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A.10 時の狭間からこんにちは!?

 前略、魔法を覚えた。

 使い所が難しそうだ。


「なんだ、今の音————」

 ガラスのようなものにヒビが入るかのような異音。

 それを確かめるように後ろへ振り向く、そこにあったのは……。


「空間に、ヒビ?」

「あれは————メグル、あなたの運は悪い方なのですか?」

「? それってどういう……」

 何かを察したようにこちらを見つめるユーラフェン。振り返った場所にあったのは、空間に出来たヒビのようなもの。

 次第にそれは音を立てながら広がっていき、一際大きな音と共にヒビは裂け目へと変わった。

 まるで不穏な空気が集まってできたかのように空は曇天になり、陽の光は遮られていく。


「っ!? なんだアレ————」

「まさか、我が師から説明を受けてないのですか?」

「いや受けて……クソ、最後に言い逃したアレのことか!?」

 裂け目から鋭い爪のようなものが現れ、無理やり押し広げようとするかのように何かが這い出てくる。

 粘液に覆われた獣のような姿に、六脚の先端には鋭く伸びた爪。

 腐臭のような不快な臭いを放つ口元には、不揃いながらも凶悪な鋭利さと不気味な色の牙が生えていた。

 まさに化け物の風態を目の当たりにしながら、ユーラフェンの言葉を聞いて思い返す。

 苦労しろ……その言葉の意味がいやでも理解できた。


『あー、てすてす。この録音が再生されたってことは時間遡行とかで怪物を呼んじゃったのかな? ご愁傷様!』

「この声……なにがご愁傷様だあのクソ魔女……!」

 かぶっていた帽子から声が聞こえる。フレイアと初遭遇した際にもあったネメアの録音だ。

 不親切なくせにこういうものは残してある。良くわからないやつだ。


『そいつは————おっと、ユーラフェン、説明が終わるまでちゃんと守ってあげてね?』

「かしこまりました。我が師」

『で、そいつは時間の流れに棲む怪物だ。君の世界だとそうだな、ラヴクラフトという人物が生み出し、ダーレスという人物が体系化した近代の神話形式、クトゥルフ神話に出てくる怪物、()()()()()()()()()が近い存在と言える』

「猟犬って、全然犬じゃ————っ!」

 帽子が語り始めるが当然相手が待ってくれるはずもなく、六脚の獣は勢いよく飛び掛かってくる。

 咄嗟にユーラフェンが防壁を展開し、拒絶するような音を放ちながら凶刃を受け止めていく。


『犬っぽく無いって思った? 原点のティンダロスの猟犬もあくまで猟犬みたいにしつこいからそう呼ばれてるだけであって、実際は犬とは程遠い知的生命体らしいよ!』

「いや、そんな雑学どうでも————!」

『こっちの方が幾分か犬に近くはあるよね、獣っぽいし、ちょっとぬめぬめどろどろしてるだけでほぼ犬だよ? あと脚が2本多いだけで』

「犬派に怒られろ! じゃなくって本題をだな……!」

 ユーラフェンが飛び出し、俺の代わりに戦闘を引き受けてくれている最中、本来の主人はというと呑気に脱線した話を続けていた。


『おっと話が逸れた。それでそいつは時間に干渉するやつを見つけると襲って殺す習性がある。対処法は簡単、殺られる前に殺れだ』

「いや簡単じゃねぇよ」

『ここでTipsだ。原因と結果、どっちかしか変えられないと教わっただろう? 何もどちらかを変えるなんて考えなくてもいい、結果が確定していないなら幾らでも改変し放題なんだから』

「改変し放題……」

『以上! 勝ったら夢で報告してね、ご武運を〜』

「あんま役立つ情報落とさなかったな……」

 敵に関する有用な情報は皆無。ティンダロスの猟犬……俺そっち方面あんま詳しくないんだけどなぁ。

 それはそれとして、最後に言い残したことを思い返す。結果さえ確定していないなら改変し放題、結果が確定していない状況か……。


「っ!」

「そうだ、ユーラフェン!」

 怪物を1人相手しているユーラフェンの方へと視線を向ける。

 なんとか凌いではいるが、反撃ができずにじわじわと追い詰められているようだ。


「出力を絞って……“放て”!!」

「メグル!? っ、危ない!」

 援護をしようと放った一撃は咄嗟に防がれる。どろどろとした体表はこの程度の出力の魔術では貫くことができないどころか、まるで受け流されるように逸らされてしまった。

 横槍を入れられたからか、それとも攻撃に反応してか、標的がこちらへと切り替わる。

 六脚で地面を蹴り、飛びかかる獣の前にユーラフェンが庇うように立ち塞がる。


「ユーラフェン!? っ、“時よ戻れ”!!」

 咄嗟に魔法を使う。幸い直前に一度使っていたこともあってか、すんなりと発動することができた。

 この場合、原因と結果はどうなるのだろうか? 飛びかかる凶刃がユーラフェンに届く前に発動し、戻るのは俺が攻撃を放った後。

 つまり“俺が攻撃して(原因)”、“敵が攻撃してきた(結果)”ということ。

 ここは変えない、変えるのならこの先————


「メグル! 危な————」

「っ!」

 庇おうと飛び出してきたユーラフェンごと一緒に飛び退く。

 最初からこうなるとわかっていれば行動も速くなる……なるほど、こういうことか。


「結果が確定する前に過程を変える……なるほど、これは反射神経も問われるな……!」

「メグル、何を————」

「これから俺はあいつが何をしてくるかを視る。攻撃できそうな隙ができたら呼ぶから、その時に拘束頼めるか?」

「……何か掴めたということですか、信じます」

「ありがとう! ……さて、集中しろ……」

 ここからは2人で協力してあいつをどうにか倒すしかない。

 生半可な出力では通用しないということはわかった、だから最大出力で消し飛ばすしかないとは思うんだが……その隙を相手が晒してくれるかどうか。


「まずは相手の動きを————っ!」

 観察をしようにも獣の動きは俊敏で、油断すれば一瞬で命を刈り取られてしまいそうな悪寒が背筋を伝う。


「首狙い……っ、また、っあ!」

「メグル!」

「だい、じょうぶ! まだ……!」

 攻撃のタイミングをよく見る。危ないと感じたら時間を巻き戻す。

 一瞬でも遅れたら死ぬ、そんな緊張感の中で一つ気づいたことがあった。


「っ、飛びかかる時は胴体狙い、牙で噛み付く時は首狙い……なるほど、獣らしいと言えばらしいのか」

 こちらが動き回っている時は後脚をバネに飛び掛かって四つの脚で押さえ付けるように爪を突き立てようとする。

 それをなんとか回避しても、姿勢を崩したところを狙うように首筋へと齧り付くように接近してくる。

 魔法がなければ即死だった。冗談でもなんでもなく。


「よし、まずは————」

「メグル、何を!?」

 杖を両手でぎゅっと握り、獣に向かって駆け出す。大丈夫、よくみろ。怪我を負う前に魔法が発動できれば死にはしないんだ、冷静に、冷静に!

 そう自分を鼓舞するように、覚悟を決めて杖で敵の攻撃を受け止める。

 もし相手の膂力が杖の強度を超えていたのなら、容易くへし折れるが————


「っあ……ぐ、ぅ……」

「メグル!」

「大丈夫! それより準備を————っ、この……!!」

 杖は折れることなく、意識的に身体強化魔術をかけて踏ん張っては見たが、小さな体はあっさりと薙ぎ払われるように吹き飛んでしまい、地を転がる。

 幸い気を失うことはなかった、身体中痛いし砂汚れに塗れてしまったけれど————そんな余計なことを考える暇もなく、獣は倒れた俺に向かって飛び掛かってくる。


「っぅ、未だ、拘束を!」

「“鎖よ”!」

 こうして隙を作れば次に獣が取る行動は一つ、首筋狙いの噛みつきだ。

 その予想通りにギラギラと鈍く光る牙を突き立てようと、悍ましい口を開きながら飛びかかる獣に対して杖で受け止める。

 勿論こんなことをしてもすぐさま前脚によってズタズタに引き裂かれてしまうだろうが、そこはユーラフェンの援護を頼るしか無い。


「よし、これで————」

 魔力でできた鎖が獣の脚に巻きつき、獣の頭の後ろでぎゅっと結ばれる。

 それでも獣は杖を噛み砕こうと力を込めているのが唸り声とこちらを睨みつける四つ目から伝わる。

 焦ってはいけない。落ち着いて深呼吸をしながら、意識を集中させる。

 加減はいらない。この角度なら昨日と同じ、被害を抑えつつ放てる。


「ユーラフェン、引っ張れ! いくぞ、最大出力————“放て”!!」

 ユーラフェンに一瞬でも良い、獣を引き離すように指示を出す。こちらの意図を察してか、ユーラフェンは巻き付いた鎖が獣を吊り上げるように引っ張るよう魔術を操ってくれた。

 一瞬でも自由になれば、杖の先端を獣を向けるだけの時間は確保できる。そうして放つは遠慮なしの最大出力。

 空に向けて放たれる閃光は雲を払い、まるで風穴を開けるようにして大きな穴を作り出す。

 遮られていた陽の光が地上に差す頃にはもう、醜い獣の姿は無かった。


「っ、はぁ……や、やった……くそ、全身いてぇ……」

 反動で少し地面にめり込んだ身体には軋むような痛みと、打撲のような痛みが奔る。

 くそ、苦労したのは俺だけど傷ついてるのはお前の体なんだぞネメア……。


「大丈夫ですかメグル? いま起こします……っ」

「いだだだだっ! も、もうちょっと優しく……っ!」

 そんな身体を容赦なく引っ張り起こすユーラフェン。全身に奔る痛みはより大きく、ビキビキとヒビが入るかのような錯覚に襲われる。


「我慢してください。手当てでまとめて治癒するので、もげたりしない限りは潰れようと砕けようと誤差です」

「いや誤差じゃない……なんか怒ってる?」

「怒ってます。あなたは我が師では無いんです」

 どこか機嫌が悪そうだと思い、素直に尋ねる。こういう時に気のせいかと無視してると女の子は更に怒るんだ。

 そういう……経験がある。

 

「無茶しないでください。あんな危険な役回りは私に任せていただければ————」

「そんなわけにもいかない。ネメアならそうしたかもしれないけれど、それこそ俺はネメアじゃないんだ。弟子でもない……いや、例え弟子であっても自分の代わりに危険な目に遭ってこいなんて言えないよ」

 今はか弱い女の子……と言っても最強の魔女の身体ではあるけれど、仮にも成人してる男が女の子を身代わりになんてできない。


「いつかは俺が胸を張ってユーラフェンを守るって言い切ってみせるさ。楽しみにしてて?」

「メグル……」


ESN大賞7応募作品です。

応募期間中はなるべく早く更新頻度を高めて、できる限り書き上げていく予定です!


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