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醜悪⑫

「まさかこの短期間で、また来ることになるとはな……。どの面下げて会えばいいんだよ……」

「あのオヤジ……、チャンスがあったらぶん殴ってやりたいわ。そういや、イシバシはお父さんとは久しぶりなんだっけ?」

「うん、そうだね。最後に会ったのが大学に入る前だから、2年ぶりくらいかな?」

「えっ!? じゃあイシバシが整形したこと知らないの!?」

「知らないよ。だから俺のこと見たら、驚くんじゃないかな? はは」


 数年振りの父親との対面を控えているというのに、石橋はどこか呑気だった。

 やたら血の気が多く、取り繕う気のない新井はともかくとして、人は虚勢を張るのには限界があるらしい。

 ふと横目で石橋の姿を見ると、父親の企業の社屋を前に、小刻みに足を震わせていた。


「……なぁ。父親と会うの、怖いか?」

「まぁそりゃあ多少は、ね……」


 無理もない、か。

 しかし、真の目的は父親に会うことではない。

 石橋には、それ以上の恐怖、場合によっては絶望を味わってもらうことになる。


「ていうか、ホント信じらんないし! 生活の面倒だけ見りゃいいってモンじゃないでしょっ!」

「はは。まぁさ。俺は()()じゃないんだしさ……。むしろ、こうして会う約束してくれる方が、奇跡みたいなもんだよ! 荻原くん、どうやって脅したのさ?」

「人聞き悪いこと言うな……。まぁちょっとした()()があってな。そんで……、ウチの社長さんはまだ来てねぇのか?」

「チサさん? さっき『今駅着いた』って連絡あったよ!」

「そうか……」

 

 『先回り』をするなどと、一方的に全てを押し付けてきた田沼さんは、最後まで鑑定に関与することはなかった。

 結局、電話で鑑定結果だけを伝えることになったが、詳しい過程など禄に聞き返すこともせず、『オールOK!』とだけ応えてきた。

 絶大な信頼の証なのか、度を超えた放任主義なのかは分からないが、一旦は彼女に乗せられてみることにした。

 だが、その後の発言に俺は度肝を抜かれる。

 

 『提供先は私が決める』と。


 意味が分からなかった。

 続けて彼女は、更に驚くべき言葉をぶつけてくる。


 『いつから貴様が担当者だと錯覚していた?』と。


 電話越しだが、殴りたくなった。

 ご丁寧に、渋みがかったニヒルな声色をつくってきたのも、よりイライラを助長させる。

 手続き的に瑕疵はないのか大いに疑問だったが、彼女いわく担当者によって()()()()()代理の人間が、鑑定士としての登録を済ませてさえいれば、問題はないらしい。

 どうにもしっくり来ず、手柄を横取りされた気分にもなるが、そうまでして彼女が担当を買って出る理由が分からない。

 やはり、この前俺が()()()()()()を気にしているのだろうか。

 

 だが、それでは不味い。

 既に石橋が初めに相談してきた時とは、事情が変わっている。

 俺は田沼さんに、石橋の父親と会ったこと、かつ俺たちの動きを把握していたこと、そして当初の前提が崩れたため石橋の望みを叶える見込みは薄いこと、現段階で俺が考えている石橋の()()()などを伝えた。

 すると田沼さんは、『問題ナッシング!』と何ともノスタルジックな言い回しで応え、俺の不安は最高潮に達する。

 再度、念を押したところ、『荻原さんの思いは伝わりました』と、またざっくりとした回答が返ってきた。

 そこからは取り付く島もないといった感じで、俺は諦めて電話を切った。

 

 そうこうしている内に、今日この日を迎えたわけなのだが……。

 不安はある。むしろ、不安しかない。

 だが、彼女なりに()()()()()()があったのだろう。

 3日前、『期日は一週間以内。再度、石橋の父親とアポイントを取っておくように』と、人によっては殺意さえ芽生えかねない無茶振りをしてきたのが、何よりの証拠だ。

 提供先は、父親に絞れたということなのだろう。

 しかし、そう都合良く話が進むのかは甚だ疑問ではあるが、鑑定値の操作はタブーだと釘を刺してきたのは、他でもない田沼さん自身だ。

 そんな彼女に限ってよもや不正などあり得ない……、とは言い切れないのは俺の心の弱さ、ということにしておこう……。

 いずれにせよ、またしても神取さんの根回しに頼らざるを得なくなったのは心苦しいところではある。


「あ! チサさんだ!」


 どうやら、()()()登場のようだ。

 新井は、向こう岸の道路に向かって勢い良く手を振り、田沼さんを導く。

 彼女はそれに気付くと、ニコリと微笑み、小さく手を振り返してみせる。

 まるで皇族が公務で見せるかのような穏やかさだ。


「これはこれは荻原さんに新井さんに、石橋さん。ご無沙汰しております」

 

 彼女は俺たちのもとに辿り着くと、白々しくも、深々と頭を下げてきた。

 石橋はそれに絆され、負けじと深く頭を下げる。

 俺は『どうも』とだけ応え、軽く会釈をした。


「いやぁ、流石は荻原さん! いつもながら、見事なご采配ですね!」


「何を言うかと思えば……。采配させる気もないクセに……。もしかして、まだ怒ってるんですか?」


「はて? 何のことでしょうか?」


 田沼さんは首を傾げ、惚けてみせる。


「……もういいですよ。それで……、俺の意図ってちゃんと伝わったんですかね?」


「えぇ、もちろん。今回については、荻原さんと私の()()とでも言いますか? これより先は全て私にお任せ下さい! きっと石橋さんも満足していただけると思いますよ!」


「そうですか……。それならまぁ、いいんですが……」


「それでは皆さん、行きますよ!」


 田沼さんは高らかに号令し、足早にエントランスへ駆けていった。

 各々溜息と苦笑いを溢しつつ、俺たちは彼女の後を追った。


「心ココにあらず、といったところでしょうか?」


 エレベーターの道すがらで、田沼さんは俺の横に陣取り、小声で俺の内心を実況してくる。

 こういった勘所が鋭い人間は、やはり苦手だ。


「……何なんすか、アンタは。そりゃあ、ひと一人の人生がかかってますからね。色々と思うところはありますよ」


「ほう。ご自身の人生については無頓着なのに、ですか?」


 そう指摘されることは目に見えていたはずだった。

 だが口を衝いて出てきたのは、そんな軽はずみな言葉だった。

 彼女は俺の動揺を見透かしたかのように、顔を綻ばせる。

 

()()()()()()じゃない、からですよ……。ある意味、コッチは他人の人生背負ってるようなもんですからね。なんだか、結婚相談所のアドバイザーの気持ちが少しだけ分かったような気がしますよ。やってることは真逆ですけど……」


「なるほど。荻原さんらしい言い回しですね。では荻原さんは、人を幸せにするために生きているようなものだ」


「……皮肉ですか?」


「いえ。文字通りの意味ですよ。よくよく、考えてみて下さい。荻原さんは今、()()()()()動いているかを」


「何のためって……、そんなの決まってるでしょ。金のためです。バイトなんですから」


「本当、ですか?」


 彼女はそう言って、どこか勘ぐるような視線を浴びせてくる。

 俺はそれから逃れるように、視線を逸らした。


「荻原さんのことです。『石橋さんのため』などと、恩着せがましいことを言うのには抵抗があるのかもしれません。ですが、傍から見ていればそれは明らか。荻原さんは誰よりも他人のことを考えている」


「別に、そんなことは……」


「荻原さんの『不幸』に、心を痛める人間も少なからずいる。山片さんの一件で、それは理解したはずですよね? ですから、そろそろ……。()()()()()()()()()()、動き出しても良い頃合いなのでは?」


「……何すかそれ。まるで意味が分からないし、田沼さんらしくもない。キャラ崩壊も甚だしいですね」


 気恥ずかしさか何なのかは知らないが、俺は誤魔化すように憎まれ口を叩く。


「まぁ酷い! でもそうですね……。もしこの先、荻原さんが前へ進む覚悟が出来た時にはウチを利用する、なんていかがですか? 我が社には、社員割もありますので」


「何でですか……。嫌ですよ。何か自爆営業みたいじゃないですか……」


 呆れる俺を見て、彼女はフフンと得意げに笑う。


「……ご心配には及びませんよ。荻原さんの()()は心得ていますし、石橋さんに不都合が生じることもありません。不肖、私としては決められたプロセスに則り、自分自身の役割を果たすのみ、です!」


「はぁ。そうですか……。でも俺としては、そのプロセスそのものを疑っているんですがね」


「おや? 不正をお疑いですか? 失礼ですねー。言ったでしょ? きちんとプロセスに則っていると。石橋さんの鑑定値は40点。対になる境遇エリアは『D』。きちんとこの中から選出しましたから!」


「まぁ、それなら良いんですが……」


 そう言いながら、俺はふと()()()()を思い出す。

 こうして、何事もなく帰還している以上、取り越し苦労のような気もしたが、『念の為』ということもある。


「……そう言えば、大丈夫でしたか?」


「はて? 何でしょうか?」


「ほら。言ったじゃないですか。石橋の父親は、俺たちや会社のことを知っていたって。コチラの動きはだだ漏れだとも……。先回りと称して何してきたのかは知りませんが、何かしらの牽制があると考えるのが自然でしょ? ……だけどまぁ、こうしてココにいるんですからね。田沼さんの動きは漏れていなかったんでしょう」


「あら、お優しい! 荻原さんは、私の身の上を案じて下さっているのですね!」


「またそうやって煙に巻いて……」


「言ったはずですよ。問題ないと。無論、それも含めてです」


「だから何なんすか、それ……」


「ふふ。直に分かりますよ。でもそうですね。()()()()荻原さんに、一つヒントを差し上げましょう」


「はい?」


「『敵を騙すにはまず味方から』、です! さぁ着きましたよ。皆さん、気を引き締めて下さいね!」


 チンと、到着を告げるチャイムを合図に、彼女は一方的に話を切り上げる。

 そうして俺たちを鼓舞するや否や、意気揚々とエレベーターを降りていった。

 

 受付を済ませると、俺たちは前回と同じ会議室に通される。

 部屋中央のテーブルに、左奥から田沼さん、俺、石橋、新井の順に座り、そのまま上座に迎えるべき人物を待った。


「……荻原くん。今日はありがとう」


 俺の隣りに座る石橋は、静かに呟く。

 そう話す視線は俺の方でなく、テーブルのどこか一点に向いていて、心細そうだった。


「……そういうのは、諸々終わってからにしとけ。それにお前は客だ。むしろ、こちらが『ありがとうございます』、だろ」


「そうじゃなくてさ……。まぁいいや! でもさ。コレだけは言っておくね」


「……んだよ」


「俺、ちゃんと覚悟出来てるから。だから荻原くんも、あんまり悩まないでね」


 そう言って、石橋は屈託なく笑った。

 石橋は、どこまでを分かっているというのだろうか。

 どこまでを受け入れるつもりなのだろうか。

 今の俺には、その答えを追及することが出来なかった。




「待たせたね」


 その後程なくして、俺たちの背後から、聞き覚えのある掠れた声が響き渡った。

 入り口の方へ振り向くと、石橋の父親が能面のような顔で俺たちを見下ろしていた。

 

「……この度はお忙しい中、ありがとうございます」


 俺は静かに席を立ち、形式的な挨拶をすると、石橋たちもそれに合わせるように立ち上がる。

 まるで数日前のことなどなかったかのようで、我ながら白々しい。

 石橋の父親も、薄っすらと口角を上げているものの、どこか張り付いたような笑顔だった。

 息子の石橋に対しては更に露骨で、その方向を見ようともしない。

 そもそも石橋だと気付いていない可能性もあるが……。

 

「こちらこそ、わざわざありがとう。荻原くんに新井さん。久しぶり、でもないか。はは」


 お得意の社会人しぐさというか、取って付けたような挨拶も、どこか皮肉じみている。

 その乾いた笑みを見るに、やはり俺たちのことを許してはいないようだ。

 皆、腹に一物を抱えていて、何かの拍子で瓦解してしまいそうな危うい雰囲気だ。


 そして、そんな空気を一瞬にして粉砕する人がいた。


()()()()()()()()()()、石橋取締役」


 田沼さんはするりと前に乗り出し、深々と頭を下げる。

 石橋の父親は田沼さんが名乗るなり、パァといった擬音が飛び出さんばかりに表情を変えると、媚び諂うように彼女のもとへ近付く。


「おっと! これはこれは、田沼社長! いらしておりましたか!? いやはや! 先日は、急遽不躾なお願いをしてしまい、申し訳ありませんな!」


「いえいえ。お気になさらずに」


「正直に申しますと、少し心配しておりました。田沼社長が、()()()()をされたのではないかと」


 石橋の父親はそう言って田沼さんの手を取り、ニヤリと笑う。


「まさか! こう見えて筋を通す人間ですので。義理を違えるようなことはありませんよ」


 田沼さんは負けじと不敵に笑い返す。 

 石橋はおろか、身内の俺や新井まで、完全に置いてけぼりだ。

 つい先程交わした会話も相まって、彼女への違和感は募るばかりだ。


「それで……、本日こうしてお越しいただいたということは、()()()()()()()()、と解釈してもよろしいですね?」


「えぇ。準備は万端です。計画に不備はありません」


「あ、あの」


 彼らの会話の途中、俺はたまらず小声を漏らす。

 

「おっと。これは、失礼致しました」


 田沼さんは俺の催促に気付くと、余裕綽々の笑みで応える。


「荻原さん。先日、私は()()()をすると言いましたね?」


「は、はい……」


「そして、つい先程。『敵を騙すにはまず味方から』、と言いましたね?」


 彼女にそう言われた瞬間、俺は全身の血の気が引き、激しい動悸に襲われる。


「……参考までに聞きますが、あなたにとっての()とは?」


 俺が聞くと、田沼さんはニタァと口角を上げる。


「荻原くん、茶番は終わりだよ。何分、こちらにも事情があってね。キミには悪いが、泣きを見てもらうことになるよ。でもさ……、こう言っちゃなんだけど、荻原くん。そういうの、慣れてるだろ?」


 石橋の父親はそう言って、煽るように笑う。

 もはや、俺に返せる言葉は残されていなかった。

 

「えっと……、あの、それはどういう……」


 やっとの思いで声を絞り出す俺に追い打ちをかけるように、田沼さんは不気味に微笑む。

 そして、ゆっくりと右腕を上げ、人差し指を俺に差し向ける。


「今回の提供先は荻原さん。あなたです」


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