A.4 街へ出よう!
前略、炎の魔女に襲われた。
……なんか帽子が喋って煽ったら帰っていった。
『意識はしっかりしてるようで何より』
「……っ! えっ、何で裸っ!?」
『そりゃあ魂が服着てるわけないだろう? 君はボクの形を知り、こうして魂同士で知覚できるようになった』
「それは、そうかもしれないが……って、それなら俺を元の世界に————」
『それは無理なお話だね! 考えてもみなよ、そっちなら魔法が使えるけれど、こっちじゃ……君の身体じゃ魔法は使えないからね』
「そんな……」
『逆に言えば君は私の体で魔法を使いこなせれば戻れるかもしれない。まぁ無理だろうけど!』
「お前……!」
ケラケラと笑いながら言い放つネメア。今ならあの炎の魔女の気持ちがよくわかる気がする。
『ま、冗談はさておきだ。これからは毎晩寝る時にこうやってお話ししてあげるよ』
「今のやりとりだけで俺はお前が嫌いになりつつあるんだが」
『まぁまぁそう言わずに、君が私の体に馴染むための、あとその世界で生き残るための術を教えてあげようと言うんだから、素直に聞いておいた方がいいんじゃないかな?』
「ぐぬ……」
確かにさっき言った様に、ネメアの身体を使って元の世界に戻る方法を探すのが一番の近道なのだろう。
その為にはなによりも己を熟知しているであろうネメアから直接話が聞けるのが一番ではある……理解はできても納得はしづらいが。
「はぁ……仕方ない、それで、何を教えてくれるんだ?」
『あ、今回はこれで終わり! 通信テストみたいなものだと思って!』
「はぁ!? ちょっと待て————」
「待てよっ!」
遠く消えていく様なネメアの姿を捕まえようと手を伸ばす。しかし、その手が掴んだものは何もない空。
寝室に射し込む陽の光が、朝を迎えたのだと伝えてくれた。
「くそっ、なんて身勝手なやつだ……」
「おや、おはようございますメグル。お早いお目覚めですね」
「ん、あぁ……全然寝た気がしないよ……」
「?」
ストレスで不眠症になるのではないか、そんな危惧をしつつ、俺はユーラフェンの作ってくれた朝食をとり、お風呂に入ることにした。
「ふ、む……? どう使うんだこれ……」
さて、浴場に来たのは良いが、当然のことながら俺の世界のそれとは勝手が違うという事に今気づいた。
そうだよな、シャワーなんてないよな、どうしよう。
「メグル」
「!? ゆ、ユーラフェン!?」
とりあえず片っ端から試してみようと思った矢先、背後から声をかけられる。
びっくりした、心臓が飛び出るかと————あれ、何で浴室の中から……?
「もしかしたらお手伝いが必要かと」
「う、うわぁっ!? ちょ、なんで、服っ!」
「? あぁ、そういえばメグルは男性でしたか。別に見たければどうぞ、我が師も仰っていたように好きに————」
「良くない、良くないの! 俺の居た世界だと社会的に死ぬ事になるから隠して!」
「はぁ……? 命令であれば……かしこまりました」
振り返ればそこには一糸まとわぬユーラフェンの裸体があった。
陶器の様に滑らかで、雪の様に白い肌と、未発達な少女の身体が————ってダメだ! 俺にそういう趣味はない!! 断じて!!!
「基本的に水はこちらに保存してありますので、用途に応じて使用してください。補充は私がやっておきます」
「へぇ、これが……こんなにちっさいのに水が入ってるのか?」
なんとかユーラフェンに身体を隠させる事が出来れば、ここの……アメニティって言うのかこれは? まぁ良いや。
手に取ったのはサイコロのようなキューブ体、どうやらこれに水が入ってるらしいが……。
「これをこのように浴槽に入れて、“満たせ”……と、このように唱える事で圧縮された水が一気に注がれていきます。これはお湯ですが、冷水もあるのでお間違えなきよう」
「すげぇな……重さも見た目通りなのに質量保存の法則はどこへ?」
「あとは髪を洗うにはこの櫛を、身体を洗うにはこの棒をお使いください」
そう言ってユーラフェンは櫛を手に取ると、自然な流れで俺の髪をときはじめた。
櫛が髪を通すと、まるで櫛から泡が溢れ出るかのように髪にまとわりつく。
「あ、あのー……これくらい自分で……」
「次回からはご自分でやっていただければと。我が師は他人ができる事に関しては、例えば自分の身の回りのことであっても怠惰極まりますが、そのくせ綺麗好きなのでちゃんと洗い方を覚えていただかないと私が怒られます」
「あぁ、そう、そうか……」
とはいえ、女の子に髪を洗われるという経験は無く、無心になるより他はな————
「ひゃいっ!?」
「なんですか、そんな素っ頓狂な声をお出しになられて」
「や、ややっ、身体は自分で洗うから!」
「大丈夫です。もう慣れましたのでお気になさらず」
「俺が気にするんだって————ひゃあっ!」
ーーーーーーーーーー
「うぅ、恥ずかしい……もうお嫁に行けない」
「我が師を嫁に取ろうなんて言う物好きは居ないので問題ありません」
「それはそれで酷くない?」
羞恥プレイかのような入浴を終えて朝の支度は完了した。
ユーラフェンは何事もなかったかのようにお茶を淹れ、不満は色々あるものの渋々ティータイムを受け入れて茶を啜る。
「本日は……街に出ましょう」
「街?」
「えぇ、情報を集めるにも、この世界で生きるにも街に寄らないことには話になりません」
「それもそうか」
街へ行こうと言われてぼんやりと思い浮かべる。
魔女、魔法なんてある世界だし、この家の外観や内装を見る限り良くあるファンタジーものの街並みが広がっているのだろうか。
「向かうためにはまず飛んでいただく必要がありますが、空は飛べますか?」
「えっ」
「無理ですか、仕方ありません」
「いや高い高い高い!!」
「騒がないでください、手が滑ります」
「ひぇっごめんなさい」
上空……何百?何千?いいや数えたくない!
高いところは嫌いだ、足がすくむから!
けれどそんな俺の気持ちはお構いなしといった様子でユーラフェンは俺を抱えて空に飛び立った。
————お姫様抱っこされる側ってこんな感覚なんだなぁ、そんな現実逃避じみた感想で頭をいっぱいにしないと辛い、耐えられない、怖い。
「では、振り下ろされないように気をつけてくださいね」
「えっ————」
ユーラフェンがつぶやいたその瞬間。
遠の壁を越えた————
ーーーーーーーーーーーー
「げほっごほっ!! ぅおぇぇ……」
「大袈裟ですね。肉体に衝撃などは無いはずですが」
「精神的には衝撃しかなかったよぉ! やめてよ俺高いところダメなんだからさぁ!」
「そうでしたか、以後気をつけます」
確かに肉体的には音速を超えたであろう速度で飛翔しておきながら、被っていた帽子も飛んでいくことなく無事に街に到着できた。
が、それはそれとして生きた心地がしなかった。
「はぁ……足が震える」
「杖を使ってください」
「あっ、そうだ杖の本来の使い方ってこれだったな……なのになんか間違ってる気がする」
この世界の最強魔女が愛用している杖といったら、そりゃあもう大変貴重な逸品なのではなかろうか?
それを支え代わりの杖として使うのは……いや杖なんだけど、少し悪いことをしている気がする。
「……」
「……あれっ、身体が重く……飛行酔いかな……」
「いえ、その……後ろに」
ようやく足の震えも収まりそうになった途端、ずしりと身体が重くなる。
のしかかるようなこの重荷は俺の精神状態が肉体に反映されたのかな、なんて考えていると、ユーラフェンは俺の背後を指差す。
「……誰ぇ?」
「あなたも、誰? ネメアの身体に匂い、なのに違う。誰? ねぇ、あなたは誰?」
俺の身体にしがみつくようにして抱きつき、瞳孔が開いた目でこちらを見つめながら淡々と問い詰める少女が————いや怖いが?
「お、俺はその……諸事情あってネメアの身体を借りてると言うか押し付けられたというか……」
「……」
「決して奪い取ったとかじゃ無くてね!? むしろ身体奪い取られたのは俺の方なんだけどさ!? いやほんと戻れるならすぐに元の身体に戻りたいんだけど!」
猫のように鋭く伸びた瞳孔がじっとこちらを見据える。いやよく見たら猫耳じゃ無いか?獣人ってやつか?
それはそれとして今にも殺されそうな気がして怖いんだけどぉ!
「————そう、ネメアはいつ戻ってくるの?」
「わ、わっかんない……です……」
「ふぅん、そう……すぐには戻らないんだ」
「多分……?」
「そっか……ふ、ふふ……ふふふっ」
えっ、なんで笑ってるのこの人。
やだ今度は別の意味で怖い!
「じゃあ、今は思う存分あなたのこと……あなたの身体を好きにできるってこと……?」
「————へ」
恍惚とした、まるで発情したように頬を紅潮させ、とろんと蕩けた表情で見上げる少女。
なるほど、間違いない、こいつは————
「変態だー!?」
ESN大賞7応募作品です。
応募期間中はなるべく早く更新頻度を高めて、できる限り書き上げていく予定です!
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