醜悪⑬
「ち、ちょっとチサさんっ! オギワラが提供先って、どういうことですか!?」
「そのままの意味ですよ。私の方で勘案した結果、荻原さんが提供先として相応しいと判断した次第です」
「は、はぁ!? い、意味分かんないし……」
田沼さんの唐突な物言いに、新井は酷く困惑した様子で聞くが、当の本人はまるで意に介する様子はない。
埒が明かないとでも言いたげに、新井は俺を横目で見る。
「まだ分からんかね? キミたちは煮え湯を飲まされたんだよ。この田沼社長にね」
「あら! 心外ですわ、石橋取締役。私は最初から最後まで筋を通したまで、ですよ」
「そうですね。そういうことにしておきましょう」
そう言って、石橋の父親はニヤリとほくそ笑む。
「はてさて、荻原さん。何からお話すればよろしいでしょうかね?」
田沼さんはそう言って、俺に向き直る。
『何から話せばいいか』などと親切心をのぞかせてはいるが、そう話す爛々とした顔からは、俺や新井への忖度など微塵も感じ取れない。
「……弁明したいことがあるなら、そちらから話せばいいのでは?」
「ふふ。実に荻原さんらしい回答だ。いいでしょう。今、荻原さんがお考えのことを一つずつ暴いてご覧にいれましょう!」
田沼さんは高らかに意気込むと、嬉々とした表情で語り始める。
「荻原さん。まずは今一度、おさらいしましょう。そもそも推定潜在境遇ポイントは、対になる境遇エリアに合わせ、鑑定値とは文字通り対になるよう算出されます。例えば、推定潜在境遇ポイントの1点は、鑑定値で言うところの49点と同水準。つまりこのケースでは、提供先は『A』のランク帯から選ばれることになります。そこまでは分かりますね?」
「……まぁ、万が一俺みたいなヤツが選ばれたら、泣きっ面に蜂ですからね。それは分かりますよ。だからこそ、今あなたのおっしゃっていることが理解できないんですがね」
「石橋さんの鑑定値は40点。対になる境遇エリアは『D』。この辺りは、それなりの上流階級でもなければ該当しない。よって自分が提供先に選ばれることはない。荻原さんは今、そのようにお考えのはずです」
「良くお分かりで……」
俺が応えると、彼女はニヤリと上唇を上げ、その不敵な笑みに拍車を掛けた。
「何が……、とまでは申しませんが荻原さんも、石橋さんに負けず劣らずの人生を送っておられることは承知しています。事実、荻原さんの推定潜在境遇ポイントは決して高いとは言えませんでした。であれば、荻原さんが『D』帯に該当することも提供先の候補になることも、原則として有り得ません」
「原則、ですか……」
すると、彼女はフフンと得意げに笑う。
「そう。飽くまで原則。というのも、荻原さん。対になる境遇エリアは、推定潜在境遇ポイントのみで決まるものではありません」
「……は?」
俺がそう言うと、田沼さんは無言で頷く。
「考えてもみて下さい。そもそも、この推定潜在境遇ポイント。職業や年収はともかくとして、性別・容姿・系譜・家族構成といった自身では動かしようもない、言わば初期ステータスが判定基準の中心。我々が一から情報を精査し、スコアリングした鑑定値と比べ、果たして遜色ないと言えるでしょうか?」
「まぁ……、言えないでしょうね。そもそも、全国民の鑑定値を算出するのは無理がある。だからこそ、それが現実的な妥協点だっていう話だったと思いますが?」
「はい。おっしゃる通り。ですが政府としても、正当性の担保が我々の鑑定結果だけでは、面目が保てませんからね。飽くまで、あちらは管理する側でいたいのでしょう。だからこそ、エリア判別を行う上で、他のある基準を設けた。何か分かりますか?」
「いえ……」
俺が応えると、田沼さんはひと呼吸置いた後、続ける。
「犯罪経歴」
彼女がそう言った瞬間、俺は不意に立ちくらみに襲われる。
「大丈夫ですか?」
彼女はその場でふらついてしまった俺に近付き、わざとらしく顔を覗き込んでくる。
「い、いえ。何でも……」
体制を立て直し、やっとの思いでそう吐き出すと、彼女は『ふぅ』と安堵の息を吐く。
そして、軽く咳払いをした後、話に戻る。
「……まぁそこも言ってしまえば、一種のバランスなのです。犯罪はある意味で、究極の自助とも言えますからね。犯罪に手を染めている時点で一定の救済はされている、という捉え方なのでしょう。ですから、スコアもそれに応じて加算される、という仕組みになっているんです」
「犯罪経歴、ですか……。心当たりがありませんね」
「……ココで言う犯罪経歴は、近親者も含まれるのです。あなたもよく知っているでしょう? 世の人間は『加害者家族』などと、一括にレッテル張りをして、後ろ指を差すことを。まぁ荻原さんの場合、少し作為的なもの感じざるを得ませんが」
「アンタ、やっぱり……」
田沼さんは、コクリと頷く。
「……まぁいいです。その件については、後ほどたっぷりと聞くことにします。でも、ヘンですねぇ……。それなら、里津華の件はどう説明つけてくれるんですか? あなたのおっしゃる通り、犯罪が救済だと言うなら里津華のランク帯も、もっと跳ね上がってなきゃおかしいんじゃないですか?」
「里津華さんの場合、まだ表沙汰になっていませんでしたからね。飽くまで、起訴を経て、有罪判決を受けた罪目のみが考慮されるわけです」
淡々と、淀みなく。
外堀を埋めていくかのように。
俺の疑問を一つずつ解消していく彼女の言葉たちは、まるで初めから用意されていたかのようだった。
同時に、これまで感じていた彼女への違和感の正体も、少しずつ紐解かれていくかのようで、不気味に感じてしまう。
思えば、初めからおかしかったのだ。
新井が窮地を迎えていた時、彼女が近くに居たのは偶然か。
そしてその後、新井が俺を連れてくることも。
もし、それら一切合切が意図的だったのだとすれば……。
「……何でそんな大事なこと、黙ってたんですか?」
「言ったところで、どうなるというのでしょう? 機械的に算出される数値に関して、私たちが何か干渉できるとでも? そもそもこれは、内閣府の内々で厳重に管理された非公開のデータ。社員に向けてとは言え、おいそれと口外できるものではありません」
開き直るようにそう話す彼女の表情は淡々としていて、特段嘘を言っている気配は感じない。
恐らく、それ自体は事実なのだろう。
これ以上、そこを突いたところで話は進まない。
次へ進むべきだ。
「……なるほど。それについては分かりましたよ。でも、それだけだと、話は繋がらない。信用ならない人だとは思っていましたが、まさかあなた自身が情報漏洩の元凶だとは思いませんでしたよ。石橋の父親と会ったことも、鑑定結果を伝えたのも、事後報告だったはずですがね! 結局、あなたは先回りと称して、何をしていたんですか!?」
「だから言ったでしょう。準備は万端だと。全ては計画のため、です」
田沼さんは、いつもの調子で言い切る。
「そう言えば、石橋取締役との馴れ初めをまだお話ししていませんでしたね」
すると、彼女は石橋の父親に視線を流す。
「彼、実は地域経済活性化有識者会議という、内閣府直属の諮問機関のメンバーでしてね。まぁご存知の通り、私自身も政府とは少なからず因縁がありますので、言ってしまえばその繋がりでしょうか?」
「キミも聞いてるだろ? 田沼社長の会社が警察沙汰になったって話。実はアレね。私も一枚噛んでいてね」
「……は?」
石橋の父親にそう言われ、俺の視線は自然と田沼さんの方へ吸い寄せられる。
だが、彼女は顔色一つ変えずに、俺を凝視していた。
「まぁ言ってみりゃ、貸し借りの関係だよ! 組織のガバナンス強化を条件に事業の継続を政府に進言したんだ。宇沢くんと一緒にね。……で、まぁ、その代わりと言っちゃなんだけど、万が一ウチに何か不都合があった時には、ちょっとばかし依頼のプライオリティを上げてもらうようお願いしたんだよ」
石橋の父親はそう言って、煽るようにせせら笑う。
「いやあ! あの神取とかいう男が顧問弁護士をしてる会社から、急に妙な依頼があったから、もしやと思ったがやっぱりね! あの諦めの悪い弁護士のことだ。何かまた余計なことを企んでいるのかもしれないが、今更蒸し返されでもしたら、コチラとしては堪ったもんじゃないからね」
なるほど……。
どうやら、神取さんに聞くまでもなかったようだ。
石橋の父親はああ言っていたが、むしろこちらが蒸し返された気分になる。
「……大体分かりましたよ。つまり、アレですか? 田沼さんの弱みに付け込んだ上で、石橋の依頼の延長線で俺や母親にトドメを刺す、って算段ですかね?」
俺が聞くと、石橋の父親はその笑みを助長させる。
「御名答! いやぁ、それにしてもキミが働いてるって聞いた時は驚いたよ! この前は不快な思いをさせて済まなかったね。でも勘違いしないでくれ。キミには何の恨みもない。ただね……。これからキミが受ける被害と私たちが被るダメージ。どちらが大きいか、キミなら分かるだろ?」
そう問いかけてくる石橋の父親の顔からは、何ら含みのようなものは感じなかった。
あまりにも屈折していて勝手な物言いだが、これが彼らの本音なのだろう。
だが、どこかそんな彼の言葉に、不思議と腑に落ちている自分もいた。
「……荻原さん。そういうことです」
まるで他人事かのように、田沼さんは言う。
「『そういうことです』、じゃないでしょ。どの口が言うんですかね……。別行動しようって言い出したのはそっちでしょうが……」
「その点については申し訳ありません。何分、荻原さんの動きについてはこちらとしても想定外でしたので。飽くまで、緊急措置的に致し方なく、です」
「想定外、ですか。それで……、ご丁寧にそんな根回しまでして何なんすかね。警察へ行ったのも口裏合わせか何かですか?」
「口裏合わせ……、ですか。実に荻原さんらしい表現ですね。それでいて、卑屈だ。でも違います。私にそんな権限はありませんし、何よりそれは司法への挑戦でしょう。そうですね……。敢えて言うならダメ押し、といったところでしょうか?」
自分でも分かる。
これは『動揺』だ。
もう、何も期待しない。俺は誰からも守られてはいけない。
そう割り切ったはずだった。
端から彼女のことを信頼していたわけではないが、彼女が石橋の父親と繋がりがあると言った時、不覚にも焦ってしまった。
俺は彼女に何を望んでいたのだろう。
腐っても、上司だからか?
そんな気の迷いのような、どこか懐かしい情動をうまく消化出来ず、俺は子供のように駄々をこねてしまう。
「何すか、それ……。ダメ押しって何だよ……。意味分からねぇよ……。アンタが何にどれだけ関わってんのか知らねぇけど、ダメ押しもクソも全部終わったことだろうが……。第一、石橋の依頼はどうすんだよっ! 一方的に仕事を押し付けておいて、都合が悪くなった途端にこれかっ!? あぁアレか! 俺たちはトカゲの尻尾かなんかですか!? こんなことまでして、アンタは俺たちにどうなって欲しいんだよっ!」
「そんなの決まっているでしょ。幸せになって欲しいんですよ」
田沼さんは間髪入れずにそう言い切ると、俺の耳元に顔を近付けてくる。
『誤解させてしまい、申し訳ありません。もうじき全て丸く収まりますよ』
彼女は小さくそう呟いた後、手持ちのビジネスバッグに手を突っ込み、ノートPCを取り出した。
「石橋取締役。これは、私があなた方に突きつける絶縁状であり、宣戦布告です」
「……は?」
呆ける石橋の父親を横目に、彼女はおもむろに取り出したノートPCを操作する。
そして、エンターキーを押したその時だった。
コンコンと、会議室のドアをノックする音が聞こえた。
「……なんだね」
ドア越しから石橋の父親が応えると、ゆっくりと扉が開き、秘書と思しき女性社員が青白い顔で入ってくる。
「石橋取締役」
彼女は小声でそう言うと、石橋の父親の耳元まで近付く。
「……何!? 地検が来た!?」




