A.15 吹き荒ぶ嵐、渦巻く水流!
前略、風の魔女に会いにいくことになった。
正直、前評判が悪すぎて行きたくはない。
「はぁ、ひぃ……つ、疲れた」
「泣き言が出るのが早いですよメグル。まだ半日程度しか歩いていませんが」
「いや半日歩きっぱなしは成人男性でもわりときつい……はぁ、それよりこの身体体力がない……」
これまでも身体能力の差について意識したことはあったが、こうして長時間歩くというシンプルな行動によって如実に違いを理解してしまう。
単純なスタミナの量もそうだが、歩幅が小さい。だから元の身体の頃と比べて進む距離に対しての体力の消費が激しい……気がする。
「今のメグルには浮かぶ魔術は使えないでしょうし」
「空は飛んじゃダメなんじゃ……はぁ、ふぅ……」
「いえ、飛ぶのではなく浮かぶだけです。地面からほんの少しだけ」
「ドラ○もんかな?」
某ネコ型ロボットは常に浮いているという話を思い出すと、無意識に口からこぼれる。
「? 軽く浮いて、あとは魔力で身体を運ぶというような魔術ですが……維持するには繊細な技術と集中力を求められるので、今のメグルの場合は空の彼方へ射出される恐れがあります」
「こわっ」
「我が師の身体なので魔力だけはあると思いますが……長い年月を経て身につけた技術が活かせないというのが致命的ですね」
「そうは言われても……技術なんて一朝一夕で身につくものじゃ————」
魔術を一から極めていくなんて時間が足りない、と考えた時にふとこの世界の時間の流れについて思い出した。
「そういやこの世界って、何年くらいの歴史があるんだろ」
「急にどうしたんですか?」
「いや、ネメアから俺の世界の一日がこっちにおける7、8日だって言われてさ。もし世界の魔女がこの世界を作ったってことなら、この世界の歴史が何年あるかわかれば、での時代のいつ頃できたのか、ってのが逆算できるかと」
「あぁ、なるほど。旅も長いですし、暇つぶしの話題にはいいと思いますが……」
「暇潰しって……」
この世界について知るのであれば当然歴史や成り立ちについても調べることになるだろう。
もしかしたらそこから世界の魔女が俺の世界に行った理由もわかるかもしれない。
「具体的に今が何年か、というのは分かりかねます」
「……あー……この世界って魔女が生まれるごとに年数がリセットされるんだったか」
「はい、一つの界ごとに何年かというのは歴史好きな人が暗記するか、歴史学の試験における意地悪な問題で出てくる程度の知識ですので」
「つまりユーラフェンは知らないと」
「申し訳ありません」
まぁ俺も具体的に人類が生まれて何年か、なんてことは知らないし、あくまで西暦として刻まれた年数だけしか知らないしな。紀元前とかよくわからん。
「ですが部分的に情報はお出しできます」
「お、頼む」
「まず、世界の魔女が生まれて、この世界に年という概念が生まれてから第二の魔女が生まれるまでに100年が経過したと」
「第二の……ネメアか」
この前夢の中でネメアがポロッと自分のことを第二の魔女として、と言っていたような気がする。
「第三の魔女、命の魔女と第四の魔女、死の魔女は同時期に生まれたため、正暦3界は一年どころか一週間もありません」
「つまり100年刻みってわけでもないと」
「そもそも我が師は2000超えてると仰っていましたので、それを真に受けるのであれば最低でも2000年以上は歴史があるはずです」
「2000年って事は大体18世紀頃か……ぎり近世か? 少なくとも現代に生まれたってわけじゃなさそうだな」
2000年から逆算して考える。あくまで最低でも2000年であり、実際はこちらの世界において16〜18世紀頃と結構なムラがあることになる。
「近世……俺の世界だと何が————」
「? どうかしましたか、口をぽっかり開けて」
「————魔女裁判。いや、まさか……偶然だろ、それこそ俺の世界だって21世紀で2000年ちょ、い……」
近世頃にあった出来事を思い出す。歴史には詳しくないが、魔女という単語から一つの事件が思い出される。
魔女裁判。かつてはキリスト教の主導によって行われた、近世初期においては民衆間で最盛期とも言える程に魔女に対する迫害と処刑が行われていたという。
偶然の一致だと思いたいが、更にもう一つの……ネメアの夢で聞いた言葉を思い出す。
『私の居た世界で、この名前は神様への祈りを意味していたんだ』
(この言葉、“私の居た世界”ってことは世界の魔女はそもそも別世界から来たってことにならないか? そして神様への祈りを表す名前……ぱっと思いつくのはハレルヤとかか? もしこの神様がこっちにおけるキリスト教の主と同一なら……)
「世界の魔女は————俺の世界で生まれた魔女、か? ははっ、いや論理の飛躍だしなんの証拠もない……考えすぎか」
ーーーーーーーーーーーー
それから一日が経ち、更に一日歩き続けた頃。顔を撫でる風が荒く、鋭くなっていくのを感じ、足を止める。
「これが、嵐の領域————」
耳を掠めていくのは吹き荒ぶ風の音。
まるで風の塔のように聳え立った嵐の壁は、渦巻く水流で覆われており、まさに嵐の塊と言える様相を成していた。
「辿り着いたのは良いけれど……」
「どうしましょうか」
「これ以上近づいたらズタズタになりそう……いや、巻き上げられて吹き飛ばされるのか? 昔観た動画の、アメリカの台風で吹き飛んでる家みたいな状態になるのかなぁ……」
おそらく正解は巻き上げられた上でズタズタに引き裂かれてどこかへ吹き飛ばされるのだろう。
いきなり最初にして最大の問題が立ち塞がってしまった。
「魔術でこの嵐の壁を吹き飛ばす……」
「盛大なノックですね、きっと大歓迎してくれることでしょう」
「冗談だって……でも本当にどうしたものか、こう風の音が煩いとノックの音すりゃ聞こえな————音?」
そういえば風の魔女に関する情報としてユーラフェンが言っていた。
風の魔女は世界中の音を拾うことができると。
「風の魔女ならもしかして……ここから呼びかけても声が届くんじゃないか?」
「……可能性はあるかと」
「よし————!」
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けつつ、覚悟を決める。
すぅ、と一際大きく息を吸い————
「風の魔女よ! あなたとお話がしたくてここまできた! どうか顔を見せてくれないか!?」
叫ぶように大きな声を出して頼み込む。
音は風に乗り、まるで運ばれるかのように辺りに響いた……気がする。
「お……?」
「届いた……の、でしょうか?」
「かもな————ってうわぁっ!?」
少し間を置いてから、嵐の壁に変化があった。
渦巻く風と水の奔流、その流れが変わったかと思うと、こちらへと伸びるように水流が足元に広がり、風が俺たちの身体を包んで浮かせる。
まるで桃が川を流れていくかの如く、風に包まれた俺たちも水流に運ばれ、嵐の内側へと突入することになる。
「ここは————」
「綺麗、ですね」
嵐の壁を通った先に広がっていた光景、それは雄大な自然が創り出す絶景が広がっていた。
満開の花畑、青々とした森林と轟音と共に流れ落ちる大瀑布。そして自然と共に生きる様々な動物の数々————嵐の外の自然とはまるで違う、ここだけ別の場所から切り取ってきたかのような光景であった。
「あなたタチ、フーと話したいコトあるノ?」
「君が……風の魔女?」
「ソウ、フール・フー」
纏っていた風が霧散するように消えると、ふわりと地面へ足をつける。
圧巻の光景に目を奪われていた俺たちの前に現れたのは、褐色肌に緑色のグラデーションが入った金色の髪をした……翼の生えた少女であった。
ネメアの褐色肌よりは少し薄いだろうか? 赤と白のラインが所々に入っており、どことなく部族感のある容姿をしている。
「俺達は————」
「タチバナメグル。外からきたヒト」
「なっ、何で知って……」
まずは名乗ろうとしたところを遮るように風の魔女、フールは俺の名前を口にした。
その後、少女は大きな翼を威圧するかのように伸ばした後、少しだけ浮かぶように風を纏って宙を飛ぶ。
「フーの耳はコノ世界の風全て。もう一回聞くネ、フーと何を、話したいノ?」
こちらを見下ろす目はまるで全てを見通しているかのようで、くだらない話なんて聞く気はないと暗に告げていた。
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