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両親⑤

「今、なんて……」

「おや? 聞こえなかったかい? あたしらがキミの鑑定士登録を請け負うと言っているのだよ!」


 市村さんは飄々とした雰囲気で、そう言い放つ。

 もし彼女の話が文字通りの意味なら、もはやこの時点で俺たちの選択肢は失われたと言っていい。

 察する俺を尻目に、彼女はますます勢いづいていく。

 

「一つ! 大事な話の前段として、あたしらの役割を伝えておこう! あたしと角ちゃんは、政府から()()()()()に対しての監視を仰せつかったのだよ。その人物は、政権にとって後々脅威となり得る存在だ。誰か分かるかね?」


 なるほど……。

 ようやく話が繋がった。

 道理で、神取さんへの監視がザルだったわけだ。

 一体、どこからどこまでが彼女たちの思惑通りだったのだろうか。

 田沼さんと彼女たちの目指すものが異なるのだとすれば、それはいつから食い違っていたのか。

 ……いや、待て。

 だとしたら、それはそもそも……。


「いいやっ! 皆まで言う必要はないさっ! キミのその目を見れば十分だ! 太古の昔より言うだろ? 『目は口ほどに物を言う』ってね!」


 合点がいった俺の顔を見るや否や、市村さんは右の掌を突き出し、俺の発言を制する。


「……そう、ですか。俺たちは、ものの見事に()()()()()()っつーわけですね」


 俺の返答に、彼女はしてやったりといった具合にその目を一層歪め、頷いた。


「まぁ誘い込んだってのも、少し語弊があるかな。むしろ、ソレを言うならあたしらもある意味、チーやんに誘い込まれたみたいな感じだし! 事実、直近でキミの身の回りで起こったことはあの子が仕組んだことであって、あたしらは関知していない。これはあの子の暴走。それに間違いはない」


「じゃあそれなら……、あなたたちと田沼さんの違いって、何なんすか」


「違い? そんなのカンタンさ。()()()()、だよ! そもそもあの子は、計画の趣旨を履き違えているフシがあるからね。チーやんは、半ば自暴自棄に自分自身をカードにしようとしているみたいだけど、本来の趣旨は……、荻原 汰維志が描いた『理想』は、そんな破滅的なモンじゃない。本源的な意味での『真の最大幸福』を実現するためのものだからね」


「本源的、ですか。どうにも分かりませんね」


「はて? 『分からない』とは?」


 市村さんはそう言いながら、口元に人差し指を当て、あざとく首を傾げる。


「親父が何を思って、その『真の最大幸福』とやらを思い描いたのかは知りません。ただ連中や田沼さんの動きを見ていると、『AGH』が『FAD』への対抗策として間に合わせで練り上げたにしては、どうにも用意周到というか何と言うか……」


「ふむふむ……。構わない。続けてくれたまえ」


 言い淀み、俺はそれとなく市村さんの顔色を窺うが、当の彼女は気に留める様子もなく、続きを催促する。


 仮りに、だ。

 今から彼女に話すことが事実であれば、前提が大きく崩れる。

 政府との因縁、親父の目的、善悪の始発点。

 その全てが、ひっくり返る。

 クーデターだの何だの言い出した手前覚悟はしていたが、あの時新井に突きつけられた言葉が今改めて、身に染みてくる。

 もはや、『原因の一端』だとか『解釈次第』だとか、そんな生易しい話ではない。

 それこそ何の比喩でも誇張でもなく、()()()()の意味になる。


 俺は、『加害者』になることから逃れられない。

 

「……これは飽くまで俺の個人的な憶測です。俺には、どうしても因果関係が()のように思えてなりません」


「ほう……。逆、とは?」


「……『FAD』への対抗策が『AGH』なんじゃない。『AGH』を骨抜きにするために『FAD』が生まれた。そう考えれば、色々と腑に落ちます」


 俺がそこまで言うと、彼女はしばらくの間、押し黙る。

 その後、思い出したかのように『フッ』と息を漏らし、ゆっくりと口角を上げた。


「どうやら、お姉さん。キミのことを少し見くびっていたようだよ。息子くんはあたしが思っていた以上に、油断ならない存在だ」


 彼女はそう言って、寒々とした笑みを浴びせてくる。

 

「おっと! 勘違いしないでおくれよ。もちろん、ネガティブな意味じゃないからね。キミみたいな逸材が、政府や宇沢っちの手に渡らないで良かったってことだから!」


「……何なんすか、その言い草は。まぁ正直な話、何か別の意図でもない限り、あなたが計画に乗るとも思えないですしね。あなたが()()()ビジョンに共感しているとも思えませんし。実際、さっき言ったじゃないっすか。『極めてエゴイスティック』だって」


「ダハハハハッ! アレー? あたしひょっとして、さり気なく煽られてるぅ? でもそうだね。キミの言う通りかも! ぶっちゃけ、あたしは計画自体はどうでもいいんよね。実際、ターくんのビジョンって見る人によっちゃあ、崇高なのかもしれないけど、一般庶民からすれば、正直何のこっちゃって感じだしさっ! それよりも皆、『他人の不幸は蜜の味』って方が分かりやすくて好きなんだよ。キミもよくよくご存知かと思うけどね!」


 何かの当てつけか。

 彼女はケタケタと抱腹しつつ、どこかで聞いたことのあるフレーズを交えて話す。

 全ては彼女の意図するところ。

 そう思うと、自然と屈辱とも恐怖とも言い難い何かが、じんわりと滲み出てくるような感覚に陥る。

 

「……まぁほんで話は戻るけどさ。まさにキミが今言った『FAD』との()()()()にこそ、ターくんの計画の本質があるのだよ! 時に息子くん。キミは、『功利主義』という言葉を聞いたことがあるかね?」


 市村さんは一頻り笑うと、わざとらしく涙を拭いながらそう聞く。

 俺は薄々と何かを察し、無言で首を横に振ると、彼女は続けざまに『ンンッ』と、小さく咳払いをする。


「『人々にとって幸福をもたらすものは【善】であり、()()()()()である。そして、その個々の()()()()()こそが、社会全体の幸福の総計を高め、【最大多数の最大幸福】をもたらす。よって社会は、規範的・道徳的観点から、この全体像を追求すべきである』。イギリスの哲学者のジェレミー・ベンサムってオッサンが提唱した、エラく独善的で口やかましい理論だ。まぁ平たく言っちゃえば、『テメェの幸せは社会全体の幸せに繋がる。だからこの世に生まれたからには幸せになりやがれ』って話さね。どう? どっかで聞いたことのある話じゃない?」


「……なるほど。それが親父の計画の元ネタってワケですか」


 合点の言った俺を見て、彼女は『ご明察』と言わんばかりのご満悦顔をする。


 「まぁそれで、だ! ターくんは、このベンサムの『最大多数の最大幸福』を現代において再現しようと画策する。まず具体的に、人々の幸福度の数値化を図るため、国民一人ひとりの属性を把握し、一括管理するシステムの導入を時の政権に提言した。まぁ、アレだ。キミもよくご存知の『推定潜在境遇ポイント』の雛形みたいなモンだよ」


「そんなもの……、連中が許可するとは思えませんが……」


 俺がそう言うと、彼女は静かに首を縦に振った。


「もちろん、政府にとっちゃあ聞き捨てならない話だ。というよりそんなモン、現代の国際社会で認められるはずがない。ベンサムの理論なんて、世に共産主義が勃興する遥か前にマルクス本人から『如何にもブルジョアが考えそうな空理空論だ』つって、盛大にディスられてるからね。仮りにも先進国の日本で、今更そんな時代錯誤の産物を導入する理由もない。だから時の政権は、ターくんの提言を一蹴した」


「そりゃあ……、そうなるでしょうね」


「それ以来、政府はターくんをマークするようになるんだけど、まぁ当然と言えば当然の話だ。そんなぶっ飛んだ電波野郎、それこそどっかの国の諜報機関から狙われたっておかしくないレベルだしね。だから政府は、半ば厄介払いするカタチで、ターくんを出向させた。前後関係はともかく、そこまではキミも聞いているだろう?」


 俺が頷くと、彼女はくるりと背を向ける。

 そしてひと呼吸置くと、またゆっくりと口を開く。

 

「……だが問題はその先にあった。ターくんの提言は握り潰され、永遠に闇に葬り去られるかのように見えた。ところが時の政権はこともあろうか、提言を悪用し、それとは別の新たな施策を進めようとした。『幸福度の数値化』という、連中にとって都合の良い部分だけを抽出した上で、ね」


「それが……、『FAD』だった、と」


 彼女はそのまま振り向くことなく、コクリと頷いて見せる。


「まぁ当然の流れだよ。長期政権ですっかり堕落し切っていた政権与党にとってみりゃあ、現状の環境なんてぬるま湯同然だからね。『理想』、そのものと言っていい。であれば、ソレを末永く維持していきたいってのは、良い悪いはともかく動機としては理解出来るわな」


「それは、まぁそうですが……」


「大枠のシステムは、その時点である程度カタチにはなっていたからね。あとは()()を見つけて、ソイツに『FAD』の趣旨に沿うように仕様を変更させればいいだけ。そこまでいけば、もはや荻原 汰維志は用済み、邪魔でしかない。だから政府は、ターくんを霞が関から追い出すや否や、彼を『革命紛いの計画を企てた逆賊』に仕立てようと画策する。後出しで、『AGH』なるラベルを貼り付けてね。要するに、キミが今認識している『AGH』は偽旗。ターくんを排除する目的で政府によってつくられた、架空のプロジェクトってことさ」


 やはり、俺の邪推は当たっていた……。

 宇沢さんの話は、そもそも前提が違っていたのだ。

 何のことはない。

 石橋の父親のPCに入っていたとされる情報は、フェイクだった。

 宇沢さんもまた、何も知らずに踊らされていたということなのだろう。

 

「と・こ・ろ・が、だっ!! ターくんは見越していたのだよっ!! 政府がいつか自分のシステムを利用して、()()()()に出ることをねっ!!」


 市村さんはそう言って勢いよく振り向くと、俺の鼻先に触れるか触れないかの位置にまで、人差し指を突き出してくる。

 

「あの……、それはどういうこと、ですか?」


「そのままの意味さ。この茶番とも取れる一連の諍い、()()()ターくんが意図するところ。政府の連中は、ものの見事にその罠に嵌ってしまったということだね。言うなれば、荻原 汰維志が描いた壮大な未来図への布石だったのさ!」


「壮大な未来図、ですか……」


「そう! そもそもの始点が違うのだよ。キミや宇沢っちが想像しているものとはね。計画は遥か以前……、チーやんが官僚になるより前から始まっていた。チーやんは、ターくんに言われるがまま厚労省へ入省し、秘密裏に計画の準備を進めていたのだよ」


 市村さんはこちらの気も知らず、胸を張り、やたらと自慢げに話す。

 彼女が事も投げに放った言葉たちは、俺を着実に真相へと導いていく。


 いわゆる『AGH』が偽旗ならば。

 全ての元凶が親父ならば。

 田沼さんや市村さんを巻き込んでまで、親父がこの計画を企てた理由とは何なのか。

 そして、何より。

 その前提に立つのであれば、本当に落とし前をつけるべきなのは、彼女ではなく……。

 

「ふふ。キミの欠点は、その被害妄想癖から来る早合点だね。話は最後まで聞くように」


 俺の邪推を遮るように、彼女は前のめりになって言う。

 

「……別に。何も合点はしてないし、被害妄想なんて今更でしょ。むしろ俺としては処世術とすら思ってるんですがね」


「いんやっ! 今まではそれで良かったのかもしれないけど、これからはそれじゃ困るんだよ。なんたって、キミには()()になってもらわないと困るんだからね!」


「あんたらまでそういうこと言うのかよ……」


「当然! だって、あたしらは()()()だからね!」


「だから何なんすか、その言い草は……。それを言ったら、田沼さんもでしょうが」


 そう言うと、彼女は待ってましたとばかりに、得意げに首を大きく縦に揺らした。


「そ。まさにそこだ! 確かにチーやんもあたしらも、形式上は紛れもなくターくんの後継者だ。だがさっきも言ったように、チーやんは事の本質を履き違えている。あの子は、今自分が立っている場所が、連中の思惑の延長線上にあることも自覚していない。よって、正当性は飽くまであたしらにあるのだよ!」


「それは分かりましたけど……。だったら、具体的に何なんすか? その、正当性ってのは。親父がベンサムの何に感化されたのかは知りませんが、コッチは目的も何も聞かされてないんすよ」


 俺がそう言うと、彼女は再びくるりと旋回する。


「……聡明な息子くんのことだから、あたしの話を聞いてある程度の事情は察しているのかもしれない。だがここからは、キミに改めて覚悟を問うことになる。社会に、時代に、境遇に……。自分を取り巻く全てから追い込まれてきたキミの覚悟をね」


 打って変わり、落ち着いたトーンで彼女はそう話す。

 心なしかアルコールの気も薄れ、随分と改まった様子だった。

 そんな彼女の雰囲気が、胸のざわつきに拍車を掛ける。


「全ての始点が荻原 汰維志だとすれば……、自ずからここまでの全ての軌跡が計画の範疇ということになる。もしあたしが、息子くんやマスミンが巻き込まれたあの事件すらも、ターくんの筋書きだと言ったら……、キミはどうする?」


「……は? ち、ちょっと待って下さいっ! それは」


 俺自身、一度は脳裏を掠めた想定だ。

 だが、すぐにその考えを捨てた。

 有り得ない、考えるまでもない、考えたくもない。

 よもや実の父親が、家族を半ば踏み台にしていた可能性など……。

 仮りに彼女の言う通りなのだとしたら、今から墓を暴いてでも、親父に問い詰めてやりたいものだ。

 自身のパートナーを、塀の中にまで追いやった先にある『理想』とは、一体何なのかを。


「んん……、うるさいね。さっきから」


 のそり、と。

 ベッドで寝ていたお袋が、音も立てずに起き上がる。

 伸びをしながら、気怠そうに瞼を擦り、およそ数ヶ月ぶりに会った実の息子に向けるものではない視線で、眠りを阻害した俺のことを恨めしそうに見つめてきた。


「ほ〜れ! 息子くんが大きな声出したから、マスミンが起きちゃったじゃんか〜! マスミン! おひさっ!」


「あー……、鞠希? おひさ。アンタの方は出所出来たんだね」


 市村さんの呼びかけに、お袋は肩を鳴らしながら、素っ気なく応える。


「いやいや! あたしのは酒気帯びと暴行だよ!? マスミンが()()()()()ことに比べたらカワイイもんっしょ!」


「ふん。分かっててそういうこと言うトコは、相変わらずだね。そんで……、どうして訓がいるの?」


 お袋はそう言いながら、俺の顔を再び訝しげな目で見る。

 それとは裏腹に、市村さんは『カマしてやれ』とでも言うかのように、期待と好奇心が入り混じったような視線を浴びせてきた。


 俺は今こそ、確かめる必要がある。

 親父は今でも、戦っている。

 お袋が言ったあの言葉の真意は、一体何だったのか。


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