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嗣武③

 ふと、俺は呟く。

 昂貴はその声の出処に気付くなり、ジトっとした煽るような笑みを俺に浴びせてくる。


「そっかそっか! そういうことか! 弁護士さんがわざわざ連れてくるってことは……。キミが荻原()()()の息子さん、でいいのかな?」


「……喧嘩売ってんのか」


 俺は精一杯の敵意を込めて言うが、昂貴に届く様子はなかった。

 リクライニングチェアに腰を掛け、足を組んだまま、俺を舐め回すように仰ぎ見るその視線は、どこか品定めするかのようで小気味が悪い。

 

「なるほどぉ。その様子じゃあもう連中とは()()()()やったんかな?」


「……ドンパチやってんのは俺じゃねぇけどな、今んとこ。どちらかっつーと俺は巻き込まれた側だよ」


「ふーん、そう……。てことは、キミもその内()()するんだ」


「……知るか。アンタには関係ねぇだろ」


 俺が苦し紛れに応えると、昂貴はまた『フフン』と得意げに笑う。


「そっか。そうだね。てか、ぶっちゃけどっちでもいいんだけどね! そーんなことよりさ! キミのその()()の続きを聞かせて欲しいな!」


 昂貴はそう言って、ニヤリと余裕綽々の笑みを浮かべる。

 その一端のヒールしぐさからは、華やかな風貌とのコントラストも相まって、妙な威厳のようなものすら感じ取れてしまう。


「……あぁ、分かった。お望み通り、答えてやるよ」


 俺は誤魔化すようにそう応えると、昂貴はその不敵な笑みを助長させる。


「まず、ヤツらが雨宮の処分の見返りとして提示したのが、諸々の隠蔽工作への協力だ。背乗り云々の話も、その中で出てきたんだろう。嗣武の遺体はそうだな……、適当にコンクリ詰めにでもして、海にでも投げ捨てちまえばいい」


「ふーん、それで?」


 昂貴はニタニタと滑稽そうに微笑みながら、続きを催促する。


「その後は、アンタが整形して、『嗣武』として生きるだけだ。『昂貴は失踪した』とでも処理しておけば、その後の捜査なんざ警察のさじ加減だ。政府のお墨付きがあんだから、そのくらいの根回しなんて余裕だろ? まぁアンタがどんだけ正確に『嗣武』をトレース出来てんのかは知らんが、少なくとも7年間、違和感なくやってこれてんだ。アンタを処置したお医者さまは、そりゃあ大層な腕をお持ちなんだろうよ。確か……、そのお偉いさんとやらは、石橋 実鷹と繋がりがあるんだったよな?」


「あー、この前捕まった人だよね?」


「あぁ。その息子が俺たちの知り合いでね。ちょうど、そいつも最近、()()()を遂げたばかりなんだよ。アンタのソレもその伝手だろ? アンタみたいな激ヤバ案件でも政府公認となりゃ、そりゃあ大手を振って請け負えるわな」


「へぇ……。良い読みだね」


「次にUSBについてだが……、ぶっちゃけこれに関しては分からん。俺もこの一件については、それなりに戸惑っている。ただまぁ……、一つ言えるのは、連中がアンタからUSBを回収しなかったのは、()()()()も込みなんだろうな」


「ほう……。その心は?」


「……そのUSBがアンタの手元にある内は、アンタは罪の意識からは逃れられない。かと言って、他人に譲渡しようモンなら、ヤツらはソレを合図にアンタを潰しに掛かるだろう」


「まぁ……、そうなるだろうね」


「鑑定士としての登録がされているのは、『嗣武』だ。だから、アンタにそれを悪用される危険もない。ヤツらにとっちゃあ、ノーリスクでアンタに特大の荷物を押し付けられるって算段なんだろうよ。まぁだからこそ、今こうして神取さんの手元にあることが不思議で仕方ないんだけどな。兎にも角にも、これで政府とアンタは晴れて、運命共同体ってこった」


 俺が話し終えると、昂貴は歪みに歪んだその目を一層細める。

 そして、白々しく開手(ひらて)を打つ。

 パン、パン、パンと室内を不気味に響き渡る淡白で乾いた音は、俺たちから返す言葉を奪う。


「すごいね、キミ! 大学生だっけ? 将来、有望だね! これも弁護士さん仕込みなのかな? ねぇ、弁護士さん!」


「……訓くんは俺の大切な顧客だ。彼との間に師弟関係はないし、俺は何一つ助言していない。これは訓くん自身の想いが導いた答えだよ」


 話を振られた神取さんは、含みのある言い方で応える。

 それを聞いた昂貴も昂貴で、『へぇ』と意味深にぼやく。


「そっか……。お見事! ()()()()、キミの言う通りだよ。いやぁ! 弁護士さんもそうだけど、お二人とも刑事としても十分やってけるんじゃないっすかね? あ! それとも、検察官がお望みですか?」


「……勘弁してくれ。あんな人としての道義もへったくれもない、堕落し切った組織なんてコッチから願い下げだよ。それで……、キミはこれからどうするつもりだい?」


「はい? どうするも何も、煮るなり焼くなり好きにすりゃあ、いいじゃないっすか。何のために逮捕したんすかね? さっさと警察に突き出すなり何なりすればイイじゃないっすか?」


「そうじゃなくてだね! 訓くんに何か言うことはないのかな?」


「言うも何も、オレは今『嗣武』ですからね〜。何を謝ればいいのやら」


「キ、キミはっ!!」


 神取さんはバンッと両手でテーブルを強く叩き、今にも殴りかからんほどの勢いで詰め寄る。

 だが昂貴は、一切怯む素振りを見せない。

 そればかりか、負けじと敵意を滲ませた冷淡な視線を彼に浴びせる。


「……それとも何すか。オレがこの場で土下座でもすれば、彼ら親子の失った時間や尊厳は戻ってくるんすか? 二人の失ったものって、その程度の価値なんすかね。それって結局、弁護士さんの自己満足なんじゃないんすか? そんな下らないエゴに付き合わせるくらいなら、一生彼らのヘイトの受け皿として生きる方がよっぽど誠実だと思いますけどね。一回死んで地獄に落ちたくらいじゃ拭い切れない罪だってこと、弁護士さんも良く分かってるでしょ? この一件は言ってみりゃ、タダの()()です。唯一、吊るし上げられる可能性のある『昂貴』は、もうこの世に存在しないことになっている。もう手遅れなんすよ……、色々と」


「ど、どの口がそんなこと……」


()()()の口が、です。分かってますよ。自分のやったことくらい……。これ以上蒸し返すようなら、弁護士さんの身にも危険が及びますよ」


 昂貴は力なく溢すと、その虚ろな目を俺たちから背けた。

 それを見た神取さんは、歯をきしらせながら、テーブルに右拳を叩きつける。


「……訓くん」


「は、はい……」


「いつだったか、俺が言ったこと。キミが覚えていてくれて、嬉しく思うよ。そして、キミが『嗣武』の名前に辿り着いてくれたことも」


 そう言って、振り向いた神取さんの表情は、それまでとは打って変わって穏やかなものだった。


「……一応、言っておくよ。この事件は、始まりから終わりまで仕組まれた茶番と見るのが妥当だ。恐らく、検察や裁判所もグルなんだろう。道理で、起訴から判決までのスパンが異様に短かったわけだ。連中は、物的証拠がそもそも存在しないことを分かった上で、状況証拠だけをさっさと積んで、ほとんど力業でキミのお母さんを有罪にまで持っていったんだろう。何かしらボロが出る前にね。全く……。酷いなんて言葉じゃ足りないよ」


 神取さんはそう言いながら、苦笑する。

 事件の真相を追い続けて、7年。

 長い年月を費やし、やっとの思いで掴んだ手掛かり。

 しかし蓋を開ければ、『嗣武』という存在は撒き餌に過ぎなかった。

 彼らはそもそも、『嗣武』を始末する必要がなかったのだ。

 USBには、()()()()()()()『嗣武』のデータの履歴しか残っていないのだから。

 そしてその『嗣武』も、既にこの世にはいないことになっている。

 

「さて、訓くん。改めて言うまでもないけど、キミたちが巻き込まれた事件に犯人はいない。いや……、厳密に言えば、現行の法制度で裁ける人間はいない。言ってしまえば、この『不幸の再分配』は呪いと同じだからね」


「それは……、もう分かっていたというか、想像はしてたというか」


 俺がそう応えると、神取さんはフッと力なく笑う。


「そっか。その顔を見る限り、やっぱりキミたちの方が深い部分にまで、辿り着いているようだね。余計なお世話だったら悪かったね」


「い、いえ! とんでもないです。ありがとうございました。俺たちのために」


「キミたちのため、か」


 神取さんはそう呟いて、自嘲気味に微笑むと、くるりと俺に背を向ける。

 その彼の背中は、酷く侘びしげだった。


「……とは言ってもね! 俺自身は良かったとも思ってるんだ。こうして、キミに事件の真相に触れてもらえたんだからね。思えばこの7年間、屈辱の連続だった……。キミもそう思わないかい?」


 俺がここで、首を縦に振るわけにはいくまい。

 俺は半ば腐っていた。

 一方的に尊厳・思考・自由を踏み躙られたことをこれ幸いにと、その全てを自ら溝に捨てた。

 無論、俺としても屈辱がないわけではないが、俺と神取さんでは明らかにその重みが違う。

 世の空気の流れが、決まり切っていながらも。

 凄惨な事件の担当弁護士として、いわれなき誹謗中傷を浴びながらも。

 彼だけは、俺たちのためにずっと戦っていたのだ。


「キミが妙なバイトをしてるって聞いた時は驚いたけど、まさかそれがこんなカタチで実を結ぶことになるとはね。おかげで、こうして真実に近付くことができた。改めて礼を言わせて欲しい。ありがとう。それと……、申し訳ない!あれだけ息巻いておきながら、こんな、結末になってしまって。確かに昂貴の言う通りだ。全部、俺のエゴ、だったのかもしれない……」


 神取さんは俺の正面に立ち、深々と、その頭を下げてくる。

 彼のその震えた声を聞いてから、俺はしばらくの間言葉が出てこなかった。

 既に彼の中でこの一件は、ビジネスの一言で片付けられる域を超えているのだろう。


「……謝らないで下さい。俺の方こそ、もう一度言わせて下さい。本当にありがとうございました。ずっと味方でいてくれて。煮え切らない俺を奮い立たせてくれて」


 俺はそう言って、頭を下げた。

 これが、きっと。今の俺にできる限界だ。

 これが、何もかもを奪われたことを言い訳に、戦う選択肢を放棄しようとした俺が見せられる、せめてもの誠意の証だ。


「や、やめてくれよ! 当たり前だろ? 弁護士なんだから」


 低頭する俺を前に、神取さんはアワアワと両手を振りながら言う。


「いえ。だとしても、です。結果とかじゃない。正直な話、お袋が刑務所に入ってからは本当に心細かった……。大袈裟じゃなく、世界に一人だけ取り残されたような感覚だった。でも俺は……、フリ姉や里津華が差し伸べてくれた手を振り払った。周りへの影響とか、恩を仇で返すことになるとか、そんなことばかり考えて、俺のことを真剣に考えてくれる人の心情なんて二の次だったから……。要するにクソガキだったんすよ」


「訓くん……」


「……そんな俺でも、神取さんにだけは頼ることができた。担当弁護士っていう、大義名分があったからなのかもしれません。何より神取さんは、俺やお袋のことをずっと諦めないでいてくれた。色々と憎まれ口を叩いたこともあるかもしれませんが、本当に感謝してるんです」


「ぷっ。オギワラ、素直になったじゃん」

「マジでそれ。こんなサトル見たことない」


 俺が赤裸々に心根を晒す中、そのむず痒い空気を断ち切るように、新井が割って入り茶化してくる。

 さりげに里津華も便乗してくるのだから、更に質が悪い。

 こちらが安心するほどの彼女の奔放さ・図太さを目の当たりにした途端、妙に冷静になり、その場で悶えたくなった。


「……うるせぇ。これはタダの『礼節』だ。他人に感謝を言えないヤツは、真に自立した人間とは言えねぇんだよ」

「はいはい。そういう減らず口だけは相変わらずだよね〜。でもさ……、ホントのこと、分かって良かったね!」


 新井はそう言って、ニコリと得意げに微笑む。


「……まぁな。つっても、あんなイカれた()()が絡んでる時点で、もうそういう次元の話でもなくなっちまったけどな」


「計画? 何のことだい?」


「あのー、涙ぐましい余興の最中申し訳ないっすけど、そろそろ帰ってもいいっすかね? もう店始まっちゃうんすけど」


 神取さんが問いかけてきた、その時だった。

 痺れを切らしたであろう昂貴が、声を上げる。

 

「……訓くんから、何か言っておきたいことはあるかい?」


 神取さんは、俺に目配せをしてくる。

 促された俺は意を決して、ゆっくりと昂貴に近付く。


「昂貴。一つ聞きたいことがある」


「おっ。何かな? 荻原()()()の息子くん」


 昂貴は俺の呼びかけに応えるも、相も変わらずのようだ。

 空々しいというか、なんと言うか……。

 この期に及んで、まだそのスタンスを貫くというのか。

 憎悪・後悔・嫉妬・空虚・絶望。

 ありったけの負の感情をその身に取り込んで、まるで自分自身が全てにおいての元凶とでも言いたげだ。 

 

「俺の知り合いにアンタの元・太客がいる。その人は、派遣社員の分際でたった三ヶ月でエースまで昇り詰めた筋金入りだ。ほら。アンタがフェルベンに栄転を決めた瞬間、『NG』にしたっつーアレだ。ここまで言やぁ、流石に分かんだろ」


「さぁ? どうだったかな。なんたって『嗣武』は人気者だからね。イチイチ過去の太客のことなんて、覚えてらんないよ」


「……まぁ別にアンタが覚えていようとなかろうと、どうでもいい。その人はな。アンタがフェルベンに異動した後も、健気に新天地にまで足を運んだみたいだぞ。なのにアンタ、彼女のNGを解いたみたいじゃねぇか。何のつもりかは知らんが、随分と余裕こいてんな。それとも何かの煽りか? だとしたら相当な命知らずだな」


 問いかけると、昂貴はフゥと脱力するように息を吐く。


「命知らず、か……。確かにそういう言い方も出来るかもね。でも、ちょっと違うかな」


 昂貴はそう言って、またニンマリと笑って見せる。


「弁護士さんもキミも。この場にいる全員がオレを狂人みたいに思ってるだろうね。その通りだよ。オレは狂人さ。だってそうだろ? 人を二人も殺しておいて、7年間も普通に暮らしてるんだよ? これで狂わずに入れると思う?」


「……開き直ってんのか?」


「あぁ、そうだよ。開き直ってる。キミたちには一生分からないだろーね。こんな狂人の気持ちなんて」


「……そりゃ愚問だ。つーより、聞く相手を間違えてるな。別にアンタが全部が全部悪いとは言わん。だがコッチは少なからず、アンタに人生壊されてんだよ」


「確かに! ウケる!」


 そう言うと、昂貴はケタケタと甲高い声を上げて笑い出す。


 ここまで来ると、もはや道化の域だ。

 俺たちは、既に昂貴がこれまでどんな変遷を辿ってきたかを聞いている。

 無論、それを聞いたからと言って、この男を許すつもりはない。

 ましてや、何処ぞの変人経営者の言葉に擬えて、『彼もまた被害者』などとストックホルム症候群患者の如く、一端の理解者ヅラで同情する気は更々ない。

 しかし、それでもだ。

 昂貴の処遇を決める上で、それなりに確証の高い仮定がある。

 恐らく、昂貴に『不幸の再分配』を伝えた人間は、彼の犯行を予め知っていた。

 もしそれが事実なら、昂貴もまた泳がされていたということになる。

 であれば……、この男の肥大化した自意識を抑え込んでやるのも悪くない。

 もう二度と、俺やお袋のような悲劇を繰り返さないためにも……。


「……率直に言う。どういう訳か、俺はアンタに全く怒りが湧いてこない」



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