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A.21 ネメシアの栞

 前略、図書館で天使について調べようとした。

 文字が読めないことをど忘れしていたが、天使と魔女が描かれた絵本を発見した。


「っと、結構時間経っちゃったな。そろそろ出ないと……ユーラフェンを待たせちゃってるかも」

 つい読み耽ってしまったが、ユーラフェンが食事の買い出しに行っていたことを思い出し本を閉じる。読めなかった三冊の本を抱えて席を立つと、受付の反対側を覗くように顔を出す。


「お、いたいた……あのー……って、寝ちゃってるや」

 色々な本が置かれた作業スペースのような場所。そこに突っ伏して眠るようにすぅすぅと寝息を立てる司書の姿があった。


「起こすのもアレだしここに置いて受付の人に言っておけばいいかな……ん?」

 そっと起こさないように本を置き、そのまま離れようとすると、はらり、と何かが床に落ちる。

 屈んでみるとそれは押し花で作られた栞のような物で、どことなく古めかしい印象を受ける。


「栞かな……なんの花だろ————」

 拾い上げようと触れた瞬間、意識が暗転する。

 吸い込まれるような、飲み込まれるような。穏やかな濁流、冷ややかな爆炎、頬を裂くような清風。

 胸を焦がすような情熱が込み上げると同時に、身を凍えさせるような哀しみが思考をくぐもらせる。



「————エ、キリエ! どうしたの? 顔色が悪いようだけれど」

 ぼーっとしていた頭が晴れる。私は今、何をしていたんだっけ。


「大丈夫、えっと……」

「お話の途中なのに居眠りしちゃったのかしら! キリエったら酷いのだわ!」

「ちがっ、違うよエリナ。私はちゃんとエリナのお話を聞いてたよ」

「本当?」

 綺麗なブロンドの髪と翡翠のような緑色の瞳。お人形のような私の大切なお友達は、少し不機嫌になってしまったようだ。


「うん、本当。続きを聞かせてくれる?」

「勿論! それでね、お父様が遠い所に住んでいる人とお話しして、新しいことを私に教えてくれたの!」

「へぇ、何を教わったんだい?」

「押し花って言うの! ご本とかでね、ぎゅっとお花を押しつぶしちゃうの!」

「ふむ、それはお花がかわいそうじゃないかい?」

 野暮な指摘をしてしまっただろうか? 楽しそうに話すエリナの表情が少ししょんぼりしてしまった。


「……キリエは嫌、かしら」

「ん、いや大丈夫だよ。それでその押し花がどうかしたの?」

「え、えっとね? あまり上手くできたかはわからないけれど……ネメシアのお花を押し花にして、蝋で固めたの! それを紙に貼っつけたのがこれ!」

 そう言って少し恥ずかしそうに手渡してくれたのは、長方形の紙に紫色の綺麗なネメシアの花が貼り付けられたもの。

 エリナの手作りらしい、私へのプレゼントだろうか。


「これは?」

「えっとね、キリエはたくさん沢山ご本を読んでるでしょう?」

「外に出してもらえないからね、本を読むくらいしかすることがないし」

「それでも、とてもとても凄いの! 私なんて少し読んだら眠たくなってしまうもの!」

「エリナはもう少し本を読もうね、良いところのお嬢様なのだから」

「うぅ……そ、それでね? 最近ペーパーナイフが錆びちゃって、挟むと本が汚れちゃうって言ってたから! ナイフの代わりに本に挟めるものを作ってみたの!」

 どうやら私がいつの日かぼやいていたことを聞いていたらしい。

 それでわざわざこんなものを? 良い子で涙が出そうだ。


「ありがとうエリナ。とても嬉しい」

「ほ、本当? 良かったぁ、キリエに喜んでもらえて私も嬉しい!」

「ふふ、大切にするね、エリナ」

 胸元で、潰さないようにぎゅっと握る。エリナの想いが詰まっているのか、それは暖かく感じた。

 願わくば、この温かな日常が永遠に続くことを————



ーーーーーーーーーーー



「————さん、利用者様、どうかなさいましたか?」

「エリナ……?」

「はぁ……? いえ、私はロアナですが」

「えっ、あぁ……そう、だよな」

 何か、不思議な夢を見ていた。まるで現実のような温かな夢。

 日向のような泡沫の夢が覚めるその一瞬、その全てを否定するかのような背筋が凍りつく感覚に全身が侵されると同時に目が覚める。

 夢であったと思う。けれど、目に映る光景も鼻腔を擽る懐かしい香りも、温かな感覚も全てが現実のようで————。


「あの、それ」

「えっ、あ、あぁ……床に落ちてて、拾って戻しておこうと思ったんだ」

「そうでしたか、ありがとうございます。大切なものなので……」

「そうなのか」

「えぇ、昔からずっと、この栞を挟んで本を読んできたので」

「昔から……」

 手のひらに置かれるように握っていた栞をロアナへ返す。

 大切そうに栞を眺めるロアナは、手に持った本に挟み込むと机の上に置く。


「それで……どうかなさいましたか?」

「あぁ、本の返却をお願いしたくて」

「かしこまりました。本日はご利用のほど、ありがとうございました」

「あぁ、助かったよ」

 ロアナに本の返却を終えると図書館から出る。ほぼ真上に出ていた太陽は少し傾いていた。

 大体2時間くらいだろうか?


「お帰りなさい、メグル」

「お待たせ、悪いなユーラフェン」

「いえ、平気です。我が師であれば丸一日放置なさったりするので」

「あぁ、そう……まぁ、その、ごめん」

 ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、ユーラフェンが手渡してくれた食べ物を受け取る。

 生地に肉と野菜を挟んだもの……タコスみたいなものだろうか。


「ん、む……美味しいな」

「えぇ、美味しいですね」

 本の街を後にして、俺たちの旅は続く。



ーーーーーーーーーーーーー



「メグル。そろそろ目的地です」

「ふぅ、そうか……じゃあ、気をつけないとな」

 それから更に2日。歩き続けて目的地に辿り着く。と言っても、広大な領地の入り口に入っただけだが。


「あてもなく彷徨うより、まずは領主である剣の魔女の屋敷へ向かうのが良いかと」

「それもそうだな、場所はわかるか?」

「申し訳ありません。存じ上げておりません」

「じゃあ地道に探すしかないか、結局」

 となると一番の近道は周辺の街を探して領主の屋敷の場所を訪ねることだろうか。

 地理はわからなくとも、こういう時は当たり前の事を突き詰めていけば良い。

 人類の文明とは得てして水源と共にある! かつての太古文明のどれもが大きな川沿いに生まれているし、俺の住んでる国だって水源には事欠かない。

 つまり川なり湖なり、そういった水源の近くを探せば人が住む場所があるはずだ。


「湖とか川の場所はわかるか?」

「それなら少しは」

「じゃあそこまで行って、ユーラフェンに空を飛んで周りを見てもらうか」

 作戦を立てて行動を開始する。せせらぎの音が心地よい川に訪れる。南方というだけあってあったかい場所で、どことなくアマゾンのような熱帯雨林気候に近い雰囲気を感じる。


「それじゃあ頼む。何か見えたら教えてくれ」

「かしこまりました」

 川を少し進んだ所でユーラフェンに上空からの偵察をお願いする。

 これで町や村を見つけてくれれば話は早いが……。


「あれ、は————」


「お、どうだった?」

「左手に2キロほど行った所に村のようなものが見えました」

「お、幸先が————」

「ですが」

 早速人の住む場所を見つけた。2キロ先となると徒歩で大体50分くらいだろうか。などと考えて居るとユーラフェンが遮るように話を続ける。


「襲われています。おそらく、天使でしょう」

「な————」

「どうしますか? 当初の目的である天使を見るという願いは叶いますが」

「そこらを歩いてる奴を見つけたならともかく、人が襲われてるのなら助けに行かないと!」

「かしこまりました」

「ユーラフェン、頼む。空ならすぐに行けるだろ?」

「————はい、では、失礼しますね」

 空は飛びたくないが人命がかかっている以上四の五の言っていられない。

 ユーラフェンに抱えられ、宙へ浮かぶ。木々よりも高く浮かび、一気に加速する。

 目的地である集落は今まで寄ったどの町よりも素朴なものだったが、黒煙と炎が立ち上っていた。


「今、助けに行く————!」


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