A.26 折れた剣の柄
前略、熾天使に勝つために空間魔法を身につけた。
これで熾天使にトドメを指す……!
「っ、う、あっ……いてて……うわぁっ!?」
空間魔法によって熾天使の首元に別空間を置換する。
それびより胴体との繋がりが絶たれ、ずる、と切断面がずれるように首が落ちると同時に大量の体液が熾天使の体内から噴出する。
血の雨、ワインレッドの雨粒が体を濡らす。熾天使の身体が力無く地面に崩れ落ち、その揺れで足を滑らせてしまい、俺は転がり落ちてしまう。
「いつつ……や、れた……の、か————」
尻餅をつき、お尻をさすりながら見上げる。
体液を溢れ出させ、倒れ込む熾天使……いや、まずい、なんでこっちに向かって倒れて————
「うわぁぁっ————っ……?」
「はぁ、大丈夫か? 締まらないやつだな貴様は」
熾天使に押し潰される直前、飛んできた剣に衣服を引っ掛けられ、救出される。
「あ、あぁ……ありがとう」
「やりましたねメグル。見てください」
ブレンダに助けられ、ユーラフェンが手を差し出す。その手をとって立ち上がると、ユーラフェンは熾天使に向けて指を指す。
「崩れていく……倒せたんだな」
「感謝する。あれを食い止められなければより被害が広がっていた事だろう」
「い、いや……自分の身を守るためにやった事だし、お礼なんて……」
改めて礼を言われると少しくすぐったい。無我夢中だったこともあってお世辞にもかっこつくような戦い方ではなかったと思う。
「どうだ、せめてもの礼というわけじゃないが……こんな事になってしまって疲れただろう。私の屋敷で休んでいくと良い、歓迎しよう」
「ぁー……えっと」
「帰る際に物資調達も行いたいのですが」
「そうか、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
俺だけの意志で決めるのもどうかと思い、ユーラフェンの方に視線を送る。
彼女も問題が無いのであればこのままお邪魔させてもらおう。
張り詰めていた緊張も解けて、どっと疲れが全身を襲う。
ーーーーーーーーーーーー
「ようこそ、我が屋敷で。私はこれから先の村の後処理と弔いの手配をしなければならないが……まぁくつろいで行ってくれ。必要なものがあれば家の者に言ってくれれば手配させよう」
「あぁ、ありがとう……流石領主だな、屋敷っていうか……もはや城みたいだ」
ブレンダに案内されて辿り着いたのは大きな屋敷であった。国を治める王城ほどの規模は無いにしても、お金持ちの屋敷としては大きい、そんな塩梅の建造物。
向こうの世界でだってこんな場所に立ち入ったことはない。
「では、此度の助力と村の救援に改めて感謝を。魔女会議にはなるべく出向けるよう努力しよう」
「ん、あぁ。俺も助けられた、ありがとう」
姿勢を正し、一礼するブレンダにこちらも感謝を伝え、頭を下げる。
そうしてブレンダは自分の仕事へと向かっていった、天使の出現頻度が増して常にあんな感じに駆け回っているのだとしたら相当忙しいんだろうな。
「ふー……」
客室に案内されると、ふかふかのベッドの上に寝転がる。
全身を襲う疲労感。柔らかな寝具の感触に包まれると程なくして自然と眠りについてしまう。
ぐっすり熟睡、最近はずっと疲れては熟睡しているような気がする。
「んん……ふぁ……はふ、あれ、夜か……」
そうしてしばらく眠った後、目が覚めると部屋は真っ暗だった。明かりを点さず眠ったのだから当然か。
「電気電気……って、電気じゃなかったや。んと、ランタンとか……」
寝起きで寝ぼけたように壁をぺたぺたと触ってライトのボタンを探す。すぐにそんなことはないと気づくと、明かりを灯せるものを探して部屋の中を探し回ると、備え付けのランタンを見つけ出す。
「よし、お……ついた。トイレどこだろ……」
少し催してきたので部屋を出てトイレを探す。
廊下は点々と蝋燭の光が照らしている程度で、うっすらと薄暗く、おそらく深夜の時間帯なのだろう。
……ちょっとホラーテイストを感じて寒気を感じるが……いやこれは催してるからなのか?
「うーん広い……やだなぁ、この歳で漏らしたくないし、もしこの身体で漏らしたらネメアになんて言われるか……」
「おや、メグル。どうかなさいましたか?」
とりあえず廊下を一通り歩いてみたがトイレは見つからず、彷徨うように玄関ホールまで歩いていくと、荷物を抱えたユーラフェンと鉢合わせる。
「トイレ探してて……ユーラフェンこそどうしたんだ?」
「遺品の運搬を手伝っていました」
「……わざわざ、ユーラフェンも休んでたら良かったのに」
「休憩は頂きましたので、大丈夫です。それより、トイレでしたらあちらですよ」
「お、助かる……! ユーラフェンも手伝うのは良いけどちゃんと休んでくれよな」
ユーラフェンにトイレの場所を教えてもらい、そそくさと小走りで向かっていく。
「ふぅ、間に合ってよかった」
水洗式トイレが恋しくなって久しいが、ないものはしかたない。
手を洗う場所があるだけマシというものだ。
「さて、帰って寝る……前にちょっと見て回ろうかな。すぐ寝ちゃったし、こんなところ向こうに戻ったら二度と来れないだろうし」
異世界ライフを満喫するほどの余裕はないが、こういう時くらいは楽しんでもいいだろう。
「これ、全部あの人の趣味なのかな……いや、貴族っぽいし代々ってやつなのかも」
豪華な装飾に彩られた屋敷内。成金趣味とは違う、嫌味よりも上品さが際立つ内装。
昼間は明るかったのもあって、白基調に青や金の装飾が映えていた。
こう薄暗いとそれが見れないのが残念だが、それでも廊下に掛けられた絵画や、細々とした装飾品を見て楽しむことはできる。
と言っても一般的庶民の感性からすると、高そうだなという感想に尽きるわけだが。
「ん、ここはブレンダの部屋か……流石にここを見て回るのは常識的に————ん? この剣折れてるな……」
部屋に戻ろうと思い、辿り着いた場所の扉を押して開く。
……どうやら部屋を間違えたらしい。客室とは違う装飾、というよりは鍛錬道具が並ぶ部屋。
ブレンダが纏っていたものと同じドレス状の鎧が飾られており、おそらくは彼女の自室なのだろう。
流石に女性の部屋をじろじろと眺めるのは趣味が悪いという常識はあるので、その場でくるりと回れ右しようとしたところで、壁に掛けられた古めかしい剣に目を奪われる。
小綺麗な装飾の中で不釣り合いな、古く質素で、折れて殆ど鍔と柄しか残っていない剣。
「なんか、この剣……どっかで見た事あるような……」
何か懐かしさを覚える感覚。いや、最近似た感覚を感じた記憶があったような……そう、確かあの栞を目にした時にも同じことを————
「キリエ」
「どうしたのママ?」
「……パパが亡くなったわ」
「……え————?」
いつもより深く沈んだママの顔。重々しく口を開いたママが告げたのはパパの死だった。
「街に出ていた時に……女の子を、庇って……」
「……」
「帰ってきたのは、これだけ……身体は焼かれてしまったって、彼と一緒に出ていた人が……」
「剣、パパの……」
泣き崩れるママの手には、ぼろ切れに包まれた剣の残骸が握られていた。
パパはこの村を含めた幾つかの村の男の人達と傭兵団として活動していた。お仕事の中で街にも出ることがあった……その結果がこれということ。
「……パパの……」
「え……?」
「パパの、守った子って……」
「……処刑、されたって……」
————結果は、こんなもの。
人を助けようとして、何もかもが失われた。これを無駄死にと人は嗤うのだろう。
良いパパだった。人とは違う姿をした私を我が子として愛してくれた。
「……そう」
「キリエ……貴女は、悲しくないの……?」
「悲しいよ、ママ」
「なら、なぜ……泣かないの?」
「……」
悲しいと思う。大好きなパパが亡くなったのだから。
悲しいはずだ。パパの死が無駄なものだったのだから。
悲しい、そのはずなのに————
「わからない、私は……悲しい、悲しいんだよ、ママ」
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