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第2話 「冒険者ギルド職員の観察」

冒険者ギルドは今日も集まった冒険者たちで賑わっている。


クエストを求める冒険者、報酬を受け取る冒険者、冒険の仲間を探す冒険者、食堂で料理をほおばる冒険者と目的はさまざまだ。


事務仕事をこなすサリサはテキパキとしていて机の上に積み上がった書類の束がスムーズに減ってゆく光景はすっかり名物となって

手続き待ちをしている冒険者たちの目を楽しませている。


「サリサさん、相変わらずすごいな」


「もう書類の山がひとつ終わったぞ」


(見せ物じゃないんだけどなぁ)


淡々とこなしているようだが、本人は必死だ。


それは定時に仕事を終わらせて行きつけの酒場で店主の日替わりメニューに舌鼓をうち、至極の一杯で喉を潤すのがサリサの日課だからだ。


(今日、仕事多いなぁ。こんチクショー。厄介な仕事が舞い込みませんように)


「はい。お次の方、どうぞ」


冒険者ギルドには似つかわしくない高級な馬車がやってくる。


ギルドの入り口の前で受け取った報酬を分配している冒険者パーティーを甲冑を身につけた大柄の兵士2人が払いのけて、

赤い絨毯を広げる。


馬車から降りてきた領主ヴィルテイト・リーベルトは赤絨毯の上を悠々と闊歩しながら、

サリサが事務仕事をこなす、受付窓口へ進み出る。


「先日は世話になったな。ギルド職員の娘よ」


「順番にご案内していますので、あちらの列にお並びください」


サリサはヴィルテイトに目もくれず、淡々と応対する。


「おい!領主だぞ」


「順番にお並びください。他の冒険者様に迷惑です」


ようやく顔をあげたサリサはヴィルテイトに鋭い眼光を向ける。


気圧されたヴィルテイトは後退りすると、周囲の冒険者たちから厳しい目を向けられていることに気づいて、

おとなしく列の最後尾に並んだ。


30分後ーー


「おいッ!領主だぞ」


「オイ・リョウシュ様、今日は何用ですか?」


「それは名前じゃない! 俺はヴィルテイト・リーベルト伯爵。この街の領主をしている。

先日の借りもある。そなたであれば”ヴィル“と呼んでもかまわないぞ」


「ではヴィル。今日は何用ですか?」


「躊躇ッ!貴様には躊躇ってものはないのか!」


「私は担当のサリサ・グラントです。ひやかしでしたらさっさとそこのドアから出てってください」


「ちゃんとあるから!あるから聞いて」


(あるのかよ)


サリサはヴィルから顔を背けて舌打ちをする。


「さっきからなんだよ!領主だぞいちおうッ! そろそろ泣くぞ領主なのに」


ヴィルは兵士から手渡された重たそうな布袋をカウンターの上に置く。


口を開けると袋の中から大量の金石が顔をのぞかせる。


「報酬は弾む。サリサ、俺はそなたの知識の豊富さを買っている。その知識を活かして俺の抱えている事件を解決してほしい」


「冒険者ギルドは脳筋の集まりなので肉体労働以外の仕事は受け付けておりません。お引き取りを」


(さりげなくヒドいな⋯⋯)とヴィルは顔をひきつらせる。


「冒険者がアレなのは重々承知している。だからサリサに解決をお願いしているんだ」


「私は冒険者ギルドの職員ですよ。頼る相手をお間違えではありませんか」


「強情だな⋯⋯」


サリサの態度にヴィルは頭を痛める。


「おひとりで解決できないなら王宮から優秀な官僚をよこしてもらったら⋯⋯」


「ヒューリック・ドーソンーー」


ヴィルが口にした名前に”!“となるサリサ。


ヴィルはサリサの反応を見逃さなかった。


「今から1週間前ーー」


「やめてください。他の冒険者様の迷惑です」


「すまない。これはひとりごとだ。クセでな。見逃してくれ。今から1週間前ーー」


領主の仕事は多岐に渡るが、その半分を占めるのは領内の揉め事や事件に裁定をくだす裁判である。


今から1週間前、領内の森林深くにあるモンスターは狩り尽くされ、宝もすべて発掘された廃ダンジョン入り口で下半身の無い男の変死体が見つかった。


男の正体はAランク冒険者ヒューリック・ドーソン。登録からたった半年でAランクになった注目の冒険者だ。


ちぎられたような荒い傷口の断面。ヒューリックはモンスターに捕食されたことは間違いない。


争った形跡もないことから反撃する間も無く、一撃で食べられたことになる。


Aランクほどの冒険者が無抵抗で死亡したことによってダンジョン内に凶暴なモンスターのいる可能性が浮上。冒険者ギルドは慌ててダンジョンを封鎖した。

ヒューリックに匹敵もしくはそれ以上のレベルの冒険者が討伐クエストを受けるまでそのダンジョンの扉は開かせないと冒険者ギルドの対応はきびしいものだった。


領主側もこの件はクエスト中の事故として処理しようとしたところ、ヒューリックと同じ冒険者パーティーのメンバーの女が

屋敷に乗り込んできて、”ヒューリックは同じパーティーの仲間に殺されたんだ”と、訴えてきた。


おりしもヒューリックと同じ冒険者パーティーのメンバーだった女魔術師がヒューリックの遺体が見つかる3日前から行方不明になっていたことがわかった。


ヴィルはことの経緯をすべて話し終えると、サリサは髪の毛を揉みくちゃにしながら、うめき声をあげて机に顔を埋めている。

「話を聞いたからって引き受けませんよ! そうだギルドマスターが了承しませんよ! こんなのギルド職員の仕事じゃないって!

ねぇマスター!」


いつになく威厳のある表情で奥手の方から進み出てくるギルドマスター。


「お話は聞かせていただきました領主様。今回の内容つまりは、不審な死を遂げた冒険者が事故か他殺かを証明する

お手伝いということですな」


「そうだ。理解が早いな。さすがはギルドマスター」


「ご領主様、残念ですがご領主様の裁定のお手伝いは我々ギルド職員の範疇ではございません」


「さすがギルドマスター言う時は言う」


「しかしながらこの報酬、成果の成否に関係なく前払いで納めていただけるならお引き受けいたしましょう」


「もちろんそのつもりだ」


ヴィルとギルドマスターは両手でかたい握手を結んだ。


「なんでカッコいい顔してダサいこと言うの⁉︎ やっぱりいつものギルマスだったわッ!」


抵抗することに疲れ果てたサリサは大きなため息を吐きながらクエストの申請書をカウンターの上に置いて

ヴィルの方へ突き出す。


「サリサくん。お客様への応対は常にスマイルで丁寧にだよ」


「はーい」とサリサはふてくされたような返事で返すと、ヴィルは勝ち誇ったようにふんぞり返り高笑いをする。


「ハッハハッ。はじめからおとなしく俺の指図に従っていればよかったのだ。そうしたらいらぬ恥もかかなくて済んだのにな」


サリサは目だけでヴィルの顔を見上げる。


「どうした? その顔は。そうやって肩をすぼめて口を尖らせていると存外“ういやつ”だな」


眉をピクリとさせたサリサは、ペンをカウンターに叩きつけるように置く。


「どうぞ使ってください」と、ヴィルに蔑むような表情を向ける。


「おい、スマイルの提供はどうした」


サリサは、表情を変えることなく、人差し指でカウンターの上を”トントン“とアップテンポで叩きながら応対を続ける。


「うしろのお客様がつかえていますので、さっき説明されたこと端おらずに、そしてくれぐれも一字ももらさないように“とっとと”書いてください」


「わーとるッ! せかすな!」


「あと、書き損じがあったら受理しませんので」


「プレッシャーをかけるな!あと、その”トントン“をやめろ!煽っているだろ」


「たくッ」と書き出したヴィルの手つきにサリサは違和感を覚える。


まるでペンを握りはじめたばかりの子供のように”グー“でペンを握りながら文字を書いている。


「その手⋯⋯」


思わず口をついて出たサリサの言葉にヴィルは待っていましたとばかりに高揚した表情でサリサの顔を見やる。


(やはりこの女の観察眼は使える)


ヴィルはインチキ霊媒師の一件で、洞窟から領主屋敷へ戻る道中のやりとりを振り返る。


「おいデカブツ」


サリサは、目の前を歩いているインチキ霊媒師を取り押さえるように命じた大柄の兵士に声をかける。


「またオレになんのようですか。オレ、デカブツじゃなくて、レオナルド・デュカープリオって名前があるんすけど」


と、兵士は眉をキリッとさせて得意げに団子鼻を高くする。


「略せばデカブツと変わらんだろ」と、サリサは、レオナルドの尻を蹴り上げる。


「なんか理不尽⋯⋯」


「それより、昨日まで手にしていたトゲトゲした棍棒はどうした。どして今日はそんな短くて軽そうな剣一本なんだ?対人用だろ?」


「おいおい。嬢ちゃん、洞窟なんて狭い場所で棍棒振り回したらあっちこっちに当たってモンスターと戦うどころじゃないだろ」


おかしい⋯⋯


サリサは、怪訝な表情を浮かべる。


棍棒はリーチが短く、洞窟の戦闘ではとくにおすすめだ。ゴブリンだって愛用している。


それにレオナルドが所持しているのは街中での護身用の剣で人間にしかダメージを与えられない。


「デカブツ、本当は肩を痛めているんだろ」


サリサの指摘にレオナルドの表情がこわばる。


「それは⋯⋯」


「レオナルドもういい⋯⋯俺が話す」


馬上から2人のやりとりを見ていたヴィルは観念したように話し出す。


「昨日、そなたが帰ったあとにしっかり固定してあったはずの軍旗が俺に向かって倒れてきたんだ。

間一髪のところをレオナルドが覆い被さって護ってくれた」


旗竿が覆い被さったレオナルドの右肩に勢いよく直撃。


本当は悲鳴をあげたいところレオナルドは堪えて涼しい顔で、「ヴィルテイト様、お怪我はありませんか?」と、ヴィルに気遣いを見せた。


「護衛の鑑だ。レオナルドは」


「ヴィルテイト様、そんなこと言われたらオレ泣いちまいますよ」


レオナルドは目を腕でを覆う仕草で涙を隠す。


「もう泣いているじゃないか」


「なるほど。そのあとインチキ霊媒師に『祟りじゃー!』って言われて狼狽えている領主様の姿が目に浮かびます」


ヴィルは、“ギクっ”とした表情で顔を背ける。


「軍旗が倒れてきたのも、祟りの信憑性を高めるためにあのインチキ霊媒師が細工したんでしょ」


「何ッ⁉︎」


ヴィルは捕縛されているインチキ霊媒師の方を振り返り睨みつける。


「気づいてなかったんですか⁉︎」


ヴィルは「泳がしていただけだ」と、サリサに強がりながら「罪を重くしてやる」と、

インチキ霊媒師を祟る。


「じゃあデカブツ、帰ったら私が怪我によく効く軟膏を塗ってあげるよ」


「マジすか。嬉しいっす」


ヴィルはサリサの観察力に一目を置いた。


主力の兵士がケガしていることは防衛上、重要機密だ。


それを所持している武器の違いだけで見抜くとはーー


***


「サリサ、俺はお前に興味がある」


そういってヴィルはカウンター越しにサリサに顔を近づける。


傍で立ち会っていたマリーまで顔を赤くするほどに。


「近いです」と、サリサはひきつった顔でうしろに退がる。


「とりあえず本題に入ろう。まずは行方がつかめていない女魔術師カミラが身を隠していそうな場所を突き止めてほしい」


女魔術師カミラは服装は黒づくめ、ショートカットの青い髪の上にはとんがりハットを被って水晶が埋め込まれた杖を手にしていて典型的な女魔術師のシルエットをしていた。


カミラの名前を聞いてサリサは立ち上がると、顎に手を当てながら真剣な表情で考え込みはじめる。


「何か心あたりがあるのか。サリサ」


考え込んでいたサリサがようやく口を開ける。


「すごく幸せそうな顔をしていた」


「は?」


クエスト受諾書にサインし終えたカミラの顔はまるでこれから幸せなことが待っているような笑顔だった。


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