Q.46 土の魔女
前略、いよいよ世界の魔女、キリエの本拠地に向かうことになった。
そういやキリエはどこにいるのだろうか、やはり魔女会議を行ったあそことかか?
「さて、キリエの居場所についてなんだけど」
「お前ならわかるって話だけど、どこにあるんだ?」
「そこ」
「え?」
「だからそこ、その下」
そう言ってネメアは俺の足元を指差す。いやいや、そんな影移動じゃあるまいし、ずっと俺達の側にいるだなんてことはないだろう。
じゃあ下って地面の中って事か?この世界に地下空間なんてあるのだろうか。
「下って、穴でも掘ろうっていうのか?」
「どっちかっていうと床を抜けるというか、ほらキミの世界にゲームがあるだろ? それのバグで地面をすり抜けて落下していくっていうのがあるじゃん、あれ」
「いやあれはゲームだからできることで……って、まさか――――」
「あ、どっちかっていうとあれだ、青狸のドアだね」
ネメアは笑いながらそういうと、地面をすっと指でなぞってみせる。まるでファスナーを下ろすかのように地面が開いていくと、明らかに地面の下には広がっていないであろう光景がその先に広がっていた。
「空間を繋げる魔法、これ使えると便利なんだけど行き先をちゃんと覚えてないと使えないし、距離に応じて負担も大きくなるから使い勝手が良いってわけじゃないんだよねぇ」
「……どこでもいけるドアがあれば通勤が楽になりそうだなって考えたことはあるけどさ……」
誰しも人生で一度は考えたことがあるであろう話をまさか異世界で考えることになるとは思わなかったが、実際魔法という形で使えるのなら便利に使うことができるのかもしれない。
……まてよ、これ地面に扉が開いているわけだが、重力ってどうなってるんだ?某ポータルみたいに出たら重力に引っ張られてまた扉をくぐって……みたいなループにならないよな?
「じゃ、攻略班は行くよ~」
「わかった、行ってくるね姉様」
「行きますよクォ・ミル様」
「わかってるってぇ、ネメアのためにも頑張るから」
「フーも行かなきゃダメ?」
ネメアに促され、魔女たちはそれぞれ扉に飛び込んでいく。度胸があるのか慣れているのか、俺が無駄に考えすぎなのか?
「ほら、行くよメグル」
「あ、あぁ」
意を決して扉へと飛び込む、眼の前に広がるのは宇宙のような星空――――そして、ふわりとした無重力感。
しかし次の瞬間には後ろ髪を掴まれるかのような重力の感覚と共に、地面に落ちてしまう。
「いってぇ……!」
「何やってんノ」
「いや、まさかこうなるとは思わなくて……」
おしりをさすりながら立ち上がる。見上げると満点の星空、太陽が出ていないということは夜なのだろうが、月は見えない。
地下空間かと思えば明らかに野外だが、いったいどうなっているのだろうか。
「ほら、目的地はあれだよ。直接中と繋げるつもりだったけど、キリエに妨害されててここまでしか近づけないみたい」
ネメアが指差す先には鈍く銀色に輝く尖塔が建っていた。ラストダンジョンというには少々控えめなデザインではある。
この中にキリエが居るのか……このまま乗り込めるのなら話ははやいのだが。
「おやおや……随分とまぁ、お客さんが多いことで、おばあちゃん一人じゃ骨が折れちゃうわ」
「……お出迎えが来たみたいだ」
地面が揺れる。地震の揺れとは違う、文字通り地面が動いている事による揺れ。銀色の塔を覆い隠すように隆起した土の壁、その境目から一人の老婆が姿を表す。
「土の魔女、そこを通してもらうよ」
「それは難しい相談だねぇ、世界の魔女はもう準備を完了させている。後はのんびりお茶でも飲んで待つだけ、だったんだけどねぇ」
「っ、のんびりしている暇は無いか……!」
土の魔女の言葉から猶予はそれほど残されていないと察する。未然に防ぐことができるのが最善ではあったが、そうも言ってられない状況のようだ。
「では、予定通り私達にお任せを」
「私もやるからには頑張るよっと」
「おやおや、全員でかかってこないのかい? お婆ちゃんに気を使ってもらって悪い――――」
腰曲がりの老人―――そんな認識を持っていた俺は明らかに油断していたのだろう。緩やかな口調から、一瞬、土の魔女の姿が見えなくなった瞬間、前に出た二人……ドールの死角にまで一瞬で移動していた。
「ねっ!!」
「っ!?」
「ドール!!」
一瞬にして間合いを詰めてきた土の魔女の手のひらがドールの腕を掠める。咄嗟に身を翻したことで掴まれることはなかったが、土の魔女に触れられた腕はさらさらと、まるで砂のように崩れて消えていた。
「これが分解の魔法……!」
「わ、たしの……腕、お母様がくれた身体を、よくも……!」
「お婆ちゃんとしてもなるべく傷つけたくはないんだけどねぇ……」
クォ・ミルが反応して反撃を試みようとするが、その時にはすでに距離が離れていた。なるほど、動ける婆さんらしい。
ドールと初めて会った時も、彼女は自分の創造主である母に対し尊敬や親愛のようなものを垣間見せていた。そんな彼女の身体を傷つけるどころか失わせる出来事に、今まで冷静だった彼女が明らかに怒りの感情を見せていた。
「許しません、許しませんからね……!」
「あらあら、怖いねぇ……お婆ちゃんからすると、お嬢ちゃん達の方が許せない存在なのだけれど、ねぇ?」
「俺達はこの世界を滅ぼすつもりはない、キリエとは違う手段でこの世界を―――」
「おやまぁそうなのかい? 具体的にどんな手段かお婆ちゃんに教えてもらえるかしら」
「ぐ……っ、それは……お、俺は他の魔女の魔法を使える! だからそれで世界の魔女の魔法を使って―――」
キリエの手段を否定するのであれば代替案を求められる。それは他の魔女とのやり取りでもわかっていた事だ。
そして、俺の提示した代替案はお気に召さなかったようで、すべて言い切るよりも先に土の雨が降り注ぐ。
「それは彼女を力で屈服させた上でなしうる事じゃないかい? それは今お婆ちゃんがやってることと変わらない、同じ道理を通したいのなら相手より勝る力がなきゃあ通用しないってものだよ」
「つまり、通してくれる気は無い……と」
「通りたければこの老体を砕いていくといい」
攻略班、なんて分け方をしていたが土の魔女の圧は誰一人通さないと言わんばかりのものであった。そんな中、一歩踏み出したのはドールだった。
「いいえ、貴女の相手は私です。任された以上、自らに課せられた分の責務はやり遂げます」
「え、えー……? そんなこと言われたら私サボれないじゃん……」
「頑張ってねクォ・ミル、なんとかボクたちが突破できる隙を作ってね」
「……しょーがない、なぁ!」
ネメアに鼓舞されて渋々ながらもクォ・ミルは一歩踏み出す。二対一、形だけ見ればこちらが有利であるはずが、ちっとも楽勝に思えないのはあの魔女の底しれない威圧感からだろうか。
「加減は……しません!」
「それは怖いねぇ」
啖呵を切るように腕を振ると、ドールの眼前に巨大なバリスタが複数展開され、一斉射が放たれる。
しかしそれは土壁に悠々と防がれ、畳み掛けるように今度は投石機を作り出すと、質量による破壊を試みる。
「大雑把で隙だらけだよ、人形ちゃん」
「自分から居場所バラしてくれるそっちも隙だらけ!」
「っ……!」
いつの間にか、また目に見えない速度で接近していた土の魔女はドールの死角に回り込んで、今度は脇腹を狙うように腕を伸ばすがクォ・ミルの重力魔法で大地に押し付けられる。
すぐさまドールが追撃しようとするが、土の魔女の足場が盛り上がり、そのまま運ばれるようにして二人と距離を取る。
「大丈夫かふたりとも……?」
「すみません、時間がかかりそうです。御三方は先に向かわれた方が良いかと」
「そう言ってもどうすれば―――」
「なんとかします!」
そう言い切るドールは駆け出し、手持ちのボウガンを作り出すと土の魔女に向けて放つ。しかし今度の矢は土壁で防ぐのではなく、持ち前の身のこなしで掴むと、へし折るかのように砂へと分解してしまう。
「まだまだ……!」
「……!? っ―――」
矢は当てるために放ったのではない、一瞬でも気を逸らせればそれで十分とばかりに、ドールは直進していた身を捩って右へ飛び退くと、その後ろから大量のなにかが積まれた滑車が土の魔女めがけて突っ込んでいく。
咄嗟に土壁で防いだが、その瞬間―――
ドゴオォォンッ!!
「けほっ、随分と派手に……」
「余所見してる暇、ないよ!」
「二度も同じ手は……何っ!?」
威力はそれほどでもないが、一面を覆い尽くすような黒煙に包まれる。立て続けに攻める手を緩めず、接近したクォ・ミルは魔法の射程内に土の魔女を捉えていた。
再びの重力魔法……そう判断した土の魔女は上へと距離を取ろうとした……が、せり上がる土の足場から滑り落ちるように、弾かれてしまうと重力に従って落ちるはずの身体は中に浮かんでいた。
「今のうちに、ネメア!」
「助かったよクォ・ミル、ご褒美、期待してなよ!」
「無理はするなよドール、クォ・ミル!」
爆煙の目眩ましとクォ・ミルの畳がけでこちらに意識を割く余裕がなくなった土の魔女の隙をつき、土壁の隙間をくぐって銀の塔へと走り抜ける。
あとは彼女らが土の魔女を引き付けている間に、俺達が世界の魔女……キリエを食い止めるだけだ。
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