第6話「ダンジョン」
「だからってこんなところに押しかけてくるなんて失礼じゃない?」
“婚約者が死んだばかりなのにもう他の男?”
耐性のないヴィルは困惑している。
リシリーと宿屋から出てきた男は、Sランク冒険者のマーク・ルシム。
黒髪短髪に凛々しい瞳、正義感溢れる好青年で筋骨隆々マッシブな二の腕が魅力的。
「サリサさんじゃないですか。お隣の方は見かけない職員さんですね」
「マークこの人、アホ面だけど領主よ」
「なんだって⁉︎」
「リシリー・ヘンドリー。領主への暴言は今日のところは聞き逃してやる。
ただし、今は俺たちに素直について来い。カミラに会わせてやる」
「ちょっとこれから⁉︎」
***
暗闇のなかで揺れる松明の炎。
石壁のひんやりとした通路を肌寒いと感じながらサリサ、ヴィル、マーク、リシリーの4人は
装備を整えてダンジョンの深部へと歩みを進めていた。
「ところで私の実家までなぜ調べていたの?」
「調査の過程で必要なことなので」
リシリーの問いかけにサリサは淡白に答える。
「私を笑いものにしたいわけね」
「別にそんなつもりもありませんし、あなたの境遇に同情することもありません」
「ちょっとなによこの女!」
激昂するリシリーをマークは手で制しながらなだめる。
「ただ、ヒューリックさんがどうしてリシリーさんと意気投合して婚約に至ったのか気になりまして
2人の生い立ちを調べさせてもらいました。お二人とも貴族出身だったんですね」
「そうだったのか⁉︎」と、マークは驚く。
「ヒューリックさんは男爵家の三男でお兄さんたちに負けないようにという反抗心から家出同然で冒険者になったようです」
冒険者の志望動機は冒険者個人の履歴書に記載されている。
サリサは日中、ダッドルの情報を整理しながらヒューリック、リシリー、カミラの履歴書を読み返しながら叩き込んできている。
ファイルを片手に職員の部屋をグルグルと周りながら集中するサリサに緊張を覚えたマリー、ロザリー、ギルドマスターの3人は話しかけ難くしていた。
「リシリーさんもヘンドリー家がかつての勢いを無くしてから家を飛び出したそうですね。2人は境遇が似てたから惹かれあったーー」
「悪い?」
「単純にそうだったらヒューリックさんも死なずに済んだかもしれませんね」
「どういう意味よ!」
「よすんだリシリー」
サリサに掴みかかろうとするリシリーをマークが抱きしめるようにして止める。
「落ち着くんだ」
「だってこの女、私を疑っているのよ。きっと」
「サリサさん。これ以上、彼女を挑発するようなマネをしたら僕だって許しませんよ」
「着きました」
サリサはマークの言葉など聞く気もなくその場に立ち止まる。
「ここは?」
松明を高く掲げ周囲を見渡すマーク。
「ダンジョンの最下層。つまりダンジョンボスの部屋です」
そう言ってサリサは設置されている蝋燭台に火を灯して周囲を明るくする。
ダンジョンに潜ること1時間ほどで辿り着いたボスの部屋。
「サリサさん。このダンジョンはいったいなんなんですか? ずいぶんと寂れているようですけど」
「数年前にダンジョンモンスターが倒され、それから安置してあった宝物もすべて発掘されたので人がまったく立ち入らなくなってしまった廃ダンジョンです」
「なるほど。ここなら人を殺した人間が隠れていても不思議ではないですね」
「カミラ出て来いッ!私がぶっ殺してやる」
マークを払いのけ荒ぶった様子で叫ぶリシリー。
「どうやらヒューリックさんはこちらで殺されたようですね」
サリサが松明で床を照らすとおびただしいほどの血痕が残っている。
悲鳴をあげてその場に尻もちをつくリシリー。
血痕の真上に居たヴィルも立ったまま気絶していてすでに役に立たない。
「リシリーさん⋯⋯いや、マークさんもですね。お二人が探していたのはこちらではないですか?」
そう言って振り返ったサリサの手には証書のような紙が握られている。
「冒険者パーティーのリーダーだけが所有を許されるパーティーの権利書です」
「どうしてあんたがコレを」
「ヒューリックさんがギルドに預けていたのでこちらで丁重に保管していました。
リシリーさんは、ヒューリックさんの遺体の所持品に権利書がないことからダンジョン内にヒューリックさんが落としてきたと思った。
しかし、拾いに行くにもダンジョンが封鎖されてしまっては中に入ることができない。だからあなたとマークさんは共謀してヒューリックさんはカミラさんに
殺されたという話をでっち上げた。着任したての領主ならチョロいと思って」
「チョロいは余計だろサリサ」
そう言って絶妙なタイミングで気がつくヴィル。
「どうしてこんな紙切れ一枚のためにこんな嘘をついた。領主への虚偽は罪に問えるぞ」
「パーティーの権利書はパーティーに支払われたクエストの報償金とクエストで手に入れたドロップアイテム、
パーティーの名義で購入した土地建物といった資産の所有権を示す書類となっています」
「なるほど。財産目当てか」
「私は2人の行いについてはカミラさんがヒューリックさんを殺していた可能性も捨てきれていませんでしたから責めるつもりもありません。
パーティーの権利書はリーダーが死亡した場合、パーティーを引き継ぐ方に相続されます。ユナイトリングの場合、メンバーはリシリーさんだけとなっていましたから
相続権はリシリーさんに与えられます。リシリーさん。ユナイトリングの権利を相続されますか?」
「もちろんよ。ここまでしたんだから聞くまでもないでしょ」
「でしたら。権利書の右端にリシリーさんの血判を」
リシリーははやる気持ちを抑えながら親指をナイフで切りつけて、そのまま権利書に押し付ける。
血痕がべったりつくとパーティーの権利書は緑色に光って手続きが完了する。
「やったわよ。マーク。ユナイトリングの財産はすべて私たちのものよ」
「はやくいくら残っているか見せてくれ」
所有者が権利書に魔力を込めるとコンソールが投影されて権利書の情報が閲覧できる仕掛けになっている。
リシリーとマークは表示された金額に目を疑う。
「ちょっとこれって間違いじゃなくて?」
「そのようなことはございません」
「マイナス1000万ゴールドってどういうことよ」
「数字の通り、ヒューリックさんが抱えていた借金ですよ」
「借金って聞いていないぞ。リシリー⁉︎」
「私もよ!」
「借金はしっかりリシリーさんに相続されました。これからコツコツとクエストをこなしながら返していくことですね」
焦燥するリシリーから理性が奪われていく。
「ちょっと借金なんてなんかの間違いよ!」
「たしかにヒューリックさんが抱えていた借金ですよ。ダッドルさんが話してくれました」
リシリーは聞き慣れた“ダッドル”という名前に我にかえる。
***
ヒューリックもまた経験値が伴わないままランクが上がったことで交友関係に大きな変化が訪れた。
普段の駆け出し冒険者ならコツコツと出世を重ねていくもので、収入が少ない時期は、冒険者ギルドに併設された格安の食堂で食事しながら同クラスの冒険者たちと交友を深める。
しかし、ヒューリックの場合は、貯蓄が充分じゃないうちからランクが上がったことで、交友関係がSランクやAランクといった上位者ばかり。
そういった上位の冒険者たちは貯蓄も充分あり遊びが派手。
飲みに行くのも色気の高い女性たちが接待してくれるような高級な酒場ばかり、ヒューリックの貯蓄が底を尽きるのはあっという間だった。
ヒューリックは上位者たちとの交友関係を維持するために借金をはじめた。
しばしば下位ランクの冒険者と付き合うこともあるが、上位ランク冒険者がすべて奢るのが掟。それも20人、30人と平気で集まる宴会でだ。
(俺より冒険者歴長いクセにランクが下なのいいことに奢らせやがって。高そうな武器買えるくらいの金があるなら少しくらい払ってくれよ)
ヒューリックは愚痴をこぼしながら財布の中身を見つめる。
ヒューリックは見栄と体裁のために借金をさらに繰り返す。
“Sランクになれば借金はすぐに返せる”と見込んでいたヒューリック。
しかし、直後にパーティーの勢いが停滞。メンバーは次々と脱退してリシリーと2人だけとなった。
追い詰められたヒューリックはすぐに閃く。“ユナイトリング”がSランクになれないならSランクパーティーに所属すればいい。
頻繁に遊んでいたマークに掛け合い、マークのパーティーに体験加入させてもらう。
Sランクパーティーに所属してはじめて挑んだクエスト。
それはヒューリックに現実を叩きつけるものだった。
ヒューリックとSランク冒険者との間に感じる高い壁。
なにひとつ活躍できないままヒューリックが倒れている横でダンジョンボスがマークの攻撃で倒れる。
「ヒューリック君。君はへなちょこだね。やっぱりカミラちゃんに下駄を履かせてもらっていたんだね」
マークの言葉にヒューリックは衝撃を覚える。
「⁉︎ カミラってどういうことですか」
「なに? 知らなかったの? カミラちゃんの強化魔法は対象の力を実力以上に引き出しちゃうから君のような勘違い君も生まれちゃうってことさ。
君のパーティーにいた友人がすべて教えてくれたよ。本当は君なんかより、カミラちゃんがうちのパーティーにほしかったんだ。明るくて気立てがいいし。
かわいいし。だからリシリーを置いてさっさと出てきな」
「⁉︎⋯⋯」
うちのめされたヒューリックはうつ伏せに倒れたまま、嗚咽を漏らしながら泣き叫んだ。
***
サリサはリシリーとマークの周囲をグルグルと周りながら、ヒューリックの挫折した経緯を2人に言い聞かせている。
「“ランクに実力が伴わない冒険者は身を滅ぼす” これうちのギルドマスターが言っていた格言です」
「ってことは勇者カイゼルの言葉か。重いな」
マークは目頭を押さえて深く反省した表情で涙を堪える。
「そこまでのことかな?」
(ああ。ギルドマスターにもそんなカッコいい時期があったんですねぇ)
続けざまにヴィルもまたリシリーに語りかけて領主として威厳を見せる。
「リシリー・ヘンドリー。ヘンドリー卿はたしかに王宮の派閥争いで担いだ公爵が失脚したためにヘンドリー卿もその立場を追われた。
あんた自身は父親のようにはならんと、出世しそうな相手を見つけては乗り換えることを繰り返した。そして今はマークという男のそばにいる。
それがあんたの処世術なんだろう。あんたの生き方は否定しない。だけど軽蔑する」
精一杯の意地。リシリーは腕を組んだまま不機嫌そうにソッポをむく。
「こざかしい。片田舎の領主になんでこんなことを。はぁ、王宮に戻りたい」
「さて、そろそろカミラさんにもお話を聞きましょうか」
リシリーは形相を変えてサリサを睨みつける。
「いるの⁉︎ カミラがここに!」
サリサは口に両手を添えて叫んだ。
「カミラさん!近くで私たちの話聞いてたんですよね!」
サリサに応じるようにどこからともなくカミラの声がーー
『サリサさん、お久しぶりです』
ダンジョンのボス部屋に必ず存在する中央の祭壇。
その向かって右袖口の暗がりからウェディングベールのようなものを被ったカミラが現れる。
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