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Q.43 冴ゆる星を見上げて

 前略、命の魔女と死の魔女の姉妹喧嘩(ころしあい)が始まった。

 


 あれは寒い冬の日だった。

 妹は身体が弱く、一日の殆どを家の中で過ごしていた。

 外に出ても家から離れることは難しく、最寄りの広場で同じ年頃の子供達が遊んでいる姿を眺めている事が多かった。

 そんな妹がある日、星空を見に行きたいとお願いしてきたのだ。


「ダメよ、外は冷えるもの。貴女が体調を崩してしまったらと思うと……」

 彼女の身体が心配だった。幼く、脆い身体。雪の降る寒空の下に出て終えば、凍えてしまうのではないか。

 時折過保護じゃないか、と言われる事もあったが、彼女のために医学を学び、魔術を学び、誰よりも近くで見てきたからこそ、彼女の脆さを知っている。


「ここからでも星は見られるわ」

 ベッドに横たわる彼女の頭を撫でながら、向かい側の壁にある窓を指差す。

 窓の側は寒いから、彼女のベッドからは離れた位置にある。

 動けないのだからせめて外は眺めていたいとお願いされた事もあったが、動ける時に窓際で過ごせばいいと言い聞かせたのを覚えている。


「約束? ……一生のお願いって……はぁ、そうね、そんなに星空を見たいっていうのなら、そうね……今年の終わりに見に行きましょう。もちろん、貴女の体調が第一よ?」

 いつもはダメと言われたら大人しく聞いてくれる彼女が、今日はしつこく懇願してきた。

 冴ゆる星を見に行くという小さな願い事、叶えてあげられるのなら叶えてあげたい。

 彼女の身体を人並みに治すことすらできない無力な自分が嫌になったのかもしれない。



「寒いわね……大丈夫? ちょっとでも辛いって感じたら……えぇ、わかった。貴女がそう言うなら……」

 約束の日、雪の降る寒空の下で私は彼女の手を握る。

 冷え切った、氷のような手。まるで今にも握った衝撃でバラバラに砕け散ってしまいそう。

 既に後悔し始めた私を引き留めるように、彼女は腕を引いて前に進もうとする。



「ここで良いのよね? 寒い……ほら、おいで。暖めてあげる」

 1時間ほど歩いて星がよく見えると言う丘にやってきた。

 雪が積もり、枯れ木が寂しげに一本だけ生えていた。

 枯れ木を背に腰を下ろすと、少しでも彼女を暖めようと膝上に乗せる。

 細く、今にも折れてしまいそうで、冷え切った彼女の身体は震えていた。


「大丈夫? 辛いなら————」

 心配する私の言葉を遮るように彼女は空を指差す。


「姉様、お星様綺麗だね」


 それが、彼女の生前に聞いた最期の言葉だった。

 彼女が星を見る事を邪魔するように、それは現れた。

 降り積もる雪のように白く生えた翼、まるで全てを監視するかのように取り付けられているかのような四つの顔。

 二対の翼を持つ天使が私たちの前に降り立った。


「っ、スカーレット、逃げ————え……?」

 直感的に命の危機を感じた。けれど私は自分が逃げるよりも彼女を逃す事を選んだ、選ぼうとした、その筈なのに……私の腕からすり抜けるように、彼女は先に動いて立ち上がると、小さな身体を目一杯広げて私と天使の間に立っていた。


 何をしているの、そんな言葉をかける前に。無情にも天使の瞳から放たれた一筋の光は彼女の胸を貫いた。


「スカーレット……きゃあぁっ!」

 力無く崩れ落ちていく彼女の身体を抱きしめて受け止める。

 彼女を貫いた光が足下の雪を膨張させ、爆発してしまえば、私たちの体は無造作に打ち上げられてしまう。


 丘から落ち、雪の上を転がり、全身を襲う苦痛の中、身体を引きずって逃げようとする。

 彼女を死なせたくない、なんであんな事を、あれは何だ。色々な事が頭を巡る中、一つの考えだけが脳に焼き付いて離れない。


「私が……連れださ、なきゃ……」

 後悔。

 そう、私の人生は後悔ばかりだ。

 この後に、私は魔女の力に目覚める。この力があれば彼女を救える、そう思い上がった結果彼女は身体を失い、私は彼女から死を奪った。


 後悔、後悔、後悔。


 私はもう、後悔なんてしたくはない。



ーーーーーーーーーーーー



「あの日、星を見にいくなんてお願いを聞かなければ良かった」

「姉様」

「あの日、雪が降っているからと貴女を家に閉じ込めておけばよかった」

「それは違うよ姉様」

「違わない! 私が貴女を殺し————」

「私はもう、長くなかったよ」

 鎌をスカーレットの首に押し当てながら、アクアは後悔を口にする。今にも泣き出しそうな、自責に押し潰された人の顔。

 そんなアクアにスカーレットは淡々と言葉を返していく。


「あの日か、その次の日か、私は自分がもうすぐ死ぬって自覚があったの。だから思い出の一つでも作っておきたいなって思ったんだ」

「……なぜ、それを言わなかったの……?」

「言ったら姉様の事だから、死に物狂いでどうにかしようとしたと思う。姉様にはずっと大変な思いをさせてきたから、最後は楽しい思い出を残したかった」

「そんな、そんな、こと……私より、貴女の方がずっと、ずっと大変で……!」

 スカーレットの言葉に動揺の色が強まる。カタカタと震える刃はスカーレットの首に触れるが、魂だけの彼女からは血が流れることはない。


「姉様、あれから星空を見た?」

「……え?」

「私はね、色々なものが見えなくなってしまったの。暗い世界でぼんやりと浮かぶ魂だけが私の世界の全て」

「だから、私は貴女が寂しくならないように……」

「でもね、姉様。私にはあの時よりもはっきりと星空が見えるの」

 そう言ってスカーレットは天に向けて腕を伸ばす。遠く届かない光を掴むように。


「きっとあれは、もう一つの世界の魂の光。眩く輝く、私たちとは違う強く、暖かい光」

「違う、私は……貴女から星空を奪った……」

「あの日一緒に見たものはずっとあそこに在り続けている。姉様、姉様は私のためを想ってくれているってわかってる、わかってるけど……私の声を聞いてくれているの?」

 スカーレットの指摘に、アクアは大きく動揺し、よろよろと後ずさる。

 見ないように、考えないように目を逸らし続けていた事を本人から指摘されてしまった、という所だろうか。


「姉様、本当に私のため? 私のためにもう一つの世界を滅ぼすの? あの星空を堕として、私の見える世界を奪って、そうして私から終わりを奪い続けるのは、本当に私のためになるの?」

「そう、そう……わ、私は貴女から貴女から奪い続けてきた、来てしまった。今更、何もできないまま終わらせるなんて————」

「違う、違うよ姉様。私はもう、あの日に終わっている。今こうして居る事が間違いなんだよ、正しく終わる事ができなくて、お別れを惜しんでしまったから、姉様はずっと後悔し続けて、私はずっと孤独に在り続ける」

「……っ」

「だから、前を向いて、姉様。終わりは必ず来るもの、終わったものに執着し続ける必要はないの。新しく始まるものを受け入れて? だって姉様は————生まれてきた命を祝福する、命の魔女なのだから」

 鎌を手放し、そっと腕を伸ばしてアクアへ抱きつくスカーレット。

 抱き返そうと腕を伸ばしたアクアだったが、その手は空を切るようにスカーレットには届かない。

 “魂だけの存在”、何よりも、誰よりもその事実を理解していて、目を背け続けていたアクアは決壊するように涙を流し始める。

 なまじ対話できる形でスカーレットが存在し続けてしまった事から、彼女はスカーレットの死をずっと受け入れられずにいたのだろう。

 本当の死、存在の消滅を迎えていないのであれば、きっとなんとかなるという淡い希望に縋って。

 けれど……命を生み出すことすらできる命の魔女ではなく、死を司るスカーレットに魂へ干渉する術が与えられたのは、きっと死んだ者を生き返らせることは不可能なんだという、神か、それともこの世界からのお告げだったのかもしれない。


 俺は……この世界をどうするべきなのだろうか?


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