(33)居酒屋村役場
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コタツで寝ると、体が痛い。しかし今はそれもやむを得ない。あっちで布団を干しているからだ。ちゃんと乾くといいが。
こっちはまだ14時だ。とりあえず、塩と油を買いに行かなければ。おっと、まずは先にピザソースとガーリックトーストのレシピ検索だ。帰ってから「あれも買えば良かった」は俺の得意技。
油断していた。「ピザソース レシピ」だけで膨大なパターンが引っかかる。ガーリックトーストもだ。とりあえず、有名サイトのベーシックなレシピに目を通す。あっちでも作れるように、出来るだけシンプルなヤツだ。いくつか目を通して、大体理解した。玉ねぎのみじん切りとニンニクのすりおろし、トマトを煮込む。味付けは、塩とハーブだ。オレガノって聞いたことがあるような、ないような。あっちで採れるハーブならいいんだが、今のところ彼らが収集した植物の中には含まれていない。これも後で種をポチっておくか。
ガーリックトーストにはパセリが付き物だ。買って来よう。それにしても、いずれにせよニンニクはすりおろさなければならないな。すりおろしや微塵切りが楽になるようなグッズが欲しくなる。いやいや、何で俺が村人全員分のピザソースやガーリックトーストを作る気になってるんだ。しっかりしろ。あっちでも社畜になってどうするんだ。
さあ、そうと決まれば出陣だ。部屋着から着替えてスーパーへ。お、サラダ油が特売だ。昼過ぎで残りわずかだが、残っていてよかった。おひとり様2本まで、ゲットだ。そして塩。普通の精製塩なら割と安価で大量に買える。しかし100人分となればどうかな。とりあえず、2キロほど。そしてパセリとオレガノも買い物カゴへ。オレガノは瓶入り乾燥粉末なので栽培は無理そうだが、パセリは畑で殖やせるだろう。
そういえば、ワインにするブドウが欲しいって言われてたな。あんなに美味いのが作れるなら、投資してもいいだろう。とはいえ、こないだ昼休みにチラッと調べたが、そもそもワイン用のブドウは市販してないらしい。本格的なのは後日何とか入手方法を考えるとして、今日は青果コーナーで果皮の赤いブドウをゲットだ。少し値は張るが、いずれ美味い酒に変わるなら安いものだ。それから、ワインにはチーズ。ピザソースとピザ用チーズもリピートしておこう。
次は100均へ。おろし金を1つ…いや、村人も使うだろうから、5つほどゲットだ。そしてアニェッラには追加で包丁を3本ほど買ってやる。村人のタンパク源調達のためなら仕方ない。
あとそれから、こないだ役場で酒盛りをする時に客用コップを使って渡したままだ。せっかくワインが飲めるんだから、ワイングラスが欲しい。100均で買うのもどうかと思うが、俺には高級品との差は分からない。何なら、ファミレスのプラスチックのワイングラスでいいくらいだ。そうだ、プラのヤツを買おう。割れにくいし。こっちもとりあえず自分用に1つ、来客用に5つだ。それからフードコンテナ。こいつはいくつあっても足りない。
そして、ワインを冷やすなら相応の入れ物が要るだろう。しかしさすがにワインボトルはなかった。せいぜい麦茶用のピッチャーくらいしか。仕方がないので、梅酒なんかが入ってそうな蓋付きの瓶をゲット。しかしよく考えたら、これならペットボトルで良かったかも知れない。
さて、ブツが揃えばあっちにダイブだ。タイマーはとりあえず19時にセット。冷蔵庫もインベントリに入れた。ワインとピザが俺を呼んでいる。
おはようございます。こちらは毎回快晴。ベランダを開けると心地よい朝の空気。残っていた作物を取り込んで、まずはトマトと玉ねぎの大量生産から。そしてパセリも殖やして…と操作していて気が付いた。オレガノ、乾燥粉末なのに、殖やせるっぽい。
果たしてオレガノは、1瓶全部使って10分待って、ひょろっひょろの苗が1本だけ採れた。品質も(低)と表示されている。しかし、1本でも採れたら占めたもんだ。苗を使ってもう一度栽培すると、普通に高品質なものがワサワサと。何だ、乾燥粉末からでも殖やせるのか!これはアツいぞ。胡椒にカレー粉、こっちで何でも大量生産出来るじゃないか。
一度収穫して、薬草に切り替えて。俺は鼻歌を歌いながら1階に降りた。広い脱衣場兼洗濯場では、シーツと布団がふっくらと乾いている。最高だ。俺は、洗い上がったシーツを2階に運び、こっちの布団とシーツ入れ替える。そして今度はこっちのシーツを洗濯機に放り込んで回しながら、布団を乾燥に掛ける。
ナンは腹持ちがいい。前回こっちで食べたガーリックトーストが、まだ腹に溜まっている。俺は軽く身支度を整え、その足で役場に出かけた。
———役場は既に、俺の知っている役場じゃなかった。
ホールにはテーブルと椅子が運び込まれ、朝っぱらから老若男女がパンとワインで出来上がっている。給湯室は簡易キッチンになっていて、ニンニクのいい匂いが立ち込めている。
いや、確かに俺、飲食店が欲しいって言ったよ?だけどまさか、役場が居酒屋に変わってるなんて。
「おお、ユート様!お待ちしておりましたぞ!」
出来上がった村人の中には、ベニート副村長がいた。それに合わせて村民が一斉にこっちを振り返り、ジョッキを掲げている。お前ら、ワインをジョッキかよ。
一応彼らの弁明によると、毎日こんなことをしているわけではないらしい。さっき俺がベランダに登場したのを見て、畑仕事班が自主的に集まって来たとのこと。なお、狩猟班と採集班、工場班は、ちゃんと仕事に出かけているということだ。
「いやあ、ユート様がここで皆に料理を振る舞っていただいた結果、こうして集会場の役割を果たしております」
「集会場ってか、居酒屋みたいですけどね…」
天狼族に栗鼠族。彼らも元は、普通に街に住んでいた。政変で国を追われ、栗鼠族は親類を頼って見限りの大地へ。天狼族は散り散りになり、一部が栗鼠族の厚意で森の一部を間借り。食うや食わずの生活を経て、やっとこうして元の文化的な生活を取り戻したわけだ。
普段は家事を終えた奥様方の社交の場に、そして夕方には仕事を終えたオッサンたちの憩いの場に。老若男女、気軽にフラッと立ち寄っては、思い思いに時間を過ごして去っていく。うん、いいじゃないか。
「というわけでユート様も、ささ、駆け付け三杯」
前言撤回。おめーら、絶対ぇ一日中飲んでっだろ。
俺は早速キッチンに入り、そこで働く若夫婦にピザソースの作り方を伝授することにした。彼らはかつて王都で料理人として修行し、ゆくゆくは夫婦で店を持つ予定だったそうだ。
「なるほど、随分大胆に煮込むんですね」
旦那さんの方が畑班のアウグスト、奥さんの方がアイーダ。アウグストに包丁を手渡すと、玉ねぎもプチトマトも手際良くみじん切りにしていく。アイーダにおろし金を渡して一緒にニンニクをすりおろしていると、「そっちの方が大変そうだね」とさりげなく交代。アウグスト、なかなかにイケメンだ。くそっ、俺に足りないのはそういうとこか。いや、そもそも出会いがない。
そういえば、刻まれたトマトを見て思い出した。バゲットの上に生のトマトを刻んだものを乗せた、ブルスケッタというつまみがあったはずだ。俺がたどたどしく説明すると、「こんな感じですか?」とアイーダが再現する。トマトとすりおろしニンニク、塩と油を和えて、炙ったパンに乗せてパセリをパラリ。おお、ほぼこれだ。彼女は天才か。
「皆さ〜ん!ユート様が、また新しい料理を伝授して下さいましたよ!」
「「「おお〜〜〜!!!」」」
役場が無駄に盛り上がり、あちこちで乾杯の声が響いた。
もう駄目だ。村役場は居酒屋になってしまった。
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