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拘束

 あの後、俺はすぐにお袋が搬送された病院へと向かった。

 ……が、当然のことながら話せるような状態になく、一時は極めて危ない容態であったことを担当医から知らされる。

 そして、追い打ちをかけるように、淡々とこう告げられた。


 余命二ヶ月、と。


 この際、その担当医がグルかどうかはどうでも良い。

 ましてや見事に術中に嵌り、絶体絶命に陥った俺やお袋のことを、ヤツらがどんな表情でほくそ笑んでいるかなど、塵ほども興味がない。

 現状、俺にとっての意味は二つだけだ。

 これが、お袋を救い出すためのタイムリミットであり、事件の真相を突き止めるために許された実質的な残り時間だ。

 

 それが分かった以上、ウダウダとその場に留まる理由はない。

 俺は病院を出た後、すぐに田沼さんに連絡し、『中間報告』という名目で彼女に面談を申し出る。

 電話越しの俺の声に何か感ずるものがあったのか。

 『明日、もしくは()()()』という俺の無茶振りに、彼女は快く応じてくれた。


「そうでしたか。()()()彼らは既に動いていましたか……」

「はい。いつから、なのかは分かりません。ただ、あまりにも出来すぎているので相当に前から、としか……」

「そうですか……」


 そして、お袋が倒れた日の翌日。

 使用禁止の令も解けたようで、俺と新井はこのどこか息苦しく殺風景な事務所に、こうして顔を出している。

 思えば、田沼さんと顔を合わせるのも、随分と久しぶりに感じる。

 彼女がこの間、何をしていたか気にならないでもないが、生憎こちらはそんな近況報告に花を咲かせている余裕は皆無だ。

 彼女としてもそれは察していたようで、俺たちがエレベーターを降りるなり早々に中へ通され、ソファーに着座させられる。

 

「……まぁそんなわけで、事態はそれなりに悪化してる感じです」

「確かに、悪化してますね」


 なんだろうか。

 今日の彼女は、どこかおかしい。

 いや、おかしいのは今に始まったことではないのだが、言いたいのはそういうことではない。

 端的に言って、歯切れが悪い。

 無論、その底知れない雰囲気というか胡散臭さは、1週間やそこらで和らぐわけもないのだが、俺の報告に相槌を打つその顔つきは、神妙そのものだ。

 腹の底で何を考えているのかは知らないが、話が進むにつれて、その表情の深刻度合いが上がっていく様子を見る限り、少なくとも彼女も焦ってはいるらしい。

 ……ただ、そうは言ってもだ。

 ()()()などと前置きしているところを見ると、彼女にとっては『さもありなん』といったところなのだろうか。

 そんな邪推もあってか、俺はポイントの件や今後のプランについて、未だに切り出せずにいた。

 分からない。

 彼女にとって、一体()()()()()()()()が想定の範囲なのだろうか。


「……いずれにしても、もう少し慎重に判断するべきでした。すみません」

「いえ。USBを渡したのは私です。それに……。『手を出さない』とは言いましたが、名目上荻原さんは私の指揮下にある状況です。業務において、全ての責任は私にあります」

「そう、ですか……」

「……それで、現在のお母様の容態は?」

「今は小康状態みたいです。一応、意識も戻ったようですしね」

「そうですか。それは一先ず安心しました」


 田沼さんはそう言うと、しばらくの間黙り込んだ。

 まるで俺の反応を試しているかのようにも思えた。


「……まぁそんな感じでしばらくは、その緊急搬送された病院で治療するそうです」

()()()()()、ですか……」


 半ば誤魔化すような俺の言葉に、田沼さんはより一層顔を曇らせる。

 しかしこうなると、気になるの彼女の今後の出方だ。

 唯一のアドバンテージであるUSBを失った今、彼女はこれから先どうするつもりなのだろうか……。


「むー……。なんか、何も出来ずにごめんなさい! アタシが発端みたいなモンなのにぃっ!」

「いえ。新井さんは形式上クライアントなので、お気になさらずに。これは飽くまで、私と荻原さんの問題ですから」

「いや、そう言われると、何かチョット複雑なんですけど……」


 田沼さんの言葉に、新井は居心地悪そうにゴニョゴニョと呟きながら、ソファーの上で体育座りの体勢をつくる。


「……それで、どうするんですか? こうなった以上、もうUSBは使えないかと。コレで政府を脅すつもりだったんですよね? いいんですか? このままだと企画倒れになりますよ」

「えぇ、そうですね」

「いや、『そうですね』って……」


 俺の忠告などまるで意に介す様子もなく、彼女は平然としている。


「荻原さん。あなたはまだ勘違いしておられる。今あなたは、新井さんの依頼の真っ最中です。余計なことは考えず、目の前の依頼に専念するのです。お母様の件は、私にお任せ下さい」

「お任せ下さいって……。具体的に何するつもりですか?」

「さぁ。それは、()()()()()()()()()のお楽しみ、ということで」


 彼女はそう言ってニコリと笑うと、そろりとソファーから立ち上がる

 旋回し、事務所を去ろうとする彼女の後ろ姿を見て、俺は()()()()()()が頭を過った。


「ま、待って下さいっ!!」


 気付けば、俺は大声で彼女を呼び止めていた。


「……ずっと考えてたんです。もし、コレが()()()()仕組まれていたことだったらって」


「……おかしなことをおっしゃいますね。そうです。あなたの言う通り、これは()()()()仕組まれていたこと。全ては世の『持つ者』たちが、時の政権と結託し、現在の階層を固定するための」


「そういうことじゃありません!」


 俺が食い気味に応えると、田沼さんは黙り込む。

 一瞬、身体をびくつかせたように見えたが、それでも彼女が振り向くことはなかった。


「……一つだけ、確認したいことがあります」


「はて? なんでしょう?」


「知ってたんでしょ? 推定潜在境遇ポイントに、鑑定値に、マイナス値があること」


 この期に及んで、彼女を疑うわけでもない。

 だがもし、ポイントのマイナスという概念があることを承知でいたのなら、何故今の今まで俺に黙っていたのか。

 だとしたら、そうすることにどれだけの意味があるのか。

 朧気ながらも、俺はそこに彼女の本心が隠れているような気がした。


「『知っていた』、と言ったら荻原さんはどうしますか?」


 結局、まだそのスタンスか。

 恐らくココで踏み込んでも、俺の欲しい答えは返ってこないのだろう。


「別に……、どうもしませんよ。聞いたのは、ただの確認です。こうなった以上、今必要なのは事態を好転させるための、具体的かつ建設的なプランでしょ?」


「さすが。よくお分かりで」


「……その上で一つ、お願いがあります」


「なんでしょうか?」


「宇沢さんと、会わせて下さい」


 俺の要求を聞くや否や、彼女はすぐさま振り向き、目を吊り上げ、抉るような視線を浴びせてきた。


「参考までにお聞きします。荻原さんのおっしゃる『具体的かつ建設的なプラン』とは、一体どういったものなのでしょうか?」


 田沼さんは、淡々と問いかけてくる。

 その、温度のない表情からは、怒りすらも感じ取れる。

 彼女がなぜそんな顔をするのかは分からないが、恐らく俺の意図などある程度は察しているのだろう。

 まるで言質を取るためだけに、答えを催促しているかのようにも思えた。

 

「……まずは、新井の母親の担当ホストとの関係を問い詰め、宇沢さんを脅します。そうですね……。『もし、こちらに付かないのなら、弁護士を介して公務員職権濫用罪の疑いで刑事告発する』とでも言いますかね?」


「宇沢さんを、訴えるおつもりですか? 彼が直接的に関与している証拠は?」


「証拠はありません。まぁ訴えると言っても、飽くまでポーズですからね。目的は『疑義が表層化する』という事実を、宇沢さんに突きつけることにあるんですから」


「……わざわざ、それを行う理由はなんでしょうか」


「宇沢さんに腹を括らせるため、です」


「腹を、ですか」


 俺の答えに、田沼さんはあからさまに顔をしかめる。

 そんな彼女に対して、俺は弁明をするかのように言葉を紡ぐ。


「……宇沢さんと政府の間にどんな因縁があるのかまでは知りませんが、少なくともポジティブな感情を持っていないことは確かみたいですからね。つまりそれは、きっかけ次第でどちらにも転ぶ可能性がある、ということ。ですからここらで一つ、宇沢さんの背中を押してやるのも手かと思います」


「背中を、押す?」


「はい。宇沢さんが、この件にどこまで関わっているのかは知りません。ですが、彼がポイントまわりの実質的な責任者であることに間違いありません。要するに…、宇沢さんはこの件が公になれば、真っ先に詰め腹を切らされるポジションであるということ。どの道、宇沢さんは無事では居られないんです。だからこの際、ハッキリとさせてやるんです。自分自身の立場ってヤツを」


「なるほど……。そこまでの流れは、一先ず理解しました。それで……、続きを聞かせてもらえますか?」


 田沼さんは『ハァ』と溜息を交えながらも、俺のプランの続きを催促する。


「……まぁそんなことをすれば、仮に宇沢さんを引き込めたとしても、もはや政府との全面衝突は避けられないでしょうね。恐らく、現状とは比べ物にならないレベルでの妨害もあるはず。だから、それと並行してお袋の事件の真相の解明も進めておく」


「ほぅ……」


「これから石橋の父親の聴取も本格化していくと思いますが、そちらはあまり期待しない方がいいでしょうね。なんせあの状況ですから、万が一検察と政府との間に()()()()()話がついていた場合、事実なんていくらでも歪められるでしょう。最悪、握りつぶされて終わりです。実質的に石橋も人質に取られていると考えると、出来ることは限られているはず……」


「それは……、確かにおっしゃる通りですね」


「ですから、こちらでも動いておくんです。図らずも、新井の母親の一件を通して、疑惑の源泉らしきものが顕になったわけだ。これから叩けば、埃なんていくらでも出てくるでしょう。そうすればマスコミは嫌でも食いつく。検察は押さえられても、一度出来た世論の流れを止めるのは、容易ではないですからね」


「マスコミを使って世論を焚き付ける、と?」


「はい。『長年、虐げられてきた冤罪被害者の息子の青年が、母親の潔白を訴えて再び立ちあがる』なんて、外野の有象無象を引き込むには申し分ない謳い文句でしょう。マーケティングの手法としては、完璧です。だから宇沢さんとの交渉の裏で証拠固めも進めて、世論の流れをコチラに誘導できるような下地をつくっておくんです」


「なるほど……。分かりました。まとめると、宇沢さんを脅してこちらに引き込み、USBに掛かったフィルターを解除させる。そして、適当に依頼をでっち上げた上で、お母様にマイナスの『不幸』を提供し、病を寛解させる。その間にお母様の冤罪の証拠集めを行った上で、マスコミを使って世論喚起をする。本当に、無茶苦茶ですね」


「……あなたがソレを言いますか?」


「ふふ。確かにそうですね」


 そう言って、田沼さんは不敵に微笑む。

 相変わらず、俺の腹の底深くまで、見透かし切ったかのような笑みだ。


「確かに我が国は、腐っても民主主義国家。フッと湧いて出る民意を何よりも恐れているからこそ、彼らは事実が表沙汰にならないよう、周到に対策してきたのです。それに世論が出来上がっていれば、必然的に再審での勝算も上がることでしょう。荻原さんのおっしゃるソレは、有効な手立てではあると思いますよ。ですが……、荻原さんは本当にそれが可能だと思いますか?」


 そう言って、向けてきた彼女のその鋭い視線からは、確信めいた何かが垣間見えた。


「……分かりません。ですから確認の意味を込めて、お聞きします。俺の案は、()()()()()可能ですか?」


「えぇ、そうですね。結論から言えば可能です。()()()()、ですが」


「条件付き、ですか……」


 俺がそう言うと、彼女は無言で頷く。


「おっしゃる通り、全てのポイントにはマイナスという概念があります。そして、それらを操作することも理論上可能です。ですが……、政府が一元管理している以上、自ずから制限があるのです。荻原さんもそれは既にお察しかと思います」


「はい」


「我々に干渉が許されているのは、飽くまで『備考欄の追記』のみ。ポイントを含んだデータを更新する場合、別途パスワードが必要です。そしてそれは、残念ながら私達の管轄にはありません」


「そう、ですか……」

 

「この逆境の中、そこまでの結論に至ったのは称賛に値します。ですが、荻原さん。あなたはソレ以前に、一つ重要な視点を見落としています。何か、分かりますか?」


「……い、いえ」

 

「宇沢さんが、あなたに協力することは、決してありません」


 田沼さんは顔色一つ変えずに、言い放つ。

 毅然としたその顔つきからは、決して覆ることのない何かを感じた。


「……理由を教えてもらってもいいですか?」


「確かに宇沢さんは、政府に対して一物も二物も抱えていることは事実です。しかし……、それとコレとは話が別。私怨は、私怨でしかないのです。宇沢さんも、一人の組織人。()()()荻原さんであれば、分かるでしょう? 彼が一時の感情に流されるような人間でないことくらい。第一、証拠が曖昧である以上、宇沢さんにとって協力するデメリットはあれど、メリットはありません」


 まるで取って付けたかのようだった。

 理路整然と、犬の餌にもならない一般論を滔々と話すとは、何とも田沼さんらしくない。

 もはや、これだけでも『語るに落ちる』と言っていいだろう。


「……おかしくないですか?」


「……はて? 何がでしょうか?」


「あなたは初めに、『ポイントの無作為改竄』を仄めかして、政府の動きを止めると言っていました。ポイントを動かすには、別でパスワードが必要なんですよね? だとしたら、それはそもそも脅しとして通用しないのでは?」


「それは……」


 田沼さんは、いつになくぎこちない雰囲気で口籠る。


「そもそも、ポイントは定期更新がされるという話だったかと思います。それなら、どの道宇沢さんをこちらに引き込まないと、成立しないはずだ。実際、言ってましたよね? 『()()()がこちら側につくのであれば、その限りではない』と。宇沢さんを引き込むつもりがないのなら、どうやってあのぶっ飛んだ、革命紛いの計画を実行するつもりだったんですかね?」


「言ったでしょう……。全てが終わった後のお楽しみだと。デザートは、最後の最後まで取っておくものですよ。それこそが、風情ある日本人としての美徳でしょうに」


「誤魔化さないで下さいっ! ……これは俺の勝手な憶測です。あなたが、何をしようとしているのかは分かりません。ですが、あなたは俺に協力しろなどと言いながら、全て自分だけで片を付けようとしている」


「へっ!?」


「…………」


 新井は仰天し、勢いよく田沼さんの方を見る。

 だが田沼さんは、一向に動じる気配を見せなかった。


「新井の依頼に関してもそうです。言ってみりゃ、俺や新井を自分から遠ざけるための、時間稼ぎとアリバイ作りのようなもの。違いますか?」


「チ、チサさん!? ソレ、ホントなんですか!?」


 新井は質問するが、彼女は依然として沈黙したままだ。


「……教えて下さい。あなたの、本当の目的は何ですか」


 俺が彼女にそう問いかけた時だった。

 不意に、バタンと勢いよく扉が開かれる音がした。


「は? えっ……、ちょ!? なに!?」


 新井が声を上げると、俺と田沼さんもそれに絆されるように入り口付近を見る。

 すると、スーツを着た刑事と思しき人物と、制服警官数名が事務所の中まで乗り込んできていた。


 そして、刑事がツカツカと俺たちの前まで身を乗り出し、警察手帳を掲げて言う。


「田沼 茅冴。公務執行妨害、及び内乱予備罪の疑いで逮捕する」



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