A.23 剣の魔女
前略、天使との戦闘になった。
大天使に苦戦していたが、剣の魔女によって助けられた。
「剣の魔女————」
見上げた先では剣の魔女が地に付した大天使を見下ろしていた。指一つ動けなくなった大天使は全身に亀裂が奔り、まるで陶器が崩れ去るかのように粉々に砕け散ってしまった。
「ふぅ、そこの————ネメア? こんなところで何をしている!」
「へっ、あっ! ち、ちがいます! 俺はネメアじゃありません!」
「何を……その小生意気な顔、見間違えるものか! お前がこんな大天使如きに苦戦するなど————」
こちらの顔を見ればネメアと間違えながら近寄る。まぁ当然の反応なのだろう、直近である風と死が特殊なパターンだっただけで、普通はこうなる。
「ふ、む……信じ難いが、確かにその口調に振る舞い、何よりあの程度の大天使であれば一蹴できるはずの力を持っていながらあそこまで追い詰められていたという点を踏まえると……ネメアではないと信じざるを得ないか」
中々信じてもらえず、これまであったことを全部説明してようやく渋々といった様子ではあるが信じてもらうことができた。
剣の魔女が率いるという兵士たちが村での救助活動を行う傍ら、俺たちは剣の魔女から事情聴取を受けているといった状況だ。
「それで? お前たちはノコノコここへやってきて、天使にちょっかいをかけて死にかけたと?」
「ひどい言い草だな、村が襲われてたから助けようとしたんだけど」
「その点は感謝している。だが————お前たちも戦って理解しただろう。天使というものの危険さを」
「それはまぁ、理解はしたけど……」
言い方は厳しいが、忠告してくれているのだろう。
こうは言ってるものの何も言わずに俺たちを助けてくれたのだから、悪い人ではないはずだ。
「この辺りはいつもこうなのか?」
「あぁ、南方の地は北方と並び天使の出現数が多い地帯だ。もっとも、年々増えているという話だが」
「年々増えている……」
図書館で読んだ絵本を思い出す。
天使と魔女には何か繋がりがある……そんな気がする。
「なぁ、剣の魔女」
「何だ」
「お前は何番目の魔女だ? いや————九番目の魔女か?」
本に描かれている順番が魔女の生まれた順であるならば、無数の武器を扱い天使の軍勢と戦う構図の絵、それが剣の魔女のことを指していると考え、その推察が合っているかどうかを確認する。
「あぁ、そうだ。私は第九の魔女、それがどうかしたか?」
「ならお前の後に10、11、12魔女が生まれてるはずだ」
「そうなるな」
「教えてくれ、天使の増加っていうのは一定の間隔で増えているのか? それとも、魔女が生まれると増えているのか?」
「————それは」
もし魔女と天使になんらかの因果関係があるのであれば、魔女が生まれる事が天使が増えるトリガーであるという可能性すらある。
「おそらくはその推察は合っていると、思う。確かに天使の出現数や頻度が上がるのは一定間隔ではなく、魔女が生まれる毎に増えている」
「そうか……理由は、わかってたら対策してるか……」
「あぁ、魔女が天使の標的というわけでもない。お前も見たようにあいつらは人間であれば無差別に襲い、殺戮の限りを尽くしている」
言葉に詰まりながらも肯定する剣の魔女。その表情には、自分が守るべき民を、自分達魔女の存在が原因で危機に陥らせているのではないかという葛藤が滲んでいた。
「お前はなぜそんな事を?」
「ここに来るまでに本の街って所で一冊の絵本を読んでさ。その本には13人の魔女と、相対する天使の姿が描かれていた」
「魔女と天使の絵本……あぁあれか」
「知ってるのか?」
「昔からある童話……いや予言というべきか」
「予言?」
予言、つまるところ未来予知。魔法や魔術というものがあるのであればそういった類のことがあるのも驚きはしない。
何より、あの本に描かれていることが作り話ではないというのは薄々感じていた。
「あぁ、魔女の誕生とその魔女が経験する天使の所業……というべきか。お前も読んだのなら知っているだろうが————」
「あっ、いやその、実は文字読めなくて……」
「……どういうことだ」
「そのままの意味と申しますか……その、ネメアが言葉を聞き取れるようにしてくれてはいたけど文字を読むのは自力で習得しないといけなかったというか……」
実際読める単語を読んだだけではそれが魔女のことを指していることくらいしかわからなかったわけで。
もう少し勉強しておけばよかったと思う。
「ふむ……」
「領主様、救助が完了しましたので報告に参りました」
「ん、ご苦労」
「村人21名、身元確認済みの死者12名、身元の確認ができない死体が3名、生存者5名、行方不明1名です」
「そうか……死者の弔いはいつも通りに。この村は維持できないな、生存者は行く宛のある者以外は我が屋敷で保護を」
「了解しました。失礼します」
領主としての仕事をこなすように、兵士へ指示を出す。
死者15名、もう少しはやく駆けつけていれば……いや、もう少し上手くやれていれば大天使に殺されていた2人は救えたのだろうか。
「それで、君はどうする? んー……と」
「橘巡留」
「タチバナメグル。目的は私と会うことと天使を見ることだったか」
「そうだけど、どうしようかな……」
「私は見ての通り暇ではないのだが」
「だよなぁ。あっ、そうだ! 近々魔女会議を開く予定だから、出席してほしい」
「何? ……構わないが、領地に天使が出現しなければという条件はつくぞ」
「それはもちろん、人命が優先だ」
魔女会議の開催予定を伝えておく。しかしこうも忙しいとあまり期待はできないか。
「よし————じゃあ俺たちは帰る事にするよ。あんまり長居して邪魔をするわけにもいかないし、ユーラフェン!」
「はい、メグル。お話は————」
少し離れた場所で控えていたユーラフェンへ声をかける。
長旅の目的としては少々物足りないが、そんな事も言っていられない。
そう、思っていた。
「ぐぁっ!!」
「何だっ!?」
「あれ、は————」
ユーラフェンが見上げる先で叫び声が響く。肉が何かで引き裂かれる音、地面にぼとぼとと何かが落ちる音。
それに意識を引っ張られるように俺たちはユーラフェンの視線の先へと振り向く。
そこに居たのは————
「六枚羽……!」
「熾天使————」
紫がかった白い6枚の大翼。無数の人形の腕のようなものが頭部を覆い、目を塞いでいる。しかし、その腕や大翼には無数の瞳が見開いており、その一つ一つがこの場にいるすべての人間を一様に見下ろしていた。
体毛のように羽がびっしりと生えた獣の脚のようなものを下半身とし、不揃いの雄牛のような角を生やした異形の怪物。
まるで様々な生命をつぎはぎに縫い合わせたかのような統一性のない存在でありながら、ヒトのような腕を持ち、巨大な剣と弓という道具を握っている様は、人ならざる者の威光を象徴しているかのように思えた。
「————総員退避! こいつは私が相手する!!」
最初に声を上げたのは剣の魔女であった。張り裂けそうなほど声をあげ、熾天使の威容に見惚れてしまっていた兵士たちを正気に戻す。
兵士たちは各々廃墟に隠れるように逃げようと行動に移るが、熾天使は空に向けて弓を構える。
四つ腕の二つを使い、大弓を引く様を見た剣の魔女は武器を生成し、その行動を阻止しようと攻撃を放つ。
「まずい、ユーラフェン!」
「メグルッ!」
剣の魔女が放った無数の刃は熾天使の剣によって一つ残らず叩き落とされていく。
まるで羽虫をはたき落とすかのように無造作な動きでありながら、その巨体からすれば米粒を摘むが如き繊細さを感じられた。
そんな刹那のやり取りの間にも大弓の弦は限界まで引かれ、風を切る音と共に天へ矢が放たれ————
「っ!」
「ぐぁ……っく、ぅ……」
天の彼方まで届くと思われた矢は、遥か上空で大きな光を放つと、その光一つ一つが流星となって降り注いだ。
流星は正確無比にこの場に居る全ての人間の頭上へと降り注ぎ、退避した兵士たちの短い断末魔と地面廃墟を抉り貫き矢の音が断続的に響いた。
俺は咄嗟にユーラフェンを庇い、右半身を矢が掠める。背中に奔る熱と痛みに意識をやってしまいそうになるが、続け様に降り注ぐ矢から逃げるために意識を保つ。
「っ、貴様————良くも我が兵士を、民を!!」
迎撃するように矢を放っていた剣の魔女、しかし降り注ぐ矢は余りにも多く、地に落ちた矢は五十を超える。
おそらくは生存者を含めて兵士たちは全滅だろう。
「落ち、着け……っう、なんとかしてコイツを倒さないと……」
「既に死にかけているではないか……貴様は下がっていろ。コイツは私が————仕留める!」
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