A.31 主よ
前略、魔女会議が開かれた。
これで会える魔女全てとは顔見知りになったわけだが……。
「まずは現状把握から行おうかな、説明を」
「あ、はい。その、改めて説明すると、俺はこことは別の世界に住む一般人です。ある日、目が覚めるとこの身体……時空の魔女ネメアの身体だった。そして、本来俺がいるはずの世界にある俺の肉体はネメアが使っているらしい」
「世界を超えて肉体を交換した、という事ね。ネメアはいつも何を考えているかわからないけれど……」
呆れたようにため息をつく命の魔女アクア。彼女は確か三番目の魔女だったか、ということは世界の魔女に次いでネメアとの付き合いも長いはず。
「ネメアは俺の世界でやることがあると言っていました。そして、それは世界の魔女に関係していると」
「世界の魔女……!?」
世界の魔女、という名前を出すと途端にざわめきが起きる。この世界においては神にも近い存在であり、謎多き魔女。それが関わっているともなれば只事ではないと意識してしまうのだろうか。
「この会議では世界の魔女についての情報共有を主として、何か時空の魔女や世界の魔女の動向について思い当たることがあれば彼に共有してもらえないかな」
「フーが知らないナラ、みんな知らナイ」
「珍しく、というか初めて出席したと思えばバッサリ言ってくれるじゃないか、風の魔女」
「無駄なコトに時間を使いたくナイ、でしょ? 帰りたくてウズウズしてるクセに」
風の魔女、フールが口をひらけばバッサリと言い切ってしまう。周囲の怪訝な表情を浮かべているが、剣の魔女ブレンダが言葉を返すと、フールは彼女の内心を言い当てる。
ブレンダからすれば、いつ自領に天使が出るかわからないのだ、本心で言えばさっさと終わらせて帰りたいことだろう。
「一つ、良いですか?」
「ん、どうかした?」
「その、この世界に出現する天使なんですけど……もしかしたら俺の世界と関係があるかもしれないなって」
「どういうことですの!?」
天使について考えていたことがある。それを共有しようと手を上げると、炎の魔女フレイアが身を乗り出す。彼女もブレンダと同様、領地を守る身だ。気持ちはわかる。
「その、俺はブレンダ……剣の魔女に会いにいった時に3種類の天使を目撃して、戦闘を行いました」
「ほぉ、ネメアの身体とは言え、別世界の子があれと戦ったのかい? すごいねぇ」
「ありがとうございます。と言っても剣の魔女の助力あってこそでしたが。その三種類とは、おそらく末端である天使、それを統率する存在であろう大天使、そして————最高位の天使、熾天使」
「何ですって?」
「熾天使……私も文献でしか目にしたことがない存在ですが……」
「本当なの、ブレンダ!?」
「あぁ、彼女……いや彼か、空間魔法を扱えたおかげで、被害は……最小限に抑えられた」
熾天使と出会い、倒したという話の裏を取るようにフレイアがブレンダに確認する。
悔しさが滲む表情のブレンダ、口では被害は少ないと言ってはいるが、何もできずにその場の村人や兵士が惨殺されたのだから、その死を軽いものにしたくはないのだろう。
「重要なのは熾天使ではなく、俺はこの天使の名称や特徴を事前に知っていたということ」
「どういうこと?」
「俺の世界にも天使という存在というか、概念があって、その特徴がこっちの天使と似通っているというか……同じなんです」
そう、同じなのだ。6枚の翼を持つ、最高位の天使セラフィム。おそらくは他にも————
「例えば、他にも四枚羽の天使に智天使というのがいたりするのでは?」
「————あぁ、いる」
「居ますわ。なんならメグル、わたくしがあなたと別れてから領地へ戻った際に、その智天使が一体出現しましたもの」
「……他にも、俺が記憶している中だと主天使や力天使なんかが居るけど、それはひとまず置いておこう」
「……結局、何が言いたいのかしら? リルルにもわかるように言って?」
恋の魔女リルルが困ったように首を傾げて尋ねてくる。重要なのは俺が知っているということではない。
「————世界の魔女は、俺が居た世界の人間かもしれない」
そう、これが俺の思い至った結論。十字の大地、出現する天使、そして夢で聞いた名前、あれは————
“主よ”
世界の魔女、彼女はネメアの夢で言っていた。
自分の名前は自身がいた世界で神に祈る時の言葉だと。
そして栞や折れた剣に触れた時に見た夢に出てきた名前、キリエは確か「主よ」という意味を持っていたはず。
「正解だよ、覗き魔くん」
声が、響く。俺の発言にどよめく空間の中に、紛れることもなくかき消されることもなく、その場の誰一人として聞き流すことのない、12人目の声が。
「っ!?」
「侵入者か!?」
「いや、貴女は————」
「————世界の魔女」
「そう、私が————第一の魔女にして、この世界の創造主、キリエ・ミラー……世界の魔女だよ」
空席だったはずの場所に、いつの間にか座っていた白絹の女性。透き通るような白髪、少し桃色の入った透明感のある白い肌、そしてルビーのような赤い瞳……夢で見た世界の魔女その人が、この場に現れた。
「きっと初めて見る人の方が多いだろうけど、君達はわかるよね、アクア、スカーレット」
「え、えぇ……お久ぶり、世界の魔女……」
「まさか、ここで来るとは思わなかったけどね」
机の上に膝をつき、重ねた手の上に顎を乗せて魔女達の顔を眺めるキリエ。
同じ魔女……でありながら、纏う雰囲気は全くの別物であった。
「最近なんだか変な視線を感じると思ってたんだけど、あっちでネメアと会って確信したよ。まさかこっちに人を送り込むなんて……無茶をするよね、下手したらどっちも死んじゃうかもしれないのに」
「っ……ネメアは、俺の身体は今どうなって————」
「あぁ、そうだよね、気になるよね?」
一通り顔を確認した後、じぃっとこちらを見つめるキリエ。その瞳は俺ではなく、その内にある俺自身の魂を見つめているようだった。
「っあ! く、ぅう……キリエ!」
「っ!? 俺、じゃねぇ、ネメアか!?」
キリエがぱちん、と指を鳴らすと、パキパキとひび割れる音が微かに聞こえ、一際大きな破砕音が響くと同時に、円卓の中心に何かが————いや、俺が落ちてきた。
「これは、一体どういう————」
「ここからは私が仕切らせてもらおうかな? 頑張ってみんな集めてくれたみたいだし」
「お前のために集めたわけじゃ————」
咄嗟に反論しようと開いた口が、気づけば閉じていた。キリエがわざとらしい笑みを浮かべて、口をジッパーで閉じるようなジェスチャーをして見せる。
「キリエ、ボクは————っく!?」
「!? っ!!」
「全く、揃いも揃ってお行儀がなってないね、人が話す時に口を挟まないの」
続いて痛みを堪えながら起きあがろうとした俺……の身体を使っているネメアが、更に上から円卓に押しつけられる。
重力操作————これは闇の魔女の魔法か?
「本当はここの————ネメア以外の子が何も知らないままコトを終わらせたかったのだけれど、覗き魔くんが思ってたより賢いみたいだから……話しちゃった方が良いかなって」
「世界の魔女、貴女は何をしようとしているのですか?」
「私はただ、世界を救おうとしているだけだよ? この世界を……不公平で理不尽なカミサマの手から、ね?」
絡繰の魔女ドールの問いに笑みを浮かべて答えるキリエ。しかしその笑みは背筋が凍るほどに冷たく、怒りや憎しみ、そしてどことなく悲しみを孕んでいるように思えた。
「それじゃあここにいる皆々様にお話ししましょう、私、キリエ・ミラーが何をしようとしていたのか。そして————この世界に何が起きているのかを」