Q.35 私が仕える理由
前略、ユーラフェンと俺が、魔女を造るための器と魂であるとネメアは語った。
私が私として生きると決めた日、それは彼女に出会った日。
その日私は言いつけを破って外に出ていた。身体が弱いのだから、お前は外に出てはいけないのだと、村人はお前を君悪がっているから、怖がらせてはいけない、と父と母は何度も何度も私に言い聞かせていた。
けれど、窓から眺める景色と、ベッドの上から見える部屋の中だけが私の全てなのだと思いたくはなかった。
だから、私は夜に家を抜け出して外に出た。
知らない景色を見たくて、世界がどのような姿をしているのかを知りたくて。
「っ、ぅ……ぁ、ぁ……」
気がつけば私は地面に倒れ伏していた。全身を襲う激痛と、頭を揺らす衝撃。
背後では燃える音と悲鳴、そして何かが貫かれる音に砕ける音。
今にして思えば、あれは天使の襲撃だったのかもしれない。
「死にたく……ない……」
痛む全身を引き摺りながら、雑草を掴んで前に進もうとする。行く宛もないというのに、どこを目指しているのだろうか。
力を込めると激痛が奔る。目の前が赤く歪み、音が遠くなる。口からは体液が込み上げ、むせ返ると同時に吐き出されていく。
血。私の瞳と同じ色の体液が地面に広がり、染み込んでいく。
それと同時に体温が逃げていく感覚。指先から徐々に身体が冷たくなっていく……きっと、これが死の感覚というやつなのだろう。
「おや、まだ息がある……でもダメかな、助からないや」
少女の声が聞こえた。もはや村が燃える音すらぼやけて聞こえる私の耳に、その少女の言葉は鮮明に聞こえた。
「たす、け……て」
「残念だけど、今のボクに死にかけの君を治してあげられる力はないんだ」
「っ、げほっ……か……はー……」
「ボクにできるのは死を遠ざける事だけ」
少女は淡々と言葉を投げかける。無慈悲で、けれど私を想っていっている事なのだと、今の私には理解できる。
「死にたく……ない」
「そうだね」
「まだ……なにも、みて……ない……」
「そうか」
死にかけている私の言葉を耳にしても顔色ひとつ変えずに相槌を打つ少女。少しの沈黙の後、少女が口を開く。
「選択の機会をあげる。ボクは君を助けることはできない。今ここで死ねば、君は人として死ぬことができる……けれど、もしも生を望むのであれば、君に待っているのは人ではない道だ」
「っ、げほ……っ、ひゅ……ぁ……」
「次に目が覚めたとき、ボクは君に一つの選択を迫る。それが、ボクが君に与えられる最後の人間としての選択だ」
その少女の言葉を最後に、私の意識は途切れた。
ーーーーーーーーーーー
「っ! ……ぁ、え……? 私、生きて————」
「おはよう、よく寝たねぇ、ほぼまる2日寝てたよ?」
知らない場所で目が覚める。私の知っている部屋とは違う、温かなランタンの光が照らす本がいっぱい置かれたお部屋。
全身を襲う痛みも無くなっていれば、身体には傷ひとつ無かった。
「助けて……くれたの……?」
「そうだ、とも言えるし……違うとも言える。まずは自己紹介からだ、ボクはネメア、時空の魔女と呼ばれている」
「魔女……!? お母さんの話でしか聞いたことない……」
「本物だよ〜それで、君は?」
「……ユーラフェン」
お互いに名前を告げる。初めて話した家族以外の人間は、魔女だという。
「ユーラフェン。ボクは魔女として時間を操ることができるんだ。時間を進めたり、戻したり……止めたり」
「? そう、なんだ……凄いね」
「凄いんだけど、万能じゃないんだ。例えば、時間を戻しても起きてしまった事を無かった事にはできない。君のいた村を燃える前の状態に戻すことはできるけど、その村はいずれまた燃える。同じ理由か、あるいは別の理由でね」
「……そう」
「人に対しても同様だ。例えば死ぬはずの人間を死なない状態に戻すことはできる……けど、遅かれ早かれ死ぬ時はやってくる」
「……」
何が言いたいのか、無知な私でもここまで言われたらわかる。
つまるところ私は助かってはいないのだ。
「君の時間は止まった。ここから先、老いることもなければ、極端な話食事を摂らなくても死なないだろうね」
「そう、ですか……」
「君はもう人としての一生を歩むことはできないし、私の気分次第で死ぬかもしれない。それでも君は死にたくないと望んだ……だから、ボクは君を生かした」
「……ありがとうございます」
彼女の言葉を聞きながら考える。どうせあのまま家にいたところで、きっと私は潰れるか燃えて死んでいた。
きっと私はあの村であの時死ぬことが確定していたのだ、それを生かされた今、私は何をすれば良いのだろう。
「さて、君を生かしたのはボクだ、そしてタダで救ってあげるほどお人好しじゃ無い」
「……差し上げられるものは何もありません」
「だろうね。だから君の身体を貰おうかなって」
「? それって……」
この死に損ないの身体が欲しいという。そんなものを欲しがってどうするというのだろうか?
「これから君はボクの弟子として過ごしてもらう。誰かに素性を問われたときは物心ついた時からとでも答えると良い」
「は、はぁ……わかりました……」
「そして、君にはこれをあげる」
そう言って彼女が取り出したのは金色の針だった。
「これはボクにとって命の次に大切なもの。そしてこれからは君がこれと同じ、ボクにとって命の次に大切なものになる。けど、時間というものは流れるものだ、いつか君にはその身体をボクの目的のために捧げてもらうことになる」
そう言って彼女は私の体に触れる。胸に当てられた針は刺さらず、まるで身体の中吸い込まれるようにして消えていく。
「だから————それまでの長い時間、ボクにとっては人生の1/10にすら満たない時間だけど、君にとっては長い永い時間をあげよう。旅をして、世界を巡ろう」
「世界を、巡る……」
「君は何のために、外に出たんだい?」
「それは、外の世界を知りたくて……」
「うん、いっぱい教えてあげるよ。魔女の弟子なんだから色々知っておかないとね」
悪戯っぽく笑いながら彼女はそう言って、手鏡を渡す。
「針の影響かな。目の色が変わっちゃったけど……大丈夫?」
手鏡を覗き込む。そこに映っていた私の目は金色に輝いていた。
みんなから忌み嫌われる赤い、あの血のような赤色から……彼女が大切だという針と同じ色に。
「いえ————いえ、ありがとう、ございます」
生まれ変わったような気がした。きっと、あの村に囚われて一生を過ごすはずだった私はあの瞬間に死んだのだ。
そして、生まれ変わった私は新しい人生を歩むことができる。
きっと、普通の人のような自由なんて無いのだろう。けれど、あの狭い一部屋の世界じゃなくて————もっと広い世界を、彼女は私に見せてくれると約束してくれた。
「これからよろしくね、ユーラフェン」
「はい、よろしくお願いしますネメアさ————」
「師匠と弟子なんだからネメアさんっていうのもちょっと他人行儀じゃない?」
何やら不満気な表情を浮かべる。これから彼女には弟子として接するのだ。
なら確かに子の呼び方は他人行儀というものか。
「これから、よろしくお願いします……我が師」
「うむ、それで良し。それじゃあ早速色々してもらおうかな————」
それからの日々は楽しいものだった。
今までは起きて、与えられた本を読んで、極力目立たないように過ごす事を求められてきた。
けれど我が師は色々な事を私に教えてくれた。掃除の仕方、料理の作り方、美味しいお茶の淹れ方。
何もするなと言われているようなあの目を見ることは無くなって、色々な事をしてほしいと頼まれる声が聞こえる。
大変だったけど、必要とされている気がした。
だから————
ーーーーーーーーーーー
「私のこの身は我が師に救われ、ここまで生かされてきたもの。私は……心の底から、今この時まで貴女に仕えられて幸せでした」
「未練は、無い?」
「……ありません」
せっかく会えたのだからもっとお話して欲しい。もっと色々な事をお世話したい。身体を洗って、悪夢で寝付けなかった頃のように一緒に寝て欲しい。
未練が無いなんて嘘————
「これまでよく仕えてくれたね、ボクの最初で最後の弟子、ユーラフェン」
小さな身体がぎゅっと私の頭を抱く。小さくて、少し冷たい手のひら。優しく私の髪を撫で、昔寝かしつける時だけ聞いた優しい声音。
「っ……ぅ、ぁ……ぁあ……っ」
————あぁ、死にたく、ないなぁ。
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