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Q.39 オモテだけのコイン

 前略、機転と初見殺しで剣の魔女を突破した。

 残るは炎の魔女だ。



「メラメラ鬱陶しイ。燃え盛るしカ能がないノ?」

「あら、恵みの光を嫌がるだなんて随分と贅沢な方ですわね」

「燃やすコトしかできないくせニ」

 空では太陽のような光を放つ火炎と、荒れ狂う暴風が交差していた。

 フレイアが放つ火炎はフールの風の刃と竜巻に阻まれかき消されているが、同時に安定しない気温の変化によって風の魔女の力が抑え込まれているようだ。


「面倒くさイ……!」

 風だけだと決め手に欠ける。そう考えているのだろうか。

 不愉快で不機嫌そうな表情と声音で唇を噛みながらそう呟いたフールは、周囲から水分を集めるように、俺が初めて出会った時に見た水の龍を創り出してみせた。


「っ、そんな水如きでわたくしの炎を消せるとでも————」

 周囲に散らばった火の粉を食らうように、水龍が舞い上がっていく。

 4本の巨大な龍が獲物を見定めるようにフレイアの方を向き、相対するフレイアは頭上で巨大な火球を作り出していく。


 フールが手を伸ばし、放たれた水龍は火球へと噛み付くように突撃し、全身を絡みつけるようにして火球を覆っていく。

 まるでとぐろを巻くように、蒸しあげるが如く水蒸気が溢れ出し、視界を白く染め上げていく。


「どれだけ熱と光量があってモ、質量には勝てなイ。蒸発しきるまえに質量で押し潰してやれば炎なんて消えル!」

「くっ……なる、ほど……! やはり力押しに勝るものはありませんわね……!」

 フレイアの声が微かに溢れる。水が蒸発する音と膨大な水が流れ、叩きつけられる音が響く中、フールは勝利を確信したように見下ろして————


「? なんか、寒いような————」

「っ!?」

 まるでサウナのように蒸し暑く、肌にじと……と絡みつくような湿気が、いつのまにか消えていた。

 それと同時に肌を撫でる風が冷ややかなものになった、その瞬間……氷の華が咲いた。


「氷……冷気!」

「この手は使いたくは無かったの、寒さに凍え、雪に亡骸を攫われる民を思い出すから。だけど————」

 氷像となった水流がひび割れていき、光と共に砕け散る。

 氷塊が周囲に飛散し、ネメアのアトリエの一部を吹き飛ばし、木々を薙ぐ。


「民が世界と共に亡き者にされるというのであれば、わたくしはわたくしが守るべきもの以外を氷雪に埋め、その上で生き続けてやりますわ」

 水蒸気で白けた視界が晴れたと思えば、たちまち吹雪が視界を白く染め上げていく。

 めらめらと燃える炎の少女は、その手足を青白い氷で固め、相対する翼の少女を睨みつける。


「さぁ、焼き鳥も蒸し鳥もお気に召さないのなら、凍り付かせて埋めて差し上げましょう!」

「フーは寒いのモ嫌イ!!」

 翼をはためかせ、風を操るフール。流体を操る魔法で液体を操ろうにも、ここには酒も燃料も無い、氷点下で流体を保つことができる液体は存在しないのだ。

 酒くらいは探せば————


「ネメア! 酒は————ネメアー!?」

 家の事は主人に聞くのが一番手っ取り早いと、呑気に観戦していたネメア達の方へと視線を向ける。

 するとそこにはかちんこちんに凍りついた氷像が4体並んでいた。


「大丈夫、死んではないよ。凍る前に時間止めてたから」

「は、はぁ……いや役に立たないな!?」

 幸い、魂だけの存在であるスカーレットにはこの強烈な寒さもなんて事はないらしい。

 ただ、生身の3人の魔女と、人形であるドールは耐えきれないと判断したのか、ネメアが時間を止めてしまったらしい。


「そ、それでスカーレット、ここに酒とかって……いや、この際スカーレットがフレイアを————」

「それは多分良くないかな。助けて欲しいならフールの方から求めてくるだろうし、求めていない以上は自分の手で倒したいんじゃない?」

「な、なんで……」

「気に食わないから、じゃないかな?」

「気に食わない————?」



ーーーーーーーーーーーー



 風を伝って聞こえル音。草木が風に揺れル音、川ノせせらぎ、動物達の鳴キ声、人々の笑イ声や話シ声。

 そして————嘆きノ声。


「領主様、今年も降雪量が前年度よりも増して————」

「領主様、このまま吹雪が続くとわしらの村で作物が育たなく————」

「領主様!」「領主様!」「領主様!」



「安心して、全部、わたくしがなんとかしますから」



 力無キ誰かが縋ル声。力有る誰かが答えル声。

 出来もしないコトを出来ると宣ウ、哀れナ声。



「ありがとうございます領主様! これで今年は凍えずに————」

「ありがとうございます領主様! これならなんとか餓死者を出さずに————」

「領主様!」「領主様!」「領主様!」



「わたくしの力はあなた達のためにあるのです」



 縋れば助かルと勘違いしてル愚衆。

 その場凌ぎノ救いに甘んじル凡愚。

 滅びを先伸ばしニしておままごとに興じル姿が気持ち悪かっタ。



ーーーーーーーーーーー



「くだらなイ! 助からないコトから目を背けテ! 嫌なモノを見ようともしなイ!」

「っ、何を言って————」

「炎の魔女、あなたの力じゃ救えナイ。あなたが1人救ってル間に2人死ぬ」

「そんな事……!」

「気づいてルくせに、ずっとずっと1人で抱えテ、泣いテ、駄々を捏ねテ! フーはあなたが嫌イ!」

 フールの言葉にフレイアが明らかな動揺を見せる。

 ずっと不機嫌そうにしていたフール、それはフレイア個人に抱いている何かが原因だったらしい。


「わたくしは民を救うためにこの力を手にして……!」

「ならなんでずっと何モして来なかったノ?」

「わ、わたくしは自分が出来ることを全てやってきて————」

「違う」

 フールが纏う風の籠は熱波を防いだ。しかし冷気はその守りすらも貫き、徐々に翼や手足の末端を凍りつかせていく。

 その状態でもフールが飛び回れているのは、風の魔法と……おそらく自分の血流を操作しているのだろう。


「本当ニ民を救いたいのナラ、南下して人が住めル場所を奪えば良イ」

「そ、そんな事できませんわ、わたくしの民を簒奪者になどできません!」

「今、フー達を殺しテ、世界の魔女の口車ニ乗るのも、同じコト」

「それ、は……」

 フールの指摘に言葉が詰まる。

 キリエの目的は俺の世界を奪い、この世界を存続させる事。

 それは世界規模の簒奪行為と言っても過言ではない。

 北の地には言ったことがない、けれどもし、この先すらも見えなくなるような猛吹雪が襲うような土地であるのならば、それは人が暮らすには決して楽な土地であるとは言えないだろう。


「……フレイア」

 このまま決着がつくまで見届ける。そうするならきっと勝つのはフレイアだろう。

 言葉巧みに精神を揺らがせてはいても、徐々に凍りつく身体を見ていれば、フールが動けなくなるのは時間の問題だ。

 なら、俺のするべきことは————


「あなたに何を言われようと……わたくしは民を見捨てたりはできませんわ……!」

「そう言っテ、民を極寒の地に縛り付けるノ?」

「違う!!」

 絞り出したような拒絶の声と同時に吹雪が一層強くなる。

 辺り一面自然豊かな緑は、吹雪に視界を遮られていてもわかるほどの雪景色に変わり果てていた。


「全て、全て全て! 私の全ては民のために————!」

「フレイア!!」

 キン————甲高い金属音が響き、紅いコインが宙を舞う。猛り狂う豪雪の中で、それは小さな小さな砂粒のようなモノでしかない。

 それでも、フレイアの目にはくっきりと映ったであろう。彼女の情熱を形にしたかのような赤く、紅く輝く……表裏の無い、オモテだけのコイン。


「はあぁァッ!!」

「しま————っ!?」

 俺が空中に投げたのはコインだけじゃ無い。普段ネメア達はお茶を飲む、酒は飲まない……けれど、ユーラフェンは酒を取り扱っていた。

 そう————料理酒だ。氷点下を下回り、流水をも容易く凍つかせる極寒の中、アルコールが凍てつくまでには猶予がある。

 フールはそれを察し、風の刃で料理酒の入った小樽を両断し……水の槍としてフレイアへ放った。



(————あぁ、わたくしは……何を、して……)

 小さな水の槍はフレイアの胸を貫き、鮮血に染まった雪が頬に落ちる。

 まるで糸が切れたかのように、墜ちてくるフレイアを抱き抱えるように受け止めた。


「フレイア、悪い……お前からもらったコインでこんな……」

「ふ、ふふ……人が差し上げたモノを……粗末に扱うだなんて……酷い、ですわね……」

 フールは的確に心の臓を撃ち抜いたようで、貫かれた傷跡からはとめどなく血液が溢れ出し、白い大地を赤く染め上げていく。


「大事にするって言ったんだけどな……」

「本当に……無くさないで、くださいまあい……? あなたが、初めて褒めてくれた————……」

 そう言ってフレイアは握った手を押し付けるようにして開く。

 ……なんで、フールから攻撃されるって気づいていながら……俺が投げたコインを掴んで……。


 ————その疑問を問う機会は、もう、訪れる事はない。


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