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A.1 転生したら最強の魔女だった!?

 水底で意識が揺蕩うように、俺は深い、深い場所で眠っていた。


「……に……せる……」

(なんだ……)

 揺れる視界の先には光が揺らめき、微かに語りかけてくる誰かの声が聞こえた気がした。


「君……世界で……代わり……けて……」

(何を……言ってるんだ……)

 朧げな意識は、この状況を処理するほどの余裕はなく、瞼を引くような微睡が俺の意識を妨げていた。


「目を……て、次に……ます場所……君の知らな……世界……」

(眠い……)

 次第に声は鮮明になっているような気がした。

 けれど、俺の瞳はこちらへ手を伸ばす誰かの影を最後に、暗く閉じた視界のようにふっと、眠りに落ちた。



ーーーーーーーーーーーー



「ん、んん……ふぁ、はぁ……っ、なんか、変な夢————」

「おや師匠、お目覚めですか。もう日も高いですが」

「え————」

「?」

「あっ、えっ? えーっ!!?」

 次に俺は目を覚ますと、そこには知らない少女と……知らない()()が居た。


「朝から叫ばないでください。どうかしましたか? 今日は何か用事でも?」

「いやっ、その、えっと……? これは、夢……?」

「何を寝ぼけてるんです、まだ寝足りないんですか?」

「え、えぇ……そ、その……君は……?」

 まず最初に夢を疑う。冴えないただの成人男性が目を覚ましたら女の子の声を出せるようになるわけがない。

 けれどつねると当然のように痛く、そして頬は柔らかかった。

 現実……とは思いたくはないが、次に気になるのは当たり前のように話しかけてきているこの少女は誰なのか。

 ……長く透き通るような白い髪に金色の瞳、箒を片手に掃除しているところから見るにここのお手伝いさんか何かだろうか。


「ボケましたか、残念です。師匠からはまだまだ教わりたいことが沢山あったというのに」

「いやいやいや!? 俺はまだ21だって!」

「すごいですね、さばを桁二つくらい読むことがあるとは」

「ふた……っ!?」

「……しかし本当におかしいですね。一人称も違いますし、普段の師匠から感じる老齢な……失礼、落ち着いた雰囲気も感じません」

 二桁、二桁だと? 21を下に二桁下げるという事は常識的に考えてあり得ない。そうなると当然上になるわけだが、それだと最低でも1000という事になる……何を言っているんだ?


「いや、その……俺は目が覚めたらここに居たというか、そもそもこの身体が誰のものかもわからないっていうか……あ、えと、俺は橘巡留(たちばなめぐる)っていうんだけど————」

「わかりましたわかりました、まずは落ち着いてください。んーっと……確か先日教わった魔術が役立つはず……」

 ぶつぶつと呟きながらこちらへ近づいてくる少女、そしてそのまま寝具の上に手を置き————


「へっ、ちょ、ちょま……何を————」

「“真実を明らかに”」

「へ……?」

 そのまま寝具の上に登り、身体を起こしていた俺の上に跨るようにして身を寄せると、顔を近づけてくる。

 可愛らしい少女の顔が間近に迫り、ふわり、と甘い匂いと共に唇が触れそうなほどの距離まで近づいてきて————


 コツン、と額同士がくっつく。


「“貴女は我が師ですか?”」

「い、いいえ……?」

「……ふむ、確かに嘘はついてない……では、“あなたは……えっと、め、めぐる……? ですか?”」

「は、はい……」

 俺の瞳をじぃっと見つめる少女は俺に問いを投げつける。

 心臓がドキドキと張り裂けそうなほど鳴っているのが自分の耳から聞こえそうなほどの緊張と混乱の中、答えを返していくと少女は納得したように顔を離す。


「ふむ————」

「えっと、その……」

「確かにあなたは我が師ではないようです。困りました、不法侵入者です」

「そんなこと言われましても、好きでここにいるわけでは……」

 表情一つ変えない少女にむしろ何か恐怖を感じてきた頃、少女は寝具から降りて何かを取りに立ち去っていった。


「?」

「これに触れて“開け”と唱えてみてください」

「と、唱えるってどうすれば————」

「手のひらに意識を集中してみてください、ほら早く」

「う……ひ、“開け……?”」

 少女が持ってきたのは何か古めかしい箱だった。箱の中心には凹みがあり、そこに手を置くように促されれば、言われた通りにやってみる。


カチッ……カチャカチャ……


 すると、何かが外れたような音と共に、歯車が回るような音が鳴る。

 そして箱の上部が何分割もされて開いていき、中身が露わになる。


「……この箱は我が師のみが開けることができるもの、つまりその肉体は紛れもなく我が師のもの」

「そ、そうなのか」

「はぁ、困りました。我が師は意味のない言葉をよくのたまいますが、意味のない事はしない主義の人です。きっとこうなったのも何か意味があるのでしょうが、事前説明を行わないのはあの人の悪いところです」

 こめかみを抑えるようにやれやれといった面持ちで愚痴る少女。きっとその師匠という人に苦労させられているのだろうと、関係のないことながらなんだか申し訳なくなってくる。


「さて、と……自己紹介が必要ですね。私はユーラフェン・フィスフィリアと申します。我が師、今はあなたのその身体の本来の持ち主たる“時空の魔女ネメア・クロイシス”の弟子という名の奴隷でした」

「ネメア……それがこの身体の人の名前?」

「はい」

「そして君はユーラフェン、えっと……ふぃ……?」

「ユーラフェン、ユーフェン、フィリア、お好きにお呼びください。我が師は我が弟子や君としか呼ばないので、名前を呼ばれなくとも気になりません」

「い、いや名前は大事だし? それにこの身体の持ち主はともかく、俺は君の師匠じゃないから……えっと、ユーラフェン」

「はい」

 白髪金眼の少女、名をユーラフェンというらしい。そしてこの俺の身体になっている少女の名前はネメア……何もわからないが、とにかく名前だけはわかった。一歩前進したと思おう。


「それでえっと、そのネメアって人は……どういう意図でこんな状況を作ったのかな……?」

「さぁ、我が師は魔女ですので。俗人たる私にはその真意を汲み取る事は難しい事である以上、わかりませんとしか」

「魔女?」

 魔女、ぱっとイメージするのはよくある唾の大きなとんがり帽子と空飛ぶ箒に乗った姿……そういえば、と自分が身に纏っている衣服に視線をやる。

 銀色の装飾が付いているものの、確かに魔女と言われれば、魔女っぽいローブのようなものに身を包んでいた。


「魔女とは魔術を極めた者の事。この世界の法則すら書き換えることができる“魔法”を使う者の事を指します」

「な、なんだか凄そうなんだけど……!?」

「それはまぁ、特に我が師はこの世界最強の魔女ですので」

「世界、最強————!?」

「二つ名である時空の魔女の名の通り、時間と空間に干渉する魔法を使えますね。今回の件もきっとそれで悪さをしたのでしょう」

「す、スケールが大きすぎる……」

 改めてこれは夢だと思い込みたくなったが、先ほどのユーラフェンの匂いや触れた額の感触、箱を開けた際に全身に流れた奇妙な感覚など……決して夢では無いと自覚できるほどの生々しさを感じてしまっていた。


「さて、箱の中身ですが」

「そういえば……えっと、手鏡……と、手紙?」

「貸してください、読み上げましょう」

「あ、うん」

 先程開放した箱に話は戻る。中に目を配れば、あったのは手のひらサイズの手鏡と達筆な……よくわからない文字で描かれた手紙のようなものであった。


「……『やぁ、親愛なる我が弟子よ。ボクのサプライズは気に入ってくれたかな? 今ボクは魂だけの存在になっている事だろう、君がこの箱のことを思い出さなかったら既に新しい肉体に移っているかもしれないけどね。まぁ優秀な我が弟子のことだから気付くだろう。それでね? 魂だけになると通常の視覚は機能しなくなるんだ、肉体がないから当たり前なんだけどね? そしたらどうなるかっていうと魂だけの姿を知覚できるようになるんだけど、それってつまり素っ裸ってこと————』……読み飛ばします」

「う、うん……」

 あまりにも長く、どうでもいい前置きに読み必要はないかと手を先に滑らせていくユーラフェン。

 最強の魔女だったという事前情報からは想像できないえも言えぬ胡散臭さを感じる。


「『さて、本題に入ろう。我が弟子のことだからきっと読み飛ばしただろう、良くないぞ?』……」

(今ちょっとだけ眉が動いたな……)

 無表情で何を考えているかわからないユーラフェンだが、今の一瞬は間違いなくイラついたのであろうことが察せられた。


「『ボクは今、ちょっとした問題の解決のために別世界に向かっている。そのためにその世界に生きる人間の体が必要だったので、橘巡留くん、君の身体を借りることにした』」

「っ! 俺の、名前……!?」

 不意に自分の名前が出てくると驚きと共に背筋にゾワッとした悪寒が奔る。


「『その問題については今説明しても長くなるしきっと理解できないだろうから割愛するとして、その解決の間君には私の身体を貸そう。その身体には私の力を残しているままだから、使おうと思えば魔法だって使える、おめでとう、これで君は最強の魔女として生まれ変わった』」

「いや、困るんだけど!? 明日? それとも今日? わかんないけど仕事あるのに……!!」

「『きっと困っていることだろう、だが安心してほしい。同梱していた手鏡で顔を見てみるといい』」

「えっと、これか……?」

 言われるまま手鏡を取る。なんの変哲もない手鏡を覗き込めば、そこに映るのはユーラフェンとは正反対とも言える、褐色肌に赤目、漆黒のような黒髪の……美少女の姿があった。


「『ほら、こんなにかわいい美少女に生まれ変わったんだ。会社のことなんてどうでも良くなってきただろう?』」

「どうでもいいわけあるか————!!」

 続く言葉に一気に怒りが湧き上がり、間欠泉の如く噴き上がった怒りと共に手鏡を床に叩きつける。


「『ちなみにその手鏡に向かって“契約を破却する”と言えば素の肉体に戻れたのだが、きっともう割ってしまっただろう、ご愁傷様』」

「はぁっ!? ふっざけんな……!!」

 こちらの行動を見透かすように煽り散らかすネメアに怒りは留まる事を知らず、つい声を荒げてしまう。


「『まぁお詫びと言ってはなんだが、ボクが戻るまでの間は好きにしてくれて構わないし、我が弟子も好きに使ってくれて構わない。色々仕込んでいるから昼でも夜でも愉しめる事だろう』……」

「……えっ」

 さらに続く言葉で、ふっと怒りが吹き飛ぶ。ばっと顔を読み上げるユーラフェンに向けると、どことなく紅潮しているようにも見えた。


「……こほん、『あぁ、くれぐれも遊びすぎないでくれよ? 別に身体がどうなろうと問題はないが、余計な人間関係ができると精算するのが面倒だからね。では、良い魔女ライフを。ネメア・クロイシスより』……以上です」

「そ、そう」

 気まずい空気の中読み上げが終わると、そのまま少し沈黙が続く。

 流石に気まずさが上回り、俺は口を開いた。


「えっと、人の師匠にこういうの言うのもあれだけど……その、わりとクソみたいな人間性してる……ね?」

「えぇ、まぁ。我が師は人間として見下げ果てた屑ではあると思います」

「お、おう……」

 当たりの強い弟子の反応を見るに、きっと俺がネメアに抱いた感想は間違っていないのだろうと察した。


「……とりあえず、俺は俺で元の世界に戻りたい、その、ネメアの言い方的にいずれ戻されるとは思うけど、その時になって仕事をクビになってたとか洒落にならないし」

「我が師の命ですので、あなたの行動をサポートさせていただきます」

「……良いの?」

「しなければ戻ってきた我が師に何を言われるかわかったものではないので」

「あぁ、そう……」

 渋々なのだろうか、実際俺自身は申し訳なくはあるが、何もわからない状態で1人調べると言っても限度があるので、力になってくれるのであれば助かる。


「よろしくお願いいたしますね、メグル」

「あ、あぁ、よろしく、ユーラフェン」

 そうして俺の……異世界魔女ライフが始まった。

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