26.二人は交わらない
下を向いたまま、私はひたすら黙りこくっていた。
自分の軽率な行動が今まさに大きな波紋を呼ぼうとしている。アルベルトは既に機嫌が悪かった。彼が私の勝手な外出や他人への吸血行為を聞いて、どう思うかなんて容易に想像できたのに。
厄介者のヴァンパイア
自分を制御できない化け物
私は望んでその烙印を押されたいのだろうか?
「ニーナ、帰るぞ」
アルベルトが私の手を引いて歩き出す。何も言わないティル・ノイアーに頭だけ下げて、私は叱られた子供のように付いて行った。情けない、本当に。
何時間か前に一人で通った道を、今は二人で歩いている。握られた手の痛さは、アルベルトの気持ちを表しているようだ。彼は帰宅後、私の弁解を聞いてくれるだろうか?
彼に迷惑を掛けたくなくて、その人生を邪魔したくなくて、少しでも自立するために自分を知ろうとした。結果として体調が悪くなって途中で逃げ出したけれど。
ティル・ノイアーとのことだって、別にヒートなんかじゃない。軽率だったことは認めるけれど、オメガのヒートを抑えられなかった猿だなんて思われたくはなかった。
「ニーナ、約束してくれないか?」
気付けばもう家の前まで来ていた。
アルベルトが扉を開けながらこちらを振り返る。
私は顔を上げて言葉の続きを待った。
「俺はお前のヒートに感化された。これから起こることは全部ヒートのせいだ、一切他言するな」
「そんな、私はヒートじゃないわ!」
アルベルトに強い力で突き飛ばされ、床に倒れた。
そのまま、胸元を引っ張られていくつかのボタンが弾け飛ぶ。ジタバタと脚を動かしても、退いてくれそうにない。
「やめて!本当に違うから、信じて…!」
「……少しだけ黙ってくれ」
「アルベルト!誤解だってば!」
「ニーナ…どうして俺に見せ付ける?」
「何のこと、」
「とぼけんなよ。ティル・ノイアーとデキてんだろ。心配して迎えに行って大損したよ」
「……っん」
大きな手がブラウスの上から胸を揉んだ。
「やだ、やめて!番は恋人じゃないでしょう!?」
「そうだな。俺はお前なんか死んでも愛さない、でもヒート期間は別なんだ。アルファがオメガの匂いに惑わされてるだけ、そういうことだろ?」
「いやだ…!」
「ティルはどんな風にお前に触れた?」
「触れてなんかないわ、」
「今更隠してんじゃねーよ。我慢できなくて血まで吸ったんだって?俺にはとても管理できないな」
言いながら、私のスカートをたくし上げる。
蹴り上げた足は背中に当たっている筈なのに、アルベルトは止まらない。抵抗のための拳はあっさり片手で押さえられた。
「お願い、やめて……」
「じゃあ本気で噛んでみろよ。お前が俺を気絶でもさせない限り俺は止めない」
「そんなことできない。冷静になってよ!」
ボロボロ泣いてもアルベルトの表情は崩れなかった。
脚を開かれて布越しに硬いものが押し当てられた。
ガチャガチャとベルトを外す音がする。
こんな形で彼を迎えたくない。講習会でシスターが話していたオメガの社会的地位の低さを思い出す。オメガのヒートなんて都合の良い理由を語って、みんな己の欲のために消費して来たのだろうか。
「………にして、」
「なんだよ」
「良い加減にして!退いてよ!」
アルベルトが一瞬怯んだ隙に、右手を思いっきり振り上げた。人生初めてのビンタに手のひらがヒリヒリする。
「私はヒートじゃない。貴方の大好きなシシリアの代わりでもないわ。オメガだからって馬鹿にしないでよ!」
平手打ちをまともに食らったアルベルトは下を向いたまま顔を上げない。
「オメガとかヴァンパイアとか…そういうんじゃなくて、私のことを見てよ。目を見てもっと話をして…!」
「…………」
「ねえ、アルベルト……」
涙がどんどん溢れて来る。
「好きなの…ごめんね」
伝えるつもりはなかったのに。
聖職者とヴァンパイアなんて、そんな、未来のない片想いに身を投じるほど私は馬鹿じゃない筈なのに。アルベルトの柔らかい肌が、舌に触れる甘い血が、私を惑わすから。




