醜悪⑦
「依頼人の不幸を鑑定して、他の第三者に提供か……。噂には聞いていたけど、本当にそんなことをする組織があったなんて、ね」
神取さんはそう言いながら、眉間に皺を寄せる。
彼のこの様子を見る限り、どうやら会社の存在自体は知らなかったようだ。
……それにしても、だ。
つくづく、釈然としない。
田沼さんは『一部でカルト的な人気を誇っている』と、確かに言っていた。
ならば、どうして俺は今の今まで知らなかったのだろうか。
新井にしても同じだ。
これは別に、俺たちが世間知らずだとかそういった話ではない。
一つの仮定として、顧客になり得る、つまり推定潜在境遇ポイントの低い人間に対して限定的に告知している、ということが考えられる。
しかし、その理屈で言うならば、俺も新井も立派な顧客候補だ。
もっと早い段階で、認識しているべきだろう。
まだまだ、ある。
政府との繋がりが公になると、政権運営に支障があると言っていた。
ならば何故、バイト程度の俺や新井に話した?
わざわざ、宇沢さんを紹介した?
あのUSBの件にしても、田沼さんと宇沢さんとの間で内々で済ませることも出来たはずだ。
次から次へ湧いてくる疑問の波に呑まれ、その場で立ち尽くしてしまいそうになる。
「……まぁとりあえずはそんな感じです。詳しい依頼内容は個人情報なんで言えませんが、父親の名前については石橋本人から直接聞きました」
「何かさ。聞いてた感じ、だいぶヤバい会社じゃない? その、提供? てのもよく分かんないし」
里津華はしみじみと言った。
「働いてる俺自身がよく分かってねぇんだ。里津華が分からなくて当然だよ。とりあえず提供云々については、企業秘密だから詳しくは言えないとだけ言っておく。……つーか、お前は実際にそのヤバい会社の餌食になったんだからな。何かしらの請求をされても文句は言えねぇと思ってるよ。少なくとも俺は」
「そ、そんなことしないし! むしろリッカは助かったよっ! サトルはもっと自分のやってることに自信持ちなって!」
里津華は慌てた様子で、俺の言葉を否定する。
彼女は彼女なりに、気を遣ってくれていることは痛いほど分かる。
だが……。自信を持て、と言われても土台無理な話だ。
俺がこの仕事をする理由。
『新井に泣きつかれたから?』
ただのきっかけだが、大きく言えばそれも理由の一つではある。
『田沼さんに言いくるめられたから?』
間違いではない。
『金のため?』
それも本当だ。金は欲しい。
いや……。突き詰めて考えると、全部ただの前置きに過ぎないのかもしれない。
そうでもして誤魔化さないと、疚しさに身体の隅々まで侵食されてしまいそうになる。
なら、何故そこまでして続ける?
本当に抵抗があるなら、拒絶することもできるはずだ。
確かに、里津華は『助かった』と言ってくれた。
であれば、結果オーライとも言える。
だが……、その結果が問題なのだ。
俺はこの仕事に、実績が出来てしまうことを恐れている。
肯定せざるを得ない状況に追い込まれることを、無意識的に恐れている。
一方で、里津華やフリ姉が縛られていたものから解放されたことも、紛うことなき事実だ。
一度考え出すと、ずっとその繰り返しだ。
そんな袋小路に入ってまで、俺がこの仕事を続ける理由は……。
「サ、サトル?」
ほんの一瞬だと思っていた。
どうやらかなりの間、考え込んでしまっていたらしい。
里津華は、俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「っ!? いや、すまん……。あぁそうかい、そうかい! お客様にそう思っていただけて、弊社としても冥利に尽きるよ!」
「心にもないこと言うなら、もう少し取り繕いなよ……。あとお客様はリッカちゃんじゃなくて、フリカさんだから」
新井は呆れるように呟いた。
俺は誤魔化すように咳払いし、本題に移る。
「……んで、結局石橋の親父さんとは、どういった関係なんですか?」
「そのことなんだけどさ……。今は話すのを止めておくよ。というより聞かない方が良いと思うんだ」
「……どういうことっすか?」
「恐らく、キミたちの判断の邪魔になる」
「何すかソレ……」
「直に分かるよ。それにこれは俺の憶測も入ってるからね! 事実ベースで話を進めるのは、弁護士の基本だろ?」
「……流石ですね。煙に巻き方が犯罪級だ」
「人聞き悪いこと言わないでくれ! でも、これだけは約束するよ。時が来たら、必ず話す」
神取さんは真っ直ぐに俺を見据えて言う。
「……分かりましたよ」
どうやら譲る気配はなさそうだ。
俺が溜息を交え了承すると、神取さんは小さく笑った。
「てか、それは分かったんだけどさ。じゃあ何でサトルたちはココに来たの?」
里津華が話題を変えると、神取さんはここぞとばかりに嬉しそうにほくそ笑む。
寸刻前までの緊迫感は何処へ消えたのやら、本当に忙しい人たちだ。
「何か、山片さんのことが心配で心配で仕方なくて、来たらしいよ! 仕事も放り出してさ!」
「だから、言葉足らずだって言ってるでしょ……。いやまぁ、神取さんとちょっとした行き違いがあってな……。そんな感じだから、もう帰るよ」
「ふーん」
里津華はそう呟くと、頬を緩ませて、ねっとりとした視線を浴びせてくる。
「……んだよ?」
「べっつにー。何のことか知らないけど、そんなにリッカのこと心配だったんだー」
ココへやって来た時の般若のような面構えが嘘のように、目の前の少女はやたらと満足そうだ。
「……そりゃあな。底辺には底辺なりのプライドってモンがあるからな」
俺がそう言うと、里津華は少し呆けた表情で言葉を詰まらせた後、思い出したかのようにクスッと微笑む。
「そうだね……。サトルって、ずっとそんな感じだったよね」
「『そんな感じ』ってなんだよ……」
「『そんな感じ』はそんな感じだよ。そうだ! 忘れない内に言っておくね。神取さん、紹介してくれてありがと」
里津華は随分と改まった様子で、俺に頭を下げてくる。
「……礼を言うのはまだ早いっつーの。そういうのは、執行猶予の一つでも勝ち取ってから言ってくれ。第一、まだ分かんねぇぞ? そこの人、プレッシャーに弱いしな」
「おっと。依頼者の不安をイタズラに煽るのは関心しないな」
「あなたが勝てばいいだけの話では?」
「やめてくれよ……。これ以上、プレッシャーを増やすのは」
「どんだけトラウマになってんすか……。え、大丈夫ですよね?」
俺がそう聞くと、神取さんはふふっと冗談めいた雰囲気で笑う。
「大丈夫だから、そんな顔しないでよ! あっ、そうだ! 詳しいことは話せないけど、代わりに一つ良いことを教えよう。きっと、その鑑定? の役に立つと思うよ!」
「へ? 何すか?」
俺がそう聞くと、神取さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「直接、話してみる気はないかい? 石橋 実鷹と」




