両親④
「詳細を申し上げる前に、まずは改めて。何かとタイミングを逸し、ご挨拶が遅れましたが、この度荻原さんの主治医を担うこととなりました、角谷と申します。どうぞ、宜しくお願いいたします」
担当医は俺を宥め、核心染みたことを言ったかと思えば、平身低頭挨拶をしてくる。
訝しく思いながらも、俺は彼に釣られるように軽く会釈した。
「……こちらこそ、よろしくお願いします。俺の方もこの前聞いておくべきでしたね」
「いえ。お気になさらずに。市村先生の件についても、色々と混乱させてしまったようで、申し訳ありませんでした。彼女は何というかその、同僚と言いますか……。お母様が倒れたとの一報を受け、急ぎ彼女に知らせたのですが……」
「は、はぁ……」
どうにも歯切れが悪い。
こちらとしては釈然としない限りだが、かと言って『なぜ一介の医師の立場でそれを知り得たか』、などと切り出せる雰囲気でもない。
チラチラと市村さんの顔色を窺いながら話す角谷さんとは裏腹に、当の彼女はニタニタとまとわりつくような笑みを浮かべていた。
「ダメだよ〜、角ちゃん。そういう大事なことは予め言っておかないと!」
「いや、あなたが『まずは息子くんの器量を確かめたいから黙っとけ』って言ったんでしょうが……」
「ん〜……、そだっけか? まぁいいや!」
あっけらかんと、悪びれもなく言う彼女を前に、角谷さんは辟易するように溜息を吐く。
この構図を見れば、彼がこれまでどれだけ彼女に振り回されてきたか窺える。
「……もういいです。それで……、そうおっしゃるからには、もう気が済んだということでよろしいんですかね?」
「うむ! よろしい! 息子くんは紛れもなく、我々の意志を継ぐに相応しい逸材だ!」
市村さんが返答すると、角谷さんはまた深く息を吐き、咳払いする。
「……では荻原さん。彼女がこの場所へやって来た経緯ですが」
「あっ。待って、角ちゃん! あたしから話すよ! 角ちゃんも話しづらいっしょ?」
「否定はしませんが……。分かりました。それでは後はお任せいたします」
角谷さんは、マイペースな市村さんに半ば呆れつつ、話の主導権を渡す。
そんな彼を尻目に、彼女はニンマリ笑顔で、俺をまじまじと見つめてくる。
「はてさて、息子くん! 今キミの頭の中は、情報の闇鍋状態で一体何から手を付ければいいか皆目見当もつかない、といった状態かな?」
「……よくお分かりで。んで、結局何なんすか? アンタらは」
俺が聞くと、『フッフッフッ』と、したり顔で笑う。
「まぁ簡単に言っちゃうとね! あたしらはとあるプロジェクトメンバーの一員なんだ。ほんでもって、あたしがマスミンの身元引受人になってココに来たのも、言っちゃえばその一環さ。プロジェクト『AGH』……、と言えば分かるかにゃ?」
彼女の唐突な話に、俺は言葉を詰まらせてしまう。
そんな俺の反応を見て、市村さんは『フフン』と鼻を鳴らし、その不敵な笑みに拍車を掛ける。
「『AGH』こと、Authentic of Greatest Happiness。それは、政府が目論む事実上の人口削減計画に対抗するため、キミのパパ君である荻原 汰維志が提唱した、極めてエゴイスティックなグランドストラテジー。まぁ、あたしらは親しみを込めて『ターくんプラン』って呼んでるけどね!」
「そう呼んでいるのは、市村先生だけですけどね……」
つとめて主観的に話を進める市村さんを往なすように、角谷さんは補足する。
「あたしらの関係性についてだけど、大体角ちゃんがさっき言った通りかな? ホラ! ターくんが政府に楯突いて飛ばされたっていう国立大学あるっしょ? あたしら、そこで出会ったんだよね! あたしはそん時、そこの医学部にいて、角ちゃんはそこの大学病院で働いててさ! ターくんやマスミンとはその時の縁でって感じよ! だから、あたしらはキミのお父さんの数少ないお仲間ってヤツさ! まぁ言っちゃえば、『荻原派』、みたいな?」
市村さんは爛々とした表情で得意げに話すが、依然として腑に落ちないことばかりだ。
だが、この話。
彼女たちの言うことが、ざっくりと分かる部分だけでも事実なのだとすれば。
必然的に、疑問が生まれてくる。
そして、それはむしろ確信にも近いものだ。
「……いくつか、聞いてもいいですか」
「おうおう、何かね? 言ってごらんなさい!」
「お二人は『AGH』のメンバーとのことですが、端から計画の中身については知っていたということですか?」
「おう! そうさ!」
「なるほど……。それと、もう一つ。お二人は田沼さん……、田沼 茅冴とも面識があるんですか?」
「そうだね! チーやんは、学部は違えどあたしの二つ下の後輩! ターくんの信奉者として、同じ窯の飯を食った仲さ!」
「ということは……、今現在彼女が起こしている行動に関しても、あなた方は一枚噛んでいる、と」
俺がそう言うと、隣りで聞いていた角谷さんの顔色はみるみる内に、強張っていく。
対して市村さんは、俺の言葉を待っていたかのように、不気味に目を細める。
「そう! まさしく、それこそが本日のお話の最重要ポイントなのです!」
彼女はピシャリと人差し指を突き出し、得意げに言い切る。
「端的に言おう! キミには、あたしらの計画のお手伝いをして欲しいんだ!」
不意にそう言われた時、身体の奥底から何かが煮えたぎってくるような感覚に陥り、軽い目眩に襲われる。
俺は必死にそれを抑えつつ、やっとの思いで彼女の方を向いた。
そんな俺の動揺を見透かすかのように、彼女は不敵な笑みを浮かべ、話を続ける。
「なぁに! 皆まで言われずとも分かっているさ! 今現在、『AGH』の実行者は、チーやんの名義になっている。そして『マイナス提供』は、実行者が事実上の生贄となるカタチで、対象者にマイナスの不幸が付与される。だからキミは今、第4の道を模索しようとしているんだよね? うんうん。涙ぐましいほどに上司思いの部下だ!」
市村さんはそう言うと、腕を組み、わざとらしく首を縦に振る。
「そこまで分かってるっつーことは、やっぱりアンタら……」
「おっと! くれぐれも勘違いしないでおくれよ。あたしらが今進めている『AGH』は、キミが思っているものとは別物さ」
「は? 別物って……。どういうことですか」
いよいよ話が込み入ってきて、頭の整理もおぼつかない。
そんな困惑極まる俺を前に、市村さんは煽り散らかすように、その目を一層細める。
「どうもこうも当ったりまえじゃん! チーやんはあたしらにとっても大切な仲間だよ!? え? てか息子くん。あたしらのこと、本気でそんな人でなしだと思ってたの!? ひっどいなぁ〜」
「いや、そういうことじゃなくて……」
返答に窮する俺を前に、市村さんはコホンとわざとらしく咳をして、話を仕切り直す。
「そんならまずは参考までに。キミの方針を聞かせてもらおうじゃないか! 政府の思惑を阻みつつ、マスミンとチーやんを救う方策ってヤツをさ」
俺の方策……。
そもそも俺が今日この場へやって来たのも、田沼さんとの行き違いを避けるためだった。
たとえ彼女が、俺やお袋に負い目のようなものを抱えていたとして。
およそ正気の沙汰とは思えない、『崇高』なビジョンを持っていたとして。
一端の人間染みた一面があったとして……。
俺が知る『田沼茅冴』は、不穏で、冷徹で、倫理観の欠けた金の亡者だ。
そんな彼女だからこそ、『転んでもタダでは起きない』と俺が考えてしまうのも、それほど可笑しな話でもないだろう。
仮りに彼女が、宇沢さんも知り得ない『何か』を隠していたのだとすれば、俺の行動は完全に蛇足となる。
だからこそ、予めそのリスクを潰す必要があった。
判断材料が乏しい今、情報収集も同時並行で進めていく必要があった。
現状分かっているのは、計画を骨抜きにするため、政府によって脚色が施されたであろうプロジェクトの概要部分だけだ。
親父が掲げていた『理想』を達成させるための、最後の1ピース。
俺たちがコンタクトを取れる人物でその存在を知り得るのは、もはやお袋しかいない。
それを今この場で、彼女たちに明かしたところで何か意味があるのだろうか。
市村さんの話しぶりからするに、彼女たちは既に俺の目論見の大部分を嗅ぎ取っている。
『AGH』のメンバーだとは言うが、その一方で彼女は、石橋と昂貴の整形を担当した医師でもある。
二人が、政府が俺と昂貴の接触を許した理由だった場合、もはや俺の計画は事実上破綻していると言っていい。
「……話したところでしょうがない。アンタらがココに居る時点で俺は詰みだ」
「ありゃ? 随分と諦めが早くないかな? あたしはまだ『キミの方針を聞かせて欲しい』としか言ってないよ? 物分りが良いのは結構だけど、それこそ勇み足ってもんさ! あたしらは別に『計画を中止して欲しい』とまでは言ってないよ」
そのあまりにも支離滅裂な言い分に、俺は返答することも忘れ、無意識的に角谷さんの方に顔を向けてしまう。
しかし、彼は口を噤んだまま頷き、彼女の言葉を肯定する。
「キミはあたしらのことを大いに誤解しているようだけど、コッチだってお上の理不尽な仕打ちに必死に抗おうとしている人間から、満額回答を引き出そうとするほど野暮じゃないよ。あたしらはキミと取引がしたくてココに居るんだ」
「何すか、それ。取引って……」
「そのままの意味さ! 今キミが頭の中で描いている計画と、あたしらの『AGH』は決して矛盾するものではないのだよ!」
「……まるで意味が分からないです」
俺がそう言うと、彼女の顔から笑みが消え、これまでとは打って変わった底冷えするような視線を突き刺してくる。
「じゃあさ。仮りにあたしらが、キミの思う通りの存在だったら、どうするつもりだったの? 『AGH』のことは一旦置いといてさ」
惚けた態度を翻し、敵意のようなものすら垣間見せた彼女に、俺は一瞬言葉に詰まってしまう。
「どうするも何も……。言ったでしょ。詰みだって」
「いいや、そうじゃない。あたしはその先の話をしている。キミだって、その最悪のケースを想定していないワケじゃあるまいに。まさかとは思うけど、この期に及んで『苦し紛れのバンザイ突撃』、なんてアホなこと言い出さないよねぇ?」
市村さんはそう言うと、俺の腹の奥底まで品定めするように、じとっとした目線で俺を見る。
最悪のケース……。
考えていないわけではない。
だが現実的に、この2日にも満たない期間で覆せることなど相当に限られている。
実際新井たちには、ある程度確証の高い情報をもとに設計した、基本路線のことしか話していない。
無意味とは言わないが、徒に味方の士気に障るようなことを話すのも、得策ではない。
彼女たちも、それを承知で協力してくれているのだと思う。
無論、だからと言って無謀な真似をするつもりはないし、何よりそれは新井たちが許さないだろう。
そもそも、俺一人が出来ることなどたかが知れているのだ。
だから、もし。
敢えて彼女の問いに答えるのだとしたら、決まっている。
俺は間違いなく、新井たちを巻き込んだのだ。
そんな俺自身が取るべきポジションは、自ずとはっきりしている。
だから、きっと、その時は……。
「うんっ! その顔を見て安心した! もし息子くんが迂闊なことを言い出すようなら、キミをぶん殴ってムショ入りアゲインだったからね! どうやらキミはちゃんと腹を括れているようだ!」
俺が答えるまでもなく、彼女は何かを読み取り、薄ら寒い笑みで分かったような口を叩く。
彼女が何を試したのかは知らないし、別に知りたいとも思えない。
「何なんすか、ソレ……。大体、バンザイ突撃って何だよ。現状、鑑定士登録もされていない俺に、一体どんな悪足掻きが出来るってんすか」
「そう! まさしく本題はそこだ! 息子くんがいみじくも言ったように、その鑑定士登録こそが、キミの計画の生命線。違うかね?」
彼女のその問いに、不本意ながらも頷く。
「宇沢っちが独自路線に走っている以上、キミはこの2日間で政府側から協力してくれる人材を引っ張って来る必要がある。しかしながら、そこまでの大層な権限が付与されている人間なんて、言ってみれば中枢も中枢だ。そんな人間を抱き込むなんて、無理ゲーに近い。無論、キミはキミで代替策があるのだろう。だがソレには相応の危険も伴う……。そこで、だ! あたしらが、実質ノーリスクでキミの計画の穴を埋めてやろうって話さ!」
市村さんはそう宣言すると、輪を掛けて得意げにほくそ笑む。
彼女のその笑みを見て、俺は心底戦慄したのだった。




