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第3話「依頼者の涙」

「幸せそうだとなにか気になるのか?」


ヴィルは呆気に取られながら聞き返す。


「冒険者ってのは死と隣り合わせの家業だから、表向きは気丈に振る舞っているけど表情はこわばっているものよ」


「なるほど。たしかにこれから戦地に赴くのに幸せそうな顔している兵士がいたら俺も気になるな。

死を恐れていないのか。それとも人を殺すことに快楽を覚える異常者かとーーつまりカミラもそういう冒険者だったというわけだな」


「違う。あの表情はそういう類のものじゃない」


「じゃあなんだというのだ」


「アレは結婚を控えた女性の顔よ(姫様だって⋯⋯)」


サリサの脳裏にはひとりの少女の姿が浮かんでいる。


笑顔がまぶしい金髪碧眼の少女がサリサに白い花束を手渡す。


それは少女がサリサのために庭で摘み取ったアネモネの花。


重厚な甲冑をまとい、腰まで伸びているサリサの髪は現在と長さが異なる。


これはサリサの過去の記憶ーー


サリサは曇った表情で少女の花束を見つめる。


サリサが目を閉じて再び目を開けると、花束は少女の姿に変わり、少女は腹部から血を流しながらサリサの腕の中で息を引き取る。


(姫様の命を奪ったのは彼女の婚約者だーー)


***


『サリサちゃん』『サリサちゃん』『サリサちゃん』


遠くでマリーとロザリーが呼んでいる。


ハッと、我に返るサリサ。


「大丈夫かい? また具合でも?」


「ごめんロザリーいつもの⋯⋯だけど大丈夫」


状況が飲み込めないヴィルは困惑する。


「すいません。考えていることに没頭しているとつい意識が遠くなっちゃうんです」


「だけど随分と顔色悪かったぞ」


「おかまいなく」


「しかし⋯⋯」


サリサはマリーに促されるように椅子に座ってハンカチで冷や汗を拭う。

「ヴィル、依頼者の方のお話を聞かせてください」


「いいんだな。続けるぞ。昨日のことだ。ヒューリックの死亡を事故で片付ける書類にサインをしようとしていたところに

ヒューリックの婚約者を名乗るリシリーという女冒険者がものすごい剣幕で乗り込んできた」


***


ヴィルが執務机に向かって積まれた書類一枚一枚にサインをしていると何やら外の方が騒がしい。


ヴィルのいる執務室は2階。窓を開けて様子を確認するとどうやら門の方で女性と警備兵が揉めているようだ。


『領主様とお話をさせてください!』


不平不満を訴えに領主屋敷に乗り込んでくる領民は稀にいる。


だからといって正規の手続きをふまない陳情には門前で追い払うのが鉄則だ。


ひとりを気まぐれで認めてしまえば、他の領民もこぞって真似て収拾がつかない。


だが、この日だけは違った。


『領主様、ヒューリックはモンスターに殺されたんじゃありません!冒険者に殺されたんです。

ヒューリックを殺した冒険者がまだこの領内でのうのうと暮らしているんです!』


「なんだとッ!」


女性の言葉に思わず窓から身を乗り出すヴィル。


勢いのあまり落ちそうになるが、なんとか堪えながら「その女を客間に通せ!」と、門に向かって叫んだ。


***


リシリーと名乗るその女はソファに座るなりハンカチで顔を覆い、涙で声を詰まらせながら

ヒューリックの死について語りはじめる。


リシリーはヒューリックと同じパーティーに所属する剣士。


剣士としてはその格好が動きやすいのか、胸の谷間や肌を露出した軽装。

ウェーブのかかったブロンドヘアに切れ長の目。唇のすぐ右隣にはほくろ。

と、大人の色気と派手な印象を与える女性だ。


そんな彼女に対してヴィルの目はついつい彼女の胸に目が行きがちとなってしまう。

だからか彼女に話しかけるときは不自然にも顔が天井の方に向いてしまう。


「どうして魔術師のカミラがヒューリックを殺したと断言できるんだ?」


「あの女がヒューリックのストーカーだからよ。ヒューリックは以前から迷惑してて悩んでいた。

私と交際するようになってからも嫌がらせがひどくて、私もヒューリックも何度か身の危険を感じたわ」


「身の危険だと? それは具体的にどのような?」


「⋯⋯それは⋯⋯」


リシリーは声を詰まらせて話がなかなか進まない。


次の予定が入っているヴィルにとってはツラい。


イライラしたヴィルの空気が体内から徐々に漏れ出てくる。


見かねたレオナルドがリシリーの側に駆け寄り、彼女の背中をさする。


「つらいことがあったんだな。無理に話さなくてもいいんだぞ」


「ありがとう⋯⋯だけどがんばるわ」


なんだかいい雰囲気の2人にヴィルは面白くないと感じはじめる。


レオナルドは女性に非常にモテる。屋敷で仕えるメイドたちの間でも好感度はヴィルより高い。


「カミラは支援魔法とヒールを得意とする魔術師です。戦闘中、カミラが後方からメンバーに身体強化魔法をかけてから

モンスターに一斉攻撃を仕掛けるのがパーティーの定番戦術でした。だけどカミラは私にだけいつも弱体化魔法をかけてくるんです。

だからモンスターに私の攻撃が効かなくて、モンスターの反撃で命を落としかけました。

その時は幸いにもヒューリックが庇ってくれたおかげで軽い怪我で済みました」


「弱体化魔法を掛けられたのは何回あったんだ?」


「4、5回⋯⋯とにかく私が加わってから挑んだ討伐クエスト全部です」


「他には?カミラがヒューリックに殺意を抱くきっかけになったような出来事はなかったか?」


「そのことがきっかけだったかはわかりませんが、パーティーメンバーがいる前で、カミラがヒューリックに対して声を荒げたことがあったんです⋯⋯」


リシリーは再び声を詰まらせてしまい会話が途切れてしまう。


「悪いが俺にも時間がある。つづけてくれ」


ヴィルは領主として厳しく接しようとするとレオナルドが「つらければここまでいいんだぞ」と、すぐさまリシリーを気遣う。


「大丈夫。もう少しがんばる」


(さっきからちょいちょい俺が悪者みたいになるこの空気はなに?)


「ヒューリックとカミラは冒険者登録同期で今のパーティーも2人が立ち上げたんです。

その頃からヒューリックはカミラがプレゼントしたお揃いのブレスレットをつけていて⋯⋯

私と交際するようになったらヒューリックは気をつかってカミラとお揃いだったブレスレットを外してくれました。

だけど、それに気づいたカミラが激昂して、今にもヒューリックに掴みかかるような勢いでした」


リシリーの回想


クエストを明朝に控えた晩。行きつけの酒場でパーティーの絆を深めるために宴会を開いていた時のこと。


パーティーメンバーが見ている前でカミラはヒューリックに詰めよる。

周りの空気を気にしてヒューリックはカミラをなだめるのに必死。


「どうして大事なブレスレット外しちゃったのよ!」


「すまない。リシリーの手前だ。わかるだろ」


「いや!それでも戦闘中だけでもつけてッ!」


「どうしてそこまでこだわるんだ」


無自覚なヒューリックの言葉に愕然としたカミラは、声を震わせながら「忘れちゃったの⋯⋯」と、吐きだす。


カミラは潤んだ瞳を隠すようにとんがり帽子を目深に被ってその場を立ち去った。


「その日をきっかけにカミラはヒューリックにまで弱体魔法をかける嫌がらせをするようになって⋯⋯それからというものクエストは失敗つづきーー」


リシリーは涙をグッと堪えてスカートの裾を握りしめる。


「あろうことかカミラは“ダッドルさん”たち主力メンバーをヒューリックの知らないところで追放してたんです。痺れを切らせたヒューリックがついにカミラをパーティーから追放したのよ」


「ヒューリックが死んだのはカミラが追放されてどのくらい経ったころだ」


「1ヶ月です」


「殺害を計画するなら充分な時間だ。つらいところすまなかったな。もう帰って良い。それにーー」


最後に領主として気遣いの言葉をかけようとするヴィル。


しかし、レオナルドの肩を借りながら部屋をあとにするリシリーの耳にはレオナルドの励ましの言葉しか届いていない。


(だからなんだこの空気⋯⋯)



***


サリサは不機嫌な顔でヴィルに尋ねる。


「それで、ヴィルは依頼者の一方的な意見だけを聞いて、カミラさんが犯人だと決めつけちゃったんですか」


「もちろん。動機が充分すぎる。犯人と見立てて申し分ない」


自信満々に胸を張るヴィルにサリサは頭を痛める。


サリサは引き出しから書類を取り出して、マリーとロザリーにサインを要求する。


「マリー、ロザリー、冒険者パーティーの履歴書を閲覧します。許可を」


「もちろん」と2人は快諾して書類にサインをはじめる。


職員たちの空気がガラリと変わり、緊張感を覚えたヴィルは「その書類はいったいなんなんだ?」と、尋ねる。


「冒険者パーティーの歴史がひと目でわかる記録です。無闇に扱って流出したら悪用されちゃうので普段は冒険者ギルドが厳重に管理していて、

閲覧するにもこうして冒険者ギルド職員受付担当3人の許可とギルドマスターの承認が必要なんです」


「サリサちゃん書けたよ」とロザリーは書類をサリサに手渡す。


「では、ギルドマスター」


サリサは受け取った書類をギルドマスターに回す。


「承認します」


3人が怖いギルドマスターは手に取ることなくノールック承認。


サリサたちに屈するギルドマスターにヴィルも同情の念が芽生える。


「では、ヴィル。一緒にごはん食べに行きましょう」


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