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両親⑧

「あたしらは侮っていたのだよ。寄せ集めの集団の脆弱さというものを。皮肉にも、政府の目を欺くために作られた組織によって、連中の思惑は達成されてしまったというワケさ」


 実証テスト、当日。

 懸念していたことが、カタチとなって現れる。

  

 市村さんの鑑定値は、『8点』。

 本来であれば、彼女の言うように親父に提供される『不幸』は、極めて軽微なものであるはずだった。

 ところが、いざ『不幸』をピックアップする段になると、その担当の学生がリストを読み違えてしまったらしい。

 それは、彼女の鑑定値とはあまりにも不釣り合いな過大なものだった。

 担当鑑定士である田沼さんも、組織の統制が十分に取れない中での、不慣れな新システムの試験運用ということもあって、その事実を見落としてしまっていたと言う……。

 

 今でこそ、鑑定値に対する()()()()提供は、制御システムが作動し、『不幸の再分配』は阻止される設計になっている。

 だがそれは、飽くまで現行のシステムでの話だ。

 当時、親父自身もその点について問題意識を持っていたようだが、予算や人的リソースの課題もあって、試作段階での搭載は適わなかった。

 

 そして……。

 彼女たちが気付いた時には、全てが手遅れだった。

 取り違えた『不幸』は、そのまま親父に提供されてしまう。


「は? ちょっと待ってください! それってつまりは……」


 俺が暗に問いかけると、市村さんは無言で頷いて見せる。


「そう。それが荻原 汰維志の本当の死因だ。試験に関して、現場の判断は全て鑑定士であるチーやんに一任されていたこともあって、ターくんが事態に気付くことはなかった。そして、不幸中の幸いと言えばいいのか……。この事実が明るみに出ることはなかった。まぁ、当然っちゃ当然だよ。『心不全』が提供による代物かなんて、傍から見りゃ分からんからね。政府の連中も、内心ほくそ笑んでいたんだろうよ。自分らの手を汚さずに邪魔者を排除出来たんだからね。何はともあれ、こうしてターくんの死は闇に葬られた」


 市村さんは呆れ笑いでそう言う。

 違和感の多かった親父の死も、確かにそれなら理屈は通る。

 この場合、ヒューマンエラーによる不慮の事故であることを証明する術など、無いに等しい。

 政府としても、田沼さんたちの言う、いわゆる『荻原派』の建前を、これ幸いにと利用していたのだろう。

 事態を表沙汰に出来ない、彼女たちの事情を知った上で……。


「……言うて、あたしと角ちゃんも当事者だ。特にあたしに至っては、形式上依頼者だからね。少なからず、責任の一端がある。だから改めて、キミに謝罪したい。本当にすまなかった」


 市村さんはそう言うと、柄にもなく深々と俺に対して頭を垂れる。

 すると、まるで打ち合わせでもしていたかのように、角谷さんも頭を下げてきた。


「……何すか、急に。気持ち悪い。今更そういうの……、止めて下さいよ」


「ふっ。キミならそう言うと思ったよ。まぁ、コレ自体に別段他意はない。あたしらなりのケジメってヤツさ!」


 ゆっくりと頭を上げた彼女は、眉を下げてそう言った。

 持ち前の太々しさは鳴りを潜め、どこかバツの悪さすら感じる。

 彼女のその様子を見るに、言葉自体に嘘は無いように思えた。


「つってもだ! 言い逃れするワケじゃないけど、その学生に悪意があったワケじゃない。もちろん、チーやんやあたしにだって。それに何より、チーやんを鑑定士に指名して権限を与えたのは他でもない、総責任者たるターくん自身だ。だから、これは紛れもなく()()だった。それは分かってくれるよね?」


 市村さんはそう言って、柔和に微笑みかけてくる。

 俺はそんな彼女に対して、何も言わずに視線を逸した。

 了承とも拒絶とも取れないであろう俺の態度を見て、彼女はまた軽く咳払いをする。


「まぁ、そういうわけで、だ! そんな事件があったもんだから、研究室はその後スグに解散された。それから、なんだよ……。取り憑かれたかのように、あの子が計画に固執するようになったのは」


「……どういうこと、ですか?」


「……話はここで終わりじゃないってことさ。第一、それだけじゃ()に繋がらないだろ? 詰まるところ、この事件がきっかけで、あたしたちとチーやんの対立が始まったと言っていい。てのも、どうにもチーやんにはね……。()()()()とは言え、『自分がターくんを殺めてしまった』という意識が強くあるみたいなんだよ」


「だから何すか、ソレ……。それこそ、あの人のエゴでしょうが……」


「そうだね。確かにエゴだ。でもね……。人には、誰に何と言われようと、自分の中でしか消化出来ない、憤りってモンがあるんだよ。それがたとえ、()()()からの言葉であっても、ね」


 市村さんは遠い目を浮かべてそう言うと、また再び言葉を紡ぎ出す。


 研究室が解散された後も、彼女たちは密かに計画遂行に向けて、準備を進めていたと言う。

 とは言え、親父の一件は当然政府の耳にも入ってしまう。

 そうなれば、もはや政府の介入を避けることは出来ず、彼女たちの活動は一種の学生シンクタンクのようなカタチで、事実上の政府の監視化に入ることになる。


 そんな彼女たちが、まず初めに着手したのは制御システムの開発だった。

 この辺りの認識は、政府とも概ね一致していたようで、この段階で何かハレーションが生じるようなことはなかったらしい。

 問題は、()()にあった。

 飽くまで計画に拘る田沼さんと、計画の是非に依らず荻原 汰維志の『理想』の実現に重点を置く市村さんたちとの間で、かなりの温度差があり、決して一枚岩と言える状態ではなかったようだ。

 このままでは、田沼さんの一派が暴走しかねない。

 そう危惧した市村さんたちは、田沼さんが厚労省への入省が内定したタイミングで、()()()()とコンタクトを取ることで、彼女の動きを牽制する。

 その人物というのが、お袋だった。


 ちょうどその頃、お袋の治療が概ね終了し、新しい生活に向けて準備を進めていた最中だった。

 市村さんはお袋に対して、親父が秘密裏に進めていた計画のこと、ひいてはその死因も計画に起因していること、更には政府が俺たち親子を抑えるために()()()()の暗躍をしている可能性が高いことを告げる。

 病み上がりのお袋には酷とも言える話の数々に、当初はお袋も半信半疑だった。

 しかし、いざ生活保護が不承認になると、さしものお袋と言えど市村さんの話を信じざるを得なかったと言う。

 そうして彼女は畳み掛けるように、お袋に対してある取引を持ちかける……。


「まぁ言っちゃえば、『当面の間、親子二人の生活の面倒を見る代わりに、チーやんの食い止めることに協力してくれ』って言ったんよ。ねぇ? マスミン!」


 市村さんがそう言ってお袋の方に顔を向ける。

 呼びかけられたお袋は、また一段と気疎そうな顔で頷いた。

 だが、仮りに彼女の言う通りなのであれば……。


「だとしたら……、俺たちは何で」


 俺が言い終える前に、彼女は先に口を開く。


「キミが疑問に思うのは当然だ。まさにそこなんよ。掻い摘んで言えば、チーやんの()()()()によって、キミたち親子は貧困への道を歩まざるを得なくなったってことさ。全ては、辻褄を合わせるために、バランスを取るために、ね」


 あまりにも聞き馴染んだ言葉が彼女の口から飛び出た時、俺は自然と頭の中で合点がいった。

 そんな俺の()()を嗅ぎ取ってか、彼女は立て続けに言う。


「あたしらがマスミンに接触したことは、スグにチーやんの耳に届いた。そうしたら、露骨なモンだね。あの子はあたしらの拠点からUSBを盗み取り、先んじて()()()を実施しようとした」


「再試験、ですか……」


「まぁそうは言っても、ぶっちゃけほとんど()()に近い感じだよね。実際、あの子がやろうとしたのはポイントの無作為操作だ。こんなん、政府じゃなくたって怪しいって思うよ!」


「だけど……、実際そうはなっていない……」


「あぁ、そうだね。結論から言えば、あの子の目論見は防がれる。寸前で、完成したばかりの制御システムが作動したんだ。ただね……。結果的に、ソレが悪手だった……、いや! 今思えばソレを見越した上での犯行だったのだろう」


「……というと?」


「……ターくんが道半ばで倒れた以上、建前上計画は頓挫したことになっている。実際それに伴って、政府が一元管理していた本システムのビッグデータに、予備システムの情報が統合されてしまったしね。形式的にシステムは分離されてはいるが、こと『提供』に関して言えばその情報は筒抜けと言っていい。それはつまり……、コチラが何かおかしな動きを見せれば、政府はいつでもその芽を潰しに掛かれる、ということ」


「……要は、仮りに田沼さんの()()が計画の一環であることが伝われば、政府にあなたたちを攻撃するための格好の材料を与えることに繋がってしまう、と」


 俺の言葉に、彼女は口惜しそうな表情で首を縦に振った。


「あぁ……。その頃のあたしらには、それに抗う術がなかった。だからこの一件はどこまでいっても、()()()でなくてはならなかった。情けない話さ! 完全に骨抜きだった、と言わざるを得ないよ……。ある意味、あの子だけはそんな自分たちの立ち位置と、真剣に向き合っていたってことだね。いずれにせよ、ココで主導権はチーやんに移ってしまったと言っていい」


 なるほど……。

 要するに、俺とお袋は()()に使われたということなのだろう。

 しかし、まだ疑問もある。

 お袋が『不幸』を受け入れた理由だ。

 翻って言えば、自分だけに留まらず、実の息子を巻き込んでまで、彼女たちに協力した理由である。

 少なくとも、この辺りはじっくりと紐解く必要がありそうだ。


「なるほど……。大体、分かりました。その辻褄合わせに依頼をでっち上げて、雨宮に『提供』を行ったと。お袋を鑑定士に担ぎ上げて」


 俺はそう言いつつ、ちらりとお袋を見る。

 しかし、お袋は相も変わらず俺を見ようとはしなかった。


「あぁ、そうだ。あたしらとしては面従腹背を保った上で、一刻も早くシナリオを本線に戻す必要があった。だからそういう意味でも、マスミンの担当弁護士が、あの神取某になったのは僥倖だったよ」


「まぁ……、結果的にそうなんでしょうね。あんたらからしたら」


 俺の言葉に、市村さんはコクリと小さく頷く。


「いくら意図的とは言え、キミが再起不能になるまで沈んでしまったら、元も子もないからね。事実、彼はキミが唯一心を開いていた人物だった。キミが再度奮起して、あたしらとこうして繋がることが出来たのも、あの弁護士がキミのそばでメンタルケアをしてくれていたからだ」


 言葉もないとはまさにこのことだ。

 どうやら俺は前提を間違えて認識していたらしい。

 蓋を開けてみれば、起点は昂貴でも石橋の父親でもなく、俺の一番近くで支えてくれた神取さんだった。

 まっすぐで正義感の強い彼が、()()()である俺にぴったりと寄り添い、この茶番とも言える事件の真相に辿り着こうとするのは、目に見えている。

 そうなれば、さしもの俺でも一連のゴタゴタに深入りせざるを得ない。

 その確証さえあれば、そこから先、昂貴や石橋家を巻き込み、諸々の辻褄を合わせていくことは造作もなかったのだろう。

 図らずも、神取さんは彼女たちにとって必要不可欠な1ピースを担っていたのだ。


「兎にも角にも、これが()()()()()と言ったところだ。まぁキミは大方あたしらが『不幸の再分配によって、世の度し難さをその心胆に刻みこませ、計画へ引き込もうとしている』、とでも思っていたのかもしれない。なるほど……。それらしいっちゃそれらしい理屈だね。特にキミにとってはそうだろう。臨場感と言うか、当事者感が段違いだ。だけどね……。それは後付けの方便であり、結果論に過ぎない。大体あたしらとしては、キミが協力してくれるのなら理由なんてどうでもいいからね」


「なら、なんで……、それをわざわざ俺に話したんですか?」


「そんなの簡単だよ。それを言わなきゃフェアじゃない。だってあたしらはキミと()()をするためにココにいるんだからね。あっ! 一応言っておくと、あたしも息子くんには()()になって欲しいと思ってるよ!」


「この期に及んでどの口が……。まぁ俺としては、宇沢さんが不憫で仕方ありませんね」


「ふっ。なんかキミらしいね! まぁキミが宇沢っちにどんな入れ知恵されたのかは知らんけど、差し詰め、懺悔染みた戯言でも垂れたんじゃない? 『元はと言えば、余命半年の妹を救いたいがために、成美のオッサンに唆された自分が全ての元凶なのです!』的な? 違う?」


「まぁ……、そうっすね。概ねニュアンスとしてはそんな感じでしたね」


「そっかそっか! 宇沢っちの道化っぷりも相変わらずだね! でもさ……。もう分かるだろ? もはや、事態はそんな次元の話じゃないってこと」


 確かに彼女の言うことは、もっともだろう。

 出し抜かれていたのは他でもない、宇沢さんの方だ。

 だが、それなら……。


「……無論こうなった以上、計画の主導権は我々に戻ったと言っていい。それは、チーやん自身だって分かってるはずだ。あの子のことだから、どう転んだところでキミやマスミンが助かるように手を回した結果がこうなんだろう。あたかも、全ては自分()()が発端であるかのように。罪滅ぼし……、なんて言ったら途端に安っぽく聞こえるかもしれないけどね」


 もし、全てが市村さんの話す通りであれば。

 田沼さんが、真の意味で親父が描いた『理想』の実現を目指しているのであれば。

 彼女は、()という存在についてどう考えているのだろうか。

 あまり卑屈なことは言いたくはないが、生まれながらに計画に加担することをある種義務付けられた俺と、『選択』と『加害性』が同居しない世界とでは、明らかに相反している。

 そして、それは彼女が今起こしている行動についても言えることだ。


 俺は今一度、彼女に問い質すべきなのだろう。

 彼女が……、田沼茅冴が今まさに描こうとしている『理想』は、一体どんな姿をしているのかを。


「……随分と話が違いますね。何が親父の意向だよ。結局、親父の『理想』に託けて、自分らのエゴ押し通そうとしてるだけじゃねぇか」


「確かに……。キミにそう思われるのも無理もない。実際、あたしらはキミを誘導してきた。でも予め言ったろ? 比喩だって。それにニュアンス自体は間違っていない。なんせ、あたしらはターくんの『理想』に沿ってここまで動いてきている。それはすなわち……、ターくんの計画は、ターくんだけのものじゃない、という意味でもある。あたしも、角ちゃんも、マスミンも。それこそチーやんだってそうだ。荻原 汰維志の『理想』は、様々な思想や利害が重なった上で成り立っているんだよ」


 そう、性懲りもなく彼女が溢した詭弁とは裏腹に、そこには含みのようなものがあるとは思えなかった。

 だからこそ、質が悪いと言えるが。


「それが本当に……、親父の『理想』だって言えるんですか?」


「……分からない。何分、あの一件以後はあたしらの描いた筋書きだからね。でもね。キミの前で言うのもなんだが、ターくんもある程度はこんなことになることを覚悟していたんだと思う。あたしが『荻原 汰維志の思惑』と言ったのは、それを踏まえての話さ」


 『選択』と『加害性』が同居しない世界……。

 なるほど。

 親父が描いた『理想』とやら、聞く分には崇高で未来志向的と言えるのかもしれない。

 だが、それは……。

 政府が掲げる『FAD』とて、同じことだろう。

 ……所詮は、言葉遊びであり、ポジショントークだ。

 実際、親父が描いた『理想』を叶えるため、田沼さんは今まさに犠牲になろうとしているし、こうして俺自身も()()に立とうとしている。

 結局のところ、都合の悪いものを切り捨てるための大義名分を、声高に叫んでいるようにしか思えない。


 俺には……、親父の真意が掴めない。

 俺がそう思っていることは、きっと市村さんも分かっているはずだ。

 奇しくも、彼女自身が言っていた。

 荻原 汰維志の『理想』は、破滅的なものではない、と。

 

「改めて言おう! 荻原 汰維志の描いた『理想』を完遂するため……、いいや。もうこの際、言葉は選ぶまい。酷い言い草ではあるが、キミには荻原 汰維志の息子として、父親の広げた大風呂敷を畳んで欲しいと思っている。他ならぬ、()()()()()書き換えた計画によってね。あたしらとしてはそれが……、チーやんを救い出すことにも繋がると思ってる」


「何を根拠にそんな……」


「根拠? そんなものは、既にキミの中で醸成されつつあるはずだ。そのことに気付かないほど、キミは凡庸ではないだろう。さぁ、どうする!? 荻原 汰維志の息子。キミ自身の<真の痛み>の根源に向き合った今、『理想』を引き継ぐ覚悟はあるか? いや、ないとは言わせない! キミはこうして既に行動に移しているのだから。図らずも、自らの意志で荻原 汰維志の『理想』を実現しようとしているのだから」


 親父の『理想』こそが、俺の『幸福』……。

 俺はそれをこの数年間の中で、知らず知らずのうちに頭に刻み込んでいたとでもいうのか。

 確かに、選ぶことに不慣れで、かつそれがどこか疚しいことと思えてしまうのは、『選択』に『加害性』を見出している証左でもある。

 それは、分かるのだが……。 



「鞠希っ!!!」



  俺に決断を迫る彼女を遮るように、お袋は病室一杯に響き渡る声で呼びかける。

 その病人とも思えないほどの叫声に、場は静まり返った。

 さしもの市村さんも、一瞬大きく目を見開く。


「……もういい。悪かったね。アンタにだけ嫌な役押し付けて。ここからはあたしら親子の問題だ。訓と……、二人にして欲しい」


「……覚悟は出来たってことでいいのかな?」


「覚悟? 馬っ鹿じゃないの? これ以上、息子に酔っ払いの世話させるワケにはいかないってだけ!」


 お袋が鼻で笑いながらそう言うと、市村さんは『そっか』と小さく溢し、微笑む。


「息子くん! あたしから、あと一つだけいいかな?」


「……何ですか」


「これからキミはマスミンから、()()()()()()()を聞くことになるだろう。その前提で、改めて言っておく。『AGH』も『FAD』も、全てはターくんが描いた計画の延長線上にあることに間違いはない。それが一体どんな意味を持つのか。今一度、自分自身に問い直してくれ……」


 それだけ言うと、俺の反応を待たずに部屋を出ていった。

 角谷さんは、そんな彼女の後ろ姿を少しの間眺めた後、小さく会釈をして後を追っていった。

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