Q.49 魔女の末路
前略、世界の魔女と相対した。
話が通じない相手……しかし、だからといって対話を投げ出しても何も解決しない。
「さて、と。このままここで戦って塔を壊されたりしても困るし――――」
「っ!?」
「これは……」
攻撃を凌いだ俺達の姿を見て、キリエはため息混じりに呟くと再び指を鳴らす。すると彼女の足元から何かが広がっていく。これは、さっき見た―――
「戦うなら広いフィールドで、ね?」
「まず――――」
急速に広がるワームホールのような空間の虚、逃れるよりも先に囚われた身体は、異界を通る感覚が全身を駆け巡ると共に、見慣れぬ場所へと移動してしまう。
辺りは見渡す限りの自然、初めて見る光景ではあるが、どこか懐かしさを覚える。
「ここがどこだか、わかる?」
「……知らないな」
「同じく」
「ボクも心当たりがないね」
「悲しいなぁ、ここは私にとって、すごくすごく大事な……大事だった場所なのに」
よくよく見渡せば、倒壊し、朽ちた木製の建物のような残骸が見える。懐かしそうにそれらを撫でるキリエは、複雑な表情をこちらへと向ける。
「ここはかつてのブリテン王国、今はグレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国だっけ? まぁ、なんだって良いけれど……重要なのは、ここが私の生まれ育った場所だということ」
「ここが……?」
「そう、でも見ての通りなーんにも無くなってたんだ。久しぶりに見に来てみたらこんなことになってて、思わず笑っちゃった」
夢の中で見た景色は、どれも建物の中の光景であった。外光景はから覗く暗闇だけ、そんなおぼろげな記憶も、今は見る影もなく消え去った残骸と成り果てていた。
故郷が失われ、追放された身だとしてもどんな気持ちを抱いたのか、俺には想像ができない。
「何を求めて人々は魔女を排斥したんだろうね。気に入らないやつを、怪しいやつを、不敬虔な者を、燃やして刎ねて刺殺してこの世から追放して! ……願ったのは平穏な暮らし、でしょう? いかなる理由が、思いが、狙いがあったとしても、自分が平穏に暮らしたいという願いからの行動だったはず……けれど、その結果がこれ」
「……ただ移住しただけ、って可能性もあるだろうが」
「まさか、そんな初歩的な勘違いをするようなバカに見えているの? 私だって時間を操れるんだよ、過去くらい見えるさ」
「この村はね、私を追放した……いや、私を殺せなかったせいで滅んだ」
「なん、だって……?」
「それはどういう……」
キリエの口から語られるこの村の過去と末路。一人の魔女を巡る、彼女の終わりにして始まり。
「かつて、この村では忌み嫌われる白髪の少女と、誰からも好かれる金髪の少女が居ました。村長の子である金髪の少女は、特異な容姿をした白髪の少女を気に入り、唯一の友達になってくれました」
「2人の少女は幸せに過ごし、時に村人から心無い言葉を投げかけられる事はあっても、白髪の少女にとって友達が何よりの支えになってくれました」
「ある日、白髪の少女の父親が異端審問によって処刑されてしまいました。娘と同じ年頃の少女が魔女としての容疑をかけられていた所をかばってしまったせいだと母親が言います」
「……夢で見た内容、か」
物語を綴るように、過去の出来事を語り始めるキリエ。その内容は俺が過去の夢で見たものと同じ内容のものであった。
「少女は父親の死を悲しみました。けれど、それ以上に理不尽なこの世界に失望を覚えてしまいます。あらぬ疑いをかけられた上、父親は少女を救うこともできずに命を落とす……そんな無情で理不尽な現実」
「そんなことが……」
「さて、そんな少女の父親の話は小さな村の中では瞬く間に広がってしまいます。そして、得てして噂話というものは全容の一部しか伝わらないもの。彼女の父親は娘ほどの少女を救いたかったというのが物語の根幹であるというのに、広がる噂は異端の魔女を救おうとしたという、事実でありながら真実とは異なる話ばかり」
「男はなぜそんな事をしたのか? そんな妄想同然のありもしない理由を探し始めれば、答えに至る鍵は彼の娘を見れば一目瞭然。 あぁ、彼は娘と同じ異端の魔女を救いたかったのだ、と」
「―――それ、は」
思わず絶句してしまう。この先の展開を想像するだけで、何が起きるかなんて明白でしか無い。
人は愚かだと言うけれど、それは現代だから言える言葉であり、昔は昔、今とは違う常識や価値観で人々は行動していた。
そして当時の価値観で魔女は、存在するか否かではなく、存在すると信じられたものであり、存在してはいけないものだと言える。
「こうして、彼の娘は確たる証拠もなく異端の魔女として周知の事実として認知されてしまいました。元々見慣れぬ姿をした異形の子、こじつけられる理由があるのであればこぞって彼女のせいだとありもしない罪をなすりつけることができました」
「私の息子が村を去ったのはこの娘に誑かされたからだ! 私の親の体調が良くならないのはこの魔女によって衰弱させられているからだ! 去年の干ばつも! 家畜の病気も! 仕事の失敗も! ありとあらゆる凶事は、この村に魔女が居たからだ!……と」
言葉が出ない、いや、ここで何を言っても意味がない。
彼女の語りが嘘であると、当時を生きても居ない人間が何を言ったところで空虚なものにしかならない。人はそんなものじゃない、なんて綺麗事は魔女裁判なんていう歴史の事実が否定をしてくる。
「そうして魔女と定められた少女は命を狙われることになりました。味方は母親と金髪の少女だけ。けれど母親の言葉には誰も耳を貸さず、抵抗も許さずに魔女を生み出した罪でなぶり殺され、それを見てなお少女の味方をしてくれた友達の言葉は、魔女の魔術によって洗脳させられているのだと、聞き入れてもらうことすらできませんでした」
「いよいよ迫る狂った村人たちの凶刃。父を失い、母を失い、命とは無駄に無為に理不尽に、こうも意味なく失われるものだと悟った少女は自らの終わりを受け入れようとしました。しかし……終わりを受け入れただ地に目を伏せる少女の眼前に鮮烈な赤の色が広がりました」
「思わず顔を上げると、そこには振り下ろされた凶刃から身を挺して少女を庇う友の姿。誰からも愛され、大切にされていた少女は、誰からも必要とされず疎まれていた少女を延命させるためだけに、無為に、無駄に、理不尽に……奪われてしまった、いや……少女が奪ってしまったのです」
「っ、ちが――――」
友人の死を無意味だと、そう言い放つキリエに思わず否定の言葉を口にしそうになる。それが本心であるのか、それとも自嘲に過ぎないのかはわからない。けれど、友を助けたかったという気持ちを無駄だと言い放つのは……あまりにも救われないと思った。
「友は少女に生きて、と願います。すべてを失った少女は、己が生を諦めることすら許されなくなってしまいました。宛もなく逃げ出す少女。村長の娘を殺してしまった、という事実に一時混乱していた村人も、この死は魔女のせいだと責任をなすりつけ、追手を放ちます。それから三日三晩、まともに寝ることも許されず、足の裏はぼろぼろに、まとっていた衣服は擦り切れ汚れ、浮浪者のような姿で行き着いた場所は、かつて友と村を抜け出して来たことのある湖でした」
「過ぎ去った思い出が想起する中で、もはや体力の限界であった彼女はふらり、と力なく湖に落ちてしまいます。痩せこけ、もがく力も残っていなかった彼女は沈んでいき、己の死を悟りました。そして、一つの願いが浮かびます」
「どうか、私が本当に魔女であるのなら、誰も傷つかず、排斥されず、平和に生きていける世界に行けますように、と。それは神への祈りではなく、己の運命への祈り。今生への救いは無く、異端に認定された自らに救いはないと悟った少女の、自己救済の細やかな祈り……」
「結果、不思議なことに少女は小さな荒野で目が覚めます。そう、少女の誰に宛てたわけでもない祈りは聞き入れられ、異端の魔女は新たな世界の創造主になることができたのでした」
「それが、あの世界の成り立ち……結局、あんたにもあの世界がなんなのか、明確な理由や理屈はわからないって事か」
「そう、本当に生まれつき魔女だったんじゃないかな? けど、この世界に説明できないものなんていくらでもある、今気にするべき事はそんなことじゃない、でしょ?」
「……そうだな」
「ちなみに後日談。少女をついに捕らえることができなかった村人達、その原因と責任の所在を魔女の協力者なんて、居もしない者に押し付けようとした結果、疑心暗鬼が伝播していって滅んだみたい。無様で滑稽だよね、自分たちの暮らしを守るために無関係の人間を殺したら、何もかもが無くなってしまったんだから」
哀れみ、悲しみ、怒り。そういった感情を表情に浮かべながら、吐き捨てるように言い放ち、朽ちていた建物の残骸を握り、ぱらぱらと砕け散った破片を撒くように捨て去る。
長いようで短い、彼女の語りが終わると、周囲の空気が変わっていくように感じられた。
最後の話が、これで終わった……と。
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