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醜悪④

「……は? マジ?」


「うん。爺ちゃんに言われてたんだってさ。何かさ。保険ってワケじゃないけど、色々と見越してたみたい。『いつか、北信共立の娘との子どもが足を引っ張る日がくる』って」


「はぁ!? 足を引っ張るって、どういうことだし!?」


「そのままの意味だよ。実際、()()()()なんだしね。まぁそんなワケだから、親父は俺じゃなくて、ちょうど同じくらいのタイミングで生まれた愛人の子の方を認知したんだよ」


「……なぁ。まさかとは思うが、母親は知ってたのか?」


 俺の問いかけに、石橋は一瞬ピクリと身体を揺らす。

 ためらうかに見えたが、すぐに諦めるように口を開く。


「……知ってるよ。なんたってソレを承知で受け入れたんだから。母さんも。北信共立の頭取も」


「え!? 嘘でしょ……」


「ホントだよ。条件っていっても、救済するのは結局ウチだからね。決定権は頭取にあるけど、北信共立だって一枚岩じゃない。あんまり長い間ゴネてると、統合賛成派と反対派で組織が分裂しかねないから……。爺ちゃんはそこを突いたんだよ。それで最終的には『娘がソレで良いなら……』って、頭取も納得したんだ」


 倫理観もへったくれもない。まるで現代の側室制度だ。

 そんな時代錯誤という言葉で片付けて良いのか分からない話に、新井は動揺の色を剥き出しにする。


「……下らない、と思ったろ? でもね。最後の最後はそんなところで差がつくんだよ。不思議なことにね。だから皆、必死に隠そうとする。蓋をしようとする。上に行くためには、ちょっとの()()が命取りになるからね。それだけ見え方って重要なんだよ。大人にとってさ」


「日本には嫡出推定(ちゃくしゅつすいてい)制度があります。法律上、婚姻関係にあるパートナーが産んだ子を認知しないということは、基本的に認められていないはずですが……」


 田沼さんがそう聞くと、石橋は不敵に微笑む。


「ええ。ですからそもそも婚姻届は提出されていない。親父と母さんは、今でも事実婚という状態です。よって、法律上の夫婦関係も存在していない。全ては頭取である祖父の意向で、ね」


「……ソレ、表沙汰になったら問題だろ。それこそ、人物像だとか以前の話だ」


「だろうね。でも逆に言えば、それだけ隠したかったってことだろ。要するにさ。俺は生まれてきちゃいけない存在だったんだよ」


「そんな言い方……」


 石橋の躊躇しない口振りに、新井は珍しく口籠る。


「でもね……。誤解はして欲しくないんだ。母さんは、俺を見捨てずにいてくれた。だから感謝もしてるし、恨みとかはない。たださ……。母さんの方はそうもいかないみたいでね。親父たちが、あそこまで露骨に俺を遠ざけるとは思ってなかったらしくてさ。『自分のせいで……』って思いが強いみたいなんだ」


「……お前が整形に踏み切った理由はそれか?」


 俺が聞くと、石橋は黙って頷いた。


「あの人さ! 謝るのがクセになってるんだよ! 事あるごとにごめんね、ごめんねって……。何に対してなんだろうね。俺が母さんに似て生まれたこと? そもそも俺を生んだこと? 聞いたこともないけどさ! 俺が物心ついた頃には、ずっとその調子でさ。だったらもう、俺が変わるしかないじゃん? 俺が少しでも浮上したってところ見せないとさ……。だって、そうしなきゃ母さん。ずっと救われないままだったろうし……」


 石橋は、どこか言い聞かせるようにまくし立てる。

 初めこそ虚勢を張り、笑って見せていたものの、徐々に勢いを失い憔悴していく様子は、痛々しくて見ていられなかった。


「荻原くんに新井さん。俺はさ……。石橋家の子どもとして、第一関門すら突破出来なかったんだよ。代用品ですらないんだ。キミたちに分かるかな? この惨めさが」

  

 石橋の爺さんや父親を突き動かしているものの正体を、俺は知らない。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 当人たちは、至って()()だ。

 だからこそ、質が悪い。

 石橋は、そんな大人たちの『真剣勝負』に、生まれながらにして巻き込まれたのだ。

 そして、勝負の邪魔だからと切り捨てられた。


 何も言えまい……。

 大人の都合で生まれ、大人の都合でその存在を否定された人間に対して、何も知らない外野が不躾に掛けられる言葉などあるはずがない。


「……まぁ分からねぇな。お前ら上流階級の話なんざ、俺たち庶民が共感できるわけねぇだろ。コッチは毎日生きるだけで、一杯一杯だっつーの。むしろ、整形できるだけの財力があるだけ、羨ましいとすら思っちまう」


「そっか。だよね……」


 石橋はそう言って、フッと力なく笑った。

 そうだ。俺が石橋の質問に唯一出せる答えは、所詮この程度だ。

 ただ、それでも。

 無理矢理にでも、俺と石橋の間に共通点を見出すとすれば……。


「だけどな。そういうことじゃないんだよな……。『不幸』って。コレで金儲けしておいてなんだが、そもそも他人が採点していいモンじゃねぇんだよ。当たり前だけどな。だってお前、少なからず思ってんだろ? 『生まれて来なきゃ良かった』って。そうやって、この世の全ての不幸を背負った気になって、自分自身が救われることから目を背ける。そういう気持ちだけはまぁ……、何となく分かるよ。ただな……」


 知らず知らずのうちに、石橋を誘導しようとしている自分に驚かされる。

 全ては、金のため。

 そう前置きでもしておかないと、自分の中の何かが崩れてしまいそうだ。

 

「ただな。残念ながら、俺たちは生まれてきた以上、幸せになる義務があるらしいぞ。それが()()()()()()()()()、な。でしょ?」


 俺はそう言って、田沼さんの方を向く。

 彼女は俺の同調圧力に屈するでもなく、ただただその目を歪め、お得意の悪魔のような笑みで、俺を凝視する。

 新井に至っては、目を丸くさせ、まるで天然記念物を見るかのような視線を浴びせてきた。


 ……二人が言いたいことは何となく分かる。

 少なくとも俺のキャラではないし、元を辿ればこれも田沼さんの詭弁だ。

 他人が吐いた、まやかし染みた論理にタダ乗りするのは癪だが、今日のところはそれでもいい。

 石橋が今この瞬間、一歩踏み出すきっかけになり得るのであれば……。

 そう考えてしまうあたり、近頃俺も()()()毒されてきているのだろう。


「あの……、何か言ってもらえます? 元はと言えばアンタが言ったことでしょうが」

「ふふ。そうですね。荻原さんの仰る通り! よくもまぁ、自分を棚に上げて、ヌケヌケと好き勝手言えたものですね。完全なブーメランじゃないですか! よっ! 我が社のホープ!」


 田沼さんはそう言って、サムズアップをする。


「……褒めてるのか貶してるのか、どっちなんすかね。まぁ本人が迷ってるって言ってるんですからね。こっちとしちゃあ、貴重なビジネスチャンスを逃すワケにはいかないでしょ? ……で、どうなんだ。お前は、どう思うんだ?」


 俺は石橋に向き直り、問いかける。


「うん……。そうだね。幸せになれるならそれに越したことはない、かな」


「分かった。ウチはお前が望むなら、何かが変わるきっかけくらいにはなってやれる、かもしれない……。その上で、改めて聞かせてくれ。お前がココへ来た動機はなんだ? お前が今迷っていることはなんだ?」


 俺は、今一度石橋の目を真っ直ぐに見つめる。

 石橋はごくりと唾を飲んだ後、ぽつりぽつりと話し出す。


「小学生時代の話も、別に嘘ってわけじゃない……。辛かったのも本当だし、今でもトラウマになってる」


「あぁ」


「でもさ……。それ以上に辛かったのは、自分がいない方が世の中上手く回っていくって気付いたことなんだよ。特に母さんに対しては、ね。荻原くんの言う通り、ずっと思ってたよ。生まれて来なけりゃ良かったって」


「……あぁ」


「なら……、なら、せめて母さんにはこれ以上心配掛けたくないって思って、整形に踏み切ったんだ。でもさ……。こうして変わってから、やっと気付いた。結局、根本で燻ってるものって、そう簡単に変わらないって。俺がずっとこんなんだからさ……。母さん、今でも時々凄い苦しそうな顔するんだ」


「……だから、お前はこうしてココへやって来た。でも、お前は母親を動機に使うことに抵抗を感じている」


「そりゃあ、そうだよっ! 母さん、根っからの善人だし。万が一、自分が発端で()()()不幸になったなんて知ったら、きっと耐えられないと思うんだ。たとえ、それが顔も知らない誰かであっても、さ」


「でも、お前は違う」


 俺の言葉に、石橋はコクリと静かに頷いた。

 その悲壮な面持ちとは裏腹に、強固な意志を感じた。


「俺さ……。考えたんだ。もし、不幸になるのが親父や爺ちゃんだったらって。それこそ露頭に迷うくらいに。そうなれば、どさくさ紛れに母さんを親父たちから引き剥がせるって……。そんな風に思っちゃったんだよね」

 

「なるほどな。それで適当な動機をでっち上げた、と。飽くまで、母親は無関係である体裁を取るために。まぁ、不幸に追いやろうって相手が身内だってんだから、なおのことそう思うだろうな」


「……これは俺の依頼だよ。母さんは関係ない。俺は……、俺の意志と責任で親父たちを貶すんだって、そう思ったから……。でもそれじゃダメなんだよね! 正直に言わないと」


「まぁ、正確な鑑定値を算出するって意味ではな」


 すると、その時。

 突如、田沼さんが立ち上がる。


「結論から申し上げます。大変申し訳ありませんが、石橋さん。あなたのご期待に添えることはできません」


 深々と頭を下げた彼女を前に、石橋はたじろぐ。


「えっと……、あの、それはどういうことでしょうか?」


 そのあまりの剣幕に、石橋は恐る恐ると言った様子で問いかける。

 だが、彼女は口を噤んだままだ。

 そればかりか、無言で俺の方にちらりと視線を向け、()()を催促してくる。

 遺憾ながらそれを分かってしまったあたり、やはり俺はこの仕事に染まりつつあるのかもしれない。


「あー、あのな。ここまで言わせておいて何だが、ココは別に復讐代行業者とかじゃねぇんだよ。依頼人が体験した同価値の『不幸』を()()に分け与えて社会全体のバランスを保つ、ってのがウチの建前なんでな、一応。だから、特定の誰かにピンポイントに……、ってのは無理なんだよ。動機がなんであれな」


「そ、そっか……」


 俺が彼女の代弁をすると、石橋は口惜しそうな顔で俯く。

 それを見た田沼さんは、『よく言った!』とでも言いたげに俺に微笑みかけてくる。

 ……石橋の気も知らずに、随分と勝手なものだ。

 このまま、彼女の手のひらの上で転がされたままというのも癪だ。

 ココは、少し彼女を揺さぶってみるのも悪くない。


 元々、疑問には思っていた。

 俺たちは、()()()()介入が許されているのか。

 政府のお偉方が容認している、この殺伐とした事業。

 ある種の狂った統治システムの一貫とも言えるだろう。

 だが、政府の目的は飽くまで批判の矛先を逸らすことだ。

 であれば、その大原則が守られている限り、ルールなどいくらでも歪められるのではないだろうか。 

  

「……そう言えば何でしたっけ? あの、推定何ちゃら? ってヤツ。アレって、定期的に更新されるんでしたよね?」


「荻原さん。依頼人の前です」


 田沼さんはそう言って、射抜くかのような凄みの効いた視線を俺に向け、注意喚起してくる。

 その、いつになく冷え切った声に、俺は思わず息を呑んだ。


「知ってますよ……。ですから、ボヤかしたじゃないですか。別に深い意味はありませんよ。でも、もしそうなら候補者も定期的に変わるのかなって思って」


「……何が言いたいのですか?」


「別に……。ただ、何ていうんですか? 変わることが分かってるのなら、少しは()()()があるんじゃないかって、思っただけです」


「下手なことを考えるのはおやめなさい。荻原さんが、石橋さんの何にシンパシーを感じているのかは存じませんが、あなたのソレは明確な反則行為であり、犯罪行為です。まさか依頼のために自らの手を汚すつもりですか? それこそマッチポンプでしょうが……」


「だから飽くまで()()()()()、ですよ……」


「……応用が利くというのは大変結構ですが、山片さんの一件は基本理念とプロセスを踏襲していたからこそ、成り立っていたのです。まずはそのことを理解して下さい」


 彼女は再び石橋の方に向き直る。


「石橋さん。この件、弊社の方で一度預からせていただけませんか。無論、お父様方が提供先候補であった場合、問題なく石橋さんのご希望に応えることが出来るでしょう。ですが、そうでないことも十分に考えられます。その場合、依頼についても考え直していただく方が得策かと思います。他でもない、お母様のためにも……」


「は、はい……」


「本日はお忙しい中、弊社にお越しいただきありがとうございます。それでは、道中お気をつけて」


 田沼さんはそう言うと、石橋を急かしつけ、半ば追い出すようにエレベーターまで誘導した。


 正直に言って、面食らった。

 彼女がここまで血相を変えたこともそうだが、まさか依頼を断る可能性すら匂わせるとは思ってもみなかった。

 それも、どこかまた感情的というか、引っかかるような物言いで、だ。

 ここしばらく頭から離れていた疑問が、また俺の脳裏を掠める。

 この仕事の存在意義……、いや。

 彼女を動かしているものは、一体何なのだろうか。



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