! 何をなさってるのかしら?」
「フレイア」
(知り合い!?)
降り立ったのは彗星のような少女、炎の魔女フレイアであった。
どうやら知り合いのようで、フレイアの姿を見るとクォ・ミルはその手を止めた。
「ネメアの身体に弱い魂が入ってるから、連れ帰って私のモノにしようかなって」
「あら! それは困りますわ! 本日はこちらの……えっと、そういえばお名前はなんでしたっけ」
「そういえば私も知らない」
顔を見合わせて会話していた2人が同じ疑問を抱くと、両者の視線はこちらへと向き直り、口を塞いでいた影が外れる。
「お名前、教えて?」
「あ、えと……橘巡留です……」
「タチバナメグル、どうお呼びすれば良いのかしら?」
「タチバナでもメグルでもご自由にー……それはそうと解放していただけないでしょうか?」
「ダメ」
「そんなぁ」
名前を名乗ってもぐるぐる巻き状態から解放されず。途方に暮れたように声を漏らす。
「あなた、えっと、メグル? 助かりたいのね、助けてあげても良いわよ?」
「本当ですか!?」
「フレイア、何言ってるの?」
「ふふっ」
笑いながら手を差し伸べるフレイア。正直善意で助けてもらえるとは思わないが、かと言ってこのまま拉致されるよりはマシだと思おう。
フレイアはそのままパチン、と指を鳴らすと目を開けられないほど強烈な光が広がり、体を覆っていた冷たい感触が消えていく。
「っ、フレイア! 私の邪魔、するの?」
「えぇ、まさかあなた、わたくしに何か文句がおありで?」
「……ある」
「————あらあら」
拘束が解け、後ろで膝をつくユーラフェンを支え、こっそり逃げる隙を窺っていると、なんだか2人の間に不穏な空気が漂い始める……あれ、これまずくないか?
「闇の魔女風情がこの炎の魔女に逆らうと!」
「————えっ」
「……闇の魔女?」
「はい、クォ・ミルは闇の魔女ですが……言ってませんでしたか」
「初耳なんだけど!?」
毎日1人、新しい魔女と出会う。
なるほど、わかった。これはあれだな、魔女ってやつはどいつもこいつも人間性に難があるんだな。
ESN大賞7応募作品です。
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