嗣武①
「あのー、コレって監禁罪ってヤツなんじゃないっすかね? いいんすかー、弁護士さん。あんまり無茶すると、今後のキャリアに響きますよ〜」
里津華に急かされるまま、俺たちは神取さんの事務所へ向かう。
事務所の入るビルへ辿り着いた頃には、日もすっかり傾いていて、同じテナントの大衆居酒屋も着々と開店準備を進めていた。
タイムリミットに向けて、刻一刻と時間が過ぎていることを言外に訴えかけられているかのようで、嫌でも焦燥感に駆られてしまう。
そんな中、里津華の先導のもと事務所の応接室に入ると、既に神取さんと真犯人と思しき人物が応接テーブルを挟み、問答を繰り広げていた。
それにしても、神取さんに対して煽り気味に反発するこの男。
近頃のホストがどういった風貌が主流かは知らないが、ぱっと見る限り、どうにも頭の中でイメージするソレとは少し遠い。
くすみがかった寒色系カラーのマッシュウルフカット。
首元から肩甲骨辺りまで伸ばされた外ハネの襟足も相まって、どこか中性的な印象さえ受ける。
そんなルックスとは裏腹に、神取さんを見据えるその視線はどこか挑発的だった。
これが俺や新井の因縁の相手、だというのか。
「ご忠告ありがとう。だが心配しないでくれ。今回のケースは『現行犯かつ逃亡の恐れあり』、という条件にバッチリ合致しているから合法だ。今のコレは、本職が来るまでの前哨戦とでも思ってくれればいい」
「『私人逮捕系』ってヤツだ! 何すか? バズ目的っすか? あ、だからカメラ回してたのか!」
「警察に提出するために撮ったってだけだから、無闇やたらに拡散する意図はないよ。それとも……、キミは底辺配信者の再生数稼ぎのために、自ら全世界に痴態を晒してくれるほどのお人好しなのかな?」
「ちょっ!? 弁護士さん、そりゃ勘弁して下さいよ〜。まぁ確かにおっしゃる通り優しさには定評がありますけど、コッチは『清廉潔白・清純派ホスト!』で売ってるんですからね〜」
「だろ? まぁ一応言っておくとね。俺のお客さんの一人から、タレコミがあったんだ。キミの店が、少し前から悪質な客引きをやってるってね。だから悪いけど、張らせてもらったんだ。駄目だよ、あんな場所で客引きしちゃあ! ほとんど駅構内だったじゃないか! 迷惑行為防止条例違反だし、何よりホストクラブのキャッチは普通に風営法違反だよ」
「いやいや! ぶっちゃけ、そんなんどこでもやってるでしょ!?」
「確かにそうかもね。でも法を逸脱している以上、キミは文句を言える立場にはいないはずだよ。残念だけど、それが法治国家で生まれた人間の宿命ってヤツさ」
「おー、コワッ! これがいわゆる『司法の武器化』ってヤツですか? 何が目的なんすかねー。バズじゃないとしたら、ストレス解消? それとも、やっぱりただヒマなだけだったりして〜」
「お生憎様。そこの彼のおかげで、最近ウチの事務所は開設以来の盛況を迎えてるんだよ。ねぇ、訓くん!」
神取さんはそう言うと、事務所の入り口で呆然と立ち尽くす俺に呼びかける。
男はそれに絆されるように、じろりと温度のない視線を俺たちに浴びせてくる。
俺と新井と里津華は、何を示し合わせるでもなく目を背けた。
「これは……、一体どういうことなんすかね?」
「訓くん、分かってるだろ? 俺は諦めきれないんだ。キミがどう思っていようとね。あの情報を掴んでからは、ずっとあの店の動向を追っていたんだ」
神取さんは男の目も憚らず、その胸中を吐露する。
俺は慌てて神取さんに近付き、耳元で囁く。
「それは分かりますが……。『真犯人』と聞いて来たんですが。この男が嗣武、なんですか?」
「そうか……。やっぱり、キミはその名前に辿り着いていたんだね」
神取さんは俺に合わせて、耳元で囁いてくる。
それを聞いて、俺は心の内を見透かされたような気分になり、途端に居心地が悪くなってしまう。
「別に……。ただ依頼の過程で、偶然そういう機会があったってだけです。色々タイミングが合わなくて、敢えて黙っていたというわけでは……。確証が持てないことも多いですし」
「後ろめたく思う必要はないさ。俺だって、秘密裏に調査を進めていたしね。むしろ、俺は嬉しいよ。これでようやく、キミとまた戦うチャンスが巡ってきたってわけだ」
神取さんはそう耳元で囁くと、ニコリと得意げに笑う。
「……さて。というわけだ。まぁ、いわゆる別件逮捕ってヤツさ。だから客引きに関しては、正直どうでもいい」
神取さんはそう言って、くるりと男の方へ向き直る。
「……別件、ですか。そんで、これだけ無理やりガラを押さえてまで、弁護士さんは何が聞きたいんですかね〜」
男は何ら動揺する様子もなく、不敵に笑って応える。
知っててはぐらかしているのか、本当に何も知らないのかは今のところ不明だが、どうにも男のその振る舞いには引っ掛かりを覚える。
「……そうだな。7年前の福祉課長殺人事件について、キミの知っていることを教えてもらおうか」
「7年前、ですか……。あぁ! そういや、そんな事件ありましたね。つっても、そん時はまだ二十歳そこそこで、仕事でそれどころじゃねぇっつーか、正直そこまで意識したことはないっすね」
「本当に、何も知らないのかな?」
「えぇ。ニュースでちょろっとやってたのを見たくらいで。生活保護を断られた腹いせに……、でしたっけ? まぁ自分も職業柄、いつどうなるか分かりませんからね。明日は我が身じゃないけど、他人事じゃねぇなー、くらいには感じてましたけど」
男は、神取さんの追及を躱すように白々しく応える。
「俺の方もそれなりに調べはついてるからね。あんまり惚けてるとタメにならないよ。コッチは一連のゴタゴタで、人生壊されてる人も知ってるからね。キミには、ぜひ協力して欲しいんだけどな」
神取さんがそう畳み掛けると、男は『フッ』と小さく吹き出し、不敵な笑みを浮かべる。
「……何かおかしなことでもあったかな?」
神取さんは思うところを押し殺しているのか、声を震わせて男に問いかける。
「いえ別に。ただ『調べ』とか、おかしなこと言うなーと思って。弁護士さん、ですよね? 検事さんとかじゃなくて」
「……そうだ。キミの言う通り、俺は弁護士だ。はっきり言って、こんな真似は弁護士としてアウトだし、『法の武器化』をしている自覚もある。ただね……。さっきも言ったろ? この一件で、俺のクライアントは取り返しのつかないレベルで人生をメタメタにされているんだ。だからキミには知っていることを話して欲しい。頼む、この通りだ」
神取さんはそう言って、男の前で深々と頭を下げた。
そんな彼に対して、男は黙ったまま蔑むような視線を浴びせる。
「……そっすか。まぁそちらさんの立場は分かりましたよ。別に悪気はないんす。ただ何? あまりにも必死だなーと思って、ついつい吹き出しちゃいました。こちらこそ謝ります。サーセンっした!」
平身低頭懇願する神取さんに、男は負けじとあざとく額をテーブルにつける。
それを見た神取さんは苦々しく表情を歪めた。
「……そういや弁護士さん。ちなみになんすけど、オレの源氏名とかって分かってたりします?」
男はテーブルに頭を伏せたまま、神取さんに問いかける。
すると神取さんは男の質問に応えることなく、ちらりと俺の顔を覗き込む。
「……訓くん。キミがどこまで事件の真相を把握しているのかは知らないけど、これから聞く情報は紛れもない事実だ。俺も正直、彼らがここまで形振り構わずだとは思わなかったよ」
「弁護士さーん。そういう意味深なこと言っちゃうってことは、やっぱもう全部知ってるんでしょ?」
男は頭を上げ、煽るような口調で神取さんに問う。
「あぁ、そうだね。嗣武……、いや。元ホストクラブ・ルフト副主任、昂貴」
神取さんがそう言った瞬間、男は『ククク』と小さく、不気味に笑い出す。
耳奥を擽るような男のその笑い声は、次第にそのトーンを上げていき、やがて事務所中に響き渡るほどのボリュームになる。
「なんだぁ! やっぱり知ってたんじゃないっすか! だったら最初から言って下さいよぉ。性格悪いなー、もう!」
一頻り笑うと、バンバンと平手でテーブルを叩き、この場にいる全員を小馬鹿にするかのように言い放つ。
神取さんの口から飛び出した名と、男のその振る舞いは、俺や新井を疑心暗鬼にするには十分だった。
「一体、何がどうなってるんすか……。昂貴って」
「……キミは嗣武を真犯人だと思っているのかもしない。だが、考えてみてくれ。彼は事件当時、系列店のルフトのキャストだったはずだ。彼がフェルベンに異動してきたのは今から約1年前、つい最近だ。時系列で考えても無理がある」
「嗣武は……、ブラフだったとでも言うんですか?」
俺が聞くと、神取さんはコクリと頷いた。
……確かにその可能性については、考えないこともなかった。
神取さんの言う通り、新井の母親や二階堂さんの証言も踏まえると辻褄が合わない部分はある。
だが……。
情報源の探偵を疑うわけでもないが、どこかで情報が錯綜し、齟齬が生じていても不思議はない。
実際、宇沢さんが『嗣武』の存在を認識していたこともあるし、彼の不関与を断定してしまうのは時期尚早だと考えていた。
「……キミが不審に思うのも無理はない。実際、俺もずっとその前提で調査を進めていたからね。だが、フェルベンやそのキャスト周りをいくら洗っても、一向に証拠らしい証拠が出てくる気配はなかった。それもそのはずだ。なんせ」
「あー。一応言っておきますけど、オレは今、『嗣武』ですからね! 弁護士さんの質問にも、ずっとそのつもりで答えてたんすから」
神取さんの話を遮り、男は食い気味に言い添える。
「えっ。でも、さっきはアキだって……」
「……簡単に言うとね。彼は成りすましだ。いわゆる背乗りってヤツだよ。本当の『嗣武』は7年前に死んでいる。そうだろ? 昂貴」
新井の疑問に神取さんを応えると、昂貴はまた耳を劈くような声で高笑いする。
「いやだなぁ! だから、オレは『嗣武』だって言ってるじゃないっすか! 7年前に死んだのは、『昂貴』。少なくとも、世の中的にはそうなってるんすから。ちゃんと口裏合わせてくれないと困りますよ、弁護士さん」
「死んでるって……。何でそんなことに……」
「オレが殺したんすよ」
平然とそう言ってのける昂貴を前に、新井は返す言葉を失う。
「アレ? ドン引きされてる感じ? まぁ、そりゃそっか。他人に全部罪を押し付けて7年間ものうのうと生き延びてるド屑に、こんだけ特大の余罪があるってなりゃ。『福祉課のオッサンだけやなかったんかい!』って感じ? ねぇ、弁護士さん!」
「そんなことをわざわざ確認している暇があるなら、弁明の一つでもしておいた方が賢明だと思うけどね」
「……そりゃそうだ。さすが弁護士さん」
昂貴は不敵な笑みを浮かべたまま、他人事にように溢す。
それを見た神取さんは苦々しく、眉を顰める。
「それにしても随分とあっさり吐いたもんだね。こっちから聞いておいて、なんだけどさ」
「だって、弁護士さん。オレの素性知ってるってことは、もうブツは押収したってことでしょ?」
「……あぁ。これのことかい?」
そう言うと、神取さんはジャケットの胸ポケットを弄り、人差し指大の小物を取り出す。
「は……、ちょっ!? 何でこれがココにあるんですか!?」
俺は思わず声を上げてしまった。
だがそれも当然だろう。なんせ……。
「キミが驚くのも無理はない。『推定潜在境遇ポイント』、だったっけ? 恐らく、訓くんが知っているものとは別物だとは思うけどね」
「どうして……」
「訓くんたちが石橋 実鷹とやりあってる間にね。俺は俺で色々と調べていたんだよ。知り合いの探偵に潜入捜査までさせたりして、ね。『不幸の再分配』って言ったっけ? なるほど……。これはホントに酷い制度だ。ちなみに訓くんが使っていたUSBに、『嗣武』のデータはあったかい?」
「……あ、ありました」
「やっぱりそうか……」
そんな俺たちのやり取りに、昂貴は突如高笑いする。
『ヒャッヒャッ』と甲高い笑声と、平手で狂ったようにテーブルを叩きつける鈍音が部屋中に響き渡る。
「ヤッバ! だったらオレらもう詰んでるじゃん! 事実上のゲームオーバーでございやーす! てか弁護士さん、必死過ぎっしょ!? 分かってます? やってること、ほとんど泥棒と変わらないっすからね!」
ケラケラと道化のように笑いながらまくし立てる昂貴を前に、俺は純粋な恐怖を覚えた。
「人聞きが悪いね。生憎、これは貰い物だよ。ところで、昂貴。キミが新しく担当することになった、『カオル』というお客さんのことなんだけどね……」
神取さんがそう切り出すと、昂貴は『あぁそういうことか』と小さく呟く。
「初来店記念のノベルティと一緒に入っていたそうだ。駄目じゃないか! こんなに大切なものを雑に扱っちゃあ! 一体、何のつもりかな。何かの手違いにしても、ちょっと迂闊過ぎないかい? まぁおかげでコッチは手間が省けて助かったけどね」
「別にぃ……。何ていうか、そうだな……。オレも疲れてたんすかね? はは」
昂貴は苦し紛れの言い訳を並べ、乾いた笑いを浮かべる。
それを見た神取さんは、俺に視線を移す。
「……訓くん。これからする話は、キミやお母さんにとって受け入れ難いものかもしれない。それでも聞いてくれるかい?」
「……ま。ココまで来て聞かないわけにはいかないでしょうしね」
「ありがとう。というわけで、昂貴。キミの口から話してくれないか? 安心してくれ。ここに検察の人間はいない。もっとも……、あれだけ腐敗した組織に建前以外の存在意義があるとは思えないけどね」
「……まぁそんなに面白い話じゃないっすけどね。お互いちょいとした誤解があったというか……。いやね! 嗣武とは、ルフト時代からの同期でずっとライバル? みたいな感じだったんすよ」
昂貴はそう言って自嘲気味に鼻で笑うと、ぽつぽつと事の経緯を話し出した。




