昂貴
「あっ。オギワラ……。リッカちゃんとフリカさん、どうだった?」
山片姉妹を見届け、俺は神取さんの事務所へ戻った。
応接室の扉から俺を見つけるなり、新井はどこかこそばゆそうに声を掛けてくる。
何とも、白々しい。
『どうだったか』など、俺が里津華をこの部屋から追い出した時点で、結論は決まっている。
こちらとて、その他の与太話まで蒸し返す筋合いはない。
だから、ソレ以上でもソレ以下でもない、事実のみを伝えるまでだ。
「納得はしてくれた、みたいだな」
「……そっか。何か、二人には悪いことしちゃった、かな。はは」
新井は頭を掻きながら、そう言った。
その反応を見るに、もはや彼女の中では俺たちが何を話したかなど、織り込み済みなのだろう。
ならば、これ以上この話を深堀りする謂れはない。
「……そんで、お前の方こそどうなんだよ。あの人は納得してくれたのか?」
新井本人はともかく、問題は母親の方だ。
二周り近く離れた大人相手に、アレだけ上から講釈を垂れておきながら、土壇場で梯子を外すばかりか、半ば共犯者の道に引きずり込むのだ。
気を揉むな、という方が無理筋だろう。
新井とて、俺の懸念に気付いていないはずはない。
「うん。ていうか、説得するまでもなかった的な? 『サッくんにもらった命だから、好きにして!』とか、よく分かんないこと言ってたしさ!」
「そ、そうか。悪いな。せっかく神取さんにも話通したってのによ……」
「いやいや! それを言うならアタシこそ、だよ! せっかくアンタが色々提案してくれたのに、結局こんな感じでアタシが焚き付けたみたいになっちゃってさ……」
「……決めたのは飽くまで俺だ。悪いが、お前如きに焚き付けられるほど、意志薄弱でもないんでな」
「そっか……、何かオギワラっぽいね! でもそれなら良かったよ。正直言うとね……。アンタには悪いけどアタシ今、すごいワクワクしてるんだ」
新井は疚しさを含んだような笑みを浮かべて、そう言う。
「ワクワク、ね……。前にも言ってたな。『普通』は荷が重い、だったか?」
「うん……。それもそうなんだけどさ。人生で初めてちゃんと選んだって感覚なんだよね。アンタとかチサさん風に言えば、誘導されてないっていうの? 元々さ……、お母さんにしろアタシにしろ、誰かが決めた『幸せ』ってのを目指した結果、墓穴掘ったワケでしょ? 選んだように見えて、結局向こうの都合の良いように動いて、勝手に自滅していったんだからさ」
「自滅ね……。物は言いようだな。まぁその理屈なら俺の存在そのものが、お前にとっての墓穴みたいなモンだけどな」
「まーた、そういうコト言う! それに前にチサさんも、石橋に言ってたじゃん! 『同じ地獄なら、自分で選んだ地獄の方がいくらかマシだ』的なこと。たぶんだけどさ……。お母さんも同じ気持ちだと思うんだ」
「何を根拠にそんな……」
「さぁ? 同じ女としての勘ってヤツ? つーかさ……、もうここまで来たら楽しまなきゃ損じゃない!? 難しいことはナシにさ!」
「あのー、盛り上がってるところ申し訳ないけど、大丈夫なのかな? 時間ないんだよね?」
俺たちの取るに足りない話に痺れを切らしたのか。
昂貴は、リクライニングチェアにだらっと凭れかかり、悪態をつく。
こちらを向くこともなく、ただ一点、不機嫌そうに天井を見上げていた。
「……あぁ、そうだな。一応聞くが、アンタの方はいいのか? 俺に付くってことで」
『嗣武』として、死ぬ。
それが昂貴の至上命題だったはずだ。
この場に残り続けるところを見るに、昂貴は昂貴である程度は腹を括れているのかもしれないが、あぁも赤裸々に胸の内を暴かれた後だ。
現状、昂貴のメンタルには多かれ少なかれ、不安要素があると考えるべきだろう。
俺が聞くと、昂貴はより一層顔をしかめる。
「よく言うよ……。端から選択肢なんて与えるつもりもないクセに。それに、今更彼らに土下座したところで許されるわけがない。次はボクがコンクリ詰めにされて終わりさ」
「……よく分かってんじゃねぇか」
「それにキミが言ったんだろ? これ以上、ボクのワガママに『嗣武』を付き合わせるなって……。だから、ボクなりに考えてみたんだよ。ボクが『昂貴』としてやり残していることは何か、本当の『嗣武』ならどうしていたかをね」
昂貴はそう溢すと、少しの沈黙の後、またぽつぽつと話し出す。
「『嗣武』には華があって、機転も利いて、カリスマ性もあって……、まさに完璧だった。言っちゃえば、ボクの永遠の憧れだよ。でも何のことはない、『嗣武』だって人間だった。なんたって、ボクみたいな出来損ないにいつまでも感けた挙げ句、ソイツに命を奪われてるんだからね。間抜けだと思わない?」
昂貴はそう言って、天井を見つめたまま、痛々しく笑う。
何かの煽りの類でないことは、明々白々だ。
とは言え、彼の『被害者』たる俺としては、皮肉の一つも言いたくなる。
「本当に……、『加害者』のセリフとは思えねぇな。でもまぁ、そこに関しては完全に同意だよ。アンタごときに足元掬われてるようじゃ完璧とはいえねぇかもな」
「だから、なんだよ……。キミたちと話して思ったんだ。今ボクの中の『昂貴』を昇華させずに死んだら、そんな至らない『嗣武』にすら、何一つ勝てないまま終わるんだってね」
そう言うと、昂貴はここへ来てようやく俺たちの方に向き直る。
「……それに、だ。もしこの場に『嗣武』がいたら、きっと一緒になってボクの存在を否定したこの世界を否定してくれたと思うんだ。あのお人好しのことだからね……。そう考えたらキミたちの口車に乗ってみるのも、自然な流れかなって思ったんだ」
そう言って見せた、昂貴のその精悍な顔付きからは、いくつもの覚悟が滲み出ているようにも見えた。
恐らくこれは、正真正銘。
『昂貴』としての最後の選択であり、最後の意地なのだろう。
どんなカタチであれ、一人の人間の人生を引き継ぐと決めた身としての。
「……そうかよ。まぁコッチとしては、動機なんかぶっちゃけどうでもいい。なんせ、アンタはタダの駒だからな」
俺がそう返すと、昂貴は不敵に微笑んで見せた。
「……さ。もう無駄話はいいだろ。石橋 実鷹の息子は協力してくれそうなの?」
そうだ。
昂貴の言う通り、俺の計画の是非は、石橋の協力に依存していると言っていい。
無論、父親にあんなことがあった直後だ。
一朝一夕にいくとは思っていない。
実際、石橋のあの様子を見る限り、相当に堪えていたようにも思える。
とは言うものの、ここは何としても奮起してもらいたいものだが……。
「……あぁ。心配しなくても、今から電話するよ。石橋の了解が得られ次第、すぐに動くつもりだ」
「そっか……。いよいよ、なんだね」
新井は遠い目を浮かべ、しみじみと言う。
「……俺はもちろんだが、お前もしくったら二度と娑婆の空気は吸えねぇと考えた方がいい。だからまぁ……、止めるなら今のうちだ」
「はぁ? 今更そういうコト言う!? 大丈夫! アンタの計画は成功するし、チサさんもアンタのお母さんもゼッタイに助かる!」
もはや愚問か。
既に新井の中では、朧げながらも新しい『幸福』の図式とやらが描かれつつあるのだろう。
根拠もなく、燦々とした笑顔で太鼓判を押す彼女を見て、改めてそう確信した。
「……お得意の女の勘ってヤツか。わーったよ。そんじゃ遠慮なく、お前らのことを使い潰すとするよ」
俺の言葉に、新井は満足そうに頬を緩める。
それをゴーサインに、俺はスマホ画面の石橋の番号をタップした。




