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両親②

 お袋には『提供』がされていない。

 宇沢さんの言う通り、その前提に立つのであれば、いくつか不可解なことがある。

 一つは、近親者の俺を差し置いて、お袋の身元を引き受けた人間の存在だ。

 あの時はすっかり失念していたが、考えてみれば当たり前だった。

 医務課ではなく外部の病院で検査するということは、お袋の刑は形式上、執行停止の状態となっているはずだ。

 となると、必然的に身元引受人が必要になる。

 それにも拘らず、俺のもとに来たのは『外部の医療機関に運ばれた』という()()()()()のみだった。

  

 次に、お袋の余命に関してだ。

 俺が病院で担当医から聞いたのは、『もって2ヶ月』ということだったが、これもよくよく考えればおかしな話だ。

 電話口では『これから精密検査』と言っていたが、当然ながらこの短期間で検査結果など出るものではない。

 お袋の病気の再発が既定路線なのだとしたら、病状のことなど機密事項の最たるものだろう。

 であればあの担当医は、何故わざわざ俺にソレを告げてきたのか。

 誤って漏らすにしても迂闊過ぎるし、あまりに不自然だ。

 意図は分からないが、俺としてはそこに付け入る隙があるように思えてならない。

 

 後は……、親父についてだが、如何せん今はお袋が話せる状態にあるのか分からない。

 こればかりは、天に祈る他ないだろう。

 ぶつくさと、そんなことを脳内で復唱しながら、電車とバスを乗り継ぐこと一時間。

 俺はお袋の搬送された、病院に辿り着く。


 府中総合医療センター。

 各分野の高度専門医療の最新設備を取り揃えている他、地域がん診療連携拠点病院にも指定されている、全国でも有数の規模を誇る総合病院だ。

 聞けば聞くほど、何かの皮肉に思えるほどに、お袋には打って付けの環境に思える。

 こうして未だに()()を保とうとするのも、あわよくば俺たちを引き込もうとしているのだから当然と言えば当然なのだが、この『穏便に済ませたければ分かっているな』と言わんばかりのあちらのスタンスには、つくづく苛立ちを覚えてしまう。 


「……荻原 麻遥(ますみ)さんの息子さん、ですか?」


 一階の受付窓口で面会の手続きを済ませ、待合スペースのソファーに腰掛けていると、不意に後方から低く、くぐもった声が聞こえてくる。

 座ったまま振り返り、顔を上げると、白衣を纏った40代くらいの男性医師が、苦悶の表情で俺を見下ろしていた。

 別段、馴染みがあるわけでもないが、忘れようにも忘れられる顔ではない。

 彼はつい一昨日に会った、お袋の担当医だ。


「えっと……、あ、はい」


 この担当医も、連中の手の内に居るのか。

 だとしたら何を思い、お袋の病状を伝えてきたのか。

 瞬間、そんな疑念が過り、俺は気のない返事をしてしまう。

 担当医も担当医で、声を掛けてきた身でありながら『そうですか』と呟いた切り、沈黙する。

 そうしてしばらく場が膠着すると、担当医は仕切り直すようにコホンと小さく咳を払う。


「お母様の容態ですが……、決して芳しいとは言えません。とは言え、現在は意識も回復しています。意思疎通についても問題ないかと」


「そう、ですか」


「はい。ですが、予断を許さない状態であることに変わりありません。何分、()()()()()()()()が確認されているので、またいつ症状に現れても不思議ではないです」


 言いたいことは、多々ある。

 だがそれ以上に、心底白々しいと思えてしまうのは、特段俺が卑屈だからというわけでもないだろう。

 生憎こちらは、連中の目論見を知っているのだ。

 だから、きっと。この男とて……。


「……何か、お疑いですか?」


 俺の怨念にも近い『何か』をつぶさに感じ取ったのか、担当医は聞いてくる。


「はい、正直……。もし何かの建前で言ってるなら、止めて欲しいですね。時間の無駄なんで」


 俺がそう応えると、担当医は深い溜息を吐いた。


「……そうですか。お二人の事情については存じております。ですので、あなたがそう思うのも無理はないかと。いずれにしてもこの場では何ですので、一度病室の方へ」


 担当医はそう言って、くるりと踵を返す。

 そのまま、カツカツと低い靴音を響かせ、病棟の方へ向かっていった。

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