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23.聖女のススメ



昼食を食べる私たちをホフマン夫妻は困ったように交互に見ている。並んで座る私とアルベルトの間には、どちらからともなく1メートルほどの隙間が生まれていた。


「えっと…とりあえず、仲が戻って良かったわ」

「別に喧嘩してたわけでもないの」

「あ…そうね」

「アルベルト、それはスプーンとフォークが逆だよ」

「ああ。最近視力が落ちていてね」

「…………」


気まずい。一緒に登校して来たは良いけれど、まだ今朝からまともにアルベルトと会話できていない。クリームパスタをぐるぐる巻きながら、どうするべきか考える。


私のちっぽけな脳みそでは瞬時に答えなんて出るはずもないので、気分転換に御手洗に行くことをミラに伝えて席を離れた。


講堂内でたむろする群衆を突っ切って部屋の外に出る。広い施設はもともと学校として使われていたようで、そのせいか各階にはいくつも御手洗いがある。人が少なそうな場所を選んで中に滑り込んだ。




「……!」

「あら?久しぶりね」


口紅を塗り直しながら鏡越しにシシリアが私を見る。

変な間が生まれないようにすぐ頷いた。


「そういえば、あの時はごめんなさい」

「え?」


あの時と言われて、浮かぶのはアルベルトとシシリアが階段の踊り場で抱き合っていた場面。アルベルトは背中を向けていたとして、シシリアからは私のことが見えていたのだろうか?無意識に手に力が入ってしまう。



「オメガの抑制剤、間違えて水溶性のものを渡したの」

「水溶性…?」

「ええ。本来であれば飲んだ薬が肌の上に膜を形成してオメガのフェロモンをブロックするんだけど、水溶性だと水に濡れたら効果が消えちゃうのよね」

「………あ、」

「思い当たる節でもあった?」


そういえば、浴室でアルベルトと揉めた日の夜、私は錠剤を飲んでいたのに彼はヒートに触発された。気付かなかったけれど、もしかすると似たような瓶だったからシシリアに貰った方を飲んでいたのかもしれない。


「アルファのアルベルトと暮らすのは大変でしょう?ヒートの期間は無事だったの?」

「………うん」


何をもってして無事と言えるかは微妙なところだが、別に私たちは我を忘れて獣のように交じり合ったりしていない。アルベルトはあれから一週間ほど右手に包帯を巻いていたけれど、それ以外の被害はなかった。


それは一重に管理者としての彼のお陰だと思う。



「そういえば、聖女は自分を治癒できないの?」

「できるわよもちろん。どうして?」


言葉に詰まる私を見て、シシリアは不思議そうな顔をする。


「ああ。アルベルトは出来ないわ」

「……やっぱり、」

「彼は私にはない完全治癒の能力を持っているから」

「完全治癒?」

「他者のどんな傷でも完治させることが出来るの」


なにそのチート能力。

さすがと言うべきか、アルファ属性なだけあって持っている能力も桁違いだ。今度鼻血が出たらアルベルトに診てもらおうと内心決意しながら、シシリアに向き直ると複雑な顔をしていた。


「でも、完全治癒は体力の消耗が激しいし、出来れば私は使って欲しくない」

「………そうなんだ」

「まあ。能力に恵まれたお陰で、ワーグナー家は今まで数多くの司教を輩出してきたみたいだけど…」

「シシリアは聖女でしょう?私は貴女のような人こそトップに立つ人間になってほしいわ」


聖女オブ聖女のシシリアが統治してくれたら、地域の平和も守られる気がする。


「残念ながら難しいわね。私には完全治癒なんて出来ないし、何よりアルベルトの能力の方が優れているわ」

「そうかな…私は人としてシシリアの方が向いていると思うけれど……」


アルベルトの横暴な態度を思い出していたら、今朝の記憶がボボンッとフラッシュバックした。思わず首を振る。



「どうかした?」

「いいえ、何でもない!」

「そうそう。今週末に教会でコンサートがあるの。良かったらアルベルトと一緒に来ない?」

「……うーん、楽しそうだけど遠慮しておこうかな。私実はかなりの確率でそういう時に眠ってしまうから」


嘘ではない。

番研修でもぶっちぎりの頻度で爆睡をかます私のことは、先生も生徒も既に広く認知している。


「残念ね。じゃあ、オメガに関する講習は?」

「それはなに?」

「ヒート期間の効果的な対策や、周囲へ気遣いに関するマナー研修よ。受けておいて損はないと思うけど」

「出たい!いつあるの?」

「明日の夜ね」

「実は、最近アルベルトに迷惑をかけることが多くて自立したいと思っていたの。内緒で参加してみるわ」

「応援しているわね、ニーナ」

「ありがとう!」



シシリアに笑顔を返す。

早く自己管理ができる人間になって、アルベルトに見直されたい。



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