A.22 遭遇!翼を持つモノ
前略、村が天使に襲われていた。
助けに向かわなくては。
空をかっ飛ぶ。徒歩であれば1時間前後はかかるであろう道程をショートカットするように。
音の壁を破り、火の手が上がる集落の全貌が視界に収まるほどの距離で、俺は“それ”を目にした。
「あれが————」
「天使ですね」
空から見下ろす先、そこには白く輝く翼を生やした、まるで人形のような不気味な人形をした存在が蠢いていた。
例えるのなら翼が生えたマネキンだろうか。仮面のように張り付いた不気味な無表情の人の顔、生理的嫌悪感を煽るようなその姿で、村人を追いかけていた。
「下ろします」
「あぁ!」
追われている村人と天使の間に降り立つ。こちらを認識した天使は立ち止まり、首を傾げるようにしてじっと俺たちを見つめていた。
「加減とかは要らないよな?」
「最下位の天使です。二対二であれば負けません」
「よし————」
杖を構え、敵と軸を合わせる。不思議と恐れは無い、場慣れしてきたということか、それとも……相対してきた魔女達よりも弱いからか。
「“放て”!」
光の本流が敵に向けて放たれる。こちらを認識した天使の一体が飛びかかろうとしてきたところを撃ち落とすように、攻撃魔術が直撃する。
「一体!」
「油断なさらず」
「わかってる!」
もう片方の天使はユーラフェンが鎖で拘束していた。ミシミシと軋む音と共に鎖が天使の陶器のような四肢を締め付けていき、バキッという一際大きな破砕音と共にその身体を砕いていく。
「天使どのくらい居るんだ」
「待ってください、今————」
ユーラフェンが再び空から周辺に存在する天使の捜索を行おうとした所で、俺たちの背後……追われていた村人達が逃げ去った先から悲鳴が聞こえてきた。
「まずい、さっきの人たちが————」
「行きましょう!」
そのままユーラフェンに抱えられ低空飛行で声のした方へ向かおうとする。しかし、曲がり角から現れた影に急停止すると、地面に降り立って杖を構える。
「なんだあれ、鎧の騎士……!?」
「大天使です。先程の天使よりも手強いのでお気をつけを」
「あぁ……っ!?」
曲がり角から覗くのはまるで西洋の騎士のような甲冑に、大きな一対の翼を生やした存在。それがこちらを振り向くと、その体に隠れていた半身が露わになる。
そこには身の丈ほどの槍と、その穂先に貫かれた————村人の姿があった。
「悪趣味な————っ!!」
こちらを認識した大天使が槍を振るう。穂先に貫かれていた亡骸は無造作に地面へと投げ捨てられ、打ち捨てられた肉体は痙攣しながら鮮血を溢れさせていた。
「こいつ、人のことをなんだと……!」
「怒りに呑まれないでください。落ち着いて!」
「っ、あぁ……!」
まるで人のことを掃いて捨てる塵の如く扱う天使に怒りが込み上げる。
直感的に、本能的に理解できた。こいつらは人間とは相容れない存在なのだと。
「喰らえ————!」
敵目掛けて放たれた攻撃は敵を貫くことはなく、むしろ突き向けられた槍の穂先が光の奔流を受け止め、切り裂き、飛散した魔力が周囲にぶつかり、爆発音が響く。
「こいつは正面からじゃダメか」
「動きを封じます」
真正面から攻撃を受け止めた天使の姿を睨みつける。畳み掛けるようにユーラフェンの鎖が伸びて四肢に絡みつくが、力任せに振り解かれ、千切られた鎖は周囲の家屋を薙ぎ払い、こちらへと飛んできた瓦礫を避けるように後ろへ下がる。
「っ、パワーも人外じみてるな!」
「アークエンジェル一体で天使10体分だと我が師が仰っていました」
「なるほど、さっきすぐ倒したからわかんない、なっ!」
こちらへ接近し、槍を振るう。純粋な巨躯と膂力によって振るわれる破壊。
回避を試みるが、掠める槍の風圧で小さな体が吹き飛んでしまいそうになる。
時よ戻れ、時よ停止しろ。時間を操作してなんとか回避を続け、一瞬の隙をついて反撃を行うが、大天使の纏う鎧を貫くことができない。
「クソっ、硬いなあいつ」
「何度か死にかけていますね、撤退も視野に入れるべきです」
「敵討ち……してやりたいけど、それで死んでちゃ元も子もないか……!」
想像よりも強敵で、少しずつジリ貧になっていく。
最大出力で放てばあの鎧を抜ける……のだろうか?
「動きを封じて最大出力で————」
「どう封じるかの案はありますか?」
「いやそれは……危ないっ!」
ユーラフェンの鎖は簡単に引きちぎられた。なら動きを止めるには鎖による拘束とは違う手段を講じなければならないが……。
「くっ、なら空から狙い撃つ!」
「抱えて飛べということですか」
「あぁそうなる、飛んで距離と時間を稼ぐ!」
拘束ができないのであれば物理的に距離を稼ぐ。
あいつも翼を生やしている以上、飛べはするだろうがあの巨躯だ、それほど速度は出せないはず。
「次の攻撃を避けたタイミングで行くぞ!」
「はいっ!」
ユーラフェンが俺の後ろに移動する。天使が振りかぶった槍が振り下ろされれば、タイミングを見計らってユーラフェンが俺を抱えて飛び立つ。
地面に叩きつけられた槍の風圧を追い風にして高く上昇する最中、俺は杖をぎゅっと握りしめて意識を集中させる。
「メグル!」
「もう、少し————」
こちらを見上げる天使の羽がぶわっと羽ばたいたかと思うと、地面を風で蹴るように跳び上がり、その手を伸ばしてきた。
巨大な掌が俺たちを掴もうと迫る中、ユーラフェンが振り向く。
「————“放て”!!」
間一髪間に合い放たれた最大出力の一撃。
角度をつける余裕は無かった。もしこれを回避されでもしたら村の半分が消し飛んでしまうが、そんなことは杞憂であった。
「っ、こいつ————」
伸ばした掌で俺の攻撃を受け止める天使。山すら簡単に消し飛ばせた一撃を受けてなお原型を留めるとは、本当になんつう強度してやがる!
「いい、加減……壊れろォッ!」
全身全霊を込めて杖を握る力を込める。次第に鎧がひび割れる音が聞こえ、グググっと魔術の勢いに押されていけば、魔術の効果が終了すると同時に大天使の左腕が砕け散り、貫通するように左側の翼を貫いた。
「っ、倒しきれなかったか」
「ですが、アレなら飛べません」
片翼を貫かれたからか、それとも腕がもげてバランスを崩したからか、大天使が地に落ちていく。
地面が揺れるほどの質量が着地するとこちらを見上げ————
「まさか————ユーラフェン!」
「回避します!」
右手に持った槍を構える天使。あの構えは間違いない、空を飛ぶ俺たちに手が届かないとなれば……投擲で撃ち落とす気なのだ。
ユーラフェンに指示すれば、それに応えるよりも先にユーラフェンは回避行動に移る。
力を込めるように一歩足を後ろに踏み込むと、勢いよく放り投げられた槍は音の壁を容易く破るほどの速度で俺たちに追いつく。
「まずい、避けきれな————」
回避する速度よりも、巨大な槍が俺たちを掠める方が先。
そう気づくまで時間はかからなかった。
「っ……なん、だ?」
あわや命中……そう覚悟した直後、甲高い金属音が響く。閉じた瞳を開けば、飛んできた槍を幾つもの剣が受け止め、俺たちへの直撃を防いでいた。
「あれは剣……?」
「メグル、あれを!」
ユーラフェンが指を刺す方向、そこには宙に浮かぶ女性がいた。
まるでドレスのような鎧に身を包んだブロンドヘアーの女性は、空へ手を掲げる。
女性を中心に、何もない空間から無数の剣が生成され、円状に展開していくと、女性が腕を振り下ろすと同時に無数の剣が槍へと降り注ぐ。
「凄い————」
瞬く間に槍を切り刻めば、次に女性は天使に向けて腕を伸ばす。すると今度は女性を中心に左右へ幾つもの弓と矢が生成されていくと、ぎゅっと手のひらを握る仕草と同時に矢が放たれる。
放たれた矢の雨は、まるで吸い込まれるかのように天使の体へと降り注いでいき、俺が最大出力で攻撃しなければ破砕できなかった鎧を最も容易く貫いていく。
「あれが……剣の魔女」
「あれが————」
「剣の魔女、ブレンダ・セリオン」
ユーラフェンがあの女性の正体を口にする。
俺たちが苦戦したあの大天使をあっさりと倒してみせた力、南方の地を収め天使と戦い続けている剣の魔女、その人が俺たちの目の前に現れたのだ。