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31.葡萄酒とグラス



しばらく人混みの中を闊歩していると、ティル・ノイアーが立ち話しているのを見つけた。アルベルトと私に気付くと、相手に何やら伝えてこちらに向かって来る。


「お前たちも来ていたのか」

「親族の誕生日だからな」

「……そうだな。ニーナは生誕祭は初めて?」

「ええ。人が多くてびっくりしてるわ」


「ティル、お前は俺に番の管理者としての自覚を説いて来たことがあったが…」

「ああ。それが何か?」

「俺はようやく分かったよ。心配かけて悪かったな」

「………なるほど、牽制されるとはな」

「気が気じゃないんだ。ウロつかれると」


何やら不穏な空気を交えて会話する二人に置いてけぼりを食らっていたら、赤いのぼりが目に入った。葡萄とグラスのマークが入っているから、もしかするとあれはシシリアが言っていた葡萄酒なのかもしれない。


話を続けるアルベルトからそっと離れた。




「ニーナ!待っていたのよ。アルベルトは一緒?」


思った通り、そこは葡萄酒の販売所で、鮮やかなワインレッドの液体で満たされた瓶がたくさん並んでいた。テイスティングも出来るのか、奥ではエプロンを付けた女性たちがグラスを持って走り回っている。


「うん。向こうでお話しているから暇で来ちゃった」

「そうなのね。さっそく飲んで行く?」

「もちろん。ありがとう!」


シシリアが準備をしている間、葡萄酒が製造される過程を書かれたボードを眺めていた。こんなにたくさんの手間を掛けられて造られているなんて、美味しくないわけがない。


「お待たせ、アルベルトはお酒が好きだからちょっと多めに入った方をあげて」

「……分かった。ありがとうね」


教会の塔を登ったところにある小さな部屋がおすすめ、とシシリアは説明しながら二つのグラスが乗った銀の盆を手渡す。当たり前だけど、アルベルトのことをよく知った風に話す彼女の口調に私は心がヒリヒリした。


葡萄酒の店を出たところで、アルベルトを探す。


ティル・ノイアーとの話は終わったのか、アルベルトは腕を組んで木陰に立っていた。私を見つけてホッとしたように笑うアルベルトを見て少し嬉しくなる。



「お前は猫みたいにすぐ居なくなるんだな」

「そんなことないよ」

「葡萄酒か?」

「……あ、良かったらどうかなと思って。でも外でお酒飲むの控えてるなら別に飲まなくても…」

「いいよ。どこで飲む?」


私は先ほど聞いた部屋のことを話し、アルベルトも了解したので二人で塔の中の細い階段を登った。エレベーターやエスカレーターに慣れっこになっていたけれど、久しぶりの階段は結構きつい。傾斜も急だし、なかなかスムーズに登り降り出来なさそうだ。


やっと塔の頂上にある部屋に着いた時には、もうかなり身体がへたっていた。



「懐かしいな……」

「来たことがあるの?」

「子供の頃、よくシシリアと遊んだ」


目を細める仕草に心臓が潰れそうになった。

その時間と思い出は二人だけのもの。


私の入る隙間がないなんて、分かっている。


モヤモヤしながら盆を机の上に置く。薄いグラスの片方は飲み口に少しヒビが入っていたので、綺麗な方をアルベルトに渡した。この細やかな気遣いに彼が気付くわけないのだけれど。



「いただきます、乾杯」

「乾杯」


グラスを傾ける。

よく、ワインは高級なものほど渋く、安いものほど添加物を入れているから甘いなんて聞くけれど、それで言うとこれはかなり高級な方に入るかもしれない。渋いどころか舌先が痺れるような痛みがある。


「今年は結構美味いな。どう思う?」

「………うん、」

「ニーナ?」


どうもこうも、ない。身体が思うように動かなかった。舌先から始まった震えは、やがて手足の末端まで広がり、落としたグラスが床の上で割れた。


「…っげほ……」


思いっきり咳き込むと、床に吐いた。胃液とか吐瀉物というよりもそれは真っ赤な血。白いカーペットの上に染みが広がる様子を見て、何か様子がおかしいとぼんやり思う。


もう頭の回転もゆるんでいて、血相を変えて私に近寄ってくるアルベルトを見てこれで良かったなんて考える。


何も困ることなんてない。

厄介者のヴァンパイアはここで退場。番も解消できるから、ラッキーでしょう。いくらでも、愛する彼女の名前を呼んであげて。好きなだけ抱き締めても良いから。


自由にしてあげる、アルベルト。




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