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30.生誕祭



「……っは、もういいよ、大丈夫」


アルベルトの背中を軽く叩いた。

人混みでは出来ないから前もって、ということで朝の時点で少し血を飲んで置く。更に、気休めにもならないけど念のため、ポケットにもトマトジュースの缶を忍ばせた。


あっという間に時間は過ぎて、いよいよ生誕祭当日となった。制服で行くのもなんだか地味だし、せっかくなので祝杯の儀の時に着た赤いドレスを着ている。


「ニーナ、悪いが貧血だ」

「え!ごめん…横になる?」

「いや……少しだけこのままで居ていいか?」

「………うん」


言われたまま、アルベルトの鎖骨に耳をくっつける。トクトクと規則正しく動く心臓の音が私を安心させた。今日、アルベルトの口から告白の返事を聞いたら、もうこんな穏やかな気持ちでは居られないのだろうか?


頭の後ろにはアルベルトの右手があって、私の腰のあたりにも左手が回り込んでいた。このまま、キスでもしようものなら彼は激怒しそうだ。


恋人であれば、何も気にせずに唇を押し付けても良いんだろうけれど、私たちは単なる血の提供者と受給者。



「ありがとう。出掛けよう」

「うん、」


差し出された手を取って玄関へと向かう。


同じ家で生活して、同じものを食べる。それだけで十分幸せだと思っていた。ずっと変わらない日常を望んでいれば良かったのに。どうしてその先が欲しくなってしまんだろう。





◇◇◇




街で一番大きな教会の周辺にはいくつもの出店が並んでいて、大きなバルーンや綿飴、丸焼きにした鶏肉などが売られている。


大人も子供も、みんなそれぞれが好きなものを片手に歩き回っていた。



「おいしそう…!」

「お前も普通の食べ物に興味持つんだな」

「当たり前じゃないですか」

「先に父親に挨拶に行きたい。良いか?」

「もちろんです」


父親と言うと、私を手刀で気絶させたあのヨハン・ワーグナーのことだろう。アルベルトの両親の中では、大切な息子を奪ったオメガの化け物として私は認識されている。


アルベルトは慣れた様子で教会の中をスイスイと進み、一際豪勢な扉の前で立ち止まった。ノックをして返事が返ってくるのを待ってから、扉を引く。



「………アルベルト!」

「父さん、司教様は?」

「ああ。もう朝の講演に入られている。あと一時間は出てこないと思うが、急用か?」

「いや、挨拶がしたかっただけだ」


ヨハンの目が私を捉えた。


「まだ番なんて組んでるんだな。どうだ?少しは人間らしい行いが出来るようになったか?」

「…………っ!」

「父さん、あまり僕の番に悪く言わないでくれ。彼女なりに頑張ってくれているんだ」


私を庇ってくれたようなその物言いに驚いた。

アルベルトを見るヨハンも少し目を見開く。


「お前も少し変わったようだな。自分を失うなよ」

「かなり冷静だと思うよ。じゃあ、また後で」


父親の返事も待たずに、アルベルトは再び私の手を引いて歩き出した。慌ててその後を小走りで追いかける。


その後、彼が向かったのは教会の二階だった。閉められた扉を押すと、二階席からちょうど司教の講演が拝聴できるようになっている。顎から白い髭を生やした高齢の男性が、身振り手振りを交えながら聴衆に話しかけていた。


アルベルトは隣で、その姿を一心に見つめている。



「俺の祖父にあたる人だ」

「え?」

「今年で90になるから引退が噂されている」

「……そうなんだ」


言われてみれば確かに、老いてはいるが目元の感じがアルベルトに似ているような気がする。もっと笑顔が増えたら、アルベルトも司教のように笑い皺になったりするのかもしれない。彼が人生を楽しむためには、私の存在はさぞかし邪魔なことだろう。


「その意思を継ぐのは、俺の父か…シシリアの父だろうな」

「まだ分からないのね」

「二人とも神父なんだ。順当に行けば、いずれはそのどちらかが司教になるはずだ」

「そっか……」


シシリアのお家も聖職者の家系なのだろうか。

もしも、シシリアとアルベルトがまだ恋人同士だったら、将来司教になったアルベルトを、慎ましやかな聖女としてシシリアが支えるという未来が確約されていたはず。


悲しくなって俯く。

番なんて制度を作った新国王を恨んだ。




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