Q.36 TS最強魔女の誕生
前略、ユーラフェンがネメアに泣かされた。
……茶化すのは良く無いな。
「落ち着いた?」
「はい、お見苦しい所を見せてしまって、申し訳ありませんでした……」
ひとしきり泣き止んで、ユーラフェンはネメアから離れる。
周りの反応は様々。興味が無さそうなフールに、見守るようなスカーレットとロアナ、目を輝かせてうんうんと頷くリルル……確か恋の魔女は感情を司るんだったか? ならユーラフェンの感情に感動しているということなのだろうか。
「なぁ、ユーラフェン……その、無理はしなくても……」
「大丈夫ですよメグル。これでも……今のあなたより長く生きてるんです。十分、生きてきました」
「そう、か」
目頭を赤く腫らしながらユーラフェンは答える。その表情は穏やかで、この数週間程度の生活だが、毎日ほとんど一緒にいたユーラフェンが見せた……初めての表情だった。
「それじゃ、スカーレット、リルル。君たちにも手伝ってもらおう」
「わかった」
「リルルにもやることがあるの?」
「君は調整役だよ」
スカーレットとリルルがネメアに手招きされる。
そして俺も、ユーラフェンと向き合うような形で座る。
「これからやることは、ユーラフェンの身体をベースに、巡留の身体と魂を格納して一つに纏めるという作業だ。一つの体には一つの魂、異なる体に異なる魂は定着しないという原則を掻い潜るための方法さ」
「魂の移植は私が、定着後の精神安定と調整は恋の魔女が行う」
「それじゃあ、手を合わせて……呼吸を落ち着けて」
ネメアから説明を受け、ユーラフェンの手に触れる。
細く、小さな少女の手。
「……今まで、本当にありがとう。ユーラフェンには何から何まで助けられた」
「いえ、我が師とは違ったお世話のし甲斐がありました」
「はは……ほんと、世話されっぱなしだった……」
これが最後の会話。そう思うと何を話して良いかもわからなくなってくる。
短い期間だったが、それでも一緒にいる時間は長かった。
「メグル。我が師を————ネメア様を、頼みます」
「————わかった、こんなことに巻き込まれたんだ。最後まで生きて責任取ってもらわないとな」
「ふふ、そうですね」
小さく微笑むユーラフェンの表情を目にした直後、身体が浮くような感覚に包まれた。
この感覚には覚えがある。魂が身体を抜け出す時の感覚だ。
「さぁ、目を閉じて。気持ちを落ち着かせて————」
身体から魂が離れていく感覚と同時に、直接脳内に……いや、魂に直接語りかけてくるネメアの声が聞こえる。
『これから君の身体は彼女の中に仕舞われる。ユーラフェンの身体を一つの空間と見立ててそこに入れるイメージだ。事が終わればまた取り出して元の世界に帰る事ができるだろう。だから力を貸してくれ————最後の魔女、原初の世界より降り立った……“人の魔女”として』
末端から熱を取り戻していくと同時に、身体が動く。
ネメアの身体で初めて目が覚めた時と同様の違和感、意識を集中するとどこか馴染む感覚がするのは俺の身体の影響だろうか。
瞼を開く。ネメアの時よりも少し高い視線、様子を伺う3人の魔女と、いつの間にかこくんこくんと眠りこけている魔女、そしてネメアの書庫から本を手に取って開いている魔女の姿があった。
「これは————っ、そうか、そう……なんだよな」
声を出す。聞こえ方が違うが……ユーラフェンの声だ。
確信してしまう、彼女だった人はもうここには居ないのだと。
「さて、早速で悪いけど君の力の説明……というか魔女としての特性、司るものを教えよう」
「あ、あぁ……って、お前にそんな事がわかるのか?」
「当たり前じゃないか、2000年かけて理論を組み立てて、100年ちょっとの準備をしてきたという実績を舐めないでもらいたいな」
ということは彼女はこの時のために殆どの人生を費やしてきたということか?
未来視で予言を語り、それからの期間ずっとこの時のために最後の魔女を創るために生きてきたというのだろうか。
「君は“人の魔女”だ、司るものは……人の可能性と言ったところかな」
「人の可能性?」
「人間にできる事ならなんだってできるということさ。当然、人の亜種たる我々魔女にできる事も、ね」
「それってつまり————」
世界の魔女と同じ事ができる、ということか?
「と言っても魔女の力は本人のおつむの出来に左右される。知識量や閃き、応用力といった部分が試される」
「ほう?」
「君がやったであろう空間を使った対象の切断が応用にあたる。そもそも別の空間というものについて知識や感覚を有していないとボクでも空間魔法は使えない……まぁ知識を有していないのに魔女になれるなんて状況がありえないんだけどね」
知識、知識か……正直そこまで自信は無いのだが。
「さてさて————じゃあ、やろうか」
「えっ、や、やるって……?」
「そりゃあもちろん、実戦での特訓だよ」
「いやもうすぐ夜明け————ほらもう既に二人脱落者が!」
指を差してフールとロアナを指差す。先程からぐっすりのフールはともかく、本を読んでいたロアナもいつの間にか眠っていた。
「善は急げと君の世界では言うだろう? 何、リルルはともかくスカーレットは睡眠を必要としないし、ボクは眠くなる前の状態で時間固定してるからしばらくは大丈夫だ」
「リルルは正直もう限界なの!」
「私はネメアの言う通りだけど……魔女の力で戦ったら問答無用で殺すことになる」
「あらやだ物騒! 流石死の魔女ですね!」
「ンン……うるさイ」
「ぅえっ!?」
やる気満々のネメアと殺る気満々のスカーレットにツッコミを入れていたら、眠りを邪魔されて苛立ったフールに外へ放り出されてしまう。
寝ぼけた状態で風を操り、窓を開けたり人を放り出したり器用だな……。
「さて、と。その身体はボクが長い時間をかけて最高の状態に仕込んである。金の針も取り込んでいるから、君がボクの身体を使ってた時よりも高い練度で魔法が使えるはずだ」
「……なるほど、やるしかないって事か」
「覚悟を決めな。最強はそう甘くないよ」
杖を構え、立ち塞がるネメア。成程、様になっている。
自信と余裕に満ち溢れた表情、俺はあれを超えて行かなければならないのだろう、ユーラフェンのためにも。
「……」
「っ————」
自らの時間を加速させて距離を詰める。ネメアの身体を使っていた時よりも規模が広がっていると言われても、実際にどれくらいの範囲に届くかはまだわからない。
ならば距離を詰めて確実に当たる距離で————
「巻き戻せるなら加速できる、教えてないことを初手にかますのは良い手だね」
「っ、動かな————」
あと一歩という距離で脚が縫い付けられたかのように動かなくなる。
時間停止————ネメアの足元から発動されたそれが俺の足を固定しているのだと気づいた瞬間、杖がこちらに向けて振り抜かれる。
「っ、う……! それ当たったら死ぬやつだろ!?」
「当たらなきゃ死なないよ!」
「クソ、こいつ……2000年を自分の手でおじゃんにするつもりかよ!」
思いっきり仰け反って杖を回避すると、振り抜かれた場所には空間の裂け目が見えた。防御無視の刃……当たれば間違いなく上半身が真っ二つになっていただろう。
「殺す気でかかってこないと勝てないよ〜、それともぉ……可愛い女の子は殴れないのかな〜?」
「この————っ、はぁ、お前には色々鬱憤溜まってるんだ……手加減なんてできねぇからな……?」
「加減して勝てるつもりなんだねぇ? 平和な世界でぬくぬく暮らしてきたガキには現実ってやつが見えてないみたいだ!」
「————ぶっ飛ばす!」
挑発に乗ってやる。どのみち散々こいつの手のひらの上で転がされてきたんだ。ここいらで一回くらい鼻を明かしてやらなきゃ気が済まない。
平和な世界でぬくぬく暮らしてきただぁ? 俺がこの短い期間でどれだけの修羅場を潜ってきたか、この“元”最強様に見せつけてやろうじゃないか!
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