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怠慢①

 電話越しで何となく察していたが、やはり金の無心だった。

 と言っても、それは今に始まったことではないようだ。


 問題は、母親のホスト通いにあった。

 初めの内は、生活扶助の範囲で済んでいたようだが、徐々にのめり込むようになり、気付いた頃には住宅扶助にまで手をつけるようになっていく。

 そしてそれは、新井が大学に進学し、バイトを始めるようになると、より顕著になる。

 最近ではこうしたやり取りは、月末の恒例行事のようになっているらしい。


 元々、問題がある人だとは聞いていたが、どうやら事態は想定していたよりも拗れていたようだ。


「そうか……。確かに、()()()人だな」


 俺は苦し紛れにそう言うと、新井は苦笑交じりに頷く。


「ホントに、ね。生活保護受けてるクセにホス狂とか、マジ終わってるし……。こんなん、してるからバッシングされるんだよ……」


「とは言え、すぐには新井さんが懸念しているような事態にはならないでしょう。『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』と、憲法第25条、一項に記されていますからね」


 田沼さんは機械的なフォローをするが、新井は苦い表情を崩さない。


 生活保護は、言ってしまえば最後の砦だ。

 そこに至るまで追い詰められた人間にしか理解できない苦悩は、少なからずあるのだろう。

 事実、彼女はそれが原因で、友人関係に亀裂が生じたわけだ。

 俺や田沼さんが何と言ったところで、新井自身が抱えている罪悪感を払拭することは、現段階では難しい。

 特に、その最後の砦すら取り上げられ、半ば生存を拒否された俺たちのような人間に対しては、尚更思うところがあるはずだ。

 先程来から、新井の俺を見る目がやたらとよそよそしいのも、そういった後ろめたさから来ているのだろう。


「……『生存権』ってヤツですか? 空虚な言葉ですよね。普通に働いてるヤツですら、守られているか怪しいってのに」


「ある意味で、それを狙ってるのでしょう。行政の庇護を受けている人間が、普通に働く人間より厚待遇ともなれば、人々のフラストレーションは溜まっていきますからね」


「……そうして批判の目を逸らす、ですか?」


「はい、おっしゃる通り。こういった一部の事例を切り取り、過剰なまでに喧伝する。そうして世論を味方にすることが出来れば、堂々と社会保障費を削り取れますからね。それでいて、お上の支持基盤である経済団体にとってのネックである賃金も抑えることが出来る。まさに一石二鳥です。『水際作戦』と、よく聞くでしょう? 最近では、生活保護を打ち切った担当者にインセンティブが発生する自治体もあるくらいです」


「吐き気がしますね……。ただまぁ、新井の母親のケースは流石に少し酷いとは思いますが。……つーか素朴な疑問なんだが、ホストクラブってその程度で済むモンなのか? 言っちゃなんだが、所詮は『扶助費』だろ?」


「そのことなんだけどさ……。実はちょっと問題があってさ……」


 いつになく、歯切れの悪い様子で新井はゆっくりと口を開く。

 そんな彼女を前に、俺は嫌な胸騒ぎを覚えた。




「はぁ? ()()をやってるだぁ?」


「うん……。ココ最近、さ。何回か、ホテル街でお母さんが知らないオッサンと歩いてるの見たんだよね……。全員、違う人だったから、多分そうだと思う……」


「でも、当然と言えば当然かも知れませんね。それだけ、ホストに入れ込んでいるのであれば、保護費や新井さんのバイト代だけでは到底足りないでしょうから。溜まりに溜まった売掛分を請求され、致し方なく……、といったところでしょうか?」


「……一応聞くが、ソレがどういうことか、分かってるよな?」


 俺が聞くと、新井は涙ぐみながら頷く。

 生活保護受給者は、逐一収入を報告する義務があるが、まさか売春で稼いでいることをバカ正直に言うはずはない。

 万が一、現場を見ていたケースワーカーや第三者から告発が入れば、事態は更に拗れるだろう。

 役所から不正受給認定をされてしまえば、保護の打ち切りでは済まない。

 支給額の40%を上乗せした額の返還を求められ、最悪の場合には刑事罰のオマケ付きだ。


「お母さんさ、持病があるんよ。だから長時間は働けなくてさ。生活保護もしょうがないって思ってた……。なのに……、ホストに貢いだ挙げ句、よりによって身体売るとか……。アホくさいやら、情けないやら……。ホントにオギワラに申し訳なくて」


「……なんでそこで俺の名前が出てくるんだよ」


「だって、オギワラん家。生活保護受けられなかったんでしょ? 詳しい事情は知らないけどさ。アタシらみたいなのがいるから、オギワラたちが迷惑するんだよね……。でも、ごめん。アタシ、お母さんのこと頭ごなしに責められない。アタシだって、何だかんだ恩恵受けちゃってるから……」


 新井は声を震わせて、そう話す。

 やはり、か。

 新井は新井で、疚しさを抱えていたようだ。

 だが……。俺に言わせれば、そんなことは心底どうでもいい。

 

「……なるほど。それは()()()()


 その時だった。

 田沼さんは場違いなセリフとともに、意味深に微笑む。

 そんな彼女を見て、新井はより一層動揺する。

 

「新井さん。提案があります」


「は、はい……」


「我が社に、依頼してみませんか?」


「えっ!?」


 田沼さんの提案に、新井は仰け反る。


「もちろん、報酬もお気になさらず。この件については、私の個人的な案件として、処理しておきます。後々、新井さんに何か請求が行くようなことはありませんので、どうかご安心下さい」


「は、はぁ……」


 的を射ない田沼さんの応えに、新井は一層目を泳がせる。

 彼女の急な申し出に、軽く混乱している新井はさておき、俺としては彼女の意図くらいは詮索しておくべきだろう。

 

「……何が目的ですか?」


「無論、荻原さんを手に入れるため、ですよ」


「話が見えません……」


 俺の言葉に、彼女はフゥと深く息を吐き、新井の方へ向き直る。


「新井さん。現在、あなたを悩ませているもの、そして今後どうしていくべきかを整理しましょう。その上でまずお母様について、現状どう認識されていますか?」


「は、はい、そうですね……。確かにお母さんは、問題の多い人です。スゴく弱い人だと思います。依存体質っていうか……。離婚も二回目だって話、しましたっけ?」


「まぁ、話だけなら聞いてるが……」


「えぇ。新井さんの()()お父様のお話、ですね?」


 田沼さんが応えると、新井はフッと投げやりに口角を上げてみせる。


「お父さん、家のことに全く無関心だったらしいんです。全部お母さんに任せっきりで、仕事一筋って感じで……。実はアタシ、赤ちゃんだった頃に死にかけたことがあって……」


 そこから新井は、どこか呆れるように語り出す。


 新井が生後5ヶ月を迎えた頃の話だ。

 その日、母親は高校時代の同窓会があり、自宅には偶々有給を取っていた父親と新井の二人だけだった。

 普段、仕事ばかりで家庭を顧みない父親が、珍しく家に居るということで、母親としてもすっかり安心しきっていたようだ。

 しかしそんな油断が、とある事件を引き起こしてしまう。

 当時、『ハイハイ』を覚えたばかりの新井は父親の目を盗み、リビングまで移動し、床に落ちていたたばこの吸い殻を誤飲してしまったのだ。

 父親はと言うと、前日に持ち越していた仕事に夢中で気付かず、発覚したのは母親が帰宅後のことだった、と言う。


 その後、夫婦はすぐに病院へと向かう。

 幸いにも、命に別状はなかったが、後少し発見が遅れていれば重大な後遺症が残る可能性もあったらしい。

 当然、母親は父親に抗議する。

 しかし父親は、反省の色を見せないだけならまだしも、逆に発見が遅れた責任を外出していた母親に全て擦り付け、叱責した。

 そればかりか、同窓会へ出席したことを(あげつら)い、彼女の不倫まで疑う始末だった。


 流石に、これには母親も言葉が出なかったようだ。

 この一件をきっかけに、新井の母親は父親に対して強い不信感を抱くようになる。

 元々、親同士が決めた結婚ともあって、新井が生まれた頃にはすっかり関係は冷え込んでいた。

 彼女の心が完全に離れるのは、必然だった。


『この男と居たら、いつか娘が殺される』


 そんな予感が、彼女を不倫へと駆り立てる。

 母親は、同窓会で再会したクラスメイトの男に連絡を取り、まだ幼い新井を連れて、逃げるように父親の前から姿を消した。



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