Q.48 対話の可能性
前略、闇の魔女と絡繰の魔女が土の魔女を倒した。
その頃俺達はというと……。
「これが……世界の魔女の住処か」
鈍く銀色に輝く螺旋を描く塔。重そうな扉は案外簡単に開き、内部へ足を踏み入れる。
階段で上層に繋がっている構造は、簡素な見張り塔のように思えた。
「ここはこの世界の基盤。今こうしてボク達が立っていられるのだって、この塔があるお陰だよ」
「重力操作装置……みたいな?」
「まぁそんな所かな。この世界が成り立っているすべてがここにある。だから彼女はここにいる」
「そうか……」
「何もかもを手っ取り早く解決したいなら、この塔を破壊するのが一番はやいよ」
「やだよそんな物騒な方法……魔王を倒すんじゃなくて魔王城を焼き討ちすればいい、みたいな話だろそれ」
「まぁ、どうしようもなくなった時の最終手段として覚えておけばいいさ」
これから世界の魔女の元に向かうのは殺しに行くためじゃない。まずは話をするためだ。
問答無用で破壊して目論見を潰そうというのは、本当に最終手段にしたい。
「世界の魔女は……上かな」
「この階段を登っていくのか……」
「嫌そうな顔」
「だってさ、仮に頂上に居たら登り切るまでに何分かかるかわかったもんじゃないぞこれ」
緩やかに螺旋を描く階段、それが頂上まで続いているとしたら、そこまで俺達は登り続けなければならない。
下手したら世界の魔女の元にたどり着く頃には足がパンパンになっていそうだ。
「まぁ、行くしかないでしょ」
「……はぁ、気合い入れないとな」
文句を言っていても始まらない。頬を軽く叩いて気合を入れ、階段を登り始める。
「おや」
「っ!?」
「キリエ……!」
1階、2階と階段を駆け上がっていく。果たして何階まであるのかと気を紛らわせるために考えようとしたところで、向かい側の階段から降りてきた女性の姿が目に入る。
それは俺達が会うべき目標、世界の魔女その人であった。
「全員で乗り込んでくるものと思っていたのだけれど、まさか3人だけなんてね」
「……俺達は戦うために来たわけじゃない」
「その口調は……ネメアの弟子ではないね? ということは向こうの子か、折角身体を持ってきてあげたというのに、そんなに女の子の身体がクセになっちゃった?」
くす、とからかうように笑うキリエ。その口調や仕草、なるほどネメアの師なだけある。
「……そもそもこっちに身体を持ってこられたら向こうの世界に帰れないじゃないか」
「なるほど、それもそうだ! 悪いね、じゃあ……帰ってくれるかな?」
俺の言葉にハッとなったような表情を浮かべると、指を軽く慣らして見せる。すると俺達とキリエの間にワームホールのように空間の穴が生じる。その先に見える光景は、長らく目にしていなかった……馴染のある日本の都市の姿だった。
あそこを通れば俺は元の世界に帰ることができる。いや、このままの身体で帰っても意味はない。そしてそれでは根本的な問題は何一つ解決しちゃいない。
「このまま帰ったとして、世界の魔女、あんたが俺の世界を犠牲にしてこの世界を生かすって選択をするのなら意味がない」
「………」
「だから、俺が帰るのは俺の世界と、この世界の無事が確認できた時だ。それまでは帰れないし帰らない」
「ふぅん? それで?」
「だからキリエ、あんたを止めに来た」
「止める……ねぇ、何も知らない一般人が何を、どう止めるんだか」
真剣に向き合おうとしても、キリエはのらりくらりとした態度で聞き流そうとする。話を聞いているような素振りを見せてはいるが、俺に対して関心を抱いている様子はない。
「あんたの事を知りたい。キリエ、あんたはもしかして……魔女狩りの、被害者か?」
「――――………へぇ?」
ネメアの年齢を聞いた時から考えていた事。この世界と俺の居た世界とでは時間の流れが異なる。そして、ネメアの年齢から逆算すると……この世界が生まれたのは近世、魔女狩りや魔女裁判といった悪しき風習が存在していた時代と一致する。
魔女狩りと魔女、キリエという名前に俺が見た過去の夢、それらが無関係であると言うほうがありえない話ではないだろうか。
「あんたは何らかの理由であちらの世界から追放された。その部分はわからない、きっと不思議な力が働いた、としか言いようがないんだろう」
「ちゃんと推理しなよ、推理モノで過程を省いてしまうのは良くないことだと思うよ?」
「探偵じゃないんだ、悪いな。あんたが俺の居た世界で生きていたときから本当に魔女だったのか、それともこっちの世界に来たことで魔女になったのか、それはわからない。けど……今、お前が俺の居た世界を犠牲にしようとしているのは、当時の恨みってやつじゃないのか?」
「………」
仮にこれが本当のことだとして、彼女にとっては体感で2000年以上、3000年近くの時間が流れている。実際にそれだけの年月を過ごした経験なんて当然あるわけもないのだから、忘れてしまっていてもおかしくはない。
「そう、魔女裁判……魔女裁判ね。理不尽と狂気に満ちた私刑、空想と現実の境界が曖昧な愚衆たちの罪」
「……やっぱり」
「普通に生きているだけであらゆるものが奪われていく、平穏を望んでいても猜疑心や嫉妬が人を狂わせていく。魔法なんてなかった、魔術なんて存在しない。そんなことは重要じゃなかった……」
階段の手摺に手を置いて、遠い過去を……苦々しい記憶を思い起こすように空を眺めていた。
「白い髪、白い肌、血が滲んでいるような灰赤色の瞳……あの世界で生きていた私は忌み嫌われる存在だった」
「……アルビノってやつか」
身体の色素が薄い個体、良く俺達がイメージするうさぎのような、白い体毛に赤い瞳……それは人間にも当然存在する。
彼女も、そしてこの身体……ユーラフェンもきっと、そのアルビノの人間だったのだろう。
現代でも物珍しい目で見られるであろうこの容姿、今よりも差別や偏見にまみれた過去の時代において、彼女の扱いがどのようなものであったかは、現代に生きる俺にはわからない。
「それでも私はきっと、恵まれていた。理解のある両親に育てられ、その村で最も権力のある家の子が友人だったのだから」
「……エリナ」
「さすがは覗き魔くん、よく知ってるじゃないか」
やはりあれは彼女の過去だったのだろう。綺麗な金糸のような髪に翡翠色の瞳をした少女、エリナ。彼女の友人であり、彼女の思い出に色濃く残っているかけがえのない人。
「彼女にはいろいろなものをもらったよ。私が私という一人の人間として扱われるように、彼女は私の救いだった」
「だった……?」
懐かしむようなその表情の奥には憐憫や郷愁、それとも憤怒や悲哀……様々な感情が顔を覗かせては混ざり合っていた。
「けれど――――」
「何、をっ!?」
「っく、不意打ちとか……大人げない……!」
話の途中でキリエは指を鳴らす。その瞬間、氷柱が俺達目掛けて放たれる。
「いつだって理不尽に奪われる。それが世の理、人がやることに合理的な理由も、同情的感情も必要ないんだよ。誰かの気まぐれで誰かが不幸になる、それだけのこと」
「それ、で……80億の人間を犠牲にして良いわけ……!」
「そこは数じゃないでしょ? 一人だろうと億人だろうと、人の命を犠牲にするのは良くないって言わなきゃ」
揚げ足をとりながらけたけたと笑うキリエ。人数が多いから悪いと言っているわけじゃない。人の命を犠牲にすること自体が良くないことだって、俺だってわかってる。
「さぁ、お話は終わり。結局のところ人間なんて気に入らなきゃ殴って言うことを聞かせる猿に過ぎないんだから、余計な頭は回さずにかかってきなよ。ささっと処理して私は私がやるべきことをするだけだからさ」
「……いや、そうはさせない。ふん縛ってでもあんたと対話してみせる。じゃなきゃ、俺がここに来た意味がない!」
一度決めたことを、相手が許さなかったからという理由で諦めてたまるものか。話を聞く気がない相手に対話を持ちかけること、それは無意味だと嘲笑われる事かもしれない。
けれど、それを果たしてこそ、世界の危機という無理難題を解決する手がかりが得られる……そんな気がするのだ。
だから諦めない、まずはここを凌いで……力付くでもいい、相手を説得してみせる……!
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