第1話「領主様、やめてください」
冒険者ギルドは早朝から賑やかだ。
自信満々の冒険者たちが開門と同時に施設内に押し寄せると
身につけた鎧や武器をガチャガチャと鳴らしながら掲示板へと群がる。
われ先に目当てのクエストを見つけると貼り紙を剥がして受付に並ぶ。
並んでいる間、冒険者たちは豪快な笑い声を響かせながら他の冒険者パーティーに自慢まじりに情報交換を行う。
「その槍どうしたんだ⁉︎ やけに高そうだな」
斧を背負った恰幅のいい冒険者は目の前に並ぶ槍を手にしてパンク系の服装をした細身の冒険者に話しかける。
「ああこれか? 安もんだよ。立て続けに手強いモンスター倒したから、ランクにふさわしい武器にしただけさ」
たいしたことない風を装い槍の冒険者は金の装飾が入った武器を見せびらかす。
冒険者にとって派手な武器を手にすることは一種のステータスだ。
だがしかし、中には見栄をはって無理やり背伸びをする冒険者もいる。
その冒険者は身の丈に合わないことをしてたいてい大きな失敗をする。
そうならないためにも冒険者ギルド職員はしっかりと目を光らせている。
「はい。お次の方ーッ」
「ようやく俺の番だな。あんたもそんな年季の入った斧をいつまでも大事に使ってないで
俺みたいに派手なのにしてみろよ。女にモテるぜ」
「クシュナーさんッ!」
「はいはい待っててね。マリーちゃん」
受付担当のギルド職員 マリー。
ウェーブのかかった栗色の長い髪にクリッとした大きな目。桃色がかったふっくらした頬。
愛らしい表情から3人いる受付担当のギルド職員の中でもっとも長い列を作る。
「クシュナーさん、こちらなんですけどAランク冒険者向けのクエストですね。
Fランクのクシュナーさんには危険なのでこちらのクエストにしてください」
「ちょっと⁉︎ マリーちゃん、教会の裏庭の草刈りってどういうことよ!」
「あいつFランクのクセにあんな高価な武器ーーしかも草刈りって」
「ダッセー」
「手強いモンスターって初級の一角兎のことか?」
「あいつすばしっこいもんな」
並んでいる冒険者たちは笑いを堪えるのに必至。
「うしろのダッドルさん、Aランクなのでこちらのクエスト受けてくれますか?」
「よかろう」
斧の冒険者ダッドルは胸をはって受付のギルド職員マリーの前に進み出る。
ダッドルは槍の冒険者クシュナーの顔を見やる。
「ワシもこのクエストが片付いたら身の丈にあった武器にしてみるかのう」
持っている武器の価値と冒険者のランクは必ずしも一致しない。
「覚えてろ! 今の死亡フラグだからな!なぁマリーちゃん、もっと報酬が高いクエストを紹介してくれよ。
これじゃあローン返せないよ」
「教会の依頼だって立派なクエストですよ。他と違って教会から昼食もでますし」
「昼食たってジャガイモ一個じゃないか」
「ほらクシュナーさんの槍ならよく切れそうだから、こう前方に伸ばして横に“シュシュ”ってやればすぐに刈れますよ」
マリーは少し天然である。
「マリーちゃんそんなぁ」
『もうなんなのよぉ!』
突然、大きい声をあげて激昂するもうひとりの受付担当のギルド職員“サリサ”
首襟のあたりで切り揃えたショートカットのローズブラウンの髪に、翡翠色の目をした彼女は
テキパキと事務仕事をこなす。
今朝からクエスト依頼書の中身を確認しながら判を押す作業を続けていた。
ふと、ある依頼書が目に留まり、怒りをあらわにして立ち上がる。
クシュナーをはじめ、騒いでいた冒険者たちは一斉に静まりかえる。
「サリサちゃん落ち着いて」
マリーがおそるおそるなだめる。
「落ち着いてなんかいられませんよ!コレ見てください。
“入ると人が死ぬ呪いの洞窟を探索して呪いを解け。領主“と、あるんですよ。
こんなふざけたクエストがありますか! 」
「まぁまぁ」
「冒険者の命をなんだと思っているんですか!これだから着任したての領主は何もわかっていない。だから貴族が嫌いなんです。
どうせお屋敷に篭ってソファにふんぞり返っているから領地のことなんてなんにもわからないんですよ」
「言い過ぎよ。さっきからギルドマスターが奥の方で震えてるじゃない」
白髪、糸目の年配男性、ギルドマスターが柱の影から顔をのぞかせながら、サリサに向かって首を横に振る。
「私、ひとこと文句言ってきます」
サリサは机を叩いて裏口の方から出ていく。
「ああ⋯⋯」
ギルドマスターこの世の終わりのようなか弱い声を出して頭を抱える。
「マスター、サリサちゃん、本当に乗り込んじゃうよ」
3人目の受付担当のギルド職員ローザ。
ボーイッシュな顔立ちと王子様のような佇まいで女性冒険者たちのハートを鷲掴みにしている。
「ああなったサリサちゃんを誰にも止めることはできないけどね」
***
領主屋敷
サリサの想像通り、ソファにふんぞり返る領主は金髪碧眼、整った容姿。一見すると女性と見間違いそうになるほどの
美しさを持つ20歳の若き青年だ。
領主ヴィルテイト・リーベルトは若くして国王から伯爵に取り立ててもらい、
サリサたちのいる領地を分け与えてもらった。
彼が着任して1ヶ月が経過。
領主屋敷には連日の、右も左もわからない領主に取り入ろうと陳情客が門の前で列を成している。
困ったことにその中でももっとも相手にしてはならぬ”珍客“に領主ヴィルテイトは熱心に耳を傾けている。
「ご領主様、いかがでしたか。霊は必ず存在するのです」
珍客とは白装束を身にまとい、赤いスカーフを首にかけた霊媒師の男だ。
「あなたもその眼で目の当たりにしたはずだ。家来たちが洞窟に入った途端、苦しそうにして次々と倒れていく様を」
「どうしたらいいのだ霊媒師よ。帯同させた神官までもがあっという間に意識を失った」
ヴィルテイトは王都にある中央貴族の子息だけが集まる学院において、武芸、学問、いずれも優秀な成績をおさめて、
その甘いマスクも相まって、学院の誰もが注目をおく存在だった。
だが、貴族は心霊現象にめっぽう弱い。それは理性を失うほどに。
「洞窟に取り憑いた霊は強力です。相当な怨みを抱いている。おそらく5代前のご領主様だ。
戦で今の王国に領地を切り取られてから、ここを治めることになった領主たちを呪ってきたに違いない。
現にこの地の領主は4年という短い期間で入れ替わってしまう」
「俺の命もあと4年ということか⁉︎ どうにかならないのか」
この地域の領主は4年ごとの入れ替わり制で見事お役目を終えると王宮に戻り新たな官職が与えられ出世していく慣わしなのだが
ヴィルテイトはそのことがすっかり頭から抜け落ちるほどパニックになっている。
「このワシとてあのような強力な霊が相手では除霊に時間を要します」
「ならばどのようにすれば良いのだ」
「ここはひとつ提案なのですが月々100万ゴールド(日本円換算1ゴールド1円)をお納めください。
そしてワシが除霊の儀式を行うためのお社を建ててください。若い女子をつけて身の回りの世話をさせればなお良し」
「わかった。すぐに用意させよう。だがなぜお金が必要なのだ?」
「人のお気持ちを形に表すには金が1番なのです。きっと霊も納得して鎮まってくれましょう」
「よくわからないがわかった。すぐ用意させる」
『コラ勝手に入るんじゃない』
外の方で警備兵が騒ぐ声が聞こえてくる。
「なにようだ。騒がしい!」
「申し訳ございません。領主様に会いたいという女が屋敷に上がり込んで騒いでまして」
「門番はなにをしていたんだ!」
「その女、なぜかごく一部の人間だけが知っている隠し通路から入ってきまして⋯⋯」
「なんだって⁉︎ 今すぐつまみ出せ!」
「ちょっとそこをどいてちょうだい」
サリサは、甲冑を着た大柄の警備兵を払いのけて強引に部屋に入ってくる。
ヴィルテイトは制服を着たサリサの身なりを見るなり首を傾げる。
「冒険者ギルドの職員?⋯⋯」
「ご領主に文句があって参りました! ご領主様はどちらにいらっしゃいますか」
「領主ならこの私だ。ヴィルーー」
サリサはヴィルテイトの自己紹介を遮り、彼の顔に依頼書を突きつける。
「なんですかこの依頼書は! どうせ分別もつかぬまま陳情者の依頼を鵜呑みにして
引き受けたんでしょ!こんな冒険者をただ危険に晒すようなマネ。許せない」
「おっと冒険者ギルドにも声をかけていたのを忘れていた。
だが、もう安心だ。こちらの霊媒師の先生がすべてを解決してくださる」
霊媒師の男はサリサが乗り込んできてから、手で顔を隠しながら怯えている。
「どうしました先生?」
「あーッ! やっぱりあなたの仕業ねインチキ霊媒師」
「インチキではない! 貴様があることないこと前の領主に吹き込んだせいで住むとこを失ったんだぞ!」
「自業自得でしょ。それで世間知らずのお坊ちゃん領主に取り入ろうとしているのね」
「さっきから初対面の相手に失礼だな君は。いや、その前に領主だぞ」
「領主様、こんな無礼な小娘なんか相手にせず、ワシに100万ゴールドを」
「はッ!100万ッ⁉︎」
***
サリサは火のついた松明を手にヴィルテイトと霊媒師を連れて洞窟の前にやってくる。
「これから呪いの正体をお見せします」
ハッとした霊媒師は血相をかえてヴィルテイトの腕にしがみつく。
「領主様この女を止めてください。このままだと領主様に祟りがー!」
サリサは巨漢の兵士(力士のような見た目)に指図する。
「そこのデカブツ、終わるまでその男を取り押さえてろ」
「オレですか?」
呆気に取られる兵士だが、サリサに従って霊媒師を羽交締めにする。
「おい、俺の家来に勝手に指図するな。お前も素直にいうことを聞くんじゃない」
「すんません⋯⋯」
「ではご覧アレ」
そう言ってサリサが洞窟の入り口に松明をかざすと火が瞬時に消えてしまう。
「どうなっている?」
「二酸化炭素です。この洞窟は二酸化炭素が充満していて、人間や動物がこの中に入ったら酸欠を起こします。
この濃度なら入って1mも進まないうちに死にいたりますね」
「じゃあ呪いというのは⋯⋯」
「ないですね。それでも危険なことに変わりないから、”この洞窟、二酸化炭素危険近づくな。領主“と書いた看板を設置すれば解決です。
100万ゴールドもかかりませんよ」
サリサの言葉にヴィルテイトは背筋を伸ばして自信に満ちた表情を浮かべる。
「そんなことはわかっていたさ。この領地の冒険者ギルド職員の実力がどのようなものか試しただけだ。
このヴィルテイト・リーベルト伯爵が、インチキ霊媒師の戯言を見抜けないとでも思ったか」
「は?」
サリサは怪訝な表情でヴィルテイトを見やる。
「お前たちこのインチキ霊媒師を牢に繋げ」
2人の兵士は霊媒師の腕を左右で抱えて連行する。
「おい離せ!やめろ!お前たちにも呪いをかけるぞ」
「よかったわね3食飯つきよ」
「チクショー」
サリサは正義感から首を突っ込んだ今回のお節介。
ご領主様に存在を覚えられたことで、サリサのところに大きな事件が舞い込むことになる。
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