嗣武⑦
「そう……。キミのお父さんが、ね」
そう溢す昂貴の目は虚ろで、明らかに憔悴し切っていた。
しかし生気を失っていても、その眼差しはしっかりと俺を見据えていて、まるで俺の思考如き、お見通しとでもいうかのようだった。
それがどこか、こうして一方的に不都合な真実を突きつける俺たちへの、最後の抵抗のようにも思えてしまった。
もちろん、俺自身生まれてこの方知らされていなかった事実に、疚しさを押し付けられる謂れはない。
昂貴にしても、今更それを話したところで、逆恨みするとも思っていない。
であれば、このまま一方的な『被害者』しぐさを続けた方が、お互いにとって楽な可能性すらある。
それでもなお、昂貴と事実を共有するべき理由はいくつかある……。
「だからまぁ……、この際どっちが先に殴ったか、とかはどうでもいい。一つ言えるのは、政府の動機が俺の親父の計画を潰すことである以上、アンタも誘導された側の『被害者』だ。だから俺たちはどう足掻いても、『加害者』であることからは逃げられない。それを伝えたかった」
「ふーん。それで……、そんなことをわざわざ話して何のつもり? 同情の次は謝罪? だったらお人好しとかそんな次元じゃないね。それに……、たとえキミの言った通りだったとして、キミには1ミリも関係ない話じゃないか。やっぱりキミ、どうかしてるよ……」
「どうかしてる、か……。確かにそうかもな。親父の計画なんざ寝耳に水だったし、仮にもこうして自分の人生を滅茶苦茶にした人間を前にしてんだ。その、合成化合物塗れのキレイなお顔にニ、三発お見舞いしてやってもバチは当たらんだろう。それこそ、もう一度整形が必要になるレベルでな。でももう……、これっ切りにしたいんだよ」
無論、目の前の『加害者』を許すつもりは毛頭ない。
ましてや『全ては因果応報』などと、全てを悟り切ったスタンスで跪くなど死んでも御免だ。
よって、これから俺が提示するのは、飽くまで再発防止策であり、自己防衛策だ。
決して、その場しのぎの破滅的な方策などではない。
俺の投げかけた言葉に、昂貴は何も言わずにゴクリと息を呑む。
「つーわけでアンタには、俺たちと一緒に地獄へ落ちてもらうことにした」
「キミは……、本当に何を言ってるんだ!? この期に及んで、キミが傷付く必要が何処にある!? 地獄に落ちるのはボクだけで十分だ!」
「やっぱりアンタ……、何も分かってねぇな」
意図を理解しない昂貴を前に、思わず憤りの言葉が口を衝いて出た。
そんな俺の口振りに、昂貴はギョッとする。
「……なぁ昂貴。アンタは『FAD』の中身まで聞かされた上で、連中に従ったんだろ? だったら、ヤツらがどんな目的でソレを押っ始めようとしてるかまで知っているはずだ」
「わ、分かってるさ。『現状の歪な人口構成を是正し、社会全体の持続可能性を飛躍的に向上させるため』だろ? それも全部……、積極的安楽死を導入するためのお膳立てだ。適用範囲を、国際基準のソレから大幅に拡大した上でね」
「だからそういうこと聞いてんじゃねぇよ! ……いいか? 肝心なのはその先だ。その政府の思惑通りになった世界ってのが、俺たちにとってどんなものか。想像つくだろ?」
「どんな世界って……。そ、そんなの、殺伐としているに決まってる……。規範からあぶれた人間を救わない大義名分が出来るんだからね。そしてその規範すら、彼らが決めるんだ。そこから漏れないよう、お互いがお互いを蹴落とし合う未来なんて目に見えてるさ……」
「……あぁ、そうだ。あぶれたら最期、待ってましたとばかりに安楽死の承認が下りる。もっと言やぁ、連中にとって都合の悪い人間のデータを改竄して認可……、なんて荒業だって出来るだろう。『民主主義の土台を崩さない』なんて建前でしかねぇ。事実上、『不幸』の定義があちらに白紙委任される以上、俺たち庶民の生殺与奪の権は完全に握られるようになるはずだ。そんな中で、死ぬ権利を、義務にシフトするなんて、呼吸するくらい簡単な話なんだろうな」
「そう、だね。あとは空気で追い込めばいいだけ……、だからね」
「そうだ。それこそが、連中が求める理想の統治システムだ。カーストの固定化に成功すれば、既存の秩序が覆ることはない。俺たちは未来永劫、決められた枠の中で、醜くお互いの足を引っ張り合いながら生きていくしかなくなる。だからこそ、なんだ……。俺がアンタを巻き込むのは」
一つ。
少し前から、不審に感じていたことがある。
それは、神取さんへの監視の薄さだ。
昂貴と俺の接触は既定路線だとしても、神取さんの場合、職業柄そこから派生して連中に都合の悪い部分にまで切り込んでいく恐れがある。
もちろん警戒しているのは間違いないのだろうが、ここまで彼にフリーハンドを許すというのも、少し気味が悪い。
昂貴に話した通り、俺たちが繋がったこと自体が罠の可能性すらある。
それが分からない以上、政府の思惑を知る人間をこのまま野放しにするのは不味い。
そして、何より……。
この7年間、力ずくで『正義』を封殺されてきたこの感覚。
自分で言うのもおかしな話だが、筆舌にし難いし、その痛みは今現在も続いている。
俺やお袋の中で蓄積されてきた、この『不幸』。
それらが憎悪の種となり、新たな『不幸』に繋がっていく。
昂貴の言う通り、あまりに殺伐とした世界だ。
ましてや、その始まりの『不幸』すら仕組まれたものであれば、尚更だろう。
だからこそ、俺はその負の連鎖を断ち切りたい。
その上で、刻一刻と死期の迫るお袋を救い出したい。
自分自身を形代に『理想』を実現する、などと寝言をほざく田沼さんを小一時間ほど問い詰めた後、俺の描く『理想』に引きずり込みたい。
俺は、全部。諦めたくない。
あまりに青臭く、手前勝手。
都合の良い絵空事であることは、百も承知だ。
そのためなら、たとえどれだけのリスクを冒そうとも、利用出来るものは利用したい。
お互いの立場を乗り越えた先で、昂貴と手を取り合いたい。
痛みを与えた側と、与えられた側。
その2つが組めば、連中の目論見を根絶する上で、何よりのシンボルになるだろう。
俺たちはこれ以上、本当の敵を見誤ることは出来ないのだ。
幸いこの男には、俺の提案に対して首を縦に振らざるを得ない、特大の負い目がある。
「巻き込むって……。ボクを引き込んで何かをしようとしているのかっ!? キミの人生を狂わせた張本人だぞっ!?」
昂貴は勢いよく立ち上がり、随分と驚愕した様子で問いかけてくる。
よくよく考えてみれば、昂貴のこの反応は当然だ。
『お前は親父の被害者』などと言って、俺が後ろめたさを感じること自体、ある種の迷惑行為なのかもしれない。
だが、少なくとも一人。
目の前の男を炊きつける上で、最適な人物がいる。
彼女は、常に昂貴が『加害者』であり続けられる、貴重な一人だ。
「……なぁ、アンタ忘れたのかよ。二階堂さんのこと」
俺がそう言うと、昂貴は大きく目を見開く。
「俺や新井のことは、もういい。だが二階堂さんの件。コッチはきっちりツケを払ってもらうぞ。彼女は一連の事件とは、何も関係ない」
「初めからそのつもり、だったのか……」
その問いに俺が小さく頷くと、昂貴は口惜しそうな表情を浮かべる。
そして諦めるように、ゆっくりとリクライニングチェアに腰を下ろす。
「……つーワケで、さっきの話の続きだ。確かにこの一件が表沙汰になって世間様の目に触れりゃ、俺たちは名実ともに『被害者』だし、アンタを恨む資格もあるんだろうよ。実際、色々と湧き上がってくるモンはある。でも、その感情の正体は『怒り』でも『憎悪』でもない。何か分かるか?」
俺の問いに、昂貴は言葉を詰まらせる。
「『爽快』だ! まぁ雑に例えるなら、行き場のなかったカラーボックスの良いDIY先が決まったような感覚ってところだな。そういうワケで、新井! お前の依頼、利用させてもらうぞ!」
「ふーん」
新井の反応は、了承とも拒絶とも言い難い、何とも間の抜けたものだった。
彼女のその、妙に上から目線の澄まし顔は、『ようやくお前もそのステージに到達したのか』とでも言いた気で、虫唾が走る。
いずれにせよ、俺たちは今この瞬間から……。
「……端的に言う。俺はこれからクーデターを仕掛ける。田沼さんとも宇沢さんとも違う方法でな」




