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嗣武⑤

「やっと、『昂貴』のお出ましか……」


 安堵、なのかは分からない。

 どこか懐かしむように吐露する昂貴を見て、皮肉染みた言葉が自然と漏れ出た。

 昂貴は昂貴で、そんな俺を前に吹っ切れたように微笑む。


「まぁそういうことになる、かな……。あ、ちなみに『愛してる』って言っても、BL的な意味じゃないからさ。期待してたら悪かったね」


 ようやく腹を割って話すかと思った矢先に、これだ。

 だが、今の今まで『嗣武』を演じていたのを思えば、心持ち穏やかにも見える。

 これが本来の『昂貴』の姿だと言うのだろうか。


「……悪いが、この場にそういう趣味のヤツはいねぇよ。知らんけど」


 俺は何故か、後ろを振り向きたい衝動に駆られるが、寸前のところで思いとどまった。

 昂貴はそんな俺を見て、困ったように笑うと、膝を組み替え、深い嘆息を吐く。


「さっきはああ言ったけど、実際はそんなんじゃない……。『嗣武とボクがライバル』、だなんて誇張もいいところだよ。単にボクが同期の中で、嗣武に次いで売上が2番手だったってだけさ。本来、嗣武はボクなんかと比べていい人じゃないんだ……」


「……随分と卑屈なもんだな。競り合ってたんだろ?」


「あぁ、競り合ってたよ。少なくとも、嗣武とユニットを組まされてからはね」


「ユニット?」


 新井は首を傾げてそう聞くと、昂貴は無言で首を縦に降る。


「……当時のオーナーの方針でね。まぁ言ってみりゃ、アイドル活動の真似ゴトみたいなモンさ。店のプロモーションも兼ねて試しにやってみろって、言われてね。定期的に店でイベント打ったり、専用のチャンネル作って、動画配信したりさ。ホントに色々やったもんだよ。今思えば、まぁ……、そんなに悪くない毎日だったかな」


 昂貴が遠い目を浮かべてそう話した、その時だった。


「お、おい」


 昂貴の両目から、じんわりと涙が溢れ出ていることに気付き、俺は思わず声をあげる。


「ん? アレ!?」


 俺の指摘に、昂貴は慌てた様子で両頬に伝った涙を乱暴に拭い取る。

 目元に塗りたくられたアイシャドウやファンデーションが僅かに剥がれ落ち、『昂貴』本来の姿が薄っすらと顕になる。


「おかしいな。こんなつもり、なかったんだけどな……。悪いね。変なトコ、見せちゃったみたいで」


「……別に構わねぇよ。そんで、そのユニットとやらを結成してから嗣武は変わったってことでいいのか?」


「嗣武が変わったのか、ボクが変わったのか……、よく分からないけどね。ただ一つ言えるのは、その辺りから、嗣武はボクを見なくなったってこと、かな? ……いや。最初からボクのことなんて、誰も見てなかったのかもしれない」


「……どういうことだよ?」


 俺が問うと、痛々しくも見える笑顔を浮かべ、話し始める。


「いつだったかね……。偶然聞いちゃったんだよ。嗣武とオーナーが話をしてるところをね」


 ユニットの結成から三ヶ月ほど経った、ある日。

 当日の締め作業を終え、オーナーへの挨拶のため、帰り際に事務所へ立ち寄った時のことだった。

 昂貴が事務所のドアの前に立った時、部屋の奥から薄っすらと、くぐもっった2つの声が響き伝ってくる。

 思わず、半開きのドアの隙間から中を覗くと、嗣武とオーナーが何やら神妙な面持ちで話をしていた。

 二人が中央の応接用ソファーに奥深くまで腰掛けて話し込む姿を見るに、どうにも『挨拶ついで』といった雰囲気ではなかった。

 昂貴は引け目を感じつつも、その場で二人の会話を立ち聞きしてしまう。


 ドア越しから聞こえてきたのは、専用チャンネルの方向性、イベントの頻度、系列店における姉妹ユニットの展開等々、二人の今後を占う具体的で込み入った話だった。


「そりゃあ、店の方針だからね。オーナーが口を出すのは分かるよ。でもさ……。それなら、何でそこにボクがいないんだろうね? ボクも一応、ユニットの一員のはず、なんだけどな……」


 話の途中、力なくそう溢す昂貴の姿を見て、俺はこの男をここまで追い詰めたものの正体を察してしまった。

 案の定、その先の話は予感した通りだった。


 そもそもユニットの結成は、予めオーナーと嗣武の間の話し合いで決められていたこと。

 『接戦』を演出するため、昂貴と競り合うよう売上を調整していたこと。

 それだけに足りず、密かに嗣武が担当するはずだった顧客を昂貴に回していたこと。

 これまで知り得なかった事実が、次々と明らかになっていった。


「……分かってはいたんだ。1位と2位と言っても、嗣武とボクとでは、実力差が明白なことくらい。だから必死に食らいついた……。でも、実際はボクの努力云々で語れる次元の話じゃなかった……。そりゃそうだよね! ホストだって商売なんだから」


 昂貴はそう言って、お得意の自虐的な笑みを浮かべる。

 

「間抜けな話なんだけどさ……。日に日に嗣武との差が詰まっていくのを感じるとさ。すごい、嬉しかったんだよね。あぁ、やっと嗣武と同じステージに立てるんだって、思えてさ……」

 

「それは……、辛かったな」


 同情など、意地でもしないつもりだった。

 実際、極ありきたりな挫折談のようにも聞こえる。

 だが、ここまで不特定多数の『不幸』に触れ、『不幸』そのものに敏感になってしまったが故の弊害なのか。

 自然と、そんな軽率な言葉が漏れ出た。

 

 それは、きっと……。

 仕組まれていたものであろうとなかろうと、変わらないのだろう。

 しかし昂貴は、そんな俺の思い上がりも甚だしい言葉を聞くなり、鼻で笑う。


「辛い? そんなことあるもんか! ルフトは、支店とは言え、業界最大級グループの有力店だよ? そんな店舗のオーナーと、キャスト歴半年そこそこの新人が経営戦略についてタイマンで話し合うなんて、本来なら有り得ないはずなんだ。間違いなく、嗣武は逸材だったよ。そんなヤツと形だけとは言えパートナーになれたなんて、ホストとしてこれほど光栄なことはないよ……」


 言い聞かせているようには、見えなかった。

 正直に思いの丈を話してみろなどと言ったところで、今のこれこそが嘘偽りのない『昂貴』の姿なのだろう。


「ホストとしての実力もプロ意識も。人としての器の大きさも。必死に食らいつくことだけで手一杯だったボクとは何もかも違った。だからこそ……、なんだ。ボクなんかに、いつまでも負い目を感じてちゃいけなかったんだ。あんなところで終わっていい人間じゃなかったんだ! まぁさ。()()()()()人間が何言ってんだって話なんだけどさ……」


「それが……、アンタが『嗣武』として生きることにこだわった理由か」


 俺が聞くと、昂貴は狂気とも自嘲ともとれる笑みをぶら下げて頷く。


「……殺してやろうとまでは思ってなかった。それはホントだよ。でもね。正直な話、チャンスだとも思ったんだ。だって嗣武、あのままだったら、ずっとボクへの罪悪感で雁字搦めになったままだろ? だったらせめて……、せめてボクの手で! 『嗣武』が歩むはずだった人生を取り戻すしかないって! そう、思ったんだ」


「そうか……」


「……でも、そんなこと出来るはずがなかった。当然だよ。だって、ボクは……、どこまでいっても、『昂貴』でしかないんだ。分かるだろ? 嗣武に成り代わってから、フェルベンに異動できるまでに5年以上もかかったんだ。それも、ほとんど詐欺に近い真似までして、やっとこさって感じだよ? それまでに、どれだけ沢山の女の子たちを陥れてきたことか……。痛感したよ。人としての出来の違いってヤツをさ」


 聞いているこちらが、打ちのめされそうになってくる。

 蓋を開けてみれば、あの事件など、ただのきっかけでしかなかった。

 既にこの時には、昂貴の中の『不幸』は始まっていたのだろう。

 

「……なにソレ。ふざけんなしっ!!」


 昂貴が静かに吐露する中、新井が突如声をあげる。

 かと思えば、次の瞬間には鬼気迫る顔で、昂貴に向かって真っ直ぐに歩き出す。

 一歩、一歩、新井が近付いていくにつれ、昂貴の表情は強張っていくが、彼女は止まらない。

 そして、目と鼻の先の距離まで接近すると、遂に昂貴の胸ぐらを乱暴に掴み取った。

 普段の彼女らしからぬその様子に、その場に居た誰もが当惑の表情を隠せずにいた。


「……ねぇ、()()。ミキって客のこと、覚えてる?」


 新井は昂貴をまじまじと見下ろして、問いかける。

 その意味深な呼びかけに、昂貴は面食らった顔になる。


「さぁ……、どうだったかな?」


 昂貴はそう言うと、すぐに逃げるように、その虚ろな目を逸らす。


「いいから答えて」

「……覚えてるよ」

「アレ、アタシのお母さん」

「そ……」

「何か言うことないん?」


「……キミも聞いてたろ? ボクと嗣武とでは、何もかも根本的に違う。ボクは、誰かを蹴落としてでしか這い上がれない出来損ないだ……。そんな、人としてもホストとしても駄作のボクが、今更キミに謝罪したところでどうなる? それでお母さんの()()が治るとでも? さっきも言ったけど、ボクは一度地獄に落ちたくらいじゃ拭い切れないことをした……。クズには開き直りがお似」


「勝手に話進めないでくれるっ!? 勘違いしないで! アタシは別にアンタに謝って欲しいわけじゃないっ!」


 食い気味に迫る新井に、さしもの昂貴も圧に為す術なく、黙りこくる。


「……ねぇ。一つ、聞いてもいい? アンタがお母さんに紹介しようとした病院ってさ、森棟(もりむね)総合病院だったりする?」


 新井の質問に、昂貴は目を逸らしたまま何も応えない。

 それを見た新井は、『やっぱりね』と小さくぼやき、心底呆れるように溜息を溢した。


「新井は……、知ってたのか?」


 俺は堪らず会話に割って入ると、新井は苦笑して頷く。


「お母さんが言ってた、『都内総合病院のスゴ腕の内科医』ってのがずっと引っ掛かっててね……。アタシなりにイロイロ調べてみたんだ。てーのも、お母さんの病気さ、多血症の一種なんだけど、最初に診断された時に紹介されたのがその病院だったんだよね。何かその道の先駆者? 的な血液内科医がいる、とかでさ。まぁ結局、治療費のことやら何やらで、瀉血(しゃけつ)と抗血栓薬で経過観察ってことになったんだけど。全く……。お母さんもどうして気付かないかなぁ」


「……そんなん、聞いてねぇよ」


「うん。アタシも言ってないし、お母さんもオギワラの前でそこまで言うのは気が引けたんじゃないかな? でも大丈夫! お母さんの場合、そこまで重いってワケじゃないからさ!」


 新井はいつもの笑顔で、そう付け加える。

 それを聞いて俺が安堵したと見ると、彼女は再び昂貴に強い視線をぶつける。


「まぁそんでそこの病院、一族経営みたいなんだけどさ……。『先代院長が亡くなった後に起こった()()()()がきっかけで、経営破綻寸前』、みたいな話がネットで流れてたんだけど、アンタ、なんか知ってる?」


 新井はどこか確信めいたような含みのある顔で、昂貴に問いかける。

 彼女のその抉るような視線に気圧されたのか。

 もしくは何か別段の裏事情でもあるのか、昂貴は大きく目を見開いたまま口を噤む。

 そんな昂貴に対して、新井は更に畳み掛ける。


「そんで、そのお家騒動ってのがさ……。『後継候補となる兄弟間での跡目争い』なんだって。何でも、何年か前に()()()()一番下の弟に関する責任をお互いに押し付け合ったりで、それはそれは壮絶な『骨肉の争い』だったらしいよ? 文字通りの、ね」


「……キミは、何が言いたいんだ?」


 昂貴がそう言うと、新井はハァと再び深く嘆息を吐いた。


「わざわざ言わなきゃダメ? ぶっちゃけさ……、その『一番下の弟』ってアンタっしょ?」



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