32.完全治癒
異世界まで来て失恋した邪魔者ヴァンパイアはハッピーエンドのために毒殺されて退場。引き裂かれた聖人と聖女は再びよりを戻して末永く幸せに暮らしました。はい、めでたしめでたし。
ーーーの、はずだったんだけど。
「………ん…んむ!?」
「…っニーナ、」
何事なのか説明してほしい。
三途の川ではなくて、ドアップのアルベルトの顔から私は思わず目を逸らす。なんでまだ生きているの。というか、なんでアルベルトは私にキスを…?
「待って、何してるの!?」
「馬鹿、俺はお前の治癒を!」
「は、え、完全治癒ってこんなことするの!?」
引き剥がそうとしても、強い力で押さえ付けられて離せない。接吻して治癒するなんてそんな阿呆な。セックスして除霊する漫画じゃないんだから、ふざけないでと言いたい。
アルベルトの手がスカートの中に入って来たので、仕方なく叩いた。
「待って、説明して!なんで生きてるの?」
ポカンとするアルベルトの口端には私の血が付いている。それは確かに血液で、なんちゃって血糊なんかではない。
「俺が治癒したからだよ」
「どうして治すの…?」
「は?」
「だって…私は厄介者だよ?疎まれるヴァンパイアのオメガだし、アルベルトの人生を邪魔しちゃう……」
ようやく諦められると思ったのに。
私自身の気持ちも、もう解放されると思ったのに。
また涙がじんわり滲む。泣いてはいけない。そういう女は面倒くさいし、話し合いも出来ない感情的な人間だと思われてしまうから。耐えろ、耐えろ私の涙腺。
アルベルトは何も言わず、暫く私の様子を見守っていた。彼からしたらさぞ酷い顔に見えたことだろう。
「お前は俺の人生を邪魔するのか?」
長い間の後に、アルベルトは欠伸をしながらそう言った。
私は慌てて目の前で手を振る。
「しない、最悪の場合を想定しただけで…!消えてほしいならどこかに行くし、関わらないでほしいなら…」
「ニーナ、さっきから一人で何言ってんだよ」
「私はただ……」
「お前はどうしたいの?」
アルベルトが私を見上げる。
言葉に詰まった。伝えても良いのだろうか。逃げたり嫌われたりしない?重いって思わない?もし無理だとしてもまた元の関係で居てくれる……?
口元に滲んだ血に触れた。
その茶色い癖っ毛が、薄い色の瞳が、好きだった。隠れた正義感の強さ、分かりにくい優しさも知れば知るほど好きになった。手に入れたくなった。
私は、アルベルトがほしかった。
「番だからじゃなくて…そばに居てほしい」
「それってどういう意味?」
「ニーナとして、好きになってほしい……」
「ちゃんと言えるじゃねーか」
アルベルトが笑って私の頭をくしゃくしゃ撫でる。
「さて、話を続けたいところだが、先に確かめなければいけないことがあるな」
「………毒のこと?」
「ああ。痙攣と喀血が比較的早い段階で表れたから、おそらくテトロドトキシンあたりが入ってたんじゃないかと思うが…」
「そうなんだ……」
名探偵よろしく熟考するアルベルトを見ながら、私は不安を覚えていた。葡萄酒を渡してくれたのはシシリアなのだ。だけれど、彼女がそんなことをすると思えない。
聖職者代表のような彼女が、毒殺なんて考えるわけがない。
「もしかしたら、事故かも」
「はぁ?」
「何かと間違えて入れちゃったのかもしれない。だって、シシリアがそんなことするわけないよ…!」
「シシリアから受け取ったのか?」
「そうだけど…他にも準備している人は居たし」
「受け取った時に何か他に言っていた?」
「うーん……あ、」
「なんだ?」
「アルベルトはお酒が好きだから多い方をあげてとかなんとか…」
「なるほど。そうか」
「でも、それだけで証拠にはならないから…」
「………確認する方法が一つある」
アルベルトは神妙な顔付きで、話し出した。
私は不安な気持ちで耳を傾ける。
◆テトロドトキシン…フグやイモリなどに含まれる毒。無味無臭で解毒が困難。




