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嗣武⑥

「だったら……、どうだっていうんだよ……」


 新井の問いかけに、昂貴はあからさまに硬直する。

 その恨めしそうな視線とは裏腹に、昂貴の声はか細く、消え入りそうだった。


「別に……、どうもしないし。ただ、アンタの話聞いてたら、ひょっとしたらそうなんじゃないかって思っただけ。何だ……。お母さんに言ってたこと、一応ホントだったんじゃん。まぁ、アンタがどういうつもりでお母さんにそんな話したのかは知んないけどさ」


「どんなつもりも……。それこそ、話の流れでポッと出て来たってだけだよ。()()()()()()()で、ギリギリまで搾取してやるのが、『悪徳ホスト』の常道ってモンだろ? そのためだったら、どんな嘘だって吐くよ。実際、今更あの人たちとよろしくやっていこうだなんて、無理な話だしね……」


「……それはアンタが『昂貴』、だからでしょ?」


 新井がそういった瞬間、昂貴は大きく目を見開き、絶句する。

 

「ネットにさ。どっかの雑誌だかの取材記事が残ってたんよ。まぁ、流石にちゃんとしてるっていうか、失踪事件が絡んでるだけあるね。アタシが言うのもなんだけどさ……、随分と勝手な連中だね」


 新井の物言いに、昂貴の表情は瞬く間に青ざめていく。

 そんなに構わず、新井は止めを刺すかのごとく、言葉を浴びせ続ける。


「アンタ、ずっと親戚の家に預けられてたんだって? それも四兄弟の中で、アンタだけその()()()()()()との子供だからって理由でさ……。それを今更身内ヅラして、いなくなったアンタのこと引っ張り出して、政争の具ってーの? 都合よく利用してくれちゃってね……。何さ、アンタだって立派な」



「もうやめてくれっ!!」



 新井の言葉を遮るように、昂貴は声を張り上げる。


「もう……、やめて、くれないか……」


 必死に縋るように、昂貴は言う。

 頭を抱え、目を血走らせながら彼が絞り出したその声は、酷く掠れていて、かろうじて言詞になって、事務所内に鳴り響く。


「『被害者』、とでも言うつもりかい? ボクがっ!? なんでっ!? そうだと言うなら、納得できるだけの証拠を出してくれっ! あの家で……、あの人の子どもとして生まれた時点で、ボクは……、『昂貴』は、吊るしあげられるべき存在だったんだ……。実際、ボクはずっとそうされてきた……」


 昂貴は、肩を落としてそう溢す。

 俺は、それとなく新井に目配せして事の経緯の説明を乞うと、彼女は深く溜息を吐き、件の記事について話し始めた。


 森棟総合病院。

 昭和の初頭、東京・武蔵野に開設されて以来、一族経営を貫いてきた総合病院だ。

 総合病院としては中規模とは言え、『血液内科の権威』としての名声は高く、全国からその腕を求めやってくる患者の足は、日々絶えなかったと言う。


 ターニングポイントは、昂貴の父親に当たる三代目院長の代になった頃だ。

 昂貴の父親は、当時から『気鋭のサラブレッド血液内科医』などと界隈から囃し立てられていて、その名に恥じない腕を持ち合わせていた。

 だがその一方、私生活については問題も多く、こと女性関係には奔放そのものだった。


 新井の見た記事によると、昂貴の父親は三男が生まれた後に一度離婚し、当時不倫関係にあった女性と再婚する予定だったらしい。

 ところがいざ籍を入れる段階になると、突如女性から、とある事実をカミングアウトされる。

 なんと、某指定暴力団構成員の娘であると言うのだ。

 とは言え、彼女自身に組織との直接的な関わりはなく、実際小学生の頃に両親が麻薬の密売で逮捕・収監されてからは、ずっと児童養護施設で育ってきたようだ。

 彼女としても散々に悩み抜いた末、彼女自身の身の潔白を証明する意味でも、正直に話すことを決めたと言う。

 

 とは言え、そんな彼女の誠意云々で片付けられるほど、現実は単純ではない。

 ましてや、曲がりなりにも全国でもそれなりに権威のある病院のトップだ。

 身内に反社会勢力を抱え込むリスクを、理解していないはずがない。

 昂貴の父親はその事実を聞いた後、一度婚約を保留にする。

 そして、すぐに()便()()関係解消に向けて動き出す。

 しかしそんな矢先、また新たな問題が発生してしまう……。

 

「なるほど、な。まぁなんとなくは想像がつくけどな」


 俺がそう言うと、新井は悲痛の表情で頷く。


「……うん。妊娠、したんだって」


 その新井の言葉を合図に、昂貴は一瞬ピクリと身体を震わせる。


「そんな感じだったからさ。流石にコイツの父親でも、受け入れざるを得なかったみたい……」


「まぁ……、そうなるよな」


「つっても、なんだかんだ反社絡みじゃん? どこでどう拗れるか分からないからって、ほとんど隔離みたいな感じで親戚の家に預けられることになったんだってさ。だからまぁ……、ちょっとイシバシのパターンに似てる、のかな?」


 新井は痛々しいほどに取り繕ったような笑みでそう言う。

 吐き気を催すほどの既定路線に、思わず耳を塞ぎたくなる。

 結局のところ、直接的に関わりがあるかどうかなど、些末な問題なのだろう。

 噂は独り歩きする以上、疑いを持たれた時点で終わりというのが世の常だ。

 

「その先は正直読むの、シンドかったよ……。お母さんはお母さんで、一応籍は入れたけど、それも飽くまで()()()()()だっていうしね。(しま)いには『子供も居場所も奪われ、絶望した母親は息子を置いて……』、みたいなことも書いてあるしさ……。コイツの前でわざわざ言うのも気が引けるけど、アンタにはちゃんと知っておいて欲しかったんだよね……」


 そう、バツが悪そうに話す新井を前に、当の昂貴は下を向いて黙りこくっていた。

 彼のその様子を見る限り、おそらく事実なのだろう。


 本当に、聞くに堪えない話だ。

 どうして俺たちは、『加害者』と『被害者』なのか。

 何故、俺たちは。

 互いの顔すらも知らないまま、潰し合わなければならなかったのだろうか。


「まぁ、アタシが知ってんのはそんくらいかな! 黙っててごめんね、オギワラ。確証もないこと言って、アンタの選択肢、狭めたくなかったんだ!」


 新井は、苦笑してそう言った。 


「そうか……。ちなみに、神取さんは知ってたんですか?」


「……へ? い、いやっ、すまないっ! 失踪事件に関しては、薄っすらと頭には残っていたんだけどね。何分、当時から表に出ている情報が少なくて! 完全にノーマークだったよ。そうか……。まさか、その子供が昂貴のことだったとはね」


「そう、ですか……」


 俺の質問に応える、神取さんはいつになく散漫な様子だった。

 思えば、あれだけ熱心に事件の真相を追いながら、神取さんがこの一件に辿り着かないというのも、少し不自然な話だ。

 まさか、これすらも政府側の(はかりごと)の範疇だというのだろうか。


「……オギワラ。分かってるとは思うけど、忘れないで。たとえそれが事実でも、それでアンタたちが受けた傷が消えるわけじゃないってことは」


 新井は俺にそう釘を刺すと、再び昂貴を敵意のこもった視線で抉る。


「それで……、キミは一体何がしたいのかな? 今更、そんな下らない過去の話まで持ち出して。何? ()()()()ボクを哀れんでくれるとでも言うのかな?」


 嫌悪感を剥き出しにする新井に負けじと、昂貴は挑発的に応える。

 案の定、昂貴のその言葉は新井の顔色を一層険しくする。


「哀れむ? はぁ? 馬っ鹿じゃないの!? 生憎コッチは、そんな如何にもな、お涙頂戴話にイチイチ同情していられるほど人間出来てないっての! 分かるでしょ? みんな自分とか、その周りの極々一部のことだけで精一杯なのっ! アタシが言いたいのはさ……。結局アンタって、中途半端なのよ。何もかも……」


「……何が言いたいんだ?」


 新井の言葉に、昂貴は図星を突かれたバツの悪さを隠すかのように、目を泳がせる。


「だってそうでしょ? ウダウダ言っといてアンタ、『昂貴』に未練タラタラじゃん。だから咄嗟に、『実家の病院に頼ろう』なんて、出来もしない絵空事言ったんでしょ? 何? ホントはどっかで和解したいとか思ってんじゃないの?」


「そんなこと……、今更出来るわけないだろっ!」


「……そうね。出来るわけない、する必要もない。だってアンタは今、『嗣武』なんだから。だからなんじゃない……。結局、アンタは『嗣武』を逃げ道に利用してんのよ」


「そ、そんなことは……」

 

「アンタの事情は聞いた。お母さんの件も、元はと言えばアタシらにも問題があるから、アンタがどうケジメつけようとしてようがソレを良いとも悪いとも言わない。でもさ……、自分で決めたんでしょ? 『嗣武』として生きるって。知らないけど、ヒト一人の人生引き継ぐって、相当な覚悟だったんじゃないの? それも殺すほどに因縁感じてた()()()()なら尚更でしょ」


「だ、だからボクと嗣武は、そんなんじゃ」 


「違うの? それにアンタ言ってたよね? 『昂貴は吊るしあげられるべき存在』だって。いいじゃん、賛成。そんなん、吊し上げてやりゃあいいのよ。それも徹底的にね! 大体さ……。アンタ、ずっと存在否定されてきたんでしょ? だから、周りの求める自分に合わせる必要があった……。じゃないと、無理矢理押し込められた()()()()()()からも追い出されて、生きていけないから。そんなのってさ……、ホントのアンタって言えるの?」


 決定打、となったのか。

 新井のその問いかけに、昂貴はとうとう声を詰まらせてしまう。

 それを合図に、彼女のボルテージは一層高まっていく。


「『嗣武』にコンプレックス感じてるだとか、『昂貴』としての人生がどうだとか……。客の女の子たちからすれば、どうでもいいの! いい!? 勘違いしてるようだから言っておくけど、今の『嗣武』は、()()()()()でしかないのっ!」


「そ、そんなことはっ! わ、分かってる……」


「分かってないっ!! 分かってたら、この場でオギワラに何て言われようが、『嗣武』を貫くはずよ! なにさ、ちょっと脅されたからって、ビビっちゃってさ……。 心底がっかりだわ! アンタがその調子なら、アンタに騙された女の子たちは、誰を恨めばいいのさ……。みんな、今のアンタに騙されたの。今のアンタに夢を、希望を見たの……」


 声を震わせながら訴える新井を前に、昂貴は返す言葉も見つからず、ただただ茫然自失する。


「アンタ……、腐ってもホストなんでしょ? だったら虚勢でも何でも、最後の最後まで夢見させなさいよっ! しっかり『昂貴』と決別しなさいよっ! 『昂貴』のこと、散々貶めてきた世界のこと、ちゃんと否定しなさいよ……」


 ダメ押しとばかりに新井が放った言葉に、昂貴は崩れ落ちるように項垂れる。


 どうやら、俺は少し思い違いをしていたようだ。

 確かに昂貴の目的は、『嗣武として死ぬこと』だった。

 だがそれは決して、『嗣武』になりたかったのではない。

 『昂貴』を、捨てたかったのだ。

 ふとした弾みで犯してしまった過ち。

 それに(かこつ)けることで蓋をしていた本心を、新井は図らずも引き出してしまった。

 これは、その結果に過ぎないのだろう。

 だから昂貴は、俺たちに嘘を吐いていたわけではない。

 

 何のことはない。

 端から昂貴は、知らず知らずの内に自分すらも騙していたのだ。

 

「あとさ……。ヒトのこと、終わった人間みたいに言わないでくれる? アタシが『不幸』かどうかは、アタシが決める……。アタシもお母さんもまだ『幸せ』を諦めてないのっ! それとオギワラッ!」


「は!? お、おう……」


 息巻く彼女を前に呆然とする中、 突如彼女から話を振られる。

 目の前の獲物を搦め取るかのような彼女の圧に、俺はなんとも間抜けな声を上げてしまう。

 

「アンタ、自分の立場分かってる!? 何するつもりだったか知んないけど、呑気にコイツの過去洗い出してる場合!? アタシ、『オギワラについていく』とは言ったけど、この期に及んでアンタが泣き寝入りするってんなら、アタシ許さないからね!」


「泣き寝入りって……。ンなわけあるかっ! ただ、なんだ? 単に、なんやかんやでコイツも()()()()()()っつーことは諸々の判断材料に入れる必要があるって思っただけだよ。あの()()()社長さんの金言に習うならな。別に『情状酌量の余地あり』なんざ、思ってねーよ。……つーか、お前も似たようなこと言おうとしてたろ」


「た、確かにそうだけど! それでもさ……。アタシが尊重したいのは、飽くまでオギワラなの。たとえ、アキとアンタが()()()()()だったとしてもね」


 そう、つらつらと綴った新井の思いの丈は、まるでつい先刻交わした『共犯契約』めいた約束の念押しかのようだった。

 一方的に俺から話を奪い、蚊帳の外に追いやった分際で、随分と好き勝手言ってくれるものだ。

 一度感情が昂ぶると、恥ずかし気もなくこういったことを言えてしまうのは、彼女の悪い部分である。

 全く……。この調子では、こちらの心臓がいくつあっても足りやしない。

 だが、そんな煩わしい想いと同程度に、彼女のその暑苦しいほどの必死さ・真っ直ぐさ・律儀さに妙な安心感を覚え、俺は迂闊にも顔を綻ばせてしまう。


「……ナニ笑ってんのさ。ヒトが真剣に話してるってのに」

「いや、別に。でもそうだったな。お前はそういうヤツだったよな」

「はぁ? なにソレ! なんかディスられてる気ぃするんですけど!?」

「まぁ、ディスってはいるかもな」

「やっぱそうじゃん! コッチはアンタのために言ってるのに!」


 新井はそう言って、プクリと頬を膨らませる。

 そんな彼女を見て、ふと、いつか田沼さんが石橋に投げかけていた、ある言葉を思い出す。


 一度、自分を取り巻く全てを否定しろ、と。


 思えばこれこそが、昂貴の抱える問題を緩和する上での最大のヒントだったのかもしれない。

 

 なるほど……。よく分かった。

 神取さんや新井が、俺に昂貴の処置を一任してくれるというのであれば、俺としては彼らのその誠意に応えるべきなのだろう。

 しかしだからと言って、だ。

 何から何まで、俺の『理想』を押し通すわけわけにもいかない。

 恐らく、昂貴はまだ、政府の計画の背景に何があるかまでは知らない。

 であれば、事態がここまで拗れてしまった()()()()()を、共有しておくべきだろう。

 きっと、そうすることで。

 俺たちにとっての、一つの()()()にもなるはずだ。


「……ったく。さっきから推測でモノを言うんじゃねーっての。でもまぁ、安心しろ。お前らは、俺が責任を持って地獄へ連れて行ってやるからよ」

「そ? なら、アタシらの分の()()もオギワラに任せたよ!」


 そう言って、ニシシと満足そうな笑みを浮かべた新井を見て実感する。

 彼女の中では既に、『不幸』のきっかけの一つを、『幸福』への足掛かりへと変えることが出来ているのだろう。

 それこそ、誰に言われずとも、だ。

 

「なぁ、昂貴。事実関係として、一つだけ伝えておくことがある。さっきアンタ、『唯一吊るし上げられる可能性があるのは昂貴だけだ』って言ってたよな? アレ、訂正させてもらうぞ」


 俺の言葉に、案の定、新井は渋い顔をする。


「……()()()()を伝えるだけだ。それくらいはいいだろ」


 俺が物言いたげな新井に弁明すると、彼女は呆れ気味に息を吐いた。


「ふーん、いいんじゃない? アタシがムカつくのは、アンタが()()()()()()()とか言う良く分かんないものの犠牲になることだからさ。まぁそういうお節介つーか、お人好しつーの? アンタらしいっちゃアンタらしいけどね!」


 新井はそう釘を刺して、困ったように微笑む。

 例の如く、勝手なことを宣う彼女に対して、『お前にだけは言われたくない』などと憎まれ口の一つも叩きたくもなったが、まさに俺のソレこそが『おまいう』というヤツなのだろう。

 

「……あほか。大体、ソレを言ったら、俺たちが今までやってきたことの全否定だろうが」

「いやいやっ! アンタ、元から肯定なんかしてなかったでしょ!」

「いやまぁ、それは確かに……。って、んなこたぁどうでもいいんだよっ! そんでだ! 昂貴! これは話の前段というか、()()()()()だ」

 

 俺はそう言いつつ、困惑の色を滲ませる昂貴の方へ向き合う。


「初めから全部……、それこそアンタが嗣武を殺してから、こうして政府を裏切ることまで諸々全部。連中の思惑通り、つったらアンタはどうする?」


 俺がそう聞くと、昂貴はギクリと擬音が飛び出さんばかりの蒼顔で、俺を凝視する。

 

「……だろうね。ていうか、何を今更……。ボク自身、ソレを承知で見限ったところあるしね」


「そういうこっちゃねぇんだよ。仮りに、だ! 俺がアンタの()()()に応えるとして、それを連中がミスミス許すと思うか? もし本気でそう考えているんだとしたら、いくら何でも見積もりが甘過ぎだな。結局、そういうところだろ……。『昂貴』を捨て切れてないってのは」


「『何か裏がある』、とでも言いた気だね……」


「むしろそこまで分かってて、そう思わない方がどうかしてると思うけどな」


「確かに……、普通だったらそうかもね。でも考えてもみなよ。キミの言う通り、ボクは撒き餌みたいなもんだ。こうしてキミと繋がった以上、ボクはもうお役御免だ。向こうにしてみれば、この先ボクがどうなろうと知ったこっちゃないだろうね。むしろ、計画を知る人間は一人でも少ない方が好都合なはずさ。ボクを生かす理由なんて、そもそもどこにもないんだ。所詮、遣い捨てなんだよ……。あの田沼って人もそうだ。キミだっていずれ」


「はぁ……」


 厭世的な世迷言に終始する目の前の人間に、俺は自然と溜息が漏れ出る。

 昂貴がその程度の認識なら、政府としてもさぞ利用しやすかっただろう。

 俺のその態度を見て、昂貴は鋭い視線を浴びせてくる。

 

「達観したようなツラ下げて何を言い出すかと思えば……。どうやら、まるで理解していないようだな」


「それは……、どういうこと、かな?」


「……いいか? アンタの方こそ、よく考えてみろ。そもそもビッグデータが握られている時点で、ポイントの主導権は向こうにある。今この場で()()()と示し合わせてハッキングでも仕掛けない限り、俺がアンタの要望通りに動ける保証はどこにもねぇんだよ」


 俺の言葉に、昂貴は分かりやすく口籠る。


「大体な……。アンタはそれで良くても、『嗣武』はそれでいいのかよ? 実際、アンタらがどんな仲だったのかは知らん。だがな。単純に嫉妬だとか、恨み辛みだとかだけで語れる関係なのか? 違ぇだろ? そんなヤツが、ただ良いように遣われた挙げ句、口止めとばかりに切り捨てられて……。アンタの思う『嗣武』の人生は、そんな惨めでつまらんモンでいいのかよ」


「それは……」


「あぁ、そうだな! 確かに、新井の言う通りだったよ。もう……、いい加減、解放してやれよ。いつまでもテメェ一人のワガママに……、『嗣武』を付き合わせてんじゃねぇよっ!」


 俺がそう言うと、昂貴はビクリと身体を揺らす。

 劣等感、焦燥感、責任感。

 それら湧き上がる雑念に囚われる内に、いつしか目的の輪郭がぼやけ、図らずも『持つ者』たちの意図通り動いてしまった。

 きっかけはともかく、それこそが、『昂貴』という一人の人間の、『不幸』を決定付けたのだろう。

 

 だからこそ、俺は彼に伝えておくべきことがある。


「……アンタに言っておくことがある。そもそもアンタが(けしか)けられたこの一件。発端は、俺の父親にあるんだ」


 俺の言葉に、昂貴は目を丸くさせる。


 その呆けた様子を見る限り、やはり諮問会議の連中も親父の計画についてまでは教えていなかったようだ。

 だが、それも当然だろう。

 ヤツらにとっては、そもそも昂貴の動機などどうでも良く、『利害の一致』一点で共闘を持ちかけたのだ。

 であれば、わざわざ不都合な真実が広まるリスクを冒してまで、昂貴に計画の詳細を教える理由はない。

 昂貴に関していえば、俺が彼を対象者に選んだか否かに拘らず、全てが片付いた後に、しれっと何事もなかったかのように()()すれば良いだけだ。

 それこそ、初めから何事もなかったかのように……。

 

 俺は目の前で目を泳がせる昂貴に、親父が厚労省の官僚だったこと。

 親父は、政権が掲げていた『FAD』を骨抜きにするために、『AGH』なるプロジェクトを密かに進めていたこと。

 そしてその『AGH』こそが、田沼さんの計画の雛形であること。

 政府は恐らく、それを完全に潰すために、昂貴に近付いたであろうことを告げた。

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